不貞を一旦宥恕された有責配偶者からの離婚請求の可否
家事|離婚原因|裁判離婚|東京高裁平成4年12月24日判決
目次
質問:
私は、今から5年程前に、夫が仕事で家に帰ってくるのが遅く、すれ違い生活となった淋しさから、他の男性と不貞に及んでしまいました。その不貞は直ぐに夫にばれてしまったのですが、真摯に謝罪したところ、夫は、「淋しい思いをさせてすまなかった。」、「家庭を再構築しよう。」などと言って、私を許してくれました。その後は、夫婦で過ごす時間を出来る限り設けるようになり、数年の間は、夫婦で円満に生活を送ってきました。しかし、突如、夫は、事あるごとに、私の過去の不貞を持ち出して、私を責めるようになってしまいました。当初は、私に非があることなので、我慢して、その都度、謝っていたのですが、そのようなことが余りにも続いたため、私も限界に達してしまい、喧嘩が絶えなくなり、遂には、別居するに至りました。
夫婦関係は完全に冷え切っており、既に関係修復は不可能な状態に至っているため、私の方から夫に離婚しようと持ち掛けたところ、「お前のことはもう愛してはいないが、お前には散々苦しめられたから、離婚に応じてやるつもりはない。」、「不貞をした有責配偶者なんだから、裁判をしても、お前の離婚請求は認められない。」などと言って、離婚を拒否されてしまいました。
私は、夫の言うように、有責配偶者だという理由で、裁判をしても離婚することができないのでしょうか。確かに、不貞に及んだ私にも非があるとは思いますが、夫からは一度許しを得て、その後の数年間は、夫婦で円満に生活を送ってきたのに、今更、私の過去の不貞を持ち出されるのは釈然としません。
回答:
ご相談の場合に、裁判離婚が認められるか否かについては、1 不貞が離婚原因ではあるが、一度許された不貞が原因となっている場合も有責配偶者といえるか。2 有責配偶者からの離婚請求が認められる場合があるか、という二点が問題となります。
有責配偶者からの離婚請求については、実務上、これを信義則によって制限する消極的破綻主義というものが採用されていますが、その離婚請求が一切認められないというわけではなく、裁判所において、①夫婦の別居期間が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当長期に及んでいるか否か、②夫婦間に未成熟子が存在するか否か、③相手方配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態に置かれることになるか否か等の諸般の事情を総合的考慮して判断されることになります。ただし、通常よりも長い別居期間(おおよその目安として10年程)が要求されるなど、離婚請求が認められるためのハードルは極めて高いと言わざるを得ません。
もっとも、本件では、相談者様による不貞行為の発覚後に夫から宥恕を得て、その後の数年間は、夫婦で円満に生活を送ってきた、というご事情がありますので、取扱いが異なってきます。この点、東京高裁平成4年12月24日判決において、一旦宥恕した過去の不貞行為を持ち出して、その有責性を主張することは、紛争を蒸し返すものであって、信義則上、許されず、不貞行為に及んだ配偶者を有責配偶者とすることできない、との判断が示されていますので、この判決に従えば、相談者様において夫から宥恕を得たことを立証することができれば、その離婚請求が有責配偶者からの離婚請求として取り扱われることはないということになります。ただし、その場合であっても、夫婦双方が有責配偶者でないときは、相談者様の離婚請求が認められるためには、これまでの同居期間の長短にもよりますが、相応の別居期間(おおよその目安として2、3年程)の存在が必要となります。
離婚原因に関する関連事例集参照。
解説:
1 離婚を成立させるための手続き
⑴ 協議離婚
夫婦は協議によって離婚することができるとされています(民法763条)。そして、協議離婚は、離婚届出によって効力が生じます(同法764条、739条1項)。なお、離婚届出は、届出人の本籍地又は所在地で行うことになります(戸籍法25条1項)。
ここでいう「協議」とは、離婚意思の合致をいい、離婚意思に関しては、学説上、離婚そのものをする意思と解する説(実質的意思説)が有力ではありますが、判例上は、離婚届出に向けられた意思をいうものとされています。
⑵ 調停離婚
夫婦間での協議が整わない場合は、法的な手続きを利用することになりますが、離婚事件については、調停前置主義が採用されていることから(家事事件手続法257条1項)、まずは、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所(若しくは当事者が合意で定める家庭裁判所)に対し、離婚調停の申立てを行わなければならないのが原則です。そのため、離婚調停を経ることなく、離婚訴訟を提起した場合には、原則として、裁判所により、職権で、離婚調停に付されることになります(同条2項本文)。ただし、相手方となるべき者が所在不明である、刑事収容施設に長期間収容されている、強度の精神障害があって合意することができない場合等、およそ離婚調停を行っても意味がない場合には、「裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるとき」として、例外的に、いきなり離婚訴訟を提起したとしても、離婚調停に付されることはありません(同項ただし書)。
この離婚調停は、いわば裁判所での話し合いの手続きであり、もし当事者間で話し合いが纏まり、離婚やその諸条件について合意を形成することができれば、調停成立となって、離婚する旨の調停調書が作成されることになりますが、この調停調書は、確定判決と同一の効力を有します(同法268条1項)。他方で、当事者間で話し合いが纏まらず、離婚やその諸条件について合意を形成することができなければ、調停不成立となって終了し、紛争の解決は離婚訴訟に委ねられることになります。
調停の成立日が離婚成立の日とはなりますが、離婚した旨が自動的に戸籍に反映されるわけではありません。戸籍に反映させるためには、調停成立の日を含めて10日以内に、調停調書を添付して離婚届出をする必要があります(戸籍法77条1項、63条1項)。
⑶ 離婚訴訟
離婚調停が不成立となって終了した場合には、夫又は妻の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、離婚訴訟を提起することになります。離婚調停の場合とは異なり、自身の住所地を管轄する家庭裁判所に対しても、離婚訴訟を提起することができるので、この点は留意しておきましょう。
この離婚訴訟では、離婚事由の有無が審理の対象となり(詳細は第2項で解説します。)、離婚請求を認容するか、棄却するか(離婚を認めるか否か)について、裁判所によって終局的な判断が示されます。裁判所において、離婚事由があると判断されれば、離婚請求を認容する旨の判決が出されます。他方で、裁判所において、離婚事由があるとは判断されなければ、離婚請求を棄却する旨の判決が出されます。
そのまま離婚請求を認容する旨の判決が確定すれば、判決確定日が離婚成立の日とはなりますが、離婚調停の場合と同様、離婚した旨が自動的に戸籍に反映されるわけではありません。戸籍に反映させるためには、判決確定の日を含めて10日以内に、判決書及び確定証明書を添付して離婚届出をする必要があります(戸籍法77条1項、63条1項)。
2 離婚事由
離婚事由については、民法770条1項で定められており、①不貞行為、②悪意の遺棄、③3年以上の生死不明、④回復の見込みのない強度の精神病、⑤婚姻を継続し難い重大な事由の5つが挙げられています。学説上、①乃至④の離婚事由は⑤の離婚事由の例示であると解する説が有力ではありますが、判例上は、①乃至⑤の離婚事由はそれぞれ別個独立の離婚原因とされています。
第1に、①不貞行為とは、判例上、相手方の意思が自由であると否とを問わず、配偶者のある者が自由な意思に基づいて配偶者以外の異性と肉体関係を結ぶことをいうとされており、夫婦が負う貞操義務の違反行為を指します。
第2に、②悪意の遺棄とは、夫婦が負う同居協力扶助義務の違反行為を指し、ここでいう「悪意」は、単に遺棄という事実を知っているということではなく、その事実を認容する心理状態を要するとされています。
第3に、③3年以上の生死不明については、配偶者が生存しているか、死亡しているかが明らかでないことを要します。これは破綻主義からの離婚事由と位置付けられます。なお、7年以上生死不明の場合は、失踪宣告を行うことができますが(同法30条)、失踪宣告が行われた場合は、これによって直ちに婚姻関係が死亡を原因として解消されることになるため、離婚の問題とはなりません。
第4に、④回復の見込みのない強度の精神病については、精神病が強度であり、かつ、回復の見込みがないという2つの要件を充たす必要があります。ここでいう「強度」とは、判例上、夫婦が負う同居協力扶助義務を精神面において履行することができない程度をいうとされています。また、回復の見込みの有無は、医学的な判断ではなく、法的な判断によることになります。なお、同法770条2項に基づき、上記の2つの要件を充たすとしても、病者の今後の療養、生活等についてできる限りの具体的な方途を講じ、ある程度において前途にその方途の見込みのついた上でなければ、直ちに婚姻関係を廃絶することは不相当とした判例も存在します。
第5に、⑤婚姻を継続し難い重大な事由については、婚姻の破綻という結果さえ存在すれば、その原因の如何に関わらず離婚を認める、という破綻主義を採用したものといえます。性格の不一致、性生活の不一致、夫婦の一方による他方に対する暴行や重大な侮辱等は、この⑤婚姻を継続し難い重大な事由に含まれ得ます。
3 有責配偶者からの離婚請求
⑴ 概要
破綻主義を貫けば、婚姻の破綻という結果さえ存在すれば、その原因の如何に関わらず離婚が認められることとなりますが(積極的破綻主義)、それでは、いわゆる追い出し離婚を肯定することになってしまうため、妥当ではありません。そこで、最高裁昭和27年2月19日判決は、自ら婚姻関係の破綻を招いた有責配偶者は離婚請求をすることができないとして、消極的破綻主義を採用することを明らかにしました。
その後、最高裁は、その立場を若干緩和させて、現在では、離婚請求は、正義公平の観念、社会的倫理観に反するものであってはならないという意味において、信義誠実の原則に照らし、容認されるものであることを要するとした上で、有責配偶者からの離婚請求を認めるか否かについて、①夫婦の別居期間が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当長期に及んでいるか否か、②夫婦間に未成熟子が存在するか否か、③相手方配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態に置かれることになるか否か等の諸般の事情を総合的考慮して判断しています。なお、①については、別居期間が10年を超えると、両当事者の年齢及び同居期間との対比をするまでもなく、相当長期に及んでいるとされ、また、②については、夫婦間の子が高校生以上の子であると、未成熟子とされない傾向にあります。
以上のとおり、有責配偶者からの離婚請求は一切認められないというものではありませんが、通常よりも長い別居期間(おおよその目安として10年程)が要求されるなど、離婚請求の認容判決を得るためのハードルは極めて高いと言わざるを得ません。
⑵ 不貞を一旦宥恕された場合における離婚請求
本件の特殊性として、不貞行為の発覚後に相手方配偶者から宥恕を得て、その後の数年間は、夫婦で円満に生活を送ってきた、という点が挙げられます。
この点、東京高裁平成4年12月24日判決は、「旧民法八一四条二項、八一三条二号は、妻に不貞行為があつた場合において、夫がこれを宥恕したときは離婚の請求を許さない旨を定めていたが、これは宥恕があつた以上、再びその非行に対する非難をむし返し、有責性を主張することを許さないとする趣旨に解される。この理は、現民法の下において、不貞行為を犯した配偶者から離婚請求があつた場合についても妥当するものというべきであり、相手方配偶者が右不貞行為を宥恕したときは、その不貞行為を理由に有責性を主張することは宥恕と矛盾し、信義則上許されないというべきであり、裁判所も有責配偶者からの離婚請求とすることはできないものと解すべきである。」旨を判旨しています。すなわち、一旦宥恕した過去の不貞行為を持ち出して、その有責性を主張することは、紛争を蒸し返すものであって、信義則上、許されず、不貞行為に及んだ配偶者を有責配偶者とすることできないということになります。
したがって、相談者様において夫から宥恕を得たことを立証することができれば、その離婚請求が有責配偶者からの離婚請求として取り扱われることはありません。相手が宥恕をしたということの立証責任は有責配偶者にありますが、書面等を作成していることはないでしょうから、相手が宥恕を否認すると、宥恕当時の状況等を詳しく主張立証する必要があるでしょう。参考に挙げた裁判例では、宥恕について相手は争わなかったようですが、不貞発覚後4,5カ月間は円満な夫婦生活が営まれていたという事実も宥恕があったという認定の証拠となっていると考えられます。この判例から推測すると、不貞行為から数年円満な家庭生活があれば、不貞行為について宥恕があったと、判断されると考えることも可能でしょう。
ただし、その場合であっても、夫婦双方が有責配偶者でないときは、これまでの同居期間の長短にもよりますが、相応の別居期間(おおよその目安として2、3年程)が存在しなければ、婚姻を継続し難い重大な事由があるとは認められず、その離婚請求は棄却されることになってしまいますので、この点には注意が必要です。
以上