新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は古い外車が好きで,インターネットを利用したオークション取引で購入しようと思っています。インターネットオークションは,通常の中古車販売業者から買うよりも値段が安くて魅力的なのですが,どの程度の損傷や欠陥があるのかが分からず心配です。もし,そうした傷や欠陥があった場合は,損害賠償請求等ができるのでしょうか。 解説: ≪民法570条≫ ≪「隠れた瑕疵」の意味≫ ≪1年の除斥期間≫ 【裁判例――平成16年4月15日東京地裁判決(控訴審)】 ≪東京簡裁第一審判決≫ ≪東京地裁控訴審≫ 【裁判例の判断基準】 【証拠保存の重要性】 【さらなる問題点――瑕疵担保責任免責特約】 【雑感】 【参照法令】 ≪民法≫
No.813、2008/11/11 15:55
[民事・消費者・インターネットオークションでの中古車売買・瑕疵担保責任]
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回答:
1.損傷や欠陥の程度,売買契約締結に至る経緯等によりますが,売主の瑕疵担保責任を追及することにより契約の解除や損害賠償請求ができる場合もあり,近年,裁判例も生まれ,学者も論文を発表しています。しかし,仮にそれらが可能だとしても,そのためにかかる手間暇や費用を考えると結局は「安物買いの銭失い」「骨折り損のくたびれ儲け」となる危険は否めず,購入前に慎重を期すことが最高の対策かと思います。
2.通常、中古車の売買契約では、2つに分かれ大手業者が行う保証期間が有る契約(例えば、3ヶ月、3000キロ保証)、と小規模業者、ブローカーが行う「現状渡し」、「ノークレーム」といって保証期間のない売買があります。本件は、業者でなく個人が行った免責特約のない売買であり中古車売買の経験がない人の取引と思われます。
【売主の瑕疵担保責任とは】
≪制度趣旨≫
瑕疵担保責任は特定物売買において信義則、公平の原理から買主保護のために特に法が認めた特別責任です。条文上「売買の目的物に隠れた瑕疵が」と規定していますが、この目的物とは解釈上特定物(目的物の個性に着目した売買、反対概念は不特定物です)を意味します。不特定物売買(例えば新車の売買)に隠れた瑕疵が有れば,売買契約の内容から債務を履行したことになりませんから修理、損害賠償、契約の解除が当然可能で有り,特に法律で責任を規定する必要はありません(民法415条、541条以下)。しかし,特定物売買では売買の目的物はこの世に1つそのものしかありませんから、瑕疵が明らかであろうとなかろうと,契約自由の原則により売主の債務は当事者が決めたその目的物を引き渡し履行すれば,法律上の責任を果たしたことになってしまうのです。隠れた瑕疵でも元々契約当時から原始的に(瑕疵の部分について)履行が一部不能であり,履行自体がしようとしても出来ない契約です。契約後の後発的不能である履行不能(契約後中古車が燃えてなくなった場合は責任が生じます)とは異なるのです。しかし、買い主としては、瑕疵がないものと思って取引し、瑕疵がないことを前提として相応する代金を支払っているのでこれを救済する必要がありますが、錯誤(民法95条、動機の錯誤になり一般に無効主張は困難)、詐欺(民法96条、売主の欺罔行為が必要)では要件が厳しく適用が困難です。そこで、法は特別に、私的自治の原則に内在する信義則、公平の原理(民法1条)により例外的に法が特別に買主保護のため損害賠償請求権と解除権を認めました。これが瑕疵担保責任です。従って、「隠れた」という意味は買い主の善意のみならず、無過失まで解釈上要求されることになります。又、責任追及の請求権、解除権(1年)の行使期間は公平上認められた例外的権利であり早期権利関係確定の必要上時効期間ではなく除斥期間と解釈されています(時効中断は有りません)。その他「瑕疵」の内容の解釈に当たっても契約全体から見て特に買い主を保護する必要性があるかどうかも慎重に検討する必要があります。
民法には売主の瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)を定めた条項があります(民法570条,566条1項)。売主の瑕疵担保責任とは,売買の目的物に「隠れた瑕疵」があった場合,売主に対する損害賠償を認め,さらに,その瑕疵のために契約の目的を達することができないときは,契約の解除を認めるものです。
ここにいう「隠れた瑕疵」とは,次のような意味に解されています。まず,「瑕疵」とは,欠陥のことで,その種類のものとして通常備えているべき品質・性能を備えていないことをいいます。そして,その「瑕疵」が「隠れた」ものといえるためには,瑕疵の存在について善意・無過失であること,つまり,買主が売買当時その瑕疵を知らず,さらに,「その瑕疵を知らないことについて過失がないこと」が必要です。単にあなたが瑕疵の存在に気付けなかっただけでなく,一般通常人の観察力をもってしても,その瑕疵を知ることができなかったといえるのであれば「過失はなかった」と評価されるでしょう。
売主の担保責任については,権利行使が可能な期間(除斥期間)が瑕疵の存在を知ったときから1年以内と定められています(民法566条3項)。
もし,落札した中古車に欠陥があって,売主との間で紛争になった場合どうなるかについて,大いに参考になると思われる裁判例がありますのでご紹介します。
≪概要≫
インターネットオークションでイタリア車であるアルファロメオの中古車を6万4000円で落札・購入した買主が,その中古車に隠れた瑕疵があったとして,売主に対し損害賠償として,落札代金,オークションシステム料,修理費用,慰謝料等合計76万円余りを請求した事例。
本件は,請求金額が140万円以下だったことから,第一審が簡易裁判所で行われました。判決は,買主の請求を1円も認めない請求棄却でした。争点は,落札時に知ることができなかった瑕疵について,その存在を予測できたかということ,つまり,買主に「過失がなかった」といえるかという点でした。判決理由の概略は,売主が出品中のオークションサイトにおいて,車両の全体写真や運転席部分の写真のほか,車両の現状や損傷部分についてのコメントが載せられ,初心者に対し落札に対して注意を促し,むしろ初心者については落札を控えるようにとのコメントを出していること,出品価格が低廉であることに照らし,ある程度の瑕疵があることは予測できたはずだとするものです。そして,中古車売買においては,売買当時にある程度の損傷が存在することは当然で,代金額も修理費用を見込んで決定されるものであり,今回の修理代を落札価格に加算すると,同年式の同車種の相場の範囲内に収まることから,買主は,修理することを前提として,相応する代価で同年式同車種の中古車を取得しただけのことであるとしています。結局,落札した中古車の瑕疵は「隠れた瑕疵」にはあたらないとされ,請求は認められませんでした。
簡裁で第一審の判決がされた場合の控訴審は高裁ではなく地裁で行われます。控訴審は第一審判決を変更して,76万円余りの請求のうち3万円だけを認めました。判決理由の概略は,第一審をほとんど踏襲していますが,オークションサイト上で走行それ自体には問題がないかのような記載がされていたにもかかわらず,実際には安全な走行それ自体が困難となるような瑕疵も含まれていた点については,落札価格の安さを考えても予想外の損傷であり,「隠れた瑕疵」にあたるとして,その部分の修理代金相当額である3万円についてだけは損害賠償請求権があるとしています。
上記裁判例の事案では,売主は,オークションサイト上で売ろうとする中古自動車にいくつかの損傷・欠陥があることを示していましたが,ありとあらゆる不具合を全部表示していたわけではありませんでした。しかし,未修理の中古品が市場価格に比して著しく低廉な価格で売買されるときは,オークションサイトで指摘された以外にも損傷個所があるとの予想の下で落札価格が決まるとして,サイト上で指摘されなかった不具合についても売主の責任を認めませんでした。ところが,自動車として通常備えているべき安全に走行する性能を欠いていることについては,たとえ著しく安価な中古品であっても瑕疵にあたるとしています。したがって,オークションサイトで紹介されなかった損傷・不具合が安全な走行それ自体に直結するものかどうかというところは,売主の瑕疵担保責任が認められるか否かについて一つの判断基準になりうるといえるでしょう。
もっとも,本事案では,オークションサイト上の説明書や,売主と買主との間で修理が必要となる部分や予想される費用についてやりとりしていたメール内容から,上記の判断に至っています。オークションサイト上に走行自体に問題がないかのような記載がされていたことからそこについては売主の責任を認める一方,そのほかの部分については,落札後のことですが,売主と買主との間で修理費用がどれくらいかかりそうかについての質問と回答がなされており,こうしたことからもある程度の修理を要することは織り込み済みだったと認めています。もし,買主が落札前に問い合わせをして,売主があたかもほとんど修理費用がかからないかのような回答をしていた事案だったとすれば,仮に落札価格がある程度低廉だったとしても結論を異にしたかもしれません。つまり,前提となる事実が異なれば,異なる判断がされる可能性があります。そして,その事実について当事者間に争いがある場合,裁判所は当事者が提出した証拠によってその事実を認定します。こうしたことから,万一のトラブルに備えて,オークションサイト画面,出品者との連絡メール,引渡直後の商品の状況がわかる写真等をきちんと保存しておくことが大切だといえます。本件中古車売買の価格、態様を全体的に考察すれば法が特別に認める買主保護の必要性は特に見あたらず瑕疵担保責任の制度趣旨から裁判所の判断は妥当であると思われます。
ところで,上記裁判例では問題とならなかったものの,同種事案でいつ生じてもおかしくないものとして「瑕疵担保責任免責特約」の問題があります。ここまでご説明してきた売主の瑕疵担保責任は,当事者間の合意・特約によって排除し,適用しないこととすることができます。ネットオークションでしばしば用いられる「ノークレーム・ノーリターン」という言葉は,この瑕疵担保責任免責特約の趣旨と解する余地があるでしょう。買主がノークレーム・ノーリターンを承諾して落札・購入すれば,売主の瑕疵担保責任は追及できなくなってしまうかもしれないということです。しかし,ノークレーム・ノーリターンを唱えさえすれば何でも免責されるわけではありません。まず,そもそも瑕疵担保免責特約の合意があったかどうかそれ自体を争えないか検討する余地があります。次に,民法上,売主が知りながら告げなかった事実については免責が及ばないことと定められていることから,瑕疵担保責任免責特約の合意をした当時,売主が当該瑕疵を知っていたことを証明できれば,仮に瑕疵担保責任免責特約の合意があったと認められてしまった場合でも,特約による免責の効果を覆すことができます。この点,「知っていたこと」という売主の心の中を直接証明することは容易ではないでしょう。おそらく,オークションサイト内での出品状況,引渡直後の売買目的物の状況といった周辺事情から慎重に立証していく必要が出てきます。そのためにも,前述のとおり,万一のトラブルに備えて証拠を確保しておくことが重要なのです。さらに,立証が困難となると予想されるものの,売主が消費者契約法上の「事業者」にあたることが証明できれば,瑕疵の存在を知っていたか否かに関わりなく,瑕疵担保責任免責特約自体が無効であると主張することも可能でしょう。
今回ご紹介した裁判例の買主は,76万円の支払いを求めて第一審と控訴審を闘って,結局3万円しか認めてもらえませんでした。売主としては,請求のほとんどが退けてもらえたとはいえ,控訴審まで訴訟に付き合わなければならず,さらにその控訴審では,折角第一審では全部勝訴したのに,結局3万円だけですが支払いを命じられてしまいました。双方,時間と手間と費用をかけて消耗した揚句の結論がこれです。ネットオークションでは中古車を安く購入できる可能性がありますが,紛争を事前に回避する注意を忘れないことが肝要です。落札前に出品者と十分に打合せをしてください。
(債務不履行による損害賠償)
第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
(履行遅滞等による解除権)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(売主の瑕疵担保責任)
第570条
売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第566条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。
(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第566条1項
売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
2項
略
3項
前2項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から1年以内にしなければならない。
(担保責任を負わない旨の特約)
第572条 売主は、第560条から前条までの規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実及び自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利については、その責任を免れることができない。