相続財産である貸金庫の解約と預貯金の引き出し
民事|家事|遺産分割|東京地裁判決平8.5.17(貸金庫開扉請求事件)
目次
質問:
父親が土地と預金を残して死亡しました。兄弟4人の間で、遺産分割協議をしたいのですが、父親は預金証書などを銀行の貸金庫に預けているようで、銀行に問い合わせたところ、銀行は全相続人の同意がないと開けることはできない、といい、兄弟の1人が土地をよこさないと協力しない、というため、協議がすすまない状況です。また、手元にある父の通帳に400万円お金が入っているので、それを葬儀費用にあてようと思い、せめて、兄弟3人分の300万円をおろさせてくれといいましたが、銀行はやはり、全員の同意がなければおろせないといいます。このような扱いは通常なのでしょうか。また、今後どのようにすればいいでしょうか。
回答:
1.問題点は、相続人が貸金庫を開け、金庫の中の物を取り出すのに、相続人全員でする必要があるのか、また預金については相続人の全員で引き出す手続きをする必要があるのか、という点です。
2.この点について銀行等の金融機関は、いずれも相続人全員でする必要があるとして、相続人全員の署名と実印、印鑑証明を要求しています。その法的根拠は、事実上の商慣習と言うのみで明確なものはありません。その実質は、相続人間の事実上の紛争に巻き込まれるかもしれないという銀行側内部の事務処理上の不都合です。
3.従って、法律上(判例、民法の法理論から)はこのような、銀行の実務は誤りであり許されません。相続人の一人が貸金庫を開けることを要求することは可能であると考えられます。また、預金についても相続人は自分の相続分に応じた金員を銀行に請求できると考えられます。
4.銀行の窓口担当者が請求に応じないようであれば、下記記載の法的根拠を具体的に説明して交渉してみてください。どうしても埒が明かない場合は弁護士に相談しましょう。
5.相続に関する関連事例集参照。
解説:
1.まず、貸金庫を相続人の一人が開けることができるかという点について説明します。
2.貸金庫を銀行から借りる場合の契約は、貸金庫の賃貸借契約(民法601条)と解されています。銀行は金庫の開閉への協力と貸金庫設備の保安責任を負いますが、その内容物については責任を負わないことから、貸金庫に入れるものを銀行に預かってもらうという寄託契約(民法657条)ではなく、貸金庫という設備の賃貸借契約と解されます。従って、契約者が死亡した場合には、法的には、法定相続人が貸金庫の賃借人たる地位を共同相続するということになります。ただし、銀行実務では、通常、貸金庫契約に際し、約款で、契約者死亡を貸金庫契約の終了事由としているので、貸金庫契約は特約により終了することになり、相続人は契約の終了に伴う権利義務を有することになります。すなわち、相続人は契約の終了に伴い貸金庫から内容物を撤去する権利と義務を有することになります。銀行からすればこのような相続人の行為を妨害することはできないことになるはずです。これを、共同相続人の権利という面から見ると、金庫を開けるよう銀行に対して請求する権利を有していることになります。遺産に関する権利は、相続人の共有となりますが(民法898条)、共有となった権利行使はどのようになされるかという点について、相続法には明確な規定がありませんから、民法の一般原則から解釈によって決めることになります。
3.結論から言うと、この権利は銀行に対する権利で債権の一種であり、債権の目的がその性質上不可分であることから不可分債権(定義、数人の債権者が同一物の不可分的給付を目的としている債権、例えば、数人がトラックを買取り引き渡せという債権。1台のトラックを分解できませんから不可分です)にあたります(民法428条)。不可分債権については、数人の債権者があるときは、各債権者はすべての債権者のために履行を請求することができるとされています(民法428条)。本条は、取引を円滑にするために規定されています。前例で言えば、全員(買主)がそろわなければトラックの引き渡しを請求できないし、債務者(売主)も全員を相手にしなければ履行できないとすると、取引の円滑迅速性が害されるからです。とすると相続の場合は、相続開始により相続人が権利を取得することになりますから、相続財産の中に不可分債権があった場合は、各相続人が権利者となり「数人の債権者があるとき」に該当することになります。すなわち、金庫の開閉、内容物も相続人間で分割不可能ですから、性質上分割できない不可分性を有する債権という事になります。
4.また、貸金庫の中にあるもの、所有権という点からも、各相続人は銀行に対して金庫を開けることを請求できると考えられます。相続財産のうち所有権等の物権については、相続開始時から各相続人の共有とされています。従って、共有物の返還を求めることは、保存行為(民法252条但書)にあたり、共同相続人の1人からその引渡しを請求できることになります。所有物の引渡しを請求できる以上その前提として金庫の開扉も当然請求できるという事になります。すなわち、金庫の開閉、内容物の取り出し自体は、明らかに共有物の現状維持行為ですから保存行為になるわけです。共有目的物を利用、改良し共有物の価値を高める行為でもありませんから、管理行為(相続人持分の過半数の同意が必要となります)にも該当しません。所有権絶対原則(憲法29条)を前提とする以上、共有持分権は法的には完全に独立した1個の所有権であり、ただ量的に他の所有者と分有しているので利用、管理処分について制限を受けるだけですから、他の共有者に不利益とならない共有物全部に対する保存行為は各々単独で自由に出来るわけです。
5.又、金庫の開閉請求の法的根拠は、金庫内の所有物の共有持分権に基づく妨害排除としても認めることが可能です。金庫が開示されないと共有物を取り戻せませんから事実上の妨害状態であり、共有持分権は単独独立のものですから共有者各々に物権的請求権である妨害排除請求が認められるのです(民法198条の解釈から更に強力な所有権にも妨害排除が当然認められます)。
6.法律上は、このように考えられますが、銀行としては相続人の紛争に巻き込まれるのを防ぐために全相続人の同意を要求しています。貸金庫の契約者が死亡した場合、銀行は相続人全員の立会いのもとに金庫開庫を行い、相続人確認のために被相続人の除籍謄本、相続人の戸籍謄本、相続人全員の印鑑証明を要求し、このほか、銀行所定の書類に相続人の署名と実印の押捺をしてもらわなければ、開庫に応じないというのが通常です。しかし、このような銀行の対応を認めることはできません。金庫の取り扱いについて、相続人全員の同意が必要であるとする銀行の理屈は、金庫の開閉、金庫内の物の返還を共有者全員の同意を要件とする共有物自体の変更、処分行為(民法251条)と捉える事になり、所有権絶対の原則(憲法29条)を基礎とする共有物理論をまったく無視することになるからです。従って、相続人の紛争に巻き込まれるかもしれないという個別銀行側内部の不都合(他の共有者から苦情、異議を申し立てられる不利益)をもって法理論をないがしろにする事は許されません。銀行側は、相続人の単独請求を認めても元々法的責任は何ら存在しないのですから、貸し金庫を賃貸した業者の責任として自らが、苦情を申し立てた他の相続人に堂々と説明納得してもらう事が求められるのです。公的金融機関として自らがなすべき法的義務を放棄して各相続人への責任転嫁は許されません。
7.現在の銀行の実務上は、貸金庫の中に遺言書や預金証券、株券が入っていることなどから相続人の一人でも反対していると、貸金庫を開けることができず、一切相続手続きが進められないということになってしまいます。そこで、どうしても全員が承諾しないという場合は、最終的に裁判所に訴えることが必要になります。
8.判例を紹介します。
①神戸地裁決定、平成11.6.9、平11(ヨ)173号(貸金庫開扉請求仮処分命令申立事件)この事件は、遺言書の文言は相続人、多数の第三者に対して特定遺贈のように記されていましたが、相続財産の状態から全財産を包括遺贈したと裁判所が認定し包括受遺者全員の遺言執行者は、貸金庫の開扉請求権を有するとして、無担保で仮処分申請を認めています。銀行側は特定遺贈である以上、貸し金庫の開扉請求権を相続していないと反論しています。従って、直接共同相続人の単独の貸金庫開扉請求権を認めたものではありませんが、遺言書の文言は特定遺贈とも読むことも出来ますので、事実上各相続人(各受遺者)に金庫開扉請求権を認めたものと解釈する事も可能であると思われます。
②東京地裁判決平8.5.17、平7(ワ)19943号(貸金庫開扉請求事件)。3人の共同相続人が貸金庫金融機関に対し、遺産分割協議が成立するまで、相続人1人が単独で開庫できず、他の2人の立会いを要する旨の申し入れをし、金融機関がこれを承諾していたと言う事情があり、金融機関がこの合意を理由に開庫を拒んだという事例では、これは遺産分割協議が成立したときを不確定期限とする合意であり、当事者に遺産分割協議が成立する見込みがなくなっているので、(銀行、請求した相続人の合理的意思内容から)期限が到来しているとし、相続人全員の同意がなくても、相続人1人からの貸金庫の開庫を認めるとしています。重要ですから判決を引用します。「金庫の開閉に他の二人の相続人の立会いを要するとの制限は、遺産分割協議の成立までという不確定期限付きであるが、これは同時に遺産分割協議の成立があり得なくなったときをも不確定期限とする趣旨と解されるべきである。そうでなければ、本件貸金庫は永久に開けられないという事態が生じてしまうからである。」この判決は、直接各相続人に金庫開扉の請求権を認めてはいませんが、不確定期限の到来の時期を合理的に(半ば強引に)解釈して、事実上単独の請求を認めています。従って、すでに説明した貸金庫を開けるよう銀行に請求する権利を不可分債権とすることの前提に立っていると考えることが可能であると思われます。相続人として貴方は、これらの裁判例を示して、銀行に対して請求することになりますが、実際上銀行がこれに応じることはないと思いますので、裁判手続きを取ることを前提に銀行との交渉を弁護士に依頼する必要性も生じるでしょう。
9.次に、貴方がお困りの預金の払い戻しについてですが、原則から言えば、預金ももちろん遺産として共有なのですが、金銭債権は相続発生と同時に共有関係が解消し、当然に共同相続人に分割して相続されるものと解釈する事ができます。すなわち、本来共有財産なのですが当然に分割債権関係になるのです(民法427条)。預金は預金したものを払えという金銭債権(100万円払えと請求する権利)であり性質上不可分とは言えません。金銭に個別的特性はなく機械的に計算し、相続人の相続分に応じて分割することができますから、分割債権であることは金銭の性格上明らかです。従って、法律上は、銀行は相続分に応じた払い戻しには応じなければならないはずです。(なお、満期未到来の定期預金などは、期限の利益が銀行にあるような場合もあり、満期の到来を待つ必要があるような場合もあるとは思います。)。しかし銀行側は、理論的には遺産の共有性を強調し、準共有関係(所有権ではなく債権ですから準共有となります)の変更処分行為のように捉えて又、遺産分割協議の結果による他の相続人の苦情などを恐れ支払いに応じようとしません。
10.判例を参照します。
① 東京高裁 平成 7年12月21日(判決預け金返還等請求控訴事件)も同趣旨です。判決文を参照します。「相続人が数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和二七年(オ)第一一一九号同二九年四月八日第一小法廷判決・民集八巻四号八一九頁、同昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁参照)。この理は、相続財産が被相続人の銀行(銀行法二条一項)に対する預金払戻請求権及び証券会社(証券取引法二条九項)に対する預託金返還請求権である場合であっても異ならない。なぜなら、民法八九八条は、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」旨明定しており、その共有の性質は同法二四九条以下に規定する共有と異ならず(前掲最高裁昭和三〇年五月三一日第三小法延判決参照)、かつ、金銭その他の可分債権については、遺産分割前であっても、同法四二七条の規定に照らし、各相続人が相続分の割合に応じて独立して右債権を取得するものと解するのが相当であるところ、右と同様の金銭債権である本件預金払戻請求権及び預託金返還請求権につき、これと別異に解すべき理由がないからである。また、このように解することが相続人らの公平と利益に合致するゆえんでもある。」
②東京地判 平成18.7.14(預貯金払戻請求事件)も同様です。判決内容「相続人が数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然分割され、各共同相続人は、その相続分に応じて、権利を承継するものと解される。金銭債権である預貯金の払戻請求権については、相続人全員の同意等がなければ払戻を実行せず、一部相続人からの訴訟提起とその判決によって、ようやく払戻を行うといった運用が、一部金融機関で行われているとのことであるが、かかる運用は、可分債権である預貯金払戻請求権の性質を軽視するものであり、また、預貯金者に訴訟提起といった時間と経済的負担を強いるものであって、不適当な運用というべきものであって、かかる運用が商慣習として確立しているものとは認められない。」又、被告日本郵政公社についても、郵便貯金の預入及び払戻についても同様の判断をしています。「各相続人の具体的相続分は、遺言、遺産分割協議、特別受益等により、法定相続分と異なる場合があり得るから、仮に相続分とその法定相続人が判明し、被告日本郵政公社が相続人の一部からの請求に基づいて法定相続分どおりの払戻の応じたとしても、後日、他の相続人から法定相続分と異なる払戻を請求されるおそれがあるので、原告の請求を拒否することができる」という日本郵政公社主張を明確に排斥しています。
③最高裁第一小法廷昭和29年4月8日、昭27(オ)1119号(損害賠償請求事件)でも同様の判断をしています。
④最高裁第三小法廷昭和30年5月31日(共有物分割請求事件)。判決理由で同様の判断をしています。
11.銀行実務
①もっとも、この点に関しても、やはり相続人間のトラブルに巻き込まれるのを防止するということから、銀行実務としては、当然にこのような払い戻しには応じていません。銀行実務では、遺言があって、その遺言の文言が「○○に相続させる」との文言の場合にその受遺者からの払い戻し、また、「○○に遺贈する」との文言で遺言執行者からの払い戻しには応じるようですが、これも銀行ごとの判断になるようです。そして、遺言のほか、遺産分割協議書や審判書などで預金の帰属(相続する人)が決まらない限り、貸金庫の場合と同様に、被相続人の除籍謄本、相続人の戸籍謄本、全相続人が銀行所定の払い戻し請求書に署名と実印を押印し、印鑑証明書を添付しなければ払い戻しを行いません。この点、明らかに判例と異なる処理ではありますが、銀行は事実たる慣習としてこのような手続きが定着している、とし、また、債権は分割承継されないなどと主張するようです。しかし、公的金融機関である銀行が以上のような法理論、判例理論を無視する対応を続ける事は、貸し金庫の開扉請求と同様許されません。上記判例もその点を明確に指摘しています。
②従って、貴方が、銀行に相続分を主張しようとする時は、銀行に対してその理論的根拠の説明を求める事が大切です。貴方が主張する法的根拠は、先ず遺産の預金債権は、共有ではなく分割債権であること、次に、銀行側が言うように預金債権が分割されなければ(共有であれば)、預金債権の準共有(民法264条による共有理論の準用)であり、前述のように保存行為として(全額でも)単独請求ができること。そして払い戻しは、変更、処分行為ではないので他の相続人の同意は不要である旨を主張することになります。勿論前述の不可分債権の理論により請求を求める事も必要です。公的金融機関が判例理論を無視し、遵法義務を放棄するようなことは許されないという事を窓口担当者に丁寧に説明しましょう。
③もっとも、弁護士が相続人の一人の代理人として請求した場合は、ほとんどの銀行が支払いに応じています。弁護士が強く言えば銀行はこれに応じるという姿勢には疑問がありますが、これが現状です。
12.そのため、実際、葬儀費用等で、故人の預貯金等をあてにしなければならないのに、銀行からおろせないというような事態が生じてしまいます。銀行は、契約者が死亡したということを認知すると、このような対応をせざるを得ないようですが、被相続人が亡くなられたことを銀行が認知するまでの間は、例えば、カードとその暗証番号で、カードを所持している相続人は故人の預金を引き出すことは事実上可能です。そして、このような行為は違法とは言えません。故人の預金のうち自分の相続分だけを引き出すことは当然の権利です。また、自分の相続分以上の金額を引き出すことは、他の共同相続人の権利を侵害するとも考えられますが、引き出した金額を葬式等のために使う行為は他の共同相続人の了解を得られる行為として、銀行が上記のような扱いをする以上、やむにやまれぬ行為としてきちんと明細をつけて管理しておく限りにおいて、違法とは言えないと考えられます。銀行としても、共同相続人間でトラブルにならない、または、自分達の預り知らないところで勝手に行なわれたことが原因で共同相続人間でトラブルになるのであれば、かかる預金引き出し行為を問題視することはないでしょう。
以上です。