不貞を一旦宥恕された有責配偶者からの離婚請求の可否

家事|離婚原因|裁判離婚|東京高裁平成4年12月24日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は、今から5年程前に、夫が仕事で家に帰ってくるのが遅く、すれ違い生活となった淋しさから、他の男性と不貞に及んでしまいました。その不貞は直ぐに夫にばれてしまったのですが、真摯に謝罪したところ、夫は、「淋しい思いをさせてすまなかった。」、「家庭を再構築しよう。」などと言って、私を許してくれました。その後は、夫婦で過ごす時間を出来る限り設けるようになり、数年の間は、夫婦で円満に生活を送ってきました。しかし、突如、夫は、事あるごとに、私の過去の不貞を持ち出して、私を責めるようになってしまいました。当初は、私に非があることなので、我慢して、その都度、謝っていたのですが、そのようなことが余りにも続いたため、私も限界に達してしまい、喧嘩が絶えなくなり、遂には、別居するに至りました。

夫婦関係は完全に冷え切っており、既に関係修復は不可能な状態に至っているため、私の方から夫に離婚しようと持ち掛けたところ、「お前のことはもう愛してはいないが、お前には散々苦しめられたから、離婚に応じてやるつもりはない。」、「不貞をした有責配偶者なんだから、裁判をしても、お前の離婚請求は認められない。」などと言って、離婚を拒否されてしまいました。

私は、夫の言うように、有責配偶者だという理由で、裁判をしても離婚することができないのでしょうか。確かに、不貞に及んだ私にも非があるとは思いますが、夫からは一度許しを得て、その後の数年間は、夫婦で円満に生活を送ってきたのに、今更、私の過去の不貞を持ち出されるのは釈然としません。

回答:

ご相談の場合に、裁判離婚が認められるか否かについては、1 不貞が離婚原因ではあるが、一度許された不貞が原因となっている場合も有責配偶者といえるか。2 有責配偶者からの離婚請求が認められる場合があるか、という二点が問題となります。

有責配偶者からの離婚請求については、実務上、これを信義則によって制限する消極的破綻主義というものが採用されていますが、その離婚請求が一切認められないというわけではなく、裁判所において、①夫婦の別居期間が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当長期に及んでいるか否か、②夫婦間に未成熟子が存在するか否か、③相手方配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態に置かれることになるか否か等の諸般の事情を総合的考慮して判断されることになります。ただし、通常よりも長い別居期間(おおよその目安として10年程)が要求されるなど、離婚請求が認められるためのハードルは極めて高いと言わざるを得ません。

もっとも、本件では、相談者様による不貞行為の発覚後に夫から宥恕を得て、その後の数年間は、夫婦で円満に生活を送ってきた、というご事情がありますので、取扱いが異なってきます。この点、東京高裁平成4年12月24日判決において、一旦宥恕した過去の不貞行為を持ち出して、その有責性を主張することは、紛争を蒸し返すものであって、信義則上、許されず、不貞行為に及んだ配偶者を有責配偶者とすることできない、との判断が示されていますので、この判決に従えば、相談者様において夫から宥恕を得たことを立証することができれば、その離婚請求が有責配偶者からの離婚請求として取り扱われることはないということになります。ただし、その場合であっても、夫婦双方が有責配偶者でないときは、相談者様の離婚請求が認められるためには、これまでの同居期間の長短にもよりますが、相応の別居期間(おおよその目安として2、3年程)の存在が必要となります。

離婚原因に関する関連事例集参照。

解説:

1 離婚を成立させるための手続き

⑴ 協議離婚

夫婦は協議によって離婚することができるとされています(民法763条)。そして、協議離婚は、離婚届出によって効力が生じます(同法764条、739条1項)。なお、離婚届出は、届出人の本籍地又は所在地で行うことになります(戸籍法25条1項)。

ここでいう「協議」とは、離婚意思の合致をいい、離婚意思に関しては、学説上、離婚そのものをする意思と解する説(実質的意思説)が有力ではありますが、判例上は、離婚届出に向けられた意思をいうものとされています。

⑵ 調停離婚

夫婦間での協議が整わない場合は、法的な手続きを利用することになりますが、離婚事件については、調停前置主義が採用されていることから(家事事件手続法257条1項)、まずは、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所(若しくは当事者が合意で定める家庭裁判所)に対し、離婚調停の申立てを行わなければならないのが原則です。そのため、離婚調停を経ることなく、離婚訴訟を提起した場合には、原則として、裁判所により、職権で、離婚調停に付されることになります(同条2項本文)。ただし、相手方となるべき者が所在不明である、刑事収容施設に長期間収容されている、強度の精神障害があって合意することができない場合等、およそ離婚調停を行っても意味がない場合には、「裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるとき」として、例外的に、いきなり離婚訴訟を提起したとしても、離婚調停に付されることはありません(同項ただし書)。

この離婚調停は、いわば裁判所での話し合いの手続きであり、もし当事者間で話し合いが纏まり、離婚やその諸条件について合意を形成することができれば、調停成立となって、離婚する旨の調停調書が作成されることになりますが、この調停調書は、確定判決と同一の効力を有します(同法268条1項)。他方で、当事者間で話し合いが纏まらず、離婚やその諸条件について合意を形成することができなければ、調停不成立となって終了し、紛争の解決は離婚訴訟に委ねられることになります。

調停の成立日が離婚成立の日とはなりますが、離婚した旨が自動的に戸籍に反映されるわけではありません。戸籍に反映させるためには、調停成立の日を含めて10日以内に、調停調書を添付して離婚届出をする必要があります(戸籍法77条1項、63条1項)。

⑶ 離婚訴訟

離婚調停が不成立となって終了した場合には、夫又は妻の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、離婚訴訟を提起することになります。離婚調停の場合とは異なり、自身の住所地を管轄する家庭裁判所に対しても、離婚訴訟を提起することができるので、この点は留意しておきましょう。

この離婚訴訟では、離婚事由の有無が審理の対象となり(詳細は第2項で解説します。)、離婚請求を認容するか、棄却するか(離婚を認めるか否か)について、裁判所によって終局的な判断が示されます。裁判所において、離婚事由があると判断されれば、離婚請求を認容する旨の判決が出されます。他方で、裁判所において、離婚事由があるとは判断されなければ、離婚請求を棄却する旨の判決が出されます。

そのまま離婚請求を認容する旨の判決が確定すれば、判決確定日が離婚成立の日とはなりますが、離婚調停の場合と同様、離婚した旨が自動的に戸籍に反映されるわけではありません。戸籍に反映させるためには、判決確定の日を含めて10日以内に、判決書及び確定証明書を添付して離婚届出をする必要があります(戸籍法77条1項、63条1項)。

2 離婚事由

離婚事由については、民法770条1項で定められており、①不貞行為、②悪意の遺棄、③3年以上の生死不明、④回復の見込みのない強度の精神病、⑤婚姻を継続し難い重大な事由の5つが挙げられています。学説上、①乃至④の離婚事由は⑤の離婚事由の例示であると解する説が有力ではありますが、判例上は、①乃至⑤の離婚事由はそれぞれ別個独立の離婚原因とされています。

第1に、①不貞行為とは、判例上、相手方の意思が自由であると否とを問わず、配偶者のある者が自由な意思に基づいて配偶者以外の異性と肉体関係を結ぶことをいうとされており、夫婦が負う貞操義務の違反行為を指します。

第2に、②悪意の遺棄とは、夫婦が負う同居協力扶助義務の違反行為を指し、ここでいう「悪意」は、単に遺棄という事実を知っているということではなく、その事実を認容する心理状態を要するとされています。

第3に、③3年以上の生死不明については、配偶者が生存しているか、死亡しているかが明らかでないことを要します。これは破綻主義からの離婚事由と位置付けられます。なお、7年以上生死不明の場合は、失踪宣告を行うことができますが(同法30条)、失踪宣告が行われた場合は、これによって直ちに婚姻関係が死亡を原因として解消されることになるため、離婚の問題とはなりません。

第4に、④回復の見込みのない強度の精神病については、精神病が強度であり、かつ、回復の見込みがないという2つの要件を充たす必要があります。ここでいう「強度」とは、判例上、夫婦が負う同居協力扶助義務を精神面において履行することができない程度をいうとされています。また、回復の見込みの有無は、医学的な判断ではなく、法的な判断によることになります。なお、同法770条2項に基づき、上記の2つの要件を充たすとしても、病者の今後の療養、生活等についてできる限りの具体的な方途を講じ、ある程度において前途にその方途の見込みのついた上でなければ、直ちに婚姻関係を廃絶することは不相当とした判例も存在します。

第5に、⑤婚姻を継続し難い重大な事由については、婚姻の破綻という結果さえ存在すれば、その原因の如何に関わらず離婚を認める、という破綻主義を採用したものといえます。性格の不一致、性生活の不一致、夫婦の一方による他方に対する暴行や重大な侮辱等は、この⑤婚姻を継続し難い重大な事由に含まれ得ます。

3 有責配偶者からの離婚請求

⑴ 概要

破綻主義を貫けば、婚姻の破綻という結果さえ存在すれば、その原因の如何に関わらず離婚が認められることとなりますが(積極的破綻主義)、それでは、いわゆる追い出し離婚を肯定することになってしまうため、妥当ではありません。そこで、最高裁昭和27年2月19日判決は、自ら婚姻関係の破綻を招いた有責配偶者は離婚請求をすることができないとして、消極的破綻主義を採用することを明らかにしました。

その後、最高裁は、その立場を若干緩和させて、現在では、離婚請求は、正義公平の観念、社会的倫理観に反するものであってはならないという意味において、信義誠実の原則に照らし、容認されるものであることを要するとした上で、有責配偶者からの離婚請求を認めるか否かについて、①夫婦の別居期間が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当長期に及んでいるか否か、②夫婦間に未成熟子が存在するか否か、③相手方配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態に置かれることになるか否か等の諸般の事情を総合的考慮して判断しています。なお、①については、別居期間が10年を超えると、両当事者の年齢及び同居期間との対比をするまでもなく、相当長期に及んでいるとされ、また、②については、夫婦間の子が高校生以上の子であると、未成熟子とされない傾向にあります。

以上のとおり、有責配偶者からの離婚請求は一切認められないというものではありませんが、通常よりも長い別居期間(おおよその目安として10年程)が要求されるなど、離婚請求の認容判決を得るためのハードルは極めて高いと言わざるを得ません。

⑵ 不貞を一旦宥恕された場合における離婚請求

本件の特殊性として、不貞行為の発覚後に相手方配偶者から宥恕を得て、その後の数年間は、夫婦で円満に生活を送ってきた、という点が挙げられます。

この点、東京高裁平成4年12月24日判決は、「旧民法八一四条二項、八一三条二号は、妻に不貞行為があつた場合において、夫がこれを宥恕したときは離婚の請求を許さない旨を定めていたが、これは宥恕があつた以上、再びその非行に対する非難をむし返し、有責性を主張することを許さないとする趣旨に解される。この理は、現民法の下において、不貞行為を犯した配偶者から離婚請求があつた場合についても妥当するものというべきであり、相手方配偶者が右不貞行為を宥恕したときは、その不貞行為を理由に有責性を主張することは宥恕と矛盾し、信義則上許されないというべきであり、裁判所も有責配偶者からの離婚請求とすることはできないものと解すべきである。」旨を判旨しています。すなわち、一旦宥恕した過去の不貞行為を持ち出して、その有責性を主張することは、紛争を蒸し返すものであって、信義則上、許されず、不貞行為に及んだ配偶者を有責配偶者とすることできないということになります。

したがって、相談者様において夫から宥恕を得たことを立証することができれば、その離婚請求が有責配偶者からの離婚請求として取り扱われることはありません。相手が宥恕をしたということの立証責任は有責配偶者にありますが、書面等を作成していることはないでしょうから、相手が宥恕を否認すると、宥恕当時の状況等を詳しく主張立証する必要があるでしょう。参考に挙げた裁判例では、宥恕について相手は争わなかったようですが、不貞発覚後4,5カ月間は円満な夫婦生活が営まれていたという事実も宥恕があったという認定の証拠となっていると考えられます。この判例から推測すると、不貞行為から数年円満な家庭生活があれば、不貞行為について宥恕があったと、判断されると考えることも可能でしょう。

ただし、その場合であっても、夫婦双方が有責配偶者でないときは、これまでの同居期間の長短にもよりますが、相応の別居期間(おおよその目安として2、3年程)が存在しなければ、婚姻を継続し難い重大な事由があるとは認められず、その離婚請求は棄却されることになってしまいますので、この点には注意が必要です。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文・判例

【民法】

第30条(失踪の宣告)

1 不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。

2 戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。

第739条(婚姻の届出)

1 婚姻は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。

2 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。

第763条(協議上の離婚)

夫婦は、その協議で、離婚をすることができる。

第764条(婚姻の規定の準用)

第七百三十八条、第七百三十九条及び第七百四十七条の規定は、協議上の離婚について準用する。

第765条(離婚の届出の受理)

1 離婚の届出は、その離婚が前条において準用する第七百三十九条第二項の規定及び第八百十九条第一項の規定その他の法令の規定に違反しないことを認めた後でなければ、受理することができない。

2 離婚の届出が前項の規定に違反して受理されたときであっても、離婚は、そのためにその効力を妨げられない。

第770条(裁判上の離婚)

1 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。

① 配偶者に不貞な行為があったとき。

② 配偶者から悪意で遺棄されたとき。

③ 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。

④ 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。

⑤ その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

【戸籍法】

第25条

1 届出は、届出事件の本人の本籍地又は届出人の所在地でこれをしなければならない。

2 外国人に関する届出は、届出人の所在地でこれをしなければならない。

第63条

1 認知の裁判が確定したときは、訴を提起した者は、裁判が確定した日から十日以内に、裁判の謄本を添附して、その旨を届け出なければならない。その届書には、裁判が確定した日を記載しなければならない。

2 訴えを提起した者が前項の規定による届出をしないときは、その相手方は、裁判の謄本を添付して、認知の裁判が確定した旨を届け出ることができる。この場合には、同項後段の規定を準用する。

第77条

1 第六十三条の規定は、離婚又は離婚取消の裁判が確定した場合にこれを準用する。

2 前項に規定する離婚の届書には、左の事項をも記載しなければならない。

① 親権者と定められた当事者の氏名及びその親権に服する子の氏名

② その他法務省令で定める事項

【家事事件手続法】

第244条(調停事項等)

家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件(別表第一に掲げる事項についての事件を除く。)について調停を行うほか、この編の定めるところにより審判をする。

第257条(調停前置主義)

1 第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。

2 前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。

3 裁判所は、前項の規定により事件を調停に付する場合においては、事件を管轄権を有する家庭裁判所に処理させなければならない。ただし、家事調停事件を処理するために特に必要があると認めるときは、事件を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に処理させることができる。

第268条(調停の成立及び効力)

1 調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は、確定判決(別表第二に掲げる事項にあっては、確定した第三十九条の規定による審判)と同一の効力を有する。

2 家事調停事件の一部について当事者間に合意が成立したときは、その一部について調停を成立させることができる。手続の併合を命じた数個の家事調停事件中その一について合意が成立したときも、同様とする。

3 離婚又は離縁についての調停事件においては、第二百五十八条第一項において準用する第五十四条第一項に規定する方法によっては、調停を成立させることができない。

4 第一項及び第二項の規定は、第二百七十七条第一項に規定する事項についての調停事件については、適用しない。

《参考判例》

(最高裁昭和27年2月19日判決)

上告代理人の上告理由は末尾別紙記載のとおりである。

論旨第一点に対する判断。

被上告人が原判決判示の如く上告人に水をかけたとか、ほうきでたたいた等の行為をしたことは誠にはしたないことであり、穏当をかくものではあるが右様のことをするにいたつたのは上告人が被上告人と婚姻中であるにかかわらず婚姻外の清水笑子と情交関係を結び同女を姙娠せしめたことが原因となつたことは明らかであり、いわば上告人自ら種子をまいたものであるし、原審が認定した一切の事実について判断すると被上告人の判示行為は情において宥恕すべきものがあり、未だ旧民法第八一三条五号に規定する「同居に堪えざる虐待又は重大なる侮辱」に当らないと解するを相当とする、従つて右と同趣旨である原判決は正当であつて論旨は理由がない。

同第二乃至第四点に対する判断。

論旨では本件は新民法七七〇条一項五号にいう婚姻関係を継続し難い重大な事由ある場合に該当するというけれども、原審の認定した事実によれば、婚姻関係を継続し難いのは上告人が妻たる被上告人を差し置いて他に情婦を有するからである。上告人さえ情婦との関係を解消し、よき夫として被上告人のもとに帰り来るならば、何時でも夫婦関係は円満に継続し得べき筈である。即ち上告人の意思如何にかかることであつて、かくの如きは未だ以て前記法条にいう「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するものということは出来ない。(論旨では被上告人の行き過ぎ行為を云為するけれども、原審の認定によれば、被上告人の行き過ぎは全く嫉妬の為めであるから、嫉妬の原因さえ消滅すればそれも直ちに無くなるものと見ることが出来る)上告人は上告人の感情は既に上告人の意思を以てしても、如何ともすることが出来ないものであるというかも知れないけれども、それも所詮は上告人の我侭である。結局上告人が勝手に情婦を持ち、その為め最早被上告人とは同棲出来ないから、これを追い出すということに帰着するのであつて、もしかかる請求が是認されるならば、被上告人は全く俗にいう踏んだり蹴たりである。法はかくの如き不徳義勝手気侭を許すものではない。道徳を守り、不徳義を許さないことが法の最重要な職分である。総て法はこの趣旨において解釈されなければならない。論旨では上告人の情婦の地位を云為するけれども、同人の不幸は自ら招けるものといわなければならない。妻ある男と通じてその妻を追い出し、自ら取つて代らんとするが如きは始めから間違つて居る。或は男に欺された同情すべきものであるかも知れないけれども少なくとも過失は免れない。その為め正当の妻たる被上告人を犠牲にすることは許されない。戦後に多く見られる男女関係の余りの無軌道は患うべきものがある。本訴の如き請求が法の認める処なりとして当裁判所において是認されるならば右の無軌道に拍車をかける結果を招致する虞が多分にある。論旨では裁判は実益が無ければならないというが、本訴の如き請求が猥りに許されるならば実益どころか実害あるものといわなければならない。所論上告人と情婦との間に生れた子は全く気の毒である、しかし、その不幸は両親の責任である。両親において十分その責を感じて出来るだけその償を為し、不幸を軽減するに努力しなければならない。子供は気の毒であるけれども、その為め被上告人の犠牲において本訴請求を是認することは出来ない。前記民法の規定は相手方に有責行為のあることを要件とするものでないことは認めるけれども、さりとて前記の様な不徳義、得手勝手の請求を許すものではない。原判決は用語において異る処があるけれども結局本判決と同趣旨に出たもので、その終局の判断は相当であり論旨は総て理由なきに帰する。(本件の如き事案は固より複雑微妙なものがあり、具体的事情を詳細に調べて決すべきもので、固より一概に論ずることは出来ない。しかし上告審は常に原審の認定した事実に基づいて判断すべきものであり、本件において原審の認定した事実によれば判断は右以外に出ない。)

よつて上告を理由なしとし民訴四〇一条、九五条、八九条に従つて主文のとおり判決する。

(東京高裁平成4年12月24日判決)

一 控訴人は、主文同旨の判決を求め(慰謝料及び財産分与の請求は、当審において取り下げた。)、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二 本件の事案の概要

本件の事案の概要は、原判決記載(二枚目表三行目から四枚目表末行まで)のとおりであり、証拠関係は本件記録中の原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

三 当裁判所の判断

1 事実の経過

《証拠略》によると、次のとおり認められる。

(一) 控訴人(昭和二六年○月○日生)と被控訴人(昭和一四年○月○日生)は、昭和四四年八月プールで知り合い、昭和四五年一二月二一日婚姻した。当時控訴人は一九才、被控訴人は三一才であつた。二人の間には、長男一郎(昭和四六年○月○日生)、二男二郎(昭和四八年○月○日生)、三男三郎(昭和五一年○月○日生)の三子がある。

(二) 控訴人夫婦は、婚姻後何回か転居したが、昭和五一年に甲田市乙田に中古住宅を購入し、昭和五五年頃には、借金をして増築をした。ところが、それから半年も経つか経たないうちに被控訴人はまた転居先の物色を始めた。控訴人は、借金が増え、ローンの返済が多くなつて家計を圧迫するので反対したが、被控訴人は甲田市乙田に土地、家屋を購入し、昭和五六年三月に一家は転居した。ローンの返済が月五万円から一五万円に増えたこともあつて、控訴人はこの頃からパートで働きに出るようになり、昭和五八年八月には、乙山株式会社(以下「乙山」という。)に営業社員として就職した。控訴人は、次第に仕事に熱意を増し、帰宅時間が遅くなることも多くなつた。それにつれて、控訴人は被控訴人が外で働いているのは同じなのに家事を分担してくれないことに不満を抱くようになり、一方被控訴人は、控訴人の帰宅の遅い理由を怪しみ、異性関係に疑いを抱き始めた。

(三) 昭和六〇年六月八日(土曜日)控訴人と被控訴人は連れ立つて夕飯の買物に出掛けたが、用があつて途中で分かれ、被控訴人は先に帰宅した。控訴人は、夕飯の時間になつても帰らず、被控訴人は、子供らと先に夕飯を済ませたが、控訴人はそれでも帰らなかつた。行先も告げていなかつたので被控訴人は立腹し、玄関のドアに「今夜は妹の家に行つて泊めてもらえ」と貼紙に書いて内から鍵をかけた。その頃控訴人は、会社の同僚と酒を飲んでいたのであるが、夜九時頃帰宅したところ右の貼紙を見、「それなら出て行つてやろう。」と思い、スナックに寄つたうえ、会社の顧客の一人で住居を知つていた丙川(控訴人と同年令の独身男性で一人暮しの公務員)のマンションに行き、泊めてもらつた。このことから夫婦関係は一気に険悪化し、控訴人は、被控訴人と別れ丙川と一緒になつてもいいと考え、七月から八月にかけ丙川宅に同居し、三人の子供達の食事や洗濯のため、そこから自宅に通うような生活をしたが、親族に説得され、丙川と別れ、やり直すつもりで被控訴人の許に戻つた。被控訴人も子供達のためにも家庭を再建しようと考え、控訴人が「申し訳ないことをしました。これからは改めます。」と謝罪したこともあつて、控訴人に対し、丙川の不貞行為を宥恕する旨の意思を表明した。控訴人と被控訴人との婚姻関係は、それから四、五か月間は平穏な状態が続き、夫婦関係も復活した。

(四) しかし、その後被控訴人は、控訴人と丙川との関係が続いていると認めるべき確かな証拠もないのに、これが続いているのではないかとの疑いを捨て切れず、いつまでもそのことにこだわり、「丙川とまだ会つているのだろう。仕事の関係で他の男と体の関係を持つても構わない。しかし、結婚した以上、絶対離婚はしない。夫として一生束縛してやる。死ぬまで自由にはさせない。」などと言つて控訴人を責めた。控訴人はこのような被控訴人の態度に生理的嫌悪を感ずるようになり、子供の前での争いを避けるため、口もきかず、顔を合わせることも避けるようになり、昭和六一年夏以後は性関係も拒否し、子供の世話はするが、被控訴人に対しては、食事の世話も洗濯もしなくなつた。被控訴人も、家庭に帰つてもこのような状況であつたことから外で憂さを晴らし、毎日深夜泥酔して帰るようになり、家計にも月一五万円しか入れなくなつた。

(五) 昭和六二年夏被控訴人の勤めていた会社で希望退職の募集があつた。被控訴人は右のような家庭内別居というような状況もあつて、会社を辞めて自分で店を開こうと転職を決意し、募集に応じた。しかし、控訴人に話せば、安定収入を失うことから反対されるに決まつていると考えたので、話をせず、昭和六三年一月それまで勤めていた会社を退職し、自宅を担保に一〇〇〇万円を借り入れ、退職金七〇〇万円を合わせて、丁原市丁田に実兄と共にアイスクリームと焼きそばの店を開く準備にとりかかつた。被控訴人が退職した約一か月後になつて、控訴人は被控訴人の勤めていた会社に電話で問い合わせた結果、このことを知り、被控訴人の出店計画に強く反対した。しかし、被控訴人は控訴人やその親族の反対を振り切つて計画を実行し、同年四月から丁原市丁田にアイスクリームと焼きそばの店を開店し、店に泊り込んで帰宅しないことが多くなつた。しかし、商売はうまくいかず、控訴人に渡す生活費も月八万円に減少し、翌年は正月にも被控訴人は帰宅しなかつた。

(六) このような生活を続けることに疲れた控訴人は被控訴人と縁を切つて新しい生活を始めようと決意し、平成元年三月現住所にマンションを借りて乙田の家から三人の子と共に転居し、自分の方から別居に踏み切つた。入れ替りに、被控訴人は自宅に戻つた。その時以来、控訴人は勝手に出て行つたのだから、と言つて被控訴人は生活費を全く渡さなくなつた。

(七) 控訴人は、被控訴人が会社を辞めて店を始めようとしていた昭和六三年三月と自分が乙田の家を出た直後の平成元年四月に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、被控訴人は控訴人の離婚の求めに応じなかつたので、いずれも取り下げた。しかし、被控訴人は生活費を渡さないので、控訴人は平成元年六月婚姻費用分担の調停を申し立て、平成二年五月「双方とも平均月収は三〇万円を上回つているが、三人の子の養育費の分担として月八万円を支払え。」との審判があり、被控訴人の即時抗告は同年一〇月棄却された。控訴人は同年一二月本訴を提起した。そうすると被控訴人は、乙田の土地家屋を売却し、控訴人が原審で求めていた財産分与と慰謝料の合計二五三二万五〇〇〇円から振込手数料七〇〇円を控除した金額を、被控訴人の要求に応ずる経済的能力はあることを示す趣旨で乙山に預託し、婚姻費用も審判に従つて支払つている。そして被控訴人は、自宅を売つたので肩書住所地のアパートに一人で暮し、その後丁原の店もやめて、会社勤めをしている。別居以来、調停や裁判の席以外に被控訴人は控訴人と会うことも音信もないが、今も離婚に応ずる意思は全くなく、控訴人の婚姻生活への復帰を求めている。

(八) 当審の口頭弁論終結時である平成四年一〇月二七日、長男は二一才で会社員、二男は一九才で大学生、三男は一六才で自衛隊員である。

2 以上認定の事実関係によれば、控訴人と被控訴人との間の婚姻関係は既に破綻し、控訴人の離婚意思は固く、被控訴人は離婚には応じないものの、これまでの態度を改め、自分の方から関係改善への努力をするような兆しも見られないことに照らすと、回復の見込みはないものというべきである。

ところで、旧民法八一四条二項、八一三条二号は、妻に不貞行為があつた場合において、夫がこれを宥恕したときは離婚の請求を許さない旨を定めていたが、これは宥恕があつた以上、再びその非行に対する非難をむし返し、有責性を主張することを許さないとする趣旨に解される。この理は、現民法の下において、不貞行為を犯した配偶者から離婚請求があつた場合についても妥当するものというべきであり、相手方配偶者が右不貞行為を宥恕したときは、その不貞行為を理由に有責性を主張することは宥恕と矛盾し、信義則上許されないというべきであり、裁判所も有責配偶者からの離婚請求とすることはできないものと解すべきである。本件において、既に認定したところによれば、被控訴人は、控訴人の丙川との不貞行為について宥恕し、その後四、五か月間は通常の夫婦関係をもつたのであるから、その後夫婦関係が破綻するに至つたとき、一旦宥恕した過去の不貞行為を理由として、有責配偶者からの離婚請求と主張することは許されず、裁判所もこれを理由として、本訴請求を有責配偶者からの離婚請求とすることは許されないというべきである。

そして、前記認定の事実関係によると、控訴人と被控訴人との婚姻関係は、既に回復し難いほどに破綻したものというべきであるから、民法七七〇条一項五号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当するものというべきであり、右破綻について控訴人に専ら又は主として責任があるとはいえないから、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。

控訴人と被控訴人との間の二男二郎(昭和四八年○月○日生)及び三男三郎(昭和五一年○月○日生)の親権者は、前記認定の事実関係に照らすと、控訴人と定めるのが相当と認められる。

3 以上のとおり、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これを棄却した原判決は失当というべきであるから、これを取り消し、二郎及び三郎の親権者を控訴人と定め、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

以上