軽犯罪法の窃視の罪について|公衆トイレにビデオカメラを設置した事案
刑事|盗撮が軽犯罪法違反に問われる場合とは|「覗き見た」(軽犯罪法第1条23号)の意義
目次
質問
会社員です。公園の公衆トイレでビデオカメラを設定し、盗み撮りをしました。帰りに、ビデオカメラを持っているところを警察官に逮捕されました。盗み撮りをした中身は、まだ見ていません。ビデオカメラを持っているだけでしたが、逮捕されて仕方がないのでしょうか。警察官の取調べでは、軽犯罪法違反だと言われました。
軽犯罪法という言葉は、初めて聞きましたが、どういう犯罪ですか。軽犯罪法違反の罪についても、弁護士に依頼した方がいいのでしょうか。
回答
1 軽犯罪法について
軽犯罪法とは、罰金以上の刑で罰するほど重大ではないものの、さまざまな軽微な社会秩序違反に対し、刑罰で制裁が加えられることを明示している法律です。第一条の罰則では、拘留又は科料に処するとあります。拘留とは、受刑者を拘禁する刑罰で、1日以上30日未満の範囲で科せられる自由刑(自由を拘束する刑罰)です。科料とは、財産刑(金銭を払うことを求められる刑罰)で1000円以上1万円未満を支払い、科料を完納できない者は、1日以上30日以下の期間労役場で留置されることになっています(刑法18条2号)。
軽犯罪法は現代社会が複雑化し個人の利益、権利を多方面から保護し実質的に個人の尊厳(憲法13条)を守ろうとするためには有効に働くのですが、他方その内容を読めばわかるように犯罪の構成要件が日常生活の些細な違反行為をも内容にし刑事罰の対象にしていますから(簡単に逮捕し、20日間の勾留ができるわけです。但し、刑訴60条3項 住所不定が条件になります)適用については刑法の謙抑主義から慎重なる態度も要請されます。
沿革的にもこの法律は昭和23年に制定され、旧警察犯処罰令(明治41年)が原形になっているのですが旧処罰例が政治、労働事件等思想、表現の自由(憲法21条)に対する抑圧、取り締まりのため利用されたことから第4条で拡大解釈、類推適用がないように注意規定が定められているのです。解釈にあったては以上の点も考慮する必要があります。
2 窃視の罪について
軽犯罪法第1条23号には、窃視の罪が規定されています。この罪が規定された目的は、性的羞恥心に関するプライバシーの権利を実質的に保護することにあります。すなわち、日常生活上住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所を覗き見ることは平穏に暮らす人の性的羞恥心、プライバシーを侵す危険があるので盗み見ること自体を禁止し処罰しています。実際にプライバシー権を実害が生じたかどうかを問いません。したがって罰則も軽くなっているのです。
個人のプライバシー権、性的羞恥心を具体的に侵害したような場合、例えば盗撮等は更に重い罪を規定した迷惑防止条例違反の罪(都条例の場合100万円以下の罰金、1年以下の懲役)に問われる可能性があります。今回のご相談については、前提として公衆トイレの中に人がいなかった場合を前提にお話致します。というのは被写体がトイレに存在した場合は実害発生の危険が具体的に生じていますから東京都の場合迷惑防止条例違反の問題となります。この点については後述します。
3 公衆トイレにビデオを設置した行為の問題点
公衆トイレに人がおらず、実害が生じなかった場合についてですが、次の点が問題となります。①貴方はビデオを設置しただけですから直接肉眼で見ていない場合も「覗き見た」といえるかという問題。②ビデオに写っていた内容をまだ見ていない場合も「覗き見た」といえるか。③ビデオを設置したが録画できないような場合も「覗き見た」として犯罪は成立するか。
結論から申し上げると、本件はビデオをトイレ内に設置した行為が「覗き見」に当たり、その段階で既遂であり犯罪は成立しています。実際にビデオが作動したか、再生したか、肉眼で見たかは犯罪成立に関係ありません。以下理由を申し上げます。
①軽犯罪法は前述のように社会生活上起こりうる軽微なプライバシー侵害行為を規制の対象として日常生活の平穏を守り、軽い刑罰をもって望んでいる趣旨からトイレを「覗き見る」行為自体を禁止しているのです。このようなプライバシー侵害の抽象的な危険がある行為自体を処罰していますから抽象的危険犯(具体的危険が発生する必要のない犯罪です。刑法108条の放火罪がこれに当たります。)と同様に評価されています。犯人の性的好奇心等が満足されることや、性的羞恥心、プライバシー侵害の実害が生じたこと、などは構成要件の要素すなわち、犯罪成立要件ではありません。
②貴方はビデオを設置しただけで肉眼では見ていませんがビデオの設置行為自体がプライバシー侵害の抽象的な危険がありますから犯罪は成立することになります。
③もちろん、録画したビデオ内容を観るか見ないかも関係ありませんし、設置したビデオが作動したかどうかも犯罪成立に何の影響もないわけです。
④トイレ内に人がいたかどうかも関係ありません。人が存在した場合には後述のように迷惑防止条例違反の問題になります。
⑤被疑者としては実際ビデオを観てもいないのに何故という疑問があるでしょうが、肉眼による場合には、トイレをのぞきこんだ犯人の記憶も希薄化し消滅することがあり得るのに対し、録画されたビテオテープは、何度でもそれを再生することが可能であるばかりか、録画したテープを多数複製することができるので、それによる被害が広がってゆく可能性は大きく、ビテオカメラによる撮影録画によるプライバシー侵害発生の危険の程度は、肉眼によるのぞきこみ行為よりも、その侵害の程度が大きいこと考えることができます。そういう意味でもビデオ設置行為は明らかに「覗き見」に該当します。
⑥このような解釈は現代社会の個人のプライバシーを守るため「覗き見」の拡大解釈、類推適用とはいえず表現の自由(憲法21条)等思想抑圧の危険もないので本法律第4条の趣旨にも反しないでしょう。
⑦したがいまして、本件についても、相談者は、ビテオカメラで録画した内容を再生して見る前に捕まったため、その録画内容を見ていないということですが、録画行為それ自体(故障等により録画されていなくても)によって被害者のプライバシー侵害の危険が発生している以上、本件につきましても、既遂に達していると判断されることでしょう。
⑧気仙沼簡易裁判所平成3年11月5日判決(判例タイムズ773号271頁)においても、相談者と同様の事件について、既遂罪の成立を認め、被告人が勤務先を免職するなどの厳しい社会的制裁を受けていること、自己の愚行を恥じ、深く反省しているなどの総合勘案の上、科料刑9000円に処せられています。
4 迷惑防止条例違反について
ちなみに、前述のようにトイレ内に人が来た場合ビデオの設置行為は人が入った時点で「盗撮」として東京都の場合迷惑防止条例違反の既遂となります。すなわち、ビデオが実際に作動したか、実際に被写体を撮影したか、これを復元したか、被疑者がビデオを観たかどうかを問いません。
理由は以下の通りです。盗撮行為は東京都迷惑防止条例5条、8条2項で規定されていますが、保護法益は個人の性的羞恥心、性的プライバシーで個人のプライバシーが具体的に侵害される危険性が必要です。具体的被写体に対して撮影行為が開始された以上個人の性的羞恥心、プライバシーは犯されているからです。構成要件上も「下着又は身体を撮影したもの」と規定されており撮影行為が開始されれば具体的にシャッターがきられたか、写っているか、実際に復元したかは無関係だからです。設置され他が故障で具体的に作動しなくても同様です。ただ個人の個別、具体的法益を保護するものですからトイレ内の人の存在は不可欠になるわけです。「盗撮」は前述のように録画、再生、複製により具体的法益侵害の可能性が大きいので都条例迷惑行為の2倍の罰則になっているのです(通常の迷惑行為は50万円以下の罰金又は6ヶ月以下の懲役ですがその倍の100万円の罰金、1年以下の懲役になっています)。
5 弁護人の活動
(1)軽犯罪法違反の場合
弁護人の弁護活動についてですが、本件の場合逮捕されても貴方が軽犯罪法違反を認めれば身元がしっかりしている限り勾留請求はされないでしょう。否認すると勾留請求の可能性があります。しかし、上記のとおり、犯罪の成立自体は否定することができませんので、弁護人の弁護活動としては、あなたが会社員ということですから、一刻も早く身柄を釈放してもらえるよう活動することになるでしょう。というのも、あなたのように仕事をしている人にとっては、起訴までの最長20日間の勾留、保釈されたとしても更に処罰による30日未満の拘留が続いてしまうと、解雇の恐れが十分にあるからです。このように、弁護人は、あなたの生活を第一に考えて弁護活動を行います。
具体的方法ですが、本件のように被害者がいない場合には、社会的な罪を犯したという意味で、贖罪寄附を行う方法があります。東京都の場合、刑事贖罪寄附は財団法人法律扶助協会に行っていましたが、2007年4月以降は、東京弁護士会が贖罪寄附を受け入れることになっています。寄附金は、刑事異議者弁護援助、少年保護事件扶助、子供の人権救済援助などの主要財源となっています。金額としては多い方がいいでしょうが、30万円-50万円前後が適切と思われます。その他本人の謝罪文、家族の身元引き受け書等を検察官に提出して、勾留請求しないように要請し、勾留された場合は早期釈放及び最終的には起訴猶予処分を求める事になります。
(2)迷惑防止条例違反の場合
都迷惑防止条例違反となり被害者がいる場合には、弁護人は、被害者と示談交渉を行います。示談が早く成立すればするほど、勾留期間も短縮されるでしょうし、また、被害者との示談成立により起訴猶予(不起訴)処分にしてもらえる可能性は大きいと思います。示談内容については、弁護人と十分協議してください。被害者の身の安全を誓約するような書面を作成する等の方法もあります。
6 終わりに
最後に、軽犯罪法違反の弁護を依頼する場合、弁護士費用の点が問題になることが予想されます。なぜなら、軽犯罪法違反は、科料1万円未満と規定されていますので、あなたが弁護士に依頼した場合、弁護士費用の方がはるかに高額な費用を支払うことになり、結果的に、弁護士に依頼しない場合と比較すると、一見より大きいな経済的負担が生じるようにみえるからです。
しかし、弁護活動により不起訴処分、勾留期間、拘留期間の短縮勤務先からの解雇の回避等が出来れば、弁護士に依頼した方が経済的にも有利な場合も考えられます。さらに、不起訴処分になれば前科もつかないことになります。(たとえ罰金額が一万円未満という少額であったとしても、「前科」がついたことには変わりありません。)なお、弁護士費用については、各弁護士によって異なりますので、十分話し合ってください。
以上のとおり、弁護人の交渉次第で、早期かつ有利に解決する可能性がありますので、逮捕されたら、まずは、お近くの弁護士に相談することをお勧めします。
以上