預金保険機構による失権のための公告手続きの回避

民事|振込詐欺等犯罪に関連し口座凍結がされた場合の対策|犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例・条文

質問:

先日、知人を介して、「海外の証券取引所において、ある商品を購入して転売すれば簡単に儲かるから、運用を任せてほしい」と勧誘を受けました。私は、その儲け話を信じてしまい、振込先として指定された口座(知人とは別の口座名義)に100万円程入金しました。その後、全く心当たりのない名前で110万円が入金されたため、私は知人が資産運用をしてくれたことでお金が増えたのだと思い、そのままにしていました。

ところが、その後、取引銀行から、私の口座の出金を停止する措置を講じたとの連絡があり、現在、お金を引き出すことが出来ない状態となっております。銀行担当者の話によると、110万円の送金元口座が警察からの要請で口座凍結されたとのことで、当該凍結口座から私の口座に110万円が送金されているため、凍結した金融機関からの要請で連鎖的に私の口座を出金停止の状態にした、とのことでした。

振り込め詐欺救済法という法律にしたがい口座が凍結されてしまった場合、該当口座が失権扱いとなり、さらに他の金融機関でも口座を持てなくなる可能性があるということを聞いたことがあり、とても不安です。

私としては犯罪に加担した認識が全くないのですが、仮に入金された110万円が、知人とは無関係の第三者が何者かに騙されて振り込んだお金なのだとしたら、私は返金しても良いと思っています。他の金融機関では住宅ローンなども組んでおり、全ての口座が凍結されてしまうと、大変な事態になります。

今後私はどのように立ち回るべきでしょうか。

回答:

1 まずは、警察庁が管理している凍結口座名義人リストにあなたが掲載されていないかを確認すると共に、既に振り込め詐欺救済法第5条1項に基づく預金債権消滅手続開始の公告の対象となっていないかを確認するべきです。預金保険機構のHPで検索して確認することができます。

2 該当がなければ、凍結解除の可能性はまだ残されているといえます。早急に金融機関に連絡して凍結の理由を確認した上で、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」(振り込め詐欺救済法第4条1項)がないことを説明し、凍結措置を解除してもらえないか交渉するべきでしょう。金融機関の理解を得られない場合は、被害申告者との和解等、被害金の填補による方法で口座凍結の必要性を事後的に解消する方法も考えられます。金融機関の担当者と協議しながら、公告手続きに進まないで済む方法を模索することが肝要です。

3 万が一、該当口座が債権消滅手続に移行してしまうと、預金口座を持てない、使えない、といった日常生活上の重大な不利益を被ることになりかねません。また、預金残高の払い戻しを受けるにも訴訟手続が必要で煩雑である上、払い戻しを受けられるとも限りません。

口座凍結の実務に明るい弁護士に相談されることを推奨いたします。

4 口座凍結解除に関する関連事例集参照。

解説:

第1 振り込め詐欺救済法の概要

1 犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(いわゆる振り込め詐欺救済法、以下単に「法」といいます。)は、預金口座等への振込みを利用して行われた詐欺等の犯罪行為により被害を受けた者に対する被害回復分配金の支払等のため、預金等に係る債権の消滅手続及び被害回復分配金の支払手続等を定め、もって当該犯罪行為により被害を受けた者の財産的被害の迅速な回復等に資することを目的として制定された法律です(法第1条)。

2 預金口座の凍結の仕組みを理解する上で、法第2条の定義規定を確認する必要があります。

まず、「振込利用犯罪行為」とは、詐欺その他の人の財産を害する罪の犯罪行為であって、財産を得る方法としてその被害を受けた者からの預金口座等への振込みが利用されたもの、と定義されております(法第2条3項)。

次に、「犯罪利用預金口座等」とは、簡略化すると、①振込利用犯罪行為の振込先となった預金口座等又は②専ら振込利用犯罪行為により振り込まれた資金を移転する目的で利用された預金口座等であって、振込利用犯罪行為により振り込まれた資金と実質的に同じであると認められるものを意味します(法第2条4項)。

3 これを受け、金融機関は、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があること、その他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるとされております(法第3条1項)。この「取引の停止等の措置」が正に口座凍結の措置ということになりますが、実は、ここでいう措置には、出金だけを停止する出金停止措置等、金融機関独自の判断である程度裁量をもって行われることもあるという点は、付言しておきます。また、「捜査機関等」には、警察などのほか弁護士や認定司法書士等も含まれ、弁護士等の通報は、日弁連等の統一フォームによることとなっています。

また、金融機関が取引の停止等の措置を講じた場合、当該預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対して必要な情報を提供するとされております(法第3条2項)。

これにより、当然、情報提供を受けた側の金融機関も、該当の口座に対して「取引の停止等の措置」を講じることを検討することになります。

4 その上で、①捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があったこと、②捜査機関等からの情報その他の情報に基づいて当該預金口座等に係る振込利用犯罪行為による被害の状況について行った調査の結果、③金融機関が有する資料により知ることができる当該預金口座等の名義人の住所への連絡その他の方法による当該名義人の所在その他の状況について行った調査の結果、④当該預金口座等に係る取引の状況等の事由、その他の事情を勘案して、犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、速やかに、当該預金口座等について現に取引の停止等の措置が講じられていない場合においては当該措置を講ずるとともに、主務省令で定めるところにより、預金保険機構に対し、当該預金口座等に係る預金等に係る債権について、主務省令で定める書類を添えて、当該債権の消滅手続の開始に係る公告をすることを求めなければならないことになっております(法第4条1項)。

つまり、「犯罪利用預金口座等である疑い」があればひとまず口座凍結 等の措置をとり、その後の様々な調査の結果、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」があると認識した場合には、次のステップとして、預金保険機構に対して、預金債権消滅手続の開始に係る公告手続きを依頼することになる、という流れです。

5 公告の求めを受けた預金保険機構は、債権消滅手続開始の公告を行います(法第5条1項)。公告事項は、①対象預金口座等に係る対象預金等債権について債権消滅手続が開始された旨、②対象預金口座等に係る金融機関及びその店舗並びに預金等の種別及び口座番号、③対象預金口座等の名義人の氏名又は名称、④対象預金等債権の額、⑤対象預金口座等に係る名義人その他の対象預金等債権に係る債権者による当該対象預金等債権についての金融機関への権利行使の届出又は払戻しの訴えの提起若しくは強制執行等(以下「権利行使の届出等」という。)に係る期間、⑥権利行使の届出の方法、⑦払戻しの訴えの提起又は強制執行等に関し参考となるべき事項として主務省令で定めるもの、⑧権利行使の届出期間内に権利行使の届出等がないときは、対象預金等債権が消滅する旨、⑨その他主務省令で定める事項です(法第5条1項各号)。

なお、⑤権利行使の届出等の期間については、公告があった日の翌日から起算して60日以上でなければならないとされます(法第5条2項)。

公告の内容は、預金保険機構の「振り込め詐欺救済法に基づく公告」のページで確認することができます。

https://furikomesagi.dic.go.jp

6 債権消滅手続開始の公告後の流れは、2通りに分かれます。

まず、口座名義人等が権利行使の届出期間内に、対象預金口座の払戻請求権を主張して権利行使の届出を行った場合、あるいは、金融機関において同期間内に対象預金口座が犯罪利用預金口座等でないことが明らかになった場合は、該当金融機関が預金保険機構にその旨を通知しなければならず(法第6条1項・2項)、通知を受けた預金保険機構は、債権消滅手続が終了した旨を公告しなければなりません(法第6条3項)。債権消滅手続が終了する結果、犯罪による被害を受けたと申告する者は、訴訟等の既存の法制度により解決をする必要が生じます。

他方で、口座名義人から権利行使の届出期間内に権利行使の届出がなされず、なおかつ該当の金融機関においても犯罪利用預金口座等でないことが明らかとなるような特別な事態が生じない場合は、対象預金等債権は消滅することとなり(失権)、預金保険機構はその旨公告することになります(法第7条)。その結果、金融機関は被害者への分配金の支払義務が発生し、各被害者からの分配金の支払申請に基づいて、右口座の預金残高は被害者に分配されることになります(法第8条)。

第2 債権消滅手続開始の公告がなされた場合の具体的不利益

1 上記のとおり、債権消滅手続開始の公告がなされた場合でも、口座名義人が権利行使の届出を期間内にすることで、債権消滅手続は終了することになります。

しかし、権利行使の届出をしても、該当口座を元通りに使えるようになるわけではなく、通常は金融機関の約款に基づき強制解約となり、口座残高は、別段預金に保管されることになります。そして、別段預金に保管された金額を取り戻すためには、金融機関に対して預金の払戻請求訴訟を提起して、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」がないことを積極的に立証しなければなりません。そして裁判例によれば、この立証の程度としては、「口座が原告の業務に用いられていることの立証では足りず、本件口座が犯罪利用口座等に当たるとするものとの間で、判決等によって本件口座が犯罪利用預金口座等に当たらないことが明らかにされ、あるいはこれらの者が長期間にわたり原告に対し損害賠償を求めず、事実上その権利行使が放棄されていること」の証明まで必要とされています(東京地判平成22年12月3日・金法1921号112頁)。つまり、情報提供により指摘された犯罪被害に対して、その疑いを晴らす形での証明が要求されるのです。この立証は非常にハードルが高いものといえるでしょう。

2 さらに、多くの金融機関では、定期的に預金保険機構の「振り込め詐 欺救済法に基づく公告」ページを確認していると思われ、一度債権消滅手続開始の公告がなされてしまうと、各金融機関が該当の口座名義人の口座開設状況を各々照合し、連鎖的に口座凍結(ひいては強制解約)が発生してしまうリスクが高まるといえます。こうなると、事実上、日本国内で口座を開設することが困難となるおそれもあるでしょう。

また、これに関連して、警視庁は、特殊詐欺等に利用され又はその疑いがある預貯金口座に関し、毎月2回、凍結口座名義人リストを作成し、全銀協及び都道府県警察にリストを提供しております。このことから、少なくとも凍結口座名義人リストに掲載された時点で、各金融機関が口座開設状況を各々照合し、上記のように連鎖的に口座凍結(ひいては強制解約)が発生してしまうことも把握しておく必要があります。

第3 債権消滅手続開始の公告を回避するための方策

1 上記のとおり、あなたの口座が債権消滅手続に移行してしまうと、預金口座を持てない、使えない、といった日常生活上の重大な不利益を被ることになりかねません。また、預金残高の払い戻しを受けるにも訴訟手続が必要で煩雑である上、払い戻しを受けられるとも限りません。

そのため、口座凍結(本件では出金停止措置)を受けた場合は、早急に金融機関に連絡して凍結の理由を確認した上で、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」がないことを説明して凍結措置を解除してもらえないか交渉するべきでしょう。また、事実経過からそのような説明が成り立たない場合でも、被害申告者との和解等、被害金の填補による方法で口座凍結の必要性を事後的に解消することも考えられます。

2 最後に、本件での具体的対応について言及します。

まずは、警察庁に対し、凍結口座名義人リストに掲載されていないか照会をかけると共に、預金保険機構の「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ページの検索画面であなたの口座が既に公告手続きに進んでいないかを速やかに確認するべきです。

その上で、該当しないようであれば、金融機関に対して、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」がないことを説明するために、今回の取引は、あなた自身も全容が分からぬまま言われたとおりに入金しただけであり、あなた自身が投資詐欺を計画したわけでもなければ、自身が詐欺のスキームに巻き込まれている認識すら持ち得なかったことを主張するべきでしょう。これを受け、金融機関が事情を把握して出金停止措置を解除してくれれば良いですが、現実的にはそう簡単に解除をしてもらえないことを想定しておくべきです。

出金停止措置をこのままでは解除できないとなった場合は、公告手続に進む前に預金払戻請求訴訟を提起するか、あるいは、金融機関との間で、被害金の填補による解決可能性がないか、協議を行っても良いでしょう。該当口座の入出金が可能な状態に戻したい意向が強い場合は、被害金の填補による和解的解決の可能性を探る方が無難な対応であると思われます。

いずれにせよ、口座凍結の実務上の運用を十分に理解していないまま金融機関と交渉をすることは危険であり、弁護士を通じて交渉をすることを推奨いたします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照判例・条文

●東京地判平成22年12月3日・金法1921号112頁

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

被告は、原告に対し、399万0281円及びこれに対する平成22年4月15日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は、銀行である被告の預金口座を開設した原告が、被告に対し、預金399万0281円の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年6%の割合による遅延損害金の支払を求める事案であり、被告は、当該口座が犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律〔以下、単に「法」という。〕の規定を理由に原告の請求を争っている。

2 前提事実(争いのない事実、当裁判所に顕著な事実、弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)原告は、海外商品先物取引の受託等を業とする会社である。

(2)被告は、銀行業務等を業とする会社である。

(3)原告は、被告のP支店において普通預金口座〔以下「本件口座」という。〕を開設し、預金取引を継続した。平成22年3月4日の時点における本件口座の残高〔以下「本件預金」という。〕は、399万0281円である。

(4)被告の普通預金規定には、以下の条項が存在する。〔《証拠略》〕

「12.解約等

〔中略〕

(2)次の各号の一にでも該当した場合には、当行はこの預金取引を停止し、または預金者に通知することによりこの預金口座を解約することができるものとします。〔中略〕

〔3〕この預金が法令や公序良俗に反する行為に利用され、またはそのおそれがあると認められる場合」

(5)ア C〔以下「C」という。〕は,東京地方裁判所に対し、原告がCに対し海外先物商品取引の仕組みやリスクについて十分な説明を行わず、断定的判断を提供して金の海外先物商品取引に勧誘するなどした結果、同人に約1558万円の損害を与えたという不法行為に基づく損害賠償請求権を請求債権として、本件口座に係る預金債権の仮差押えを申し立てた(同庁平成21年(ヨ)第3276号)。同裁判所は、平成21年8月27日、上記申立てを認容する仮差押決定をし、そのころ、同決定正本が被告に送達された。

イ Cは、東京地方裁判所に対し、本件原告を被告として、アの不法行為に基づき損害賠償を求める訴えを提起したところ(当庁平成21年(ワ)第32496号)、本件原告がこれに応訴しなかったことから、同裁判所は、平成21年11月10日、本件原告に1885万円余りの支払を命じる判決を言い渡し、その後、同判決は確定した。

ウ Cは、東京地方裁判所に対し、イの確定判決に基づき、アの仮差押えに係る預金債権のうち261万4295円の差押えを申し立てた(平成21年(ル)第10642号)。同裁判所は、平成21年12月8日、上記申立てを認容する債権差押命令をし、そのころ同決定正本が被告に送達された。

(6)静岡県弁護士会所属の弁護士B〔以下「B弁護士」という。〕は、A1及びA2の代理人として、被告に対し、平成22年3月3日、本件口座が上記2名に対する海外先物取引詐欺に係る犯罪利用預金口座等に当たるとして、口座情報の提供及び取引の停止又は口座の解約を依頼した。

(7)被告は、平成22年3月4日、本件口座について、法3条1項に基づき取引停止の措置をとった〔以下「本件措置」という。〕。なお、原告は、被告において本件措置をとったこと自体の適法性は争っていない。

(8)本件訴状は、平成22年4月14日、被告に送達された。

3 争点及び争点に対する当事者の主張

(1)本件措置の効力

ア 原告の主張

(ア)法は、犯罪利用預金口座等(2条4項)について失権手続を定める一方、口座名義人又は被害者の訴訟提起等があったときは訴訟等既存の法制度による解決がなされることを予定しているから(4条2項参照)、本件措置についても本件訴訟による解決が優先され、原告において本件口座が犯罪利用預金口座等でないことを立証したときは、預金の払戻しがなされなければならない。

本件口座は、原告の業務である海外商品先物取引の顧客から委託基本保証金の入金及び顧客への返金に利用していた口座であり、そのことは、委託基本保証金を振込送金している顧客が多数存在する〔《証拠略》〕ことからも明らかである。

(イ)被告は、B弁護士から前提事実(6)の依頼がなされたことを本件措置の根拠とするが、かかる依頼は同弁護士の一方的な主張に過ぎず、本件口座が犯罪利用預金口座等であることを何ら推認させるものではない。

(ウ)また、前提事実(5)ウの差押えは、原告とCとの間で、原告が1261万4295円を支払う旨の訴訟外の和解が成立し、うち261万4295円については、Cにおいて同アにより仮差押えした預金債権261万4295円を本差押えして回収することとされたことによるものである。

原告がかかる和解に応じたのは、海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律8条の規定により効果不帰属を主張される可能性が高かったためであり、前提事実(5)イの訴訟等においてCが主張するような違法行為を原告が認めたものではない。

イ 被告の主張

(ア)被告は、前提事実(6)のとおり、B弁護士から本件口座が犯罪利用預金口座等に当たる旨の通知を受けたことから本件措置をとった。

法3条1項の「捜査機関等」は弁護士を含むものであり、同項の措置をとるには、当該預金口座が犯罪利用預金口座等に当たると「断定できる」ことや「疑うに足りる相当な理由がある」ことを要せず、単に犯罪利用預金口座等である「疑いがあると認める」だけで必要かつ十分である。

以上に加え、被告の普通預金規定に前提事実(4)の条項が存在することに照らせば、被告が本件預金の払戻しを拒絶したことには正当な理由があり、現時点において本件措置が解除されていない以上、原告は、本件預金の払戻しを求めることはできない。

(イ)原告が指摘する法4条2項は、「第3章 預金等に係る債権の消滅手続」の規定であり、取引停止措置に関する規定ではないから、口座名義人が預金払戻請求訴訟を提起したとしても、同停止措置の効力に消長を来さない。

(2)被告の債務不履行の有無

ア 被告の主張

被告は、法3条1項に基づく法律上の義務として預金口座の取引停止措置をとる義務を負い、これに反すれば監督官庁から行政処分等を受ける立場にある以上、これを履行したことによって口座名義人から債務不履行責任を問われるのは不合理である。

したがって、仮に本件訴訟により本件預金の払戻しが認められるとしても、被告は、その判決が確定するまでは、債務不履行責任、具体的には遅延損害金の支払義務を負わないと解すべきである。

イ 原告の主張

被告が口座凍結時に相当の根拠に基づいて慎重な判断をしない過失がある場合は、当然、債務不履行責任を負うべきである。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)〔本件措置の効力〕について

被告は、B弁護士から前提事実(6)の通知を受けたことから本件措置をとったとしているところ、法3条1項の規定からして、本件措置は適法になされたものと認められ、本件措置が適法になされたこと自体は原告においても争わない。

そして、原告は、本件措置が適法になされたことを前提としつつ、本件訴訟において本件口座が客観的に犯罪利用預金口座等でないことを立証すれば、本件預金の払戻しが認められるべきである旨を主張する。

しかし、原告の上記主張自体は是認し得るものであるとしても、犯罪利用預金口座等とは、法2条3項に規定する「振込利用犯罪行為」において振込先となった預金口座等又は専らその資金を移転する目的で利用された預金口座等を指し(同条4項)、上記振込利用犯罪行為とは、詐欺その他の人の財産を害する罪の犯罪行為であって、助産を得る方法としてその被害を受けた者からの預金口座等への振込みが利用されたものを指し、当該行為が業としてなされたことを要しない以上、本件口座が犯罪利用預金口座等でないことを立証するには、本件口座が原告の(振込利用犯罪行為に当たらない)業務に用いられていることの立証では足りず、本件口座が犯罪利用預金口座等に当たるとする者との間で、判決等によって本件口座が犯罪利用預金口座等に当たらないことが明らかにされ、あるいはこれらの者が長期間にわたり原告に対し損害賠償等を求めず、事実上その権利行使が放棄されているといった事実が立証される必要があるというべきであり、本件においては、少なくとも前堤事実(6)のA1及びA2の関係でかかる立証はなされていない。

したがって、本件口座が犯罪利用預金口座等に当たらないことの立証はなされていない以上、原告は本件預金の払戻しを求めることはできないというべきである。

2 結論

よって、争点(2)について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

【参照条文】

●犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律

(目的)

第一条 この法律は、預金口座等への振込みを利用して行われた詐欺等の犯罪行為により被害を受けた者に対する被害回復分配金の支払等のため、預金等に係る債権の消滅手続及び被害回復分配金の支払手続等を定め、もって当該犯罪行為により被害を受けた者の財産的被害の迅速な回復等に資することを目的とする。

(定義)

第二条 この法律において「金融機関」とは、次に掲げるものをいう。

一 銀行

二 信用金庫

三 信用金庫連合会

四 労働金庫

五 労働金庫連合会

六 信用協同組合

七 信用協同組合連合会

八 農業協同組合

九 農業協同組合連合会

十 漁業協同組合

十一 漁業協同組合連合会

十二 水産加工業協同組合

十三 水産加工業協同組合連合会

十四 農林中央金庫

十五 株式会社商工組合中央金庫

2 この法律において「預金口座等」とは、預金口座又は貯金口座(金融機関により、預金口座又は貯金口座が犯罪行為に利用されたこと等を理由として、これらの口座に係る契約を解約しその資金を別段預金等により管理する措置がとられている場合におけるこれらの口座であったものを含む。)をいう。

3 この法律において「振込利用犯罪行為」とは、詐欺その他の人の財産を害する罪の犯罪行為であって、財産を得る方法としてその被害を受けた者からの預金口座等への振込みが利用されたものをいう。

4 この法律において「犯罪利用預金口座等」とは、次に掲げる預金口座等をいう。

一 振込利用犯罪行為において、前項に規定する振込みの振込先となった預金口座等

二 専ら前号に掲げる預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された預金口座等であって、当該預金口座等に係る資金が同号の振込みに係る資金と実質的に同じであると認められるもの

5 この法律において「被害回復分配金」とは、第七条の規定により消滅した預金又は貯金(以下「預金等」という。)に係る債権の額に相当する額の金銭を原資として金融機関により支払われる金銭であって、振込利用犯罪行為により失われた財産の価額を基礎として第四章の規定によりその金額が算出されるものをいう。

第三条 金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるものとする。

2 金融機関は、前項の場合において、同項の預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対して必要な情報を提供するものとする。

(公告の求め)

第四条 金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、次に掲げる事由その他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、速やかに、当該預金口座等について現に取引の停止等の措置が講じられていない場合においては当該措置を講ずるとともに、主務省令で定めるところにより、預金保険機構に対し、当該預金口座等に係る預金等に係る債権について、主務省令で定める書類を添えて、当該債権の消滅手続の開始に係る公告をすることを求めなければならない。

一 捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があったこと。

二 前号の情報その他の情報に基づいて当該預金口座等に係る振込利用犯罪行為による被害の状況について行った調査の結果

三 金融機関が有する資料により知ることができる当該預金口座等の名義人の住所への連絡その他の方法による当該名義人の所在その他の状況について行った調査の結果

四 当該預金口座等に係る取引の状況

2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当するときは、適用しない。

一 前項に規定する預金口座等についてこれに係る預金等の払戻しを求める訴え(以下この章において「払戻しの訴え」という。)が提起されているとき又は当該預金等に係る債権について強制執行、仮差押え若しくは仮処分の手続その他主務省令で定める手続(以下この章において「強制執行等」という。)が行われているとき。

二 振込利用犯罪行為により被害を受けたと認められる者の状況その他の事情を勘案して、この法律に規定する手続を実施することが適当でないと認められる場合として、主務省令で定める場合に該当するとき。

3 金融機関は、第一項の預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用されたと疑うに足りる相当な理由がある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対し、同項の預金口座等に係る主務省令で定める事項を通知しなければならない。

(公告等)

第五条 預金保険機構は、前条第一項の規定による求めがあったときは、遅滞なく、当該求めに係る書面又は同項に規定する主務省令で定める書類の内容に基づき、次に掲げる事項を公告しなければならない。

一 前条第一項の規定による求めに係る預金口座等(以下この章において「対象預金口座等」という。)に係る預金等に係る債権(以下この章において「対象預金等債権」という。)についてこの章の規定に基づく消滅手続が開始された旨

二 対象預金口座等に係る金融機関及びその店舗並びに預金等の種別及び口座番号

三 対象預金口座等の名義人の氏名又は名称

四 対象預金等債権の額

五 対象預金口座等に係る名義人その他の対象預金等債権に係る債権者による当該対象預金等債権についての金融機関への権利行使の届出又は払戻しの訴えの提起若しくは強制執行等(以下「権利行使の届出等」という。)に係る期間

六 前号の権利行使の届出の方法

七 払戻しの訴えの提起又は強制執行等に関し参考となるべき事項として主務省令で定めるもの(当該事項を公告することが困難である旨の金融機関の通知がある事項を除く。)

八 第五号に掲げる期間内に権利行使の届出等がないときは、対象預金等債権が消滅する旨

九 その他主務省令で定める事項

2 前項第五号に掲げる期間は、同項の規定による公告があった日の翌日から起算して六十日以上でなければならない。

3 預金保険機構は、前条第一項の規定による求めに係る書面又は同項に規定する主務省令で定める書類に形式上の不備があると認めるときは、金融機関に対し、相当の期間を定めて、その補正を求めることができる。

4 金融機関は、第一項第五号に掲げる期間内に対象預金口座等に係る振込利用犯罪行為により被害を受けた旨の申出をした者があるときは、その者に対し、被害回復分配金の支払の申請に関し利便を図るための措置を適切に講ずるものとする。

5 第一項から第三項までに規定するもののほか、第一項の規定による公告に関し必要な事項は、主務省令で定める。

(権利行使の届出等の通知等)

第六条 金融機関は、前条第一項第五号に掲げる期間内に権利行使の届出等があったときは、その旨を預金保険機構に通知しなければならない。

2 金融機関は、前条第一項第五号に掲げる期間内に対象預金口座等が犯罪利用預金口座等でないことが明らかになったときは、その旨を預金保険機構に通知しなければならない。

3 預金保険機構は、前二項の規定による通知を受けたときは、預金等に係る債権の消滅手続が終了した旨を公告しなければならない。

(預金等に係る債権の消滅)

第七条 対象預金等債権について、第五条第一項第五号に掲げる期間内に権利行使の届出等がなく、かつ、前条第二項の規定による通知がないときは、当該対象預金等債権は、消滅する。この場合において、預金保険機構は、その旨を公告しなければならない。

(被害回復分配金の支払)

第八条 金融機関は、前条の規定により消滅した預金等に係る債権(以下この章及び第三十七条第二項において「消滅預金等債権」という。)の額に相当する額の金銭を原資として、この章の定めるところにより、消滅預金等債権に係る預金口座等(以下この章において「対象預金口座等」という。)に係る振込利用犯罪行為(対象預金口座等が第二条第四項第二号に掲げる預金口座等である場合にあっては、当該預金口座等に係る資金の移転元となった同項第一号に掲げる預金口座等に係る振込利用犯罪行為。以下この章において「対象犯罪行為」という。)により被害を受けた者(法人でない団体で代表者又は管理人の定めのあるものを含む。)であってこれにより財産を失ったもの(以下この章において「対象被害者」という。)に対し、被害回復分配金を支払わなければならない。

2 金融機関は、対象被害者について相続その他の一般承継があったときは、この章の定めるところにより、その相続人その他の一般承継人に対し、被害回復分配金を支払わなければならない。

3 前二項の規定は、消滅預金等債権の額が千円未満である場合は、適用しない。この場合において、預金保険機構は、その旨を公告しなければならない。