夫婦間で信仰、宗教観が異なる場合に離婚原因になるか

民事|婚姻|信仰の自由|離婚原因|婚姻を継続しがたい重大な事由

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

妻が2年前から新興宗教に入信し、最近では布教活動に熱心なあまり、2人の幼い子供がいるにもかかわらず、食事・掃除・洗濯などを怠るようになりました。部屋じゅうにお札を飾ったり、奇妙な経を唱えたりしています。できればやり直したいのですが、妻は話し合いに応じる様子はありません。

このままだと子供がかわいそうなので、離婚して私が子供を引き取ることも考えています。これから妻とはどのように話し合っていけばいいのでしょうか?法律や裁判所の判断基準はどうなっていますか?

回答:

1.夫婦間の宗教観の違いが離婚原因(民法770条1項5号、婚姻を継続しがたい重大な事由に該当するかどうか)になるかどうかは以下の点から判断することになります。

①夫婦の信仰、宗教観の違い、宗教活動により日常の家庭生活に大きな支障が生じているかどうか。具体的には日常家事の放棄の程度が大きいかどうか。

②未成年の子の教育監護について意見の異なる宗教的行為を事実上強制し宗教活動の影響があるかどうか。

③異なる宗教観、宗教活動が原因で長期間の議論、説得が行われたか。またそれが原因で別居(事実上の別居も含む)等の事情があるか。

④互いに意見の異なる宗教活動により当事者の婚姻継続の意思の喪失程度はどの程度か。

以上を総合的に判断して、婚姻関係破綻が深刻でもはや回復できないような事態かどうかを判断することになります。

2.本件夫婦がやり直すためには、まず夫婦関係の円満調整を申し立てることが必要であると思います。当事者の調停、協議がまとまらず、どうしても離婚を求めるのであれば、家庭裁判所に離婚調停を申し立て、また離婚訴訟をすることになりますが、2人の幼い子供がおり食事・掃除・洗濯などを怠る程度にもよりますが、2年前からのことであり、お札を飾り、奇妙な経を唱えただけでは、離婚原因すなわち、民法770条1項5号の「婚姻を継続しがたい重大な事由」にならないと思われます。

3.その他、事務所事例集663号654号535号523号を参照してください。

4.手続き等については、事務所ホームページ、法の支配と民事訴訟実務入門。各論4、婚姻費用分担請求を自分でやる。(家事審判、非訟事件、人事訴訟。)各論6、離婚訴訟を自分でやる。を参考にしてください。

5.離婚原因に関する関連事例集参照。

解説:

1.問題点

本件のように、妻が新興宗教に入信して夫婦間で宗教観、信仰が異なり家庭内で宗教的行事を行い、日常の家庭生活に影響が生じている場合、離婚原因となるか、すなわち民法770条1項5号「婚姻を継続しがたい重大な事由」に該当するか問題となります。

2.婚姻を継続しがたい重大な事由に該当する事案

結論から言いますと、「婚姻を継続しがたい重大な事由」に該当するかどうかは以下の点から判断することになります。

①夫婦の信仰、宗教観の違い、宗教活動により日常の家庭生活に大きな支障が生じているかどうか。具体的には日常家事の放棄の程度が大きいかどうか。

②未成年の子の教育監護について意見の異なる宗教的行為を事実上強制し宗教活動の影響があるかどうか。

③異なる宗教観、宗教活動が原因で長期間の議論、説得が行われたか。またそれが原因で別居(事実上の別居も含む)等の事情があるか。

④互いに意見の異なる宗教活動により当事者の婚姻継続の意思の喪失程度はどの程度か。

以上を総合的に判断して婚姻関係破綻が深刻でもはや回復できないような事態かどうかを判断することになります。

以下説明いたします。

3.具体的な判断基準

「婚姻を継続しがたい重大な事由」とは、判例学説の集積により抽象的には婚姻関係が深刻に破綻し婚姻の本質である共同生活の回復の見込がない場合をいいますが、具体的判断基準は、

①婚姻中の当事者の一切の言動

②当事者の婚姻継続の意思

③子の有無、年齢、意思

④当事者の思想信条、年齢、経歴、健康状態、職業、資産収入、性格等一切の事情

であり、全体的総合的に判断することになります。

4.判断基準の必要性

民法770条1項5号は、定義内容が示すように、離婚について破綻主義(反対概念、は有責主義)を明らかにしたものです。婚姻の本質は、精神的、肉体的、経済的に一体となって家庭共同生活を支えあい、互いの個人の尊厳を充実させ高めあうことにあります。

しかし、不幸にして種々の事情から共同家庭生活の実態が失われ回復できないようであれば婚姻継続の意義、個人の尊厳保障の目的は失われますので、当事者どちらかの責任にかかわらず離婚を法的に認めているのです。

しかし、夫婦関係は、社会生活を形成する基本的単位であり、安易に強制的解消(裁判上の離婚)を認めることは、両当事者の精神的、経済的基盤を奪い、家庭生活の構成員であり経済的精神的に保護が必要な子の生活権、成長し教育を受ける権利を奪う危険も内包しています。さらに、夫婦、子の基本的親族関係は、社会国家を構成する重要要素ですので慎重なる判断が求められ裁判所の後見的裁量権(770条2項はその現れです)も認められているのです。従って、その判断は、前述の基準により総合的に判断されることになります。

5.本件の問題点

夫婦は精神的に一体となって家庭生活を維持していくことが求められますので、夫婦の一方が、他方の意思に反して特定の宗教観を持ち家庭内で宗教的行為を行うことが夫婦関係の本質に反し婚姻を継続できない理由となるか問題となります。

結論からいえば、互いに異なる宗教観を持ち家庭内で宗教的行為を行うこと自体婚姻の本質には反しないと思います。家族関係、夫婦関係といえども、互いに独立対等の個人が存在することが前提であり(憲法24条)、個人の独立対等の地位は思想良心の自由、宗教(憲法19条)、信仰の自由(憲法20条)により成り立っているからです。自由主義国家において人間は生まれながらに自由であり、個人の尊厳が保障(憲法13条)されており、自ら考え、自由に思想、信仰を持つことなくして個人の自由、尊厳など保持することなどできません。思想良心の自由、信仰の自由は、おのずとあらゆる書籍等を見る自由、考えを発表する出版の自由、宗教的行動の自由(憲法21条)をも持つことなになります。

しかし、その自由も、第三者の思想良心の自由、宗教の自由等、第三者の利益を侵害できませんので(憲法12条)、一定の制限があります。これは夫婦関係でも同様であり、他方の利益を侵害することは許されません。以上の宗教観、宗教的行為の問題は裁判上の離婚においては破綻を判断する1つの基準にすぎませんから、その他宗教活動により家庭生活の機能が甚大な影響を受けること、宗教活動に基づき子の教育にも影響を与え一般的宗教観を否定する状況、意見対立の経緯、時間、別居期間の長さ、夫婦の家庭保持の意思等総合的に斟酌し、事実上婚姻関係が修復不可能と思われる理由が必要です。

6.宗教的行為が離婚原因となりうるか

本件においては、「聞いたことがないような宗教に入信したから」「部屋にお札を飾って、気持ち悪い経を唱えている」などの事情がありますが、これらの行為は妻の宗教信仰の自由、宗教的行為の自由の範囲内の行為と考えられます。ただ、食事・掃除・洗濯などを怠るようになり家庭生活、子供の看護、教育に影響があるようですがその程度がどれほどのものか不明ですし、信仰心が生じてからまだ2年ですので婚姻関係が深刻に破綻し婚姻の本質である共同生活の回復の見込がないとまでは言い切れないと思います。

しかし、宗教活動によって長期間にわたり子供の面倒を見ることができない、家事がほとんどできないなどという実害が生じ、さらには長期の別居に至るようであれば、婚姻関係が破綻していると認められる場合があるでしょう。又、夫婦には同居し、互いに扶助していかなければならない義務がありますが、宗教活動、出家のため長期間にわたり同居に応じない場合は、「悪意の遺棄」にあたり、同居義務違反がみとめられる可能性もあります(770条1項2号)。

7.離婚が認められた判例

離婚が認められた判例を紹介します。

①広島地裁平成5年6月28日判決

判旨です。

「原告が二人の子供に右教義を教え込まれたくないと考えたり、家族一緒に正月を祝い、先祖供養のため墓参りをする等世間一般に行われていることはしたいと考えて、被告に対し右宗教に傾倒しないようにその宗教活動の中止を求めても、右教義の内容に照らし、原告だけが間違っていると非難することはできず、原告の考え方や気持ちを無視している被告にも責任があるというべきである。原告はもう少し被告の信仰に寛容になってもよいのではないかという考え方があるかもしれないが、本件の場合寛容になることは、その宗教の教義でもつて被告が行動し、二人の子供が、右教義を教え込まれ、実行させられるのを是認するのと同じことであり、原告は、これは夫としてまた父として耐え難いことであると述べているのであって、原告が寛容でないことを理由に原告に破綻の主な責任があるという考えには到底参しすることはできない。よつて、原告には婚姻を継続し難い重大な事由があるから、原告の本訴請求は民法七七〇条一項五号によりみとめられるべきである。」

・本判例の検討

このケースでは、妻が、子供を自分の信仰する宗教の集会などに参加させ、また、地域行事を欠席させたりするようになったことについて、原告である夫は、2人の子供(判決時10歳、13歳)に妻が信仰する宗教の教義を教え込まれることに強く反対し、長期間に渡り(昭和60年から5年以上)何度も宗教活動の中止を求めたが、妻の信仰は非常に強固で、活動を自粛することもなく、別居期間も7年間に達していました。別居が7年になっていることが離婚を認めた主な理由と考えられますが、別居の原因となっている妻の宗教活動に対する夫の対応を是認できるか否かが争点となったと考えられます。裁判所は、妻の宗教活動が具体的に夫婦関係に影響を与え、それが別居の原因となり7年も別居が継続している以上離婚を認めてもやむを得ないと考えたわけです。7年間の宗教活動への反対、それに基づく長期の別居期間、2人の幼い子に対する具体的宗教活動の教育等から考えて妥当な判断と思われます。

・親権の決定について

なお、子供がいる場合は離婚の裁判では親権者も裁判所が決めることになります。子供の親権については、児童心理学や教育学の観点から、一般に母親が有利に判断されるケースが多くなっていますが、子供が15歳以上で明確な意思確認をなし得る場合や、育児放棄や児童虐待・暴力行為があった場合、また、父親との事実上の養育状態が長期に円満に継続していた場合などには、父親が親権者と判断される場合もあり得ます。本件では7年間の別居期間に亘って、父親とその両親の養育が現実に継続し、その生活も安定していたことから、親権は夫に認められました。このように、宗教や信仰が直接に親権者指定の判断に影響することはありませんが、子供の生活状態が総合的に考慮され、結果として、裁判離婚でも、父親が親権を獲得できるケースもあると考える事ができます。但し、父親が親権を取るというのは、例外的なケースになりますので、父親側の主張立証は詳細かつ慎重に行う必要があると思います。

②東京地方裁判所平成9年10月23日判決

家庭内の宗教活動が原因となって別居2年、意見の対立は10年程度の事案です。

③大分地方裁判所昭和62年1月29日離婚請求事件判決

宗教活動(週日5日活動)の行き過ぎから主婦としての義務(食事の用意など家事を放棄するかのような行動)を果たさず、子供(3歳、1歳)の教育看護(伝道活動に子供を連れていく。近所付き合い等を禁止)に支障が出た例で、別居も数年に及んだ事例です。

④東京高裁昭和58年9月20年 民14部判決

離婚等本訴・同反訴請求控訴、同附帯控訴事件です。判決は、決定的な宗教心の違いにより互いの離婚請求を認めています。唯、夫は自らの宗教心を隠して結婚したことから100万円の慰謝料支払い義務が認められています。

8.離婚が認められなかった判例

次に離婚が認められなかった判例を紹介します。

①名古屋高等裁判所(控訴審)平成 3年11月27日判決

判旨

「我が国の風土からして、親戚や地域社会との付き合いを重視する被控訴人の考えも、一概に排斥できないとはいえ、被控訴人が、前記信教の自由という理念に理解を致して、今少し控訴人の信仰に寛容になり、一貫して被控訴人や子供たちに愛情を抱いている控訴人の心情を汲み取ろうとする姿勢を示していれば、二人が別居することはなかった筈である。」「別居後二年以上経ているとはいえ、この別居期間は決して旧に復するには長すぎる期間ではないし、控訴人は、現在被控訴人や子供たちに強い愛情を抱き、共に、家庭生活を営むことを念頭するとともに、それが可能となった場合には、宗教活動も家庭生活に影響のないような程度にする意志でいる。」「そうであれば、これからでも、被控訴人が控訴人の信仰やそれに基く活動にもう少し寛容な態度をとり、控訴人を妻及び母として受け入る努力をすれば、控訴人の宗教活動は家庭生活の支障となるべきものではなく、なお婚姻生活を回復する余地があるものと考えられる。」

・本判例の検討

この判例では、妻の宗教活動は、「週に一回伝道者にきてもらって聖書の研究をしたに過ぎず、これにより、家事をおろそかにしたことがないばかりか、聖書を学んだことにより、夫を愛し、子を愛し、家事に勤しむことの重要性を感じ、それを実行してきた」したがって、「控訴人による悪意の遺棄があるとは認められず、また、被控訴人と控訴人の婚姻関係には婚姻を継続しがたい重大な事由があるとは言えないところであり、被控訴人の離婚請求は理由がない」として、離婚を認めませんでした。以上のように、単なる信仰の違いだけでは離婚原因として認めらないといって良いでしょう。宗教活動による夫婦家庭関係に対する現実の弊害が重大で、そのため別居期間が相当期間になっていること、婚姻を継続するための努力や話し合いは十分にしたにもかかわらず応じないなどの具体的な事実が必要になります。

②名古屋地裁豊橋支部昭和62年3月27日判決(離婚等請求事件)

この事件は、信仰をしても家庭生活継続にさほどの障害が生じておらず、むしろ、夫の宗教に対する理解が不十分であるところに2年の別居の原因があった事件です。

9.最後に

以上が、判例に基づく離婚訴訟となった場合の見通しです。お子様のためにも、夫婦で一定の決まりを設けて、もう一度やっていきたいとお考えであれば、家庭裁判所に「夫婦関係円満調整の調停」を申し立ててみることをおすすめします。これは、離婚ではなく夫婦関係の修復を目的とする調停です。夫婦双方の主張を聞いた上で、事実関係の調査をおこない、双方にその行動を改めるという合意ができた場合にはその合意が調停調書に記載されます。

なお、この「行動を改める」という合意を法的に強制することはできませんが、夫婦関係に関する経過を示す重要な資料となりますので、この合意に違反したと主張して離婚調停・裁判を起こすような場合には重要な証拠のひとつとして提出することができます。お困りの場合は、一度、近くの弁護士事務所に御相談になってみると良いでしょう。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

憲法

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

○2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

○3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

民法

(裁判上の離婚)

第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。

一 配偶者に不貞な行為があったとき。

二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。

三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。

四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。

五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。