預金保険機構による失権のための公告手続きの回避
民事|振込詐欺等犯罪に関連し口座凍結がされた場合の対策|犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律
目次
質問:
先日、知人を介して、「海外の証券取引所において、ある商品を購入して転売すれば簡単に儲かるから、運用を任せてほしい」と勧誘を受けました。私は、その儲け話を信じてしまい、振込先として指定された口座(知人とは別の口座名義)に100万円程入金しました。その後、全く心当たりのない名前で110万円が入金されたため、私は知人が資産運用をしてくれたことでお金が増えたのだと思い、そのままにしていました。
ところが、その後、取引銀行から、私の口座の出金を停止する措置を講じたとの連絡があり、現在、お金を引き出すことが出来ない状態となっております。銀行担当者の話によると、110万円の送金元口座が警察からの要請で口座凍結されたとのことで、当該凍結口座から私の口座に110万円が送金されているため、凍結した金融機関からの要請で連鎖的に私の口座を出金停止の状態にした、とのことでした。
振り込め詐欺救済法という法律にしたがい口座が凍結されてしまった場合、該当口座が失権扱いとなり、さらに他の金融機関でも口座を持てなくなる可能性があるということを聞いたことがあり、とても不安です。
私としては犯罪に加担した認識が全くないのですが、仮に入金された110万円が、知人とは無関係の第三者が何者かに騙されて振り込んだお金なのだとしたら、私は返金しても良いと思っています。他の金融機関では住宅ローンなども組んでおり、全ての口座が凍結されてしまうと、大変な事態になります。
今後私はどのように立ち回るべきでしょうか。
回答:
1 まずは、警察庁が管理している凍結口座名義人リストにあなたが掲載されていないかを確認すると共に、既に振り込め詐欺救済法第5条1項に基づく預金債権消滅手続開始の公告の対象となっていないかを確認するべきです。預金保険機構のHPで検索して確認することができます。
2 該当がなければ、凍結解除の可能性はまだ残されているといえます。早急に金融機関に連絡して凍結の理由を確認した上で、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」(振り込め詐欺救済法第4条1項)がないことを説明し、凍結措置を解除してもらえないか交渉するべきでしょう。金融機関の理解を得られない場合は、被害申告者との和解等、被害金の填補による方法で口座凍結の必要性を事後的に解消する方法も考えられます。金融機関の担当者と協議しながら、公告手続きに進まないで済む方法を模索することが肝要です。
3 万が一、該当口座が債権消滅手続に移行してしまうと、預金口座を持てない、使えない、といった日常生活上の重大な不利益を被ることになりかねません。また、預金残高の払い戻しを受けるにも訴訟手続が必要で煩雑である上、払い戻しを受けられるとも限りません。
口座凍結の実務に明るい弁護士に相談されることを推奨いたします。
4 口座凍結解除に関する関連事例集参照。
解説:
第1 振り込め詐欺救済法の概要
1 犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(いわゆる振り込め詐欺救済法、以下単に「法」といいます。)は、預金口座等への振込みを利用して行われた詐欺等の犯罪行為により被害を受けた者に対する被害回復分配金の支払等のため、預金等に係る債権の消滅手続及び被害回復分配金の支払手続等を定め、もって当該犯罪行為により被害を受けた者の財産的被害の迅速な回復等に資することを目的として制定された法律です(法第1条)。
2 預金口座の凍結の仕組みを理解する上で、法第2条の定義規定を確認する必要があります。
まず、「振込利用犯罪行為」とは、詐欺その他の人の財産を害する罪の犯罪行為であって、財産を得る方法としてその被害を受けた者からの預金口座等への振込みが利用されたもの、と定義されております(法第2条3項)。
次に、「犯罪利用預金口座等」とは、簡略化すると、①振込利用犯罪行為の振込先となった預金口座等又は②専ら振込利用犯罪行為により振り込まれた資金を移転する目的で利用された預金口座等であって、振込利用犯罪行為により振り込まれた資金と実質的に同じであると認められるものを意味します(法第2条4項)。
3 これを受け、金融機関は、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があること、その他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるとされております(法第3条1項)。この「取引の停止等の措置」が正に口座凍結の措置ということになりますが、実は、ここでいう措置には、出金だけを停止する出金停止措置等、金融機関独自の判断である程度裁量をもって行われることもあるという点は、付言しておきます。また、「捜査機関等」には、警察などのほか弁護士や認定司法書士等も含まれ、弁護士等の通報は、日弁連等の統一フォームによることとなっています。
また、金融機関が取引の停止等の措置を講じた場合、当該預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対して必要な情報を提供するとされております(法第3条2項)。
これにより、当然、情報提供を受けた側の金融機関も、該当の口座に対して「取引の停止等の措置」を講じることを検討することになります。
4 その上で、①捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があったこと、②捜査機関等からの情報その他の情報に基づいて当該預金口座等に係る振込利用犯罪行為による被害の状況について行った調査の結果、③金融機関が有する資料により知ることができる当該預金口座等の名義人の住所への連絡その他の方法による当該名義人の所在その他の状況について行った調査の結果、④当該預金口座等に係る取引の状況等の事由、その他の事情を勘案して、犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、速やかに、当該預金口座等について現に取引の停止等の措置が講じられていない場合においては当該措置を講ずるとともに、主務省令で定めるところにより、預金保険機構に対し、当該預金口座等に係る預金等に係る債権について、主務省令で定める書類を添えて、当該債権の消滅手続の開始に係る公告をすることを求めなければならないことになっております(法第4条1項)。
つまり、「犯罪利用預金口座等である疑い」があればひとまず口座凍結 等の措置をとり、その後の様々な調査の結果、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」があると認識した場合には、次のステップとして、預金保険機構に対して、預金債権消滅手続の開始に係る公告手続きを依頼することになる、という流れです。
5 公告の求めを受けた預金保険機構は、債権消滅手続開始の公告を行います(法第5条1項)。公告事項は、①対象預金口座等に係る対象預金等債権について債権消滅手続が開始された旨、②対象預金口座等に係る金融機関及びその店舗並びに預金等の種別及び口座番号、③対象預金口座等の名義人の氏名又は名称、④対象預金等債権の額、⑤対象預金口座等に係る名義人その他の対象預金等債権に係る債権者による当該対象預金等債権についての金融機関への権利行使の届出又は払戻しの訴えの提起若しくは強制執行等(以下「権利行使の届出等」という。)に係る期間、⑥権利行使の届出の方法、⑦払戻しの訴えの提起又は強制執行等に関し参考となるべき事項として主務省令で定めるもの、⑧権利行使の届出期間内に権利行使の届出等がないときは、対象預金等債権が消滅する旨、⑨その他主務省令で定める事項です(法第5条1項各号)。
なお、⑤権利行使の届出等の期間については、公告があった日の翌日から起算して60日以上でなければならないとされます(法第5条2項)。
公告の内容は、預金保険機構の「振り込め詐欺救済法に基づく公告」のページで確認することができます。
https://furikomesagi.dic.go.jp
6 債権消滅手続開始の公告後の流れは、2通りに分かれます。
まず、口座名義人等が権利行使の届出期間内に、対象預金口座の払戻請求権を主張して権利行使の届出を行った場合、あるいは、金融機関において同期間内に対象預金口座が犯罪利用預金口座等でないことが明らかになった場合は、該当金融機関が預金保険機構にその旨を通知しなければならず(法第6条1項・2項)、通知を受けた預金保険機構は、債権消滅手続が終了した旨を公告しなければなりません(法第6条3項)。債権消滅手続が終了する結果、犯罪による被害を受けたと申告する者は、訴訟等の既存の法制度により解決をする必要が生じます。
他方で、口座名義人から権利行使の届出期間内に権利行使の届出がなされず、なおかつ該当の金融機関においても犯罪利用預金口座等でないことが明らかとなるような特別な事態が生じない場合は、対象預金等債権は消滅することとなり(失権)、預金保険機構はその旨公告することになります(法第7条)。その結果、金融機関は被害者への分配金の支払義務が発生し、各被害者からの分配金の支払申請に基づいて、右口座の預金残高は被害者に分配されることになります(法第8条)。
第2 債権消滅手続開始の公告がなされた場合の具体的不利益
1 上記のとおり、債権消滅手続開始の公告がなされた場合でも、口座名義人が権利行使の届出を期間内にすることで、債権消滅手続は終了することになります。
しかし、権利行使の届出をしても、該当口座を元通りに使えるようになるわけではなく、通常は金融機関の約款に基づき強制解約となり、口座残高は、別段預金に保管されることになります。そして、別段預金に保管された金額を取り戻すためには、金融機関に対して預金の払戻請求訴訟を提起して、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」がないことを積極的に立証しなければなりません。そして裁判例によれば、この立証の程度としては、「口座が原告の業務に用いられていることの立証では足りず、本件口座が犯罪利用口座等に当たるとするものとの間で、判決等によって本件口座が犯罪利用預金口座等に当たらないことが明らかにされ、あるいはこれらの者が長期間にわたり原告に対し損害賠償を求めず、事実上その権利行使が放棄されていること」の証明まで必要とされています(東京地判平成22年12月3日・金法1921号112頁)。つまり、情報提供により指摘された犯罪被害に対して、その疑いを晴らす形での証明が要求されるのです。この立証は非常にハードルが高いものといえるでしょう。
2 さらに、多くの金融機関では、定期的に預金保険機構の「振り込め詐 欺救済法に基づく公告」ページを確認していると思われ、一度債権消滅手続開始の公告がなされてしまうと、各金融機関が該当の口座名義人の口座開設状況を各々照合し、連鎖的に口座凍結(ひいては強制解約)が発生してしまうリスクが高まるといえます。こうなると、事実上、日本国内で口座を開設することが困難となるおそれもあるでしょう。
また、これに関連して、警視庁は、特殊詐欺等に利用され又はその疑いがある預貯金口座に関し、毎月2回、凍結口座名義人リストを作成し、全銀協及び都道府県警察にリストを提供しております。このことから、少なくとも凍結口座名義人リストに掲載された時点で、各金融機関が口座開設状況を各々照合し、上記のように連鎖的に口座凍結(ひいては強制解約)が発生してしまうことも把握しておく必要があります。
第3 債権消滅手続開始の公告を回避するための方策
1 上記のとおり、あなたの口座が債権消滅手続に移行してしまうと、預金口座を持てない、使えない、といった日常生活上の重大な不利益を被ることになりかねません。また、預金残高の払い戻しを受けるにも訴訟手続が必要で煩雑である上、払い戻しを受けられるとも限りません。
そのため、口座凍結(本件では出金停止措置)を受けた場合は、早急に金融機関に連絡して凍結の理由を確認した上で、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」がないことを説明して凍結措置を解除してもらえないか交渉するべきでしょう。また、事実経過からそのような説明が成り立たない場合でも、被害申告者との和解等、被害金の填補による方法で口座凍結の必要性を事後的に解消することも考えられます。
2 最後に、本件での具体的対応について言及します。
まずは、警察庁に対し、凍結口座名義人リストに掲載されていないか照会をかけると共に、預金保険機構の「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ページの検索画面であなたの口座が既に公告手続きに進んでいないかを速やかに確認するべきです。
その上で、該当しないようであれば、金融機関に対して、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由」がないことを説明するために、今回の取引は、あなた自身も全容が分からぬまま言われたとおりに入金しただけであり、あなた自身が投資詐欺を計画したわけでもなければ、自身が詐欺のスキームに巻き込まれている認識すら持ち得なかったことを主張するべきでしょう。これを受け、金融機関が事情を把握して出金停止措置を解除してくれれば良いですが、現実的にはそう簡単に解除をしてもらえないことを想定しておくべきです。
出金停止措置をこのままでは解除できないとなった場合は、公告手続に進む前に預金払戻請求訴訟を提起するか、あるいは、金融機関との間で、被害金の填補による解決可能性がないか、協議を行っても良いでしょう。該当口座の入出金が可能な状態に戻したい意向が強い場合は、被害金の填補による和解的解決の可能性を探る方が無難な対応であると思われます。
いずれにせよ、口座凍結の実務上の運用を十分に理解していないまま金融機関と交渉をすることは危険であり、弁護士を通じて交渉をすることを推奨いたします。
以上