新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.797、2008/10/2 18:41 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事・控訴審・控訴趣意書提出期限・延長・審理内容・事後審制と続審制】
質問:夫が強盗致傷で逮捕され、一審では、5年の実刑判決を受けました。第一審では、全面的に罪を認め、被害者との示談も済んでいます。控訴にはどのくらいの時間がかかるのか、その間どのようなことをするのか、また、勾留されている期間はどのような扱いになるのか、第一審以上に軽くなる可能性はどのくらいあるのか、など伺いたいです。
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回答:
1.一概にはいえませんが、控訴したからすなわち罪が軽くなるとはいうことはありません。特に事実に争いがなく、情状に関する証拠調べのみのような場合には、通常1回の審理で結審し、判決期日を含め2回の開廷で終わることがほとんどだと思います。しかし、その間の身柄拘束は、すべて刑期に算入されるとは限りません。
2.一般論ですが、初犯で被害金額が少なく、怪我の程度も軽い上、示談も成立しており、否認もしていないようであれば懲役5年の実刑は重すぎるように思います。示談内容に問題があるかも知れません。刑事専門の弁護士にセカンドオピニオンを求めてください。
解説:
1.控訴の申し立ては、原判決宣告の日から14日以内(判決の宣告当日は算入せず、翌日から14日間、最終日が土日、祝日に当たる場合は次の執務日、刑事訴訟法373条、同55条。民事訴訟の場合は判決の送達を受けた日です。民訴285条)に第一審の裁判所にします(同374条)。申し立ては、原審の弁護人もすることができますが、第一審で国選弁護人をつけて行なっていたような場合には、被告人本人が拘置所あるいは留置所内で手続きをしていることが多いと思われます。控訴の申し立てがなされると、まず、控訴趣意書(同376条)の提出期限が定められます。控訴趣意書においては、控訴の理由、つまり原判決を破棄すべき理由を具体的に主張することになります。本件の場合には、素直に考えれば、量刑不当(同381条)ということになりそうですが、控訴審の審理は、控訴趣意書に書かれた不服の理由についての審理(同392条)で、控訴趣意書に主張されていない点については原則として判断する必要がないとされているので、事実誤認(同382条)ほかの控訴理由が考えられないかなど、控訴趣意書に漏れがないようにしなければなりません。控訴趣意書の提出期限は刑事訴訟規則236条2項に、控訴申立人に控訴趣意書の提出期限についての通知書が送達されてから21日目以降の日とあるだけで、事件の内容により裁判所の判断はまちまちですが、通常は1ヶ月程度が標準とされているようです。
ただ、原審に控訴してから記録が高等裁判所に行き、高等裁判所の担当裁判官が決まり、事件記録を検討し合議(高裁は原則3人の裁判官による合議制。裁判所法18条2項)のうえ控訴趣意書提出期限を決めますので、被告人に通知書が送達されるまで2−3週間はあると思います。従って、控訴してから約2ヶ月前後が提出期限ということになるでしょう(民訴の控訴理由書は控訴後50日以内。民訴規則182条。結果的に期間は大体同じになります)。本件、強盗致傷は刑の下限が懲役6年ですから重大犯罪であり、第一審が5年の実刑であれば被告人の身柄収監となりますので、弁護人側に余裕を持たせるため趣意書の提出期限が多少長めになる可能性は残されていると思います。本件強盗致傷の程度、内容がわかりませんので何とも言えませんが、示談し、公訴事実を争わないで、もし初犯であり犯罪性が少なければ(万引き、窃盗して逃げる途中で追尾人を怪我させたような事例)、慎重なる判断のため弁護人の何らかの主張を待つことも考えられます。また、裁判官も初犯であれば収監を避けて社会内更生を図ろうと考えることもあると思います。趣意書の提出期限は、控訴期間と異なり裁量の範囲もありますから、万が一、途中で新たな弁護人を選任した場合でも、弁護人は高等裁判所の裁判官に面接を求めて記録検討、弁護方針再検討のため提出期限延長を申し出ることもできます。事情によっては1−4週間の延長も可能でしょう。延期のための面接は、高等裁判所の裁判官室で行いますが、即日延期決定してくれる場合もあるので積極的に面会を求めましょう(後日決定内容が特別送達されます)。刑事訴訟手続きは、真相究明して刑罰法令を適正、公平、迅速に適用するためにありますから、制度上の解釈から裁判所、検察官、弁護人が常に協議することが認められています(刑事訴訟法1条)。ですから、弁護人は検察官(地検、高検を問わず、事前に連絡してください)への面接も、手続き中、常に求めることができます(民事訴訟手続きも同様です)。
2.また、最初の公判期日は、控訴趣意書の提出期限よりさらに1ヶ月後くらいに指定されることが多いようです。私選弁護人として申し立て当初から弁護人がついているような場合でも、前述のように控訴趣意書の提出期限が指定されるまで、申し立てから2から3週間かかることが多いので、第1回の期日まで、控訴提起から早くとも2ヶ月半から3ヶ月程度かかることが多いと思われます。
3.公判期日には、第一審と同じく(今回のケースでは、控訴審は、被告人が申し立てる形になるので、検察官の起訴状の朗読から始まる第一審とはその意味では異なりますが)、控訴趣意書の陳述、証拠調べの請求等のあと、被告人質問や情状証人の尋問が行なわれます。被告人質問や情状証人の尋問等の「事実の取調べ」は控訴審では「必要がある」と裁判所が判断したときに行なわれる(同393条1項)のが建前です。行われる場合でも、質問事項についてはかなり制限され、第一審判決後に生じた事情(同393条2項)に限られているかのようにも思える訴訟指揮が行なわれるが実際です。先に述べた控訴趣意書の陳述にしても、実際には事前に裁判所に控訴趣意書を提出しており、裁判所が眼を通しているので、法廷で行なわれるのは「控訴趣意書の通り陳述します。」というだけのやりとりであることも珍しくありません。
その理由は、刑事裁判の控訴審(上告審も同じ、民事訴訟は上告審だけが事後審制です)は、事後審制になっていることにあります(刑訴377条乃至381条)。事後審制は原審の記録を基にして原則的に第一審の判決の当否を事後的に判断するので、新たな主張を許さず、控訴審で弁護人(又は検察官)の主張は原審判決の当否に関する単なる意見にすぎないわけです。しかし、原審判決後に生じた事情(又、原審で主張できなかった事情)も適正、公平な判断のため例外的に主張を許しています(すなわち刑訴382条の2は事後審制の例外であり続審制との折衷を図っています)。従って、刑事弁護活動(検察官の主張も)の力点は当前第一審ということになるわけです。刑事裁判は身柄拘束を伴い被告人の生命、身体、財産の自由を奪う手続きですから迅速性が要求され、主張立証を原審に限り終了するという事後審制がとられているのです。このように事後審制は、もともと被告人の基本的人権を考慮して採用されていますから、裁判の公正を期すため続審制の内容となる刑訴382条の2が控訴審弁護活動で活用されています。これに対し民事訴訟は、金銭経済問題が中心であり控訴審まで続審制がとられています(民訴296条2項、298条)。今回のケースのように、事実に争いがなく、判決後の情状の主張のみで量刑を争う場合は、控訴審の審理が、ひどく事務的なものに映る被告人も少なくないと思います。第1回の審理で結審する場合には、審理が終わると判決期日が指定されます。これも事案によりますが、2週間後以降になることが多いと思います。
4.以上のように控訴審の手続きは、控訴の申し立てから最低でも3ヶ月から4ヶ月程度の期間を要します。控訴提起前にあたる控訴提起期間中の未決勾留日数は当然に刑の執行段階で算入されます(同495条1項)が、控訴提起後の身柄拘束の扱いは、判決の内容によって異なることになります。控訴審の判決は、基本的には2種類で、控訴に理由がないということになると「本件控訴を棄却する」という主文となります。(本件でいえば、刑期については5年のままということです。)この場合、控訴提起からの身柄拘束期間(未決勾留期間)が刑期に算入されるかどうか(未決算入)は、あくまで、裁判所の裁量です。事件の内容や個々の裁判所の判断により、相場というものすら明確ではありませんが、算入されたとして、未決勾留日数の3割から4割程度のことが多く、もちろん全く考慮されないこともあります。逆に、第一審の量刑が不当であるなど、控訴に理由があると判断されれば、「原判決を破棄する」という主文になります。この場合は、控訴提起後の身柄拘束期間はやはり、当然に刑の執行段階で算入されることになります(同495条2項)。
5.質問のご趣旨は、控訴した方が良いかどうかということだと思いますが、以上のようなことを踏まえ、ご本人にご決断していただくことになるかと思います。控訴したとしても、検察官側も控訴するということがなければ、判決自体が第一審より不利益(控訴審で5年以上の判決が言い渡される)になることはありません。その意味では、第1審の判決に納得がいかなければ、控訴することに問題は全くありません。もっとも、強盗致傷の5年という判決が、一般論として重すぎるということはないと思いますし、第一審において主張すべきところは全て主張し、控訴審において第一審後の新たな主張(有利な事実)が一切ない、という場合には、控訴審が原審を破棄する可能性は逆に低いとも思います。その場合には、上記述べたとおり、控訴期間中の身柄拘束が、刑の執行として、全く考慮されないということもありうるということは理解しておくべきだと思います。
6.なお、強盗致傷という犯罪は、従来から刑が重すぎるというので平成16年法改正がなされ下限が6年以上の懲役になりました。改正前は、7年以上の懲役刑であり酌量減刑しても3年6月となり、3年以下の執行猶予が付けられませんでしたので(刑法25条1項)、事案により執行猶予を可能にしたのです。本件被告人の犯行内容は不明ですが、初犯、被害金額、傷害の程度が軽ければ、示談内容に問題があるかも知れません。本件犯罪は被害者の財産、身体の自由であり完全な個人的法益が保護の対象です。仮に、被害者に対し十分な賠償、謝罪、補償ができ、被害者が実刑を求めない嘆願書なりを作成してもらえるなら、まだ執行猶予の可能性は残されていると思います。示談内容に問題ないかどうかいろいろな弁護人に意見を求めてみましょう。
《参照条文》
刑事訴訟法
第五十五条 期間の計算については、時で計算するものは、即時からこれを起算し、日、月又は年で計算するものは、初日を算入しない。但し、時効期間の初日は、時間を論じないで1日としてこれを計算する。
二 月及び年は、暦に従つてこれを計算する。
三 期間の末日が日曜日、土曜日、国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日、1月2日、1月3日又は12月29日から12月31日までの日に当たるときは、これを期間に算入しない。ただし、時効期間については、この限りでない。
第二百八十五条 (控訴期間) 控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。
第二百九十六条 (口頭弁論の範囲等) 口頭弁論は、当事者が第一審判決の変更を求める限度においてのみ、これをする。
2 当事者は、第一審における口頭弁論の結果を陳述しなければならない。
第二百九十七条(第一審の訴訟手続の規定の準用) 前編第一章から第七章までの規定は、特別の定めがある場合を除き、控訴審の訴訟手続について準用する。ただし、第二百六十九条の規定は、この限りでない。
第二百九十八条 (第一審の訴訟行為の効力等)第一審においてした訴訟行為は、控訴審においてもその効力を有する。
2 第百六十七条の規定は、第一審において準備的口頭弁論を終了し、又は弁論準備手続を終結した事件につき控訴審で攻撃又は防御の方法を提出した当事者について、第百七十八条の規定は、第一審において書面による準備手続を終結した事件につき同条の陳述又は確認がされた場合において控訴審で攻撃又は防御の方法を提出した当事者について準用する。
第三百七十三条 控訴の提起期間は、14日とする。
第三百七十四条 控訴をするには、申立書を第一審裁判所に差し出さなければならない。
第三百七十六条 控訴申立人は、裁判所の規則で定める期間内に控訴趣意書を控訴裁判所に差し出さなければならない。
2 控訴趣意書には、この法律又は裁判所の規則の定めるところにより、必要な疎明資料又は検察官若しくは弁護人の保証書を添附しなければならない。
第三百七十七条 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、その事由があることの充分な証明をすることができる旨の検察官又は弁護人の保証書を添附しなければならない。
一 法律に従つて判決裁判所を構成しなかつたこと。
二 法令により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三 審判の公開に関する規定に違反したこと。
第三百七十八条 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつてその事由があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
一 不法に管轄又は管轄違を認めたこと。
二 不法に、公訴を受理し、又はこれを棄却したこと。
三 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと。
四 判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること。
第三百七十九条 前二条の場合を除いて、訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
第三百八十条 法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、その誤及びその誤が明らかに判決に影響を及ぼすべきことを示さなければならない。
第三百八十一条 刑の量定が不当であることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて刑の量定が不当であることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
第三百八十二条 事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
第三百九十三条 控訴裁判所は、前条の調査をするについて必要があるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で事実の取調をすることができる。但し、第382条の2の疎明があつたものについては、刑の量定の不当又は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことのできない場合に限り、これを取り調べなければならない。
二 控訴裁判所は、必要があると認めるときは、職権で、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状につき取調をすることができる。
第四百九十五条 上訴の提起期間中の未決勾留の日数は、上訴申立後の未決勾留の日数を除き、全部これを本刑に通算する。
二 上訴申立後の未決勾留の日数は、左の場合には、全部これを本刑に通算する。
1.検察官が上訴を申し立てたとき。
2.検察官以外の者が上訴を申し立てた場合においてその上訴審において原判決が破棄されたとき。
刑事訴訟規則(控訴趣意書の差出期間・法第三百七十六条)
第二百三十六条 控訴裁判所は、訴訟記録の送付を受けたときは、速やかに控訴趣意書を差し出すべき最終日を指定してこれを控訴申立人に通知しなければならない。控訴申立人に弁護人があるときは、その通知は、弁護人にもこれをしなければならない。
2 前項の通知は、通知書を送達してこれをしなければならない。
3 第一項の最終日は、控訴申立人に対する前項の送達があつた日の翌日から起算して二十一日目以後の日でなければならない。
4 第二項の通知書の送達があつた場合において第一項の最終日の指定が前項の規定に違反しているときは、第一項の規定にかかわらず、控訴申立人に対する送達があつた日の翌日から起算して二十一日目の日を最終日とみなす。