新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース (質問)先日,東京にて歩道を歩いていたところ,後ろから成人男性2人乗りの自転車に衝突され,怪我をしてしましました。自転車の運転者について,被害届や告訴状を警察に提出することはできないのでしょうか? (解説) (2)次に,重過失傷害罪(刑法211条1項後段)について検討します。重過失とは,「人の死傷の結果がその具体的状況下において通常人として容易に予見できたのに,これを怠り,あるいは,結果を予見しながら,その回避の措置をとることが同様容易であったのに,これを怠ったというような注意義務の懈怠の著しい場合」をいいます(東京高判昭62.10.6判時1258−136)。自転車の運転の場合に重過失傷害罪が適用された例として,赤信号を見落として自転車を「けんけん乗り」で走行し,青信号に従って横断を開始した横断歩行者の集団に突っ込んで横断歩行者に傷害を負わせた事案(東京高判昭57.8.10判時1073−153)があります。本事案では,「被告人は,わずかの注意を用いることにより赤色信号を確認しえたのは勿論,それを確認しておれば,直ちに停止措置を講ずるなどして横断中の歩行者との衝突も十分に回避しえた」として重過失が認められた上で,被告人は罰金15万円に処せられました。 (3)自転車の運転の場合,以上のとおり過失傷害罪や重過失傷害罪が適用され得るのですが,業務上過失傷害罪(刑法211条1項前段)は適用されません。なぜなら,自転車の運転は,運転自体の危険性が乏しく,また,日常生活上誰でも利用できるものであり,社会生活上の地位に基づくものとはいえないことから,同罪の「業務(判例において業務とは注意義務が加重され罪が重くなることから社会生活上の一定の地位に基づき継続反復して従事するものであり人の身体,生命に危害を加える恐れのある仕事と解釈されています)」には当たらないからです(なお,自動車運転過失傷害罪(後記)の施行前は,自動車の場合については,同罪が適用されていました。)。 (4)また,自転車の運転の場合,自動車運転過失傷害罪(刑法211条2項 平成19年6月12日午前0時施行)も適用されません。なぜなら,自転車は構造上生命身体侵害の危険性が少ないので「自動車」には該当しないからです。 2.では,本件では,過失傷害罪と重過失傷害罪のどちらが適用されるでしょうか。 (2)本件においては,まず自転車の2人乗りであること。これは前記道交法に違反しており運転自体が不安定になり人身事故発生の危険性が高くなる状態であり傷害という結果発生の認識が容易にもかかわらず,あえて運転しており注意義務違反が大きいと評価することができます。次に,歩道を走行することができる特別な条件はご質問から窺われませんから,やはり道交法に違反し相当危険な行為であるといわざるを得ないでしょう。昨今の自転車運転に対する取締り強化の状勢に鑑みると,本件の場合,「注意義務の懈怠の著しい場合」に当たり重過失が認められ,重過失傷害罪が適用される可能性は高いといえます。さらに,自転車の荷台に2人乗りして同乗した人も,自ら危険性の高い乗車設備のない自転車に乗車して公共の交通の危険性を高める結果になりますので,道交法により処罰されます。罰金2万円です(道交法55条3項,同法121条1項6号)。 (3)なお,重過失致傷罪と道交法違反の犯罪が成立するとして,刑を科する場合,別々の犯罪行為と評価して「確定裁判を経ていない2個以上の罪」(併合罪,刑法45条)にするか,刑法54条「1個の行為が2個以上の罪名に触れ」として観念的競合(放火して人を殺すと放火罪と殺人罪の観念的競合)になるか道交法違反の事件ではよく問題になります(併合罪の方が観念的競合より刑が重くなります。罰金であれば併科されます。刑法48条。観念的競合は科刑上1罪であり重い罰金だけ科せられます)。1個の行為とは,判例上「法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで,行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合」と抽象的で理解が難しいのですが,最高裁(最高裁判所大法廷(上告審)昭和49年 5月29日判決)は,酒酔い運転と業務上過失致死で判例を変更して観念的競合から併合罪として科刑しています。酒酔い運転中の行為の中の一部の行為が業務上過失致死行為ですので,業務上過失致死の科刑だけでは酒酔い運転の犯罪行為を全部評価できませんから,2個の犯罪として科刑することになるわけです。本来1個の行為で2つ以上の罪に該当する場合,重い罪だけで処断するという観念的競合の根拠は,犯罪行為が1つなのに2つの刑を科すると1つの行為についてあたかも2重処罰の危険(憲法39条後段)があり,被告人の利益に反するということにあります。従って,重い罪の犯罪行為ですべて他の軽い犯罪を評価し尽くされているということが必要であり(互いの犯罪行為が態様,時間において一致し重なっている場合),重い罪の行為(業務上過失致死)が軽い罪の行為(酒酔い運転)と一致していないような場合(過失行為は酒酔い運転の中の一部の行為である場合)は観念的競合とは言えないでしょうから,併合罪とせざるを得ないと思います。判例の「法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合」とはこのような意味であると思われます。この点については深い議論があり,最後に当該判例を掲載しますので参考にしてください。従って,以上の趣旨からは本罪は併合罪と評価され罰金刑の併科になるものと思われます(刑法47条,48条)。 3.以上より,本件の場合,重過失傷害罪として被害届や告訴状を警察に提出することができるでしょう。警察が受理してくれない場合は,弁護士に相談した上で,告訴状の提出を依頼するとよいでしょう。 4.なお,以上はあくまで刑事の話でして,あなたが怪我をしたことについて金銭を請求したいということであれば,警察に被害届を出すことなどとは別に,運転者(状況によっては同乗者)に対し,不法行為(民法709条)に基づいて損害(治療費,休業損害,精神的損害等)の賠償を請求する必要があります。ご本人では難しいと思われる場合は,弁護士に相談した上で,損害賠償の請求を依頼するとよいでしょう。 ≪参考条文≫ 憲法 刑法 道路交通法 東京都道路交通規則 民法 ≪参考判例≫
No.805、2008/11/4 11:19 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm
【自転車運転と刑法及び道路交通法上の責任・科刑上の問題】
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(回答)重過失傷害罪(刑法211条1項後段),道交法違反(同55条,57条)として被害届や告訴状を警察に提出することができるでしょう。
1.自転車を運転していて他人に傷害を負わせた場合,どのような犯罪の適用が問題となるのでしょうか。
(1)まず,過失傷害罪(刑法209条)について検討します。同罪における「過失」とは,傷害の結果が予見できたのに,これを怠り,又は,結果を予見しながら,その回避の措置をとることができたのに,これを怠った場合をいいます。自転車の運転の場合に同罪の「過失により」とされた例として,被告人は,氷約70キログラムを後部荷台に載せて自転車を時速約15キロメートルで走行させ,信号機の表示に従って交差点を西から東に横断しようとし,交差点西側の南北横断歩道手前に差し掛かった際,斜め左前方3.1メートルの横断歩道を北から南に渡ろうとしていた被害者を発見したが,被害者対面信号は赤色表示であり被告車を避けると思って進行したところ,被害者が進行を続けたために接触したという事案(大阪高判昭42.1.18判タ208−206)があります。本事案では,被告人が警音機の操作により被害者の注意を喚起し,その避譲を促す処置をしなかった点に過失があるとされました(もっとも,告訴権者による告訴がなかったため,公訴は棄却されました。刑法209条2項。)。
(1)本件の場合,自転車の2人乗りをしていたということですが,東京都では自転車に運転者以外の者を乗せることは禁止されています(道路交通法57条2項,東京都道路交通規則10条(1)ア なお,罰則につき2万円以下の罰金又は科料(道路交通法121条1項7号))。次に,自転車は原則として車道(または自転車道)を通行しなければいけません(道交法17条1項,車両とは2条の定義から自転車は含まれないように読めますが,3項の文言から17条の車両に含まれることになります。他の条文でも同様です)。従って,歩道の自転車運転は一定の条件がなければ禁止されています(道交法63条の4)。すなわち,自転車通行可能な標識がある場合,児童等車道を通行することが危険な場合,さらに「車道又は交通の状況に照らして当該普通自転車の通行の安全を確保するため当該普通自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき。」です。やむをえない場合という抽象的な表現ですが,車道の交通量が多く自転車通行が危険で歩道を運転せざるをえないような状況を指すと思います。道路交通法は,いわゆる取締法規というもので,これに違反したからといって,即,過失傷害罪ないし重過失傷害罪が適用されるというわけではありませんが,交通事故における注意義務の内容を明らかにしているものとはいえます。
第三十九条 何人も,実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については,刑事上の責任を問はれない。又,同一の犯罪について,重ねて刑事上の責任を問はれない。
(併合罪)
第四十五条 確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは,その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り,併合罪とする。
(併科の制限)
(有期の懲役及び禁錮の加重)
第四十七条 併合罪のうちの二個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは,その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを長期とする。ただし,それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。
(罰金の併科等)
第四十八条 罰金と他の刑とは,併科する。ただし,第四十六条第一項の場合は,この限りでない。
2 併合罪のうちの二個以上の罪について罰金に処するときは,それぞれの罪について定めた罰金の多額の合計以下で処断する。
(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
第五十四条 一個の行為が二個以上の罪名に触れ,又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは,その最も重い刑により処断する。
2 第四十九条第二項の規定は,前項の場合にも,適用する。
第209条 過失により人を傷害した者は,30万円以下の罰金又は科料に処する。
2 前項の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない。
第211条 業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする。
2 自動車の運転上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。ただし,その傷害が軽いときは,情状により,その刑を免除することができる。
(乗車又は積載の方法)
第五十五条 車両の運転者は,当該車両の乗車のために設備された場所以外の場所に乗車させ,又は乗車若しくは積載のために設備された場所以外の場所に積載して車両を運転してはならない。ただし,もつぱら貨物を運搬する構造の自動車(以下次条及び第五十七条において「貨物自動車」という。)で貨物を積載しているものにあつては,当該貨物を看守するため必要な最小限度の人員をその荷台に乗車させて運転することができる。
2 車両の運転者は,運転者の視野若しくはハンドルその他の装置の操作を妨げ,後写鏡の効用を失わせ,車両の安定を害し,又は外部から当該車両の方向指示器,車両の番号標,制動灯,尾灯若しくは後部反射器を確認することができないこととなるような乗車をさせ,又は積載をして車両を運転してはならない。
3 車両に乗車する者は,当該車両の運転者が前二項の規定に違反することとなるような方法で乗車をしてはならない。
(罰則 第一項及び第二項については第百二十条第一項第十号,第百二十三条 第三項については第百二十一条第一項第六号)
第57条 車両(軽車両を除く。以下この項及び第58条の2から第58条の5までにおいて同じ。)の運転者は,当該車両について政令で定める乗車人員又は積載物の重量,大きさ若しくは積載の方法(以下この条において「積載重量等」という。)の制限を超えて乗車をさせ,又は積載をして車両を運転してはならない。ただし,第55条第1項ただし書の規定により,又は前条第2項の規定による許可を受けて貨物自動車の荷台に乗車させる場合にあつては,当該制限を超える乗車をさせて運転することができる。
2 公安委員会は,道路における危険を防止し,その他交通の安全を図るため必要があると認めるときは,軽車両の乗車人員又は積載重量等の制限について定めることができる。
3 貨物が分割できないものであるため第1項の政令で定める積載重量等の制限又は前項の規定に基づき公安委員会が定める積載重量等を超えることとなる場合において,出発地警察署長が当該車両の構造又は道路若しくは交通の状況により支障がないと認めて積載重量等を限つて許可をしたときは,車両の運転者は,第1項又は前項の規定にかかわらず,当該許可に係る積載重量等の範囲内で当該制限を超える積載をして車両を運転することができる。
第十三節 自転車の交通方法の特例
(自転車道の通行区分)
第六十三条の三 車体の大きさ及び構造が内閣府令で定める基準に適合する二輪又は三輪の自転車で,他の車両を牽引していないもの(以下この節において「普通自転車」という。)は,自転車道が設けられている道路においては,自転車道以外の車道を横断する場 合及び道路の状況その他の事情によりやむを得ない場合を除き,自転車道を通行しなければならない。
(罰則 第百二十一条第一項第五号)
(普通自転車の歩道通行)
第六十三条の四 普通自転車は,次に掲げるときは,第十七条第一項の規定にかかわらず,歩道を通行することができる。ただし,警察官等が歩行者の安全を確保するため必要があると認めて当該歩道を通行してはならない旨を指示したときは,この限りでない。
一 道路標識等により普通自転車が当該歩道を通行することができることとされているとき。
二 当該普通自転車の運転者が,児童,幼児その他の普通自転車により車道を通行することが危険であると認められるものとして政令で定める者であるとき。
三 前二号に掲げるもののほか,車道又は交通の状況に照らして当該普通自転車の通行の安全を確保するため当該普通自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき。
2 前項の場合において,普通自転車は,当該歩道の中央から車道寄りの部分(道路標識等により普通自転車が通行すべき部分として指定された部分(以下この項において「普通自転車通行指定部分」という。)があるときは,当該普通自転車通行指定部分)を徐行しなければならず,また,普通自転車の進行が歩行者の通行を妨げることとなるときは,一時停止しなければならない。ただし,普通自転車通行指定部分については,当該普通自転車通行指定部分を通行し,又は通行しようとする歩行者がないときは,歩道の状況に応じた安全な速度と方法で進行することができる。
(罰則 第二項については第百二十一条第一 項第五号)
第121条 次の各号のいずれかに該当する者は,2万円以下の罰金又は科料に処する。
六 第五十四条(警音器の使用等)第二項又は第五十五条(乗車又は積載の方法)第三項の規定に違反した者
七 第57条(乗車又は積載の制限等)第2項又は第60条(自動車以外の車両の牽引制限)の規定に基づく公安委員会の定めに違反した者
八 第58条(制限外許可証の交付等)第3項の規定により警察署長が付した条件に違反した者
第10条 法第57条第2項の規定により,軽車両の運転者は,次に掲げる乗車人員又は積載物の重量等の制限をこえて乗車をさせ,又は積載をして運転してはならない。
(1) 乗車人員の制限は,次のとおりとする。
ア 二輪の自転車には,運転者以外の者を乗車させないこと。
イ 二輪の自転車以外の軽車両には,その軽車両に本来設けられている乗車装置に応じた人員を超える人員を乗車させないこと。
ウ 16歳以上の運転者が幼児用座席を設けた二輪又は三輪の自転車を運転する場合は,ア及びイの規定にかかわらず,その幼児用座席に6歳未満の者を1人に限り乗車させることができる。
エ 自転車専用若しくは自転車及び歩行者専用の規制(標識令別表第1の規制標識のうち,「自転車専用」又は「自転車及び歩行者専用」の標識を用いた法第8条第1項の道路標識による規制で,当該道路標識の下部に「通行を禁止する車両からタンデム車を除く」の表示がされているものに限る。)が行われている道路又は道路法(昭和27年法律第180号)第48条の8に規定する自転車専用道路において,タンデム車(2以上の乗車装置及びペダル装置が縦列に設けられた二輪の自転車をいう。)を運転する場合は,アの規定にかかわらず,その乗車装置に応じた人員までを乗車させることができる。
オ 16歳以上の運転者が6歳未満の者1人を子守バンド等で確実に背負つている場合の当該6歳未満の者は,アからウまでの規定の適用については,当該16歳以上の運転者の一部とみなす。
(2) 積載物の重量の制限は,次のとおりとする。
ア 積載装置を備える自転車にあつては30キログラムを,リヤカーをけん引する場合におけるそのけん引されるリヤカーについては120キログラムを,それぞれこえないこと。
イ 四輪の牛馬車にあつては2,000キログラムを,二輪の牛馬車にあつては1,500キログラムをそれぞれこえないこと。
ウ 大車(荷台の面積1.65平方メートル以上の荷車をいう。以下この条において同じ。)にあつては750キログラムをこえないこと。
エ 牛馬車及び大車以外の荷車にあつては450キログラムをこえないこと。
(3) 積載物の長さ,幅又は高さは,それぞれ次の長さ,幅又は高さをこえないこととする。
ア 長さ 自転車にあつてはその積載装置の長さに0.3メートルを,牛馬車及び大車にあつてはその乗車装置又は積載装置の長さに0.6メートルを,それぞれ加えたもの
イ 幅 積載装置又は乗車装置の幅に0.3メートルを加えたもの
ウ 高さ 牛馬車にあつては3メートルから,牛馬車以外の軽車両にあつては2メートルから,それぞれの積載をする場所の高さを減じたもの
(4) 積載の方法は,次のとおりとする。
ア 前後 積載装置(牛馬車にあつては乗車装置を含む。)から前後に最もはみ出した部分の合計が,自転車にあつては0.3メートルを,牛馬車にあつては0.6メートルを,それぞれこえないこと。
イ 左右 自転車にあつてはその積載装置から,自転車以外の軽車両にあつてはその乗車装置又は積載装置から,それぞれ0.15メートルをこえてはみ出さないこと。
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
最高裁判例(最高裁判所大法廷(上告審)昭和49年 5月29日判決)
所論は,原判決は,酒に酔い正常な運転ができないおそれのある状態で普通乗用自動車を運転した罪と酒酔いのため前方注視が困難な状態に陥り直ちに運転を中止し事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに,これを怠つて運転を継続した過失による業務上過失致死罪とが同一の機会に発生した事案につき,右両罪は併合罪の関係にあると判示しているが,この判断は所論引用の各判例に違反するというのである。所論引用の判例のうち,当審判例(昭和三二年(あ)第二三七七号同三三年四月一〇日第一小法廷決定・刑集一二巻五号八七七頁)は,極度の疲労と睡気を覚え,ために前方を十分注視することも,ハンドル,ブレーキ等の確実な操作もできない状態にあつて正常な運転をすることができないおそれがあつたので,運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠つて仮睡状態のまま自動車の運転を継続した過失により前方を同方向に進行中の二台の自転車に相次いで衝突し,一名に傷害を負わせ,一名を死に至らしめたという事案につき,無謀運転と業務上過失傷害,無謀運転と業務上過失致死の間にはそれぞれ観念的競合の関係があり結局一罪として処断すべきであるとの原判断は正当であると判示したものであるが,これを本件事案と対比すると,いずれも,正常な運転ができないおそれがある状態での道路交通法規に違反した運転の継続中に運転中止義務違反の過失による業務上過失致死傷が行なわれたことは共通であり,ただ正常な運転ができないおそれがある状態が一方は過労と睡気のためであるのに対し,他方はアルコールの影響によるものであるという点を異にするにすぎないものであるから,両者は同種の事案というほかはない。したがつて,所論のとおり原判決は右判例と相反する判断のもとになされたものといわなければならない。所論のうち,福岡高等裁判所の判例に違反するという点は,最高裁判所の判例がある場合であるから,刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。しかしながら,刑法五四条一項前段の規定は,一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において,これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ,右規定にいう一個の行為とは,法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで,行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきである。ころで,本件の事例のような,酒に酔つた状態で自動車を運転中に過つて人身事故を発生させた場合についてみるに,もともと自動車を運転する行為は,その形態が,通常,時間的継続と場所的移動とを伴うものであるのに対し,その過程において人身事故を発生させる行為は,運転継続中における一時点一場所における事象であつて,前記の自然的観察からするならば,両者は,酒に酔つた状態で運転したことが事故を惹起した過失の内容をなすものかどうかにかかわりなく,社会的見解上別個のものと評価すべきであつて,これを一個のものとみることはできない。 したがつて,本件における酒酔い運転の罪とその運転中に行なわれた業務上過失致死の罪とは併合罪の関係にあるものと解するのが相当であり,原判決のこの点に関する結論は正当というべきである。以上の理由により,当裁判所は,所論引用の最高裁判所の判例を変更して,原判決の判断を維持するのを相当と認めるので,結局,最高裁判所の判例違反をいう論旨は原判決破棄の理由とはなりえないものである。