新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:同族会社を経営していますが,ゆくゆくは後継者への引継ぎを考えています。その関係でそちらのホームページの事例集705番を読みましたが,そこに書かれている黄金株についてもう少し教えてください。 解説: 【黄金株の利用方法】 【黄金株発行の手順】 【黄金株の危険性】 【危険性への対処】 【最後になりましたが黄金株制定の趣旨について説明します】 2.株式会社の最終的な意思決定は,すべて,株式数による多数決です。その一方で,株式は,市場,及び市場外の買付(TOB株式公開買付,金融商品取引法27条の2第1項,特定株式の5%以上を市場外で買い付ける場合等では株主を公平に扱うことが必要であり認められています。取得内容は一般投資家保護のため監督庁に届出します。)によれば自由に取得することができます。その段階で,企業買収の意図を見抜くことは困難であり,いわゆる敵対的企業買収(経営者と意見が合わない買収。この場合一般株主の利益を結果的に損なう買収という意味に解釈する方が分かりやすいと思います。敵対するのは経営者でなく株主になります。)に対して有効な対抗手段をとれない場合もあります。 3.敵対的企業買収に対する手段は種々考えられていますが,例えば,ライブドア対ニッポン放送のいわゆる敵対的企業買収事件(保全異議申立事件,東京地方裁判所平成17年(モ)第3074号,平成17年3月16日決定。ニッポン放送側が行った新株予約権発行の差止めを求める仮処分に対する異議申立事件。判旨後記参照。保全抗告の東京高裁も同趣旨です。)で対抗処置が取られた第三者(経営者側の第三者,フジテレビ)に対する取締役会決議による新株予約権発行が旧商法280条ノ10にいう「著シク不公正ナル方法」に該当するので差し止めとなりました。裁判所は,会社,株主の利益に反する不当な買収と認めるほどの理由がないとして,本来適正な資金調達を目的とする新株予約権発行制度を経営者の地位保全のための買収防止に利用することを認めませんでした。すなわち判断基準は一般株主に不利益かどうかという点が常にポイントになっています。この点,ブルドックソース事件(株主総会決議禁止等仮処分命令申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件,最高裁判所第二小法廷平成19年(許)第30号,平成19年8月7日決定)では同じ新株予約権の発行(買収者を差別する無償割り当て)の問題でしたが一般株主保護の観点から企業防衛策として認められています。株主総会の特別決議により予約権発行の対象が全株主(買収者も入るが対価を支払う取得条項付きで結果的に予約権は行使はできない)で,買収者に公正な経営をできるような経歴,性格が認められない点で株主保護のための新株予約権発行と認定しています。ライブドア事件を参考に対策が取られたのでしょう。 4.そこで,不当な意図を持ってなされた株式取得による経営参加を最終的に阻止し,一般投資家,株主の保護,公正な経営,公正な取引秩序維持(法の支配)のため用意されているのが(事前の抑止力も影響する)拒否権付き株式(黄金株。合併,取締役解任,営業譲渡について簡単に反対阻止できます。)です。しかし,この株式は権限が強大で使い方によっては両刃の剣であり,性質上現在の経営陣の地位を維持保護するために利用される危険も常に内在し,株主平等の原則(会社法109条)からも問題視されています。日本において現在黄金株を発行している上場会社は,国際石油開発帝石株式会社(黄金株株主は経済産業大臣。エネルギー資源保持のため会社経営を安定化させ株主を保護する目的)だけのようです。今後一般会社が黄金株を発行するのであれば,拒否権行使のルール確立(会社の利益,一般株主保護の場合にしか行使できないという基本原則の確立。会社法108条2項8号,ロ参照)が非常に大切であると思われます。 5.本件は閉鎖会社における事業承継の事案ですが,適正な経営,株主の利益保護という黄金株本来の趣旨を十分活用できるかが常に問題となると思います。 【参照法令】 ■ 会社法 ■ ■ 金融商品取引法 ■ 【参照判例】 (ライブドア,ニッポン放送仮処分事件の東京地裁判決文) 東京高裁判決抜粋(保全抗告) (ブルドックソース敵対的買収事件)最高裁判所第二小法廷平成19年(許)第30号,平成19年8月7日決定 ク 譲渡による本件新株予約権の取得については,相手方取締役会の承認を要する。
No.816、2008/11/18 15:43
[商事,株式,黄金株,中小企業の事業承継、黄金株の制定趣旨]
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回答:
1. 黄金株とは,会社法108条1項8号所定の拒否権付種類株式の通称です。株主総会又は取締役会で決議すべき事項のうちのある特定の事項について,通常の株主総会決議や取締役会決議だけでなく,さらに黄金株の株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とさせる株式のことを指します。言い換えると,株主総会決議や取締役会決議がなされても,黄金株の株主総会でそれを否決することができるようになります。黄金株は,通常1株しか発行しません。つまり,そのたった1人の株主による株主総会(=黄金株の株主自身)に拒否権が与えられることになります。黄金株の株主が適切な人物であれば,その人物による経営監視機能に期待することができます。
2.商法改正,平成18年5月施行会社法制定の趣旨も最後に記載しましたので参考にしてください。
【種類株式のひとつとしての黄金株】
株式は,均一に細分化された割合的単位の形を取る株式会社の社員たる地位と定義され,1株の内容はどれも同じなのが原則です。もっとも,株式会社の資金調達の便宜等のため,議決権がない代わりに配当が優遇される株式が認められるなど,平成17年に「会社法」が制定される前の旧商法時代から内容の異なる複数の種類の株式を認める法改正が何度も繰り返されてきました。現在では,会社法108条1項において9つの事項について異なる内容を定めることが認められています。黄金株はその種類株式の1種で,その性質から会社事業の円滑な継承のために利用されることもあります。
単純な方法としては,現経営者であるあなたが生涯黄金株を保有し続け,遺言により,後継者となるべき者に相続させたり,遺贈したりすることで,他の株式の帰趨にかかわらず重要事項についての拒否権を持たせることが考えられます。生前に少しずつ後継者への株式移転(売買や贈与)をして,後継者へのスムーズな経営権移譲と相続税対策を図りながら,あなた自身が黄金株を握っていれば,一定の睨みを利かせておくことができます。また,後継者が例えばまだ若い息子で,一気に経営のすべての権限を掌握することで暴走してしまう心配がある場合は,信頼できる番頭さんに後見人的な役割を依頼し,その人に黄金株を託すことも考えられます。
株式譲渡制限会社が黄金株を発行するための手順の概略は次のとおりです。
1:株主総会を招集する(会社法296条)。
2:株主総会の特別決議で,種類株式を発行できるように定款を変更する(会社法466条,309条2項11号。議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては,その割合以上)を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。)。
3:株主総会の特別決議で,株式の募集事項を決定する(一部は取締役会に委任することもできる。)。会社法309条2項5号,199条2項,200条1項。
4:募集株式の総額引受けを行う契約を締結する(特定の者が株式の総数を引き受ける場合。)。
5:募集株式の引受けと出資の履行をする。
6:株券を発行する。
7:必要事項の登記をする。
上記手順はあくまで概略です。特に株主総会については,手続に誤りがあると総会決議が無効になるなどの恐れがあり,もしそうなると,総会決議を前提として動かしてきた諸々が覆るという大変な事態を招いてしまいます。株主総会を含む上記手順全体について,黄金株を発行できるようにするための定款案の作成も含めて,弁護士の指導を受けることをお勧めします。また,登記が必要な事項は大きく2つに分けられます。ひとつは上記2の定款変更関連(上記2から2週間以内),もうひとつは上記5の発行済株式総数等の変更関連(上記5から2週間以内)です。日程の都合さえクリアできれば,一度の機会にまとめて登記手続を済ませることもできますので,株主総会の招集前に完璧なシナリオを用意しておくべきです。
黄金株は強力ですが,それゆえに取り扱いを誤ると会社を殺してしまいかねません。例えばあなたが黄金株を保持したまま,病気や事故で財産管理能力を喪失した場合,あなたの成年後見人等になった人物があなたの法定代理人としてあなたの行為を代理することになります。成年後見人は,善良なる管理者の注意をもってあなたの利益のために行動しますが,あなた自身であれば会社経営の機微を捉えて選択していたであろう行動と同じ行動をしてくれるとは限りません。今は信頼できる番頭さんも,あなたの死後,黄金株を握ったまま,後継者に協力し続けてくれるとは限りません。また,番頭さんが急に亡くなって,黄金株が番頭さんの親族に相続されてしまったらどうなるでしょうか。また,そういう不測の事態がなかったとしても,黄金株が強力であるということ自体に,機動的な経営が損なわれる危険が内在されています。通常の株主総会における賛成決議と黄金株の株主総会における拒否決議がぐるぐると繰り返されるようになっては,何も決めることができなくなります。あなた自身が黄金株を持つ場合であっても,いつか身を引く覚悟は持っていないとなりません。
こうした危険性を考えると,黄金株が平時にある状態は必ずしも望ましくありません。譲渡制限付き(会社法108条1項4号,2項4号)にすることは当然ですが,黄金株は事業を円滑に継承させるうえでの臨時の道具だと考え,予め,償却の計画まで立てておくべきです。また,定款に相続人に対する売渡請求条項の定めを置けば(会社法174条以下),黄金株を後継者ではない番頭さんに託す場合でも,その番頭さんに相続が発生したときは会社がその相続人に対して黄金株を売り渡すよう請求することができます。このほか,取得条項の定めを置けば,一定の事由が生じた場合に,会社が当該株主からその同意なしに取得できるようにすることもできます(会社側からの取得条項付き株式,会社法108条1項6号,2項6号)。取得の対価としては,金銭のほか会社の普通株式や他の種類株式を用いることも可能です。黄金株の発行にあたっては,危険への手当を怠らないようにご注意ください。
1.平成18年5月施行の新会社法(それまでは,「会社法」という名称の法律はなく,明治時代に制定された商法の第2章として会社に関する規定が置かれていましたが,日本経済及び国際的経済の実態に合わせ,商法から独立する形で会社法が制定されました。有限会社廃止,合同会社創設,機関組織改編などが主だった改正内容となっています。)でなぜ黄金株(拒否権付き種類株式)の規定が置かれたのかという点ですが,簡単にいえば,株式会社の本来所有者である株主,一般大衆投資家の利益保護,公正な取引秩序の確立にあります。株式会社は,営利を目的とする社団法人(旧商法規定,会社法5条は間接的に規定)であり,基本的特色は,所有と経営の分離にあります。所有と経営の分離は,企業の利潤追求のために,流通する大量の株式への出資者と経営者の専門家プロが結合することで,自然発生的にその組織,団体,機構が生まれましたが,その後巨大な利益を求め構造が複雑巨大化するに従い,さらに所有(株主)と経営は分離され一般株主は経営の実態に興味を失い,他人(経営者)任せになりつつあります。経営者が企業競争に打ち勝ち株主の利益を守ることは当然ですが,本来の所有者である株主から委任された経営者が,経営に関心のない株主の利益を事実上侵害し自己の地位,利益を保全しようとする危険も存在し,旧商法,新会社法は株主総会,取締役会,監査役,委員会(400条以下),忠実義務,代表訴訟,会計処理の規定(会社法432条以下)等により種々の対策をとっています。しかし,経営に興味のない株主の利益を侵害する危険性を有するのは会社外部にも存在し巨大な国際金融資本等により,表面上は業務提携,経営参加を装いながら,その実は対象とする会社の財産や権利を不当に取得したり,株価の高騰を誘って売り抜けたりすることで,結果として一般投資家を侵害する危険が生じるようになりました。
(異なる種類の株式)
第108条
1項
株式会社は,次に掲げる事項について異なる定めをした内容の異なる二以上の種類の株式を発行することができる。ただし,委員会設置会社及び公開会社は,第九号に掲げる事項についての定めがある種類の株式を発行することができない。
1号〜4号 略
5号 当該種類の株式について,株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること。
6号 当該種類の株式について,当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること。
7号 当該種類の株式について,当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること。
8号 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会,清算人会設置会社(第四百七十八条第六項に規定する清算人会設置会社をいう。以下この条において同じ。)にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち,当該決議のほか,当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの
9号 略
2項
株式会社は,次の各号に掲げる事項について内容の異なる二以上の種類の株式を発行する場合には,当該各号に定める事項及び発行可能種類株式総数を定款で定めなければならない。
1号〜4号 略
5号 当該種類の株式について,株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること 次に掲げる事項
イ 当該種類の株式についての前条第二項第二号に定める事項
ロ 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の他の株式を交付するときは,当該他の株式の種類及び種類ごとの数又はその算定方法
6号 当該種類の株式について,当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること 次に掲げる事項
イ 当該種類の株式についての前条第二項第三号に定める事項
ロ 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の他の株式を交付するときは,当該他の株式の種類及び種類ごとの数又はその算定方法
7号 当該種類の株式について,当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること 次に掲げる事項
イ 第百七十一条第一項第一号に規定する取得対価の価額の決定の方法
ロ 当該株主総会の決議をすることができるか否かについての条件を定めるときは,その条件
8号 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会,清算人会設置会社にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち,当該決議のほか,当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの 次に掲げる事項
イ 当該種類株主総会の決議があることを必要とする事項
ロ 当該種類株主総会の決議を必要とする条件を定めるときは,その条件
9号 略
3項
前項の規定にかかわらず,同項各号に定める事項(剰余金の配当について内容の異なる種類の種類株主が配当を受けることができる額その他法務省令で定める事項に限る。)の全部又は一部については,当該種類の株式を初めて発行する時までに,株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会,清算人会設置会社にあっては株主総会又は清算人会)の決議によって定める旨を定款で定めることができる。この場合においては,その内容の要綱を定款で定めなければならない。
(株主の平等)
第109条 株式会社は,株主を,その有する株式の内容及び数に応じて,平等に取り扱わなければならない。
2 前項の規定にかかわらず,公開会社でない株式会社は,第百五条第一項各号に掲げる権利に関する事項について,株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる。
3 前項の規定による定款の定めがある場合には,同項の株主が有する株式を同項の権利に関する事項について内容の異なる種類の株式とみなして,この編及び第五編の規定を適用する。
第五款 相続人等に対する売渡しの請求
(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)
第174条 株式会社は,相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し,当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる。
(売渡しの請求の決定)
第175条 株式会社は,前条の規定による定款の定めがある場合において,次条第一項の規定による請求をしようとするときは,その都度,株主総会の決議によって,次に掲げる事項を定めなければならない。
一 次条第一項の規定による請求をする株式の数(種類株式発行会社にあっては,株式の種類及び種類ごとの数)
二 前号の株式を有する者の氏名又は名称
2 前項第二号の者は,同項の株主総会において議決権を行使することができない。ただし,同号の者以外の株主の全部が当該株主総会において議決権を行使することができない場合は,この限りでない。
(売渡しの請求)
第176条 株式会社は,前条第一項各号に掲げる事項を定めたときは,同項第二号の者に対し,同項第一号の株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる。ただし,当該株式会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から一年を経過したときは,この限りでない。
2 前項の規定による請求は,その請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては,株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない。
3 株式会社は,いつでも,第一項の規定による請求を撤回することができる。
(売買価格の決定)
第177条 前条第一項の規定による請求があった場合には,第百七十五条第一項第一号の株式の売買価格は,株式会社と同項第二号の者との協議によって定める。
2 株式会社又は第百七十五条第一項第二号の者は,前条第一項の規定による請求があった日から二十日以内に,裁判所に対し,売買価格の決定の申立てをすることができる。
3 裁判所は,前項の決定をするには,前条第一項の規定による請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない。
4 第一項の規定にかかわらず,第二項の期間内に同項の申立てがあったときは,当該申立てにより裁判所が定めた額をもって第百七十五条第一項第一号の株式の売買価格とする。
5 第二項の期間内に同項の申立てがないとき(当該期間内に第一項の協議が調った場合を除く。)は,前条第一項の規定による請求は,その効力を失う。
第四款 募集新株予約権の発行をやめることの請求
第247条 次に掲げる場合において,株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,株式会社に対し,第二百三十八条第一項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる。
一 当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反する場合
二 当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合
(株主総会の招集)
第296条 定時株主総会は,毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならない。
2 株主総会は,必要がある場合には,いつでも,招集することができる。
3 株主総会は,次条第四項の規定により招集する場合を除き,取締役が招集する。
(株主総会の決議)
第309条 株主総会の決議は,定款に別段の定めがある場合を除き,議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。
2 前項の規定にかかわらず,次に掲げる株主総会の決議は,当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては,その割合以上)を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。この場合においては,当該決議の要件に加えて,一定の数以上の株主の賛成を要する旨その他の要件を定款で定めることを妨げない。
一 第百四十条第二項及び第五項の株主総会
二 第百五十六条第一項の株主総会(第百六十条第一項の特定の株主を定める場合に限る。)
三 第百七十一条第一項及び第百七十五条第一項の株主総会
四 第百八十条第二項の株主総会
五 第百九十九条第二項,第二百条第一項,第二百二条第三項第四号及び第二百四条第二項の株主総会
六 第二百三十八条第二項,第二百三十九条第一項,第二百四十一条第三項第四号及び第二百四十三条第二項の株主総会
七 第三百三十九条第一項の株主総会(第三百四十二条第三項から第五項までの規定により選任された取締役を解任する場合又は監査役を解任する場合に限る。)
八 第四百二十五条第一項の株主総会
九 第四百四十七条第一項の株主総会(次のいずれにも該当する場合を除く。)
イ 定時株主総会において第四百四十七条第一項各号に掲げる事項を定めること。
ロ 第四百四十七条第一項第一号の額がイの定時株主総会の日(第四百三十九条前段に規定する場合にあっては,第四百三十六条第三項の承認があった日)における欠損の額として法務省令で定める方法により算定される額を超えないこと。
十 第四百五十四条第四項の株主総会(配当財産が金銭以外の財産であり,かつ,株主に対して同項第一号に規定する金銭分配請求権を与えないこととする場合に限る。)
十一 第六章から第八章までの規定により株主総会の決議を要する場合における当該株主総会
十二 第五編の規定により株主総会の決議を要する場合における当該株主総会
第六章 定款の変更
第466条 株式会社は,その成立後,株主総会の決議によって,定款を変更することができる。
第二章の二 公開買付けに関する開示
第一節 発行者以外の者による株券等の公開買付け
(発行者以外の者による株券等の公開買付け)
第二十七条の二 その株券,新株予約権付社債券その他の有価証券で政令で定めるもの(以下この章及び第二十七条の三十の十一(第四項を除く。)において「株券等」という。)について有価証券報告書を提出しなければならない発行者の株券等につき,当該発行者以外の者が行う買付け等(株券等の買付けその他の有償の譲受けをいい,これに類するものとして政令で定めるものを含む。以下この節において同じ。)であつて次のいずれかに該当するものは,公開買付けによらなければならない。ただし,新株予約権を有する者が当該新株予約権を行使することにより行う株券等の買付け等及び株券等の買付け等を行う者がその者の特別関係者(第七項第一号に掲げる者のうち内閣府令で定めるものに限る。)から行う株券等の買付け等その他政令で定める株券等の買付け等は,この限りでない。
一 取引所金融商品市場外における株券等の買付け等(取引所金融商品市場における有価証券の売買等に準ずるものとして政令で定める取引による株券等の買付け等及び著しく少数の者から買付け等を行うものとして政令で定める場合における株券等の買付け等を除く。)の後におけるその者の所有(これに準ずるものとして政令で定める場合を含む。以下この節において同じ。)に係る株券等の株券等所有割合(その者に特別関係者(第七項第一号に掲げる者については,内閣府令で定める者を除く。)がある場合にあつては,その株券等所有割合を加算したもの。以下この項において同じ。)が百分の五を超える場合における当該株券等の買付け等
二 取引所金融商品市場外における株券等の買付け等(取引所金融商品市場における有価証券の売買等に準ずるものとして政令で定める取引による株券等の買付け等を除く。第四号において同じ。)であつて著しく少数の者から株券等の買付け等を行うものとして政令で定める場合における株券等の買付け等の後におけるその者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超える場合における当該株券等の買付け等
三 取引所金融商品市場における有価証券の売買等であつて競売買の方法以外の方法による有価証券の売買等として内閣総理大臣が定めるもの(以下この項において「特定売買等」という。)による買付け等による株券等の買付け等の後におけるその者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超える場合における特定売買等による当該株券等の買付け等
四 六月を超えない範囲内において政令で定める期間内に政令で定める割合を超える株券等の取得を株券等の買付け等又は新規発行取得(株券等の発行者が新たに発行する株券等の取得をいう。以下この号において同じ。)により行う場合(株券等の買付け等により行う場合にあつては,政令で定める割合を超える株券等の買付け等を特定売買等による株券等の買付け等又は取引所金融商品市場外における株券等の買付け等(公開買付けによるものを除く。)により行うときに限る。)であつて,当該買付け等又は新規発行取得の後におけるその者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超えるときにおける当該株券等の買付け等(前三号に掲げるものを除く。)
五 当該株券等につき公開買付けが行われている場合において,当該株券等の発行者以外の者(その者の所有に係る株券等の株券等所有割合が三分の一を超える場合に限る。)が六月を超えない範囲内において政令で定める期間内に政令で定める割合を超える株券等の買付け等を行うときにおける当該株券等の買付け等(前各号に掲げるものを除く。)
六 その他前各号に掲げる株券等の買付け等に準ずるものとして政令で定める株券等の買付け等
2 前項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等は,政令で定める期間の範囲内で買付け等の期間を定めて,行わなければならない。
3 第一項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等を行う場合には,買付け等の価格(買付け以外の場合にあつては,買付けの価格に準ずるものとして政令で定めるものとする。以下この節において同じ。)については,政令で定めるところにより,均一の条件によらなければならない。
4 第一項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等を行う場合には,株券等の管理,買付け等の代金の支払その他の政令で定める事務については,金融商品取引業者(第二十八条第一項に規定する第一種金融商品取引業を行う者に限る。第二十七条の十二第三項において同じ。)又は銀行等(銀行,協同組織金融機関その他政令で定める金融機関をいう。第二十七条の十二第三項において同じ。)に行わせなければならない。
5 第一項本文に規定する公開買付けによる株券等の買付け等を行う場合には,前三項の規定その他この節に定めるところによるほか,政令で定める条件及び方法によらなければならない。
6 この条において「公開買付け」とは,不特定かつ多数の者に対し,公告により株券等の買付け等の申込み又は売付け等(売付けその他の有償の譲渡をいう。以下この章において同じ。)の申込みの勧誘を行い,取引所金融商品市場外で株券等の買付け等を行うことをいう。
7 第一項の「特別関係者」とは,次に掲げる者をいう。
一 株券等の買付け等を行う者と,株式の所有関係,親族関係その他の政令で定める特別の関係にある者
二 株券等の買付け等を行う者との間で,共同して当該株券等を取得し,若しくは譲渡し,若しくは当該株券等の発行者の株主としての議決権その他の権利を行使すること又は当該株券等の買付け等の後に相互に当該株券等を譲渡し,若しくは譲り受けることを合意している者
8 第一項の「株券等所有割合」とは,次に掲げる割合をいう。
一 株券等の買付け等を行う者にあつては,内閣府令で定めるところにより,その者の所有に係る当該株券等(その所有の態様その他の事情を勘案して内閣府令で定めるものを除く。以下この項において同じ。)に係る議決権の数(株券については内閣府令で定めるところにより計算した株式に係る議決権の数を,その他のものについては内閣府令で定めるところにより換算した株式に係る議決権の数をいう。以下この項において同じ。)の合計を,当該発行者の総議決権の数にその者及びその者の特別関係者の所有に係る当該発行者の発行する新株予約権付社債券その他の政令で定める有価証券に係る議決権の数を加算した数で除して得た割合
二 前項の特別関係者(同項第二号に掲げる者で当該株券等の発行者の株券等の買付け等を行うものを除く。)にあつては,内閣府令で定めるところにより,その者の所有に係る当該株券等に係る議決権の数の合計を,当該発行者の総議決権の数にその者及び前号に掲げる株券等の買付け等を行う者の所有に係る当該発行者の発行する新株予約権付社債券その他の政令で定める有価証券に係る議決権の数を加算した数で除して得た割合
(公開買付開始公告及び公開買付届出書の提出)
第二十七条の三 前条第一項本文の規定により同項に規定する公開買付け(以下この節において「公開買付け」という。)によつて株券等の買付け等を行わなければならない者は,政令で定めるところにより,当該公開買付けについて,その目的,買付け等の価格,買付予定の株券等の数(株券については株式の数を,その他のものについては内閣府令で定めるところにより株式に換算した数をいう。以下この節において同じ。),買付け等の期間その他の内閣府令で定める事項を公告しなければならない。この場合において,当該買付け等の期間が政令で定める期間より短いときは,第二十七条の十第三項の規定により当該買付け等の期間が延長されることがある旨を当該公告において明示しなければならない。
(有価証券をもつて対価とする買付け等)
(公開買付けによらない買付け等の禁止)
(公開買付けに係る買付条件等の変更)
(公開買付開始公告の訂正)
(公開買付届出書の訂正届出書の提出)
第二十七条の八 公開買付届出書(その訂正届出書を含む。以下この条において同じ。)を提出した公開買付者は,内閣府令で定めるところにより,当該公開買付届出書に形式上の不備があり,記載された内容が事実と相違し,又はそれに記載すべき事項若しくは誤解を生じさせないために必要な事実の記載が不十分であり,若しくは欠けていると認めたときは,訂正届出書を内閣総理大臣に提出しなければならない。
(公開買付説明書等の作成及び交付)
(公開買付対象者による意見表明報告書等及び公開買付者による対質問回答報告書等の提出)
(公開買付者による公開買付けの撤回及び契約の解除)
(応募株主等による契約の解除)
(公開買付届出書等の公衆縦覧)
第二十七条の十四 内閣総理大臣は,内閣府令で定めるところにより,公開買付届出書(その訂正届出書を含む。次条第一項において同じ。)及び公開買付撤回届出書並びに公開買付報告書,意見表明報告書及び対質問回答報告書(これらの訂正報告書を含む。次条第一項において同じ。)を,これらの書類を受理した日から当該公開買付けに係る公開買付期間の末日の翌日以後五年を経過する日までの間,公衆の縦覧に供しなければならない。
(公開買付届出書等の真実性の認定等の禁止)
(公開買付けに係る違反行為による賠償責任)
(虚偽記載等のある公開買付開始公告を行つた者等の賠償責任)
(公開買付けに係る違反行為による賠償請求権の時効)
(公開買付者等に対する報告の徴取及び検査)
主 文
1 債権者と債務者間の東京地方裁判所平成17年(ヨ)第20021号新株予約権発行差止仮処分命令申立事件について,当裁判所が平成17年3月11日にした仮処分決定を認可する。
2 異議申立費用は債務者の負担とする。
理 由
第1 異議申立ての趣旨
1 主文1項記載の仮処分決定を取り消す。
2 債権者の上記仮処分命令申立てを却下する。
3 申立費用は債権者の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,債務者の株主である債権者が,平成17年2月23日の取締役会決議に基づいて債務者が現に手続中の新株予約権4720個の発行について,〔1〕特に有利な条件による発行であるにもかかわらず株主総会の特別決議がないため法令に違反すること,〔2〕著しく不公正な方法による発行であることを理由として,これを仮に差止めることを求めたものである。当裁判所は,平成17年3月11日,債権者の仮処分命令申立てを認容する決定(以下「原決定」という。)をしたが,債務者はこれに対して保全異議を申し立て,原決定の取消しを求めた。
債務者の異議申立て理由の主な骨子は,別紙1記載のとおりであり,これに対する債権者の反論の主な骨子は,別紙2記載のとおりである。
(なお,以下,略称等については,原決定において用いられているものを本決定においてもそのまま用いることとする。)
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件仮処分命令申立てには,被保全権利及び保全の必要性が存するから,これを認容した原決定は正当であると判断する。その理由は,後記2ないし7において,異議申立て理由に対する判断を付加するほかは,原決定の「理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 権限分配論は商法の解釈として採り得ないとの主張について
(1)債務者は,我が国では新株発行は取締役会の決議事項であり,取締役の行為によって株主構成が変更されることを商法は当然に予定しているのであるから,原決定が,権限分配論に基づき,取締役が株主構成に影響を与えることを原則違法としたのは誤りであると主張する。
(2)そこで検討すると,確かに,商法は授権資本制度を採用し(商法166条1項3号),授権資本枠内の新株等の発行を,原則として取締役会の決議事項としている(商法280条ノ2第1項,280条ノ20第2項)。そして,公開会社においては,株主に新株等の引受権は保障されていないから(商法280条ノ5ノ2,280条ノ27参照),取締役会決議により第三者に対する新株等の発行が行われ,既存株主の持株比率が低下する場合があること自体は,商法も許容しているということができる。
しかしながら,これは,資金調達や従業員に対するストック・オプションの付与のためといった本来取締役会の一般的な権限に委ねられた事項について,実際にこれらの必要性があると判断され,そのような経営判断に基づいて第三者に対する新株等の発行が行われた場合に,結果として,既存株主の持株比率が低下することがあることを許容しているにとどまるものであって,会社の支配権に現に争いが生じている場面において,取締役会が,支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者又はこれに友好的な特定の株主の支配権を維持・確保することを主要な目的として新株等を発行することまで,これを取締役会の一般的権限である経営判断事項として認めているとはいえないというべきである。商法上,取締役の選任・解任は株主総会の専決事項であり(商法254条1項,257条1項),取締役は株主の資本多数決によって選任される執行機関といわざるをえないから,被選任者たる取締役に,選任者たる株主構成を変更することを主要な目的とする新株等の発行権限を一般的に認めることは,商法が定める機関権限の分配秩序に明らかに反するものである。この理は,現経営者が,自己あるいは現経営者と友好的な特定の第三者の経営方針が買収者の経営方針より合理的であると信じた場合であっても同様に妥当するものであり,誰を経営者としてどのような方針で会社を経営させるかは,株主総会における取締役選任を通じて株主が資本多数決によって決すべき問題というべきであるから,現経営者が自己の信じる経営方針を維持するために,株主構成を変更すること自体を主要な目的として新株等を発行することは原則として許されないというべきである。一般論としても,取締役自身の地位の変動がかかわる支配権争奪の局面において,果たして取締役がどこまで公平な判断をすることができるのか疑問であるし,会社の利益に沿うか否かの判断自体は一義的に明確とはいえない上,同じく会社の支配関係に質的な変更をもたらす合併や株式移転が株主総会の決議事項となっていることとの均衡を考えても,誰を経営者としてどのような方針で会社を経営させるかを取締役会の判断に委ねることは許されないと解すべきである。そして,仮に好ましくない者が株主となることを阻止する必要があるというのであれば,定款に株式譲渡制限を設けることによってこれを達成することができるのであり,このような制限を設けずに市場から資本を調達しておきながら,多額の資本を投下して大量の株式を取得した株主が現れるやいなや,取締役会が事後的に,支配権の維持・確保は会社の利益のためであって正当な目的があるなどとして新株予約権を発行し,当該買収者の持株比率を一方的に低下させることは,投資家の予測可能性といった観点からも許されないというべきである。
これに対して,債務者は,権限分配を根拠とするのであれば事前の対抗策も全部否定されることになって明らかに不当であるし,原決定が権限分配を根拠としながら事前の対抗策の余地を残したのは矛盾していると主張する。しかしながら,上記の機関権限の分配秩序を前提としても,今後の立法によって,事前の対抗策を可能とする規定を設けることまで否定されるわけではない。また,後記(3)のとおり,機関権限の分配秩序も,株主全体の利益保護の観点からの対抗策をすべて否定するものではないから,新たな立法がない場合であっても,事前の対抗策としての新株予約権発行が決定されたときの具体的状況・新株予約権の内容(株主割当か否か,消却条項が付いているか否か)・発行手続(株主総会による承認決議があるか否か)等といった個別事情によって,適法性が肯定される余地もある。このように,権限分配を根拠としたからといって,事前の対抗策が論理必然的に否定されることになるわけではなく,原決定及び本決定の射程は,事前の対抗策の適否にまで及ぶものではない。債務者の上記批判は当たらない。
(3)以上述べたとおりであって,会社の支配権に現に争いが生じている場面において,支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者又はこれに友好的な特定の株主の支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権発行がされた場合には,原則として,商法280条ノ39第4項が準用する280条ノ10にいう「著シク不公正ナル方法」による新株予約権発行に該当すると解するのが相当である。
もっとも,支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行が許されないのは,取締役の権限の正統性は会社所有者たる株主の意思に基づくという機関権限の分配秩序によるものであるから,株主全体の利益の保護という観点から新株予約権発行を正当化する特段の事情がある場合には,例外的に,支配権の維持・確保を主要な目的とする発行も不公正発行に該当しないと解する余地がある。例えば,当該買収者たる株主が,真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず,ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式買取を行っている場合(いわゆるグリーンメイラーである場合)には,濫用目的をもって株式を取得した当該買収者は株主として保護するに値しない一方,当該買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから,取締役会は手段の相当性が認められる限り,一種の緊急避難的行為として,支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行を行うことが可能である。また,当該買収者がいわゆるグリーンメイラーと認められなくとも,当該買収者が支配権を取得すると会社に回復しがたい損害をもたらすことが明らかであって,他の株主はもちろん,買収者たる株主の利益を含めて考慮しても,これを阻止することが株主全体の利益に資すると認められる場合には,取締役会は手段の相当性が認められる限り,一種の緊急避難的行為として,支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行ができると考えられる。
したがって,現に支配権争いが生じている場面において,支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行が行われた場合には,原則として,不公正発行として差止請求の対象となるが,例外的に,株主全体の利益保護の観点から当該新株予約権発行を正当化する特段の事情があること,具体的には,買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではないこと,あるいは,買収者による支配権取得が会社に回復しがたい損害をもたらすことが明らかであることを会社が立証した場合には,会社の支配権の帰属に影響を及ぼすような新株予約権の発行も例外的な措置として許容されるというべきである。
3 支配権維持目的の認定は誤りであるとの主張について
(1)次に,債務者は,本件新株予約権の発行目的は,フジテレビの子会社となり,債務者の企業価値を維持・向上させる点にあるところ,原決定は,現経営陣の支配権の維持が主たる目的であると認定しており,明らかな事実誤認であると主張する。
(2)そこで検討すると,債務者取締役会は,債権者及び株式会社ライブドア・パートナーズ(以下「債権者等」という。)が債務者株式を大量に取得する以前から,フジテレビによる公開買付けに賛同することを決議していたものであり,社外取締役4名が本件新株予約権発行に賛成していることからしても,本件新株予約権発行が,債務者の現取締役の保身を目的として決定されたとは認められない。また,本件新株予約権が,フジサンケイグループに属する経営陣の個人的利益を図る目的で発行されたことを窺わせる証拠もない。
しかしながら,本件新株予約権の発行は,債権者等が債務者の発行済株式総数の約29.6パーセントに相当する株式を買い付けた後にこれに対する対抗措置として決定されたものであり,かつ,その予約権全てが行使された場合には,現在の発行済株式総数の約1.44倍にも当たる膨大な株式が発行され,債権者等による持株比率は約42パーセントから約17パーセントとなり,フジテレビの持株比率は新株予約権を行使した場合に取得する株式数だけで約59パーセントになるというのであるから(原決定8頁18行目から9頁2行目まで),債務者は企業価値の維持・向上が目的であると主張しているものの,その実体を見る限り,債権者等の持株比率を低下させ,フジテレビによる債務者の支配権確保を主要な目的とするものと同義であることは明白である。
以上によれば,本件新株予約権発行は,債務者の取締役が自己又は第三者の個人的利益を図るために行ったものではないとはいえるものの,会社の支配権に現に争いが生じている場面において,支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者に友好的な特定の株主の支配権を確保することを主要な目的として行われたものであるから,上記2のとおり,これを正当化する特段の事情がない限り,不公正発行に該当するといわざるを得ない。原決定が本件新株予約権発行について,「現経営陣の支配権を維持することを主たる目的とするものというべきである」と判示しているのは,上記の趣旨を述べているものと理解できるから,債務者の上記主張は採用することができない。
4 正当化のための特段の事情(企業価値の毀損防止)につき明白性まで立証しなければならないとするのは誤りであるとの主張について
(1)債務者は,原決定が企業価値の毀損防止につき明白性の立証を要求したことは,債務者側の立証責任のみを一方的に厳格にしているものであって,要件事実の立証につき疎明で足りるとする仮処分の性質に反し不当であると主張する。
(2)しかしながら,前記2のとおり,会社の支配権に現に争いが生じている場面において,支配権の維持・確保を主要な目的として行われた新株予約権発行は,原則として不公正発行に該当すると解されるから,例外的にこれを正当化する特段の事情があることは,抗弁事実として債務者が主張立証責任を負うと解すべきである。
そして,本件は仮処分事件であるから,その立証の程度は疎明で足りるが(民事保全法13条2項),支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行を正当化するに足りる「特段の事情」は,具体的には前記2(3)で示したような事情に限られるから,債務者は本件新株予約権発行についてこのような例外的事情が認められることを疎明しなければならない。原決定は,債務者に疎明を超える立証を要求したのではなく,債務者が主張し疎明の対象とすることのできる抗弁事実の内容を限定的に解しているにすぎないから,何ら仮処分の性質に反するものではない。よって,債務者の上記主張は採用することができない。
5 企業価値の毀損のおそれに関する事実認定に誤りがあるとの主張について
(1)債務者は,債権者が債務者の親会社となり,支配権を取得した場合,債務者及びその子会社に回復しがたい損害が生じるのは極めて明らかであるから,原決定が「債権者による支配権取得が債務者に回復しがたい損害をもたらすことが明らかとはいえない」と結論づけたことは事実誤認であると主張する。
(2)しかしながら,既に述べたとおり,会社の支配権に現に争いが生じている場面において支配権の維持・確保を主要な目的とした新株予約権を発行することが許容されるのは,前記2(3)のような例外的事情がある場合に限られるところ,原決定が認定したとおり(21頁11行目から26頁22行目まで),本件記録を精査しても,債権者が債務者の支配株主となった場合に,債務者に回復しがたい損害が生じることが明らかであることを疎明するに足りる証拠はなく,また,債権者が真摯に合理的経営を目指すものではないことを窺わせる証拠も提出されていない。よって,債務者の上記主張は採用できない。
6 債権者等の株式取得経緯は証券取引法違反であるとの主張について
(1)債務者は,本件のToSTNeT−1取引が証券取引法27条の2(強制公開買付)に違反しないとした原決定の判示は,全く形式的な解釈論であって,法の趣旨を全く考慮に入れていない点において不当であるし,仮にこれが証券取引法違反ではないとしても,公開買付規制の趣旨に反した不当な株式買占行為に対して対抗措置をとることは不公正発行に該当しないと主張する。
(2)しかしながら,本件のToSTNeT−1取引が証券取引法27条の2に違反しないことは,原決定(26頁23行目から28頁17行目まで)が判示するとおりである。また,債権者等がToSTNeT−1取引によって債務者株式を大量に買い付けたことについては,証券取引法27条の2の立法趣旨との関係において相当性を欠くとみる余地はあるとはいえ,これが現行法下で違法でないといえることは上記のとおりであり,買付方法に相当でない点があったということのみをもって,支配権確保を主要な目的とすることが明らかな本件新株予約権発行を正当化することはできない。証券取引法の解釈に当たっては,取引ルールの一義的明確性が要求されるというべきであり,条文に忠実な解釈を行うべきものであり,その観点からしても原決定の判断は相当というべきである。よって,債務者の上記主張も採用することができない。
7 株主としての不利益が存在しないとの主張について
(1)債務者は,商法280条ノ10にいう不利益を受けるおそれがある株主とは,当然株主であることを会社に対抗できる株主のことをいうから,原決定が名義書換を完了していない分も含めて債権者の不利益性を判断したのは商法206条に違反すると主張する。
(2)この点,確かに,債務者等への実質株主名簿の書換えがなされていない現時点では,債権者は3万1420株を超える株主であることを,株式会社ライブドア・パートナーズは1062万7410株(平成17年3月7日現在)の株主であることを,債務者に対抗することができない。しかしながら,本件のように,債務者も債権者等が大量の株式を有することを自認しており(甲11,16),名義書換請求に対する拒絶事由も特になく,半月後には実質株主名簿が書き換えられることが確実であるにもかかわらず,保管振替機関からの実質株主名簿書換えのための通知が9月末日と3月末日に限られているとの制度上の制約ゆえに,名義書換未了の株式数を不利益性判断の基礎から除外するのは明らかに不合理というべきである。したがって,上記のような本件事実関係のもとにおいては,平成17年3月31日以降に債務者に対抗できることになる株式数も含めて不利益性を判断すべきであって,債務者の上記主張は採用することができない。
8 結論
以上述べたとおりであって,債務者による本件新株予約権の発行は,その内容及び発行の経緯に照らしても,債権者による債務者の支配を排除し,現在債務者と友好的な関係にあるフジテレビによる債務者に対する支配権を確保するため行われたことが明らかである。そして,本件に顕れた事実関係(債権者等による債務者株式の立会外取引による取得,債権者代表者のマスコミに対する発言等)のもとでは,債務者の現経営者が,債権者による債務者の支配に対して不安を覚え,企業防衛のためにフジテレビとの関係強化が必要であると考えたこと自体は理解できなくはないが,そのために採用した本件新株引受権の大量発行の措置は,既に論じたとおり,本来債務者の取締役会に与えられている権限を逸脱したもので,著しく不公正な新株予約権の発行と認めざるを得ないのである。そうであるとすれば,債権者の本件仮処分命令申立てには,理由があると認められるから,これを認容した原決定は正当である。よって,主文のとおり決定する。
平成17年3月16日
東京地方裁判所民事第8部
「例えば,株式の敵対的買収者が,〔1〕真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず,ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式の買収を行っている場合(いわゆるグリーンメイラーである場合),〔2〕会社経営を一時的に支配して当該会社の事業経営上必要な知的財産権,ノウハウ,企業秘密情報,主要取引先や顧客等を当該買収者やそのグループ会社等に移譲させるなど,いわゆる焦土化経営を行う目的で株式の買収を行っている場合,〔3〕会社経営を支配した後に,当該会社の資産を当該買収者やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する予定で株式の買収を行っている場合,〔4〕会社経営を一時的に支配して当該会社の事業に当面関係していない不動産,有価証券など高額資産等を売却等処分させ,その処分利益をもって一時的な高配当をさせるかあるいは一時的高配当による株価の急上昇の機会を狙って株式の高価売り抜けをする目的で株式買収を行っている場合など,当該会社を食い物にしようとしている場合には,濫用目的をもって株式を取得した当該敵対的買収者は株主として保護するに値しないし,当該敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから,取締役会は,対抗手段として必要性や相当性が認められる限り,経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許されると解すべきである。そして,株式の買収者が敵対的存在であるという一事のみをもって,これに対抗する手段として新株予約権を発行することは,上記の必要性や相当性を充足するものと認められない」
1 本件は,相手方の株主である抗告人が,相手方に対し,相手方のする株主に対する新株予約権の無償割当ては,株主平等の原則に反し,著しく不公正な方法によるものであるから,会社法(以下「法」という。)247条1号及び2号に該当すると主張して,これを仮に差し止めることを求める事案である。
2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1)相手方は,ソースその他調味料の製造及び販売等を主たる事業とする株式会社であり,その発行する株式を株式会社東京証券取引所市場第二部に上場している。平成19年6月8日(以下,月日のみ記載するときは,すべて平成19年である。)時点における相手方の発行可能株式総数は7813万1000株,発行済株式総数は1901万8565株である。
(2)抗告人は,日本企業への投資を目的とする投資ファンドであり,5月18日時点において,関連法人と併せ,相手方の発行済株式総数の約10.25%を保有している。また,A(以下「A」という。)は,アメリカ合衆国デラウェア州法に基づき,抗告人のために株式等の買付けを行うことを目的として設立された有限責任会社であり,抗告人がそのすべての持分を有している。
(3)Aは,5月18日,相手方の発行済株式のすべてを取得することを目的として,相手方の株式の公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を行う旨の公告をし,公開買付開始届出書を関東財務局長に提出した。当初,本件公開買付けの買付期間は同日から6月28日まで,買付価格は1株1584円とされていたが,6月15日,買付期間は8月10日までに変更され,買付価格も1株1700円に引き上げられた。なお,上記の当初の買付価格は,相手方株式の本件公開買付け開始前の複数の期間における各平均市場価格に抗告人において適切と考える約12.82%から約18.56%までのプレミアムを加算したものとなっている。
(4)相手方は,5月25日,Aに対する質問事項を記載した意見表明報告書を関東財務局長に提出し,これを受けて,Aは,6月1日,対質問回答報告書(以下「本件回答報告書」という。)を同財務局長に提出した。
(5)本件回答報告書には,〔1〕抗告人は日本において会社を経営したことはなく,現在その予定もないこと,〔2〕抗告人が現在のところ相手方を自ら経営するつもりはないこと,〔3〕相手方の企業価値を向上させることができる提案等を,どのようにして経営陣に提供できるかということについて想定しているものはないこと,〔4〕抗告人は相手方の支配権を取得した場合における事業計画や経営計画を現在のところ有していないこと,〔5〕相手方の日常的な業務を自ら運営する意図を有していないため,相手方の行う製造販売事業に係る質問について回答する必要はないことなどが記載され,投下資本の回収方針については具体的な記載がなかった。
このため,相手方取締役会は,6月7日,本件公開買付けは,相手方の企業価値をき損し,相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害するものと判断し,本件公開買付けに反対することを決議した。また,相手方取締役会は,同日,本件公開買付けに対する対応策として,〔1〕一定の新株予約権無償割当てに関する事項を株主総会の特別決議事項とすること等を内容とする定款変更議案(以下「本件定款変更議案」という。)及び〔2〕これが可決されることを条件として,新株予約権無償割当てを行うことを内容とする議案(以下「本件議案」という。)を,6月24日に開催予定の定時株主総会(以下「本件総会」という。)に付議することを決定した。本件定款変更議案のうち,新株予約権無償割当てに関する部分の概要は,「相手方は,その企業価値及び株主の共同の利益の確保・向上のためにされる,新株予約権者のうち一定の者はその行使又は取得に当たり他の新株予約権者とは異なる取扱いを受ける旨の条件を付した新株予約権無償割当てに関する事項については,取締役会の決議によるほか,株主総会の決議又は株主総会の決議による委任に基づく取締役会の決議により決定する。この株主総会の決議は特別決議をもって行う。」というものである。
(6)本件総会において,抗告人は,本件公開買付けに対する対応策の内容,その実施に要する費用の総額,当該対応策が実施された場合における課税上の負担の有無,本件公開買付けが撤回された後に新たな株式の公開買付けが行われる場合の相手方の対応等について質問するにとどまった。そして,本件定款変更議案及び本件議案は,いずれも出席した株主の議決権の約88.7%,議決権総数の約83.4%の賛成により可決された。なお,本件総会において可決された新株予約権の無償割当て(以下,当該新株予約権を「本件新株予約権」といい,その無償割当てを「本件新株予約権無償割当て」という。)の概要は,次のとおりである。
ア 新株予約権無償割当ての方法により,基準日である7月10日の最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対し,その有する相手方株式1。株につき3個の割合で本件新株予約権を割り当てる
イ 本件新株予約権無償割当てが効力を生ずる日は,7月11日とする。
ウ 本件新株予約権1個の行使により相手方が交付する普通株式の数(割当株式数)は,1株とする。
エ 本件新株予約権の行使により相手方が普通株式を交付する場合における払込金額は,株式1株当たり1円とする。
オ 本件新株予約権の行使可能期間は,9月1日から同月30日までとする。
カ 抗告人及びAを含む抗告人の関係者(以下,併せて「抗告人関係者」という。)は,非適格者として本件新株予約権を行使することができない(以下「本件行使条件」という。
)。
キ 相手方は,その取締役会が定める日(行使可能期間の初日より前の日)をもって,抗告人関係者の有するものを除く本件新株予約権を取得し,その対価として,本件新株予約権1個につき当該取得日時点における割当株式数の普通株式を交付することができる。相手方は,その取締役会が定める日(行使可能期間の初日より前の日)をもって,抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得し,その対価として,本件新株予約権1個につき396円を交付することができる(以下,これらの条項を「本件取得条項」という。)。なお,上記金額は,本件公開買付けにおける当初の買付価格の4分の1に相当するものである。
(7)相手方取締役会は,6月24日,本件議案の可決を受けて,本件新株予約権無償割当ての要項を決議するとともに,税務当局に対する確認の結果,株主に対する課税上の問題から,非適格者である抗告人関係者から本件取得条項に基づき本件新株予約権の取得を行うことができないと判断される場合であっても,抗告人関係者の有する本件新株予約権の全部を,相手方として抗告人関係者に何らの負担・義務を課すことなく1個につき396円の支払と引換えに譲り受ける旨決議した(以下,この決議を「本件支払決議」という。
)。
3(1)抗告人は,本件総会に先立つ6月13日,本件新株予約権無償割当てには,法247条の規定が適用又は類推適用されるところ,これは株主平等の原則に反して法令及び定款(以下「法令等」という。)に違反し,かつ,著しく不公正な方法によるものであるなどと主張して,原々審に対し,本件新株予約権無償割当ての差止めを求める仮処分命令の申立て(以下「本件仮処分命令の申立て」という。)をした。
(2)原々審は,6月28日,株主に対して新株予約権の無償割当てをする場合においても,当該無償割当てが株主の地位に実質的変動を及ぼすときには,法247条の規定が類推適用され,株主平等の原則の趣旨が及ぶとした上で,本件新株予約権無償割当ては,株主平等の原則の趣旨に反して法令等に違反するものではなく,著しく不公正な方法によるものともいえないとして,本件仮処分命令の申立てを却下する旨の決定をした。
(3)抗告人は,原審に抗告したが,原審は,7月9日,本件新株予約権無償割当てが相手方の企業価値のき損を防止するために必要かつ相当で合理的なものであり,また,抗告人関係者がいわゆる濫用的買収者であることを考慮すると,これは株主平等の原則に反して法令等に違反するものではなく,著しく不公正な方法によるものともいえないとして,抗告を棄却した。
4 本件抗告の理由は,原決定が,本件新株予約権無償割当ては株主平等の原則に反して法令等に違反するものではないとし,著しく不公正な方法によるものともいえないとしたことを論難するものである。
(1)株主平等の原則に反するとの主張について
ア 法109条1項は,株式会社(以下「会社」という。)は株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならないとして,株主平等の原則を定めている。
新株予約権無償割当てが新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであっても,これは株式の内容等に直接関係するものではないから,直ちに株主平等の原則に反するということはできない。しかし,株主は,株主としての資格に基づいて新株予約権の割当てを受けるところ,法278条2項は,株主に割り当てる新株予約権の内容及び数又はその算定方法についての定めは,株主の有する株式の数に応じて新株予約権を割り当てることを内容とするものでなければならないと規定するなど,株主に割り当てる新株予約権の内容が同一であることを前提としているものと解されるのであって,法109条1項に定める株主平等の原則の趣旨は,新株予約権無償割当ての場合についても及ぶというべきである。
そして,本件新株予約権無償割当ては,割り当てられる新株予約権の内容につき,抗告人関係者とそれ以外の株主との間で前記のような差別的な行使条件及び取得条項が定められているため,抗告人関係者以外の株主が新株予約権を全部行使した場合,又は,相手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者以外の株主の新株予約権を全部取得し,その対価として株式が交付された場合には,抗告人関係者は,その持株比率が大幅に低下するという不利益を受けることとなる。
イ 株主平等の原則は,個々の株主の利益を保護するため,会社に対し,株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱うことを義務付けるものであるが,個々の株主の利益は,一般的には,会社の存立,発展なしには考えられないものであるから,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の存立,発展が阻害されるおそれが生ずるなど,会社の企業価値がき損され,会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合には,その防止のために当該株主を差別的に取り扱ったとしても,当該取扱いが衡平の理念に反し,相当性を欠くものでない限り,これを直ちに同原則の趣旨に反するものということはできない。そして,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の企業価値がき損され,会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては,最終的には,会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものであるところ,株主総会の手続が適正を欠くものであったとか,判断の前提とされた事実が実際には存在しなかったり,虚偽であったなど,判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り,当該判断が尊重されるべきである。
ウ 本件総会において,本件議案は,議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決されたのであるから,抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が,抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し,相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになると判断したものということができる。そして,本件総会の手続に適正を欠く点があったとはいえず,また,上記判断は,抗告人関係者において,発行済株式のすべてを取得することを目的としているにもかかわらず,相手方の経営を行う予定はないとして経営支配権取得後の経営方針を明示せず,投下資本の回収方針についても明らかにしなかったことなどによるものであることがうかがわれるのであるから,当該判断に,その正当性を失わせるような重大な瑕疵は認められない。
エ そこで,抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し,相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになるという本件総会における株主の判断を前提にして,本件新株予約権無償割当てが衡平の理念に反し,相当性を欠くものであるか否かを検討する。
抗告人関係者は,本件新株予約権に本件行使条件及び本件取得条項が付されていることにより,当該予約権を行使することも,取得の対価として株式の交付を受けることもできず,その持株比率が大幅に低下することにはなる。しかし,本件新株予約権無償割当ては,抗告人関係者も意見を述べる機会のあった本件総会における議論を経て,抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が,抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐために必要な措置として是認したものである。さらに,抗告人関係者は,本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権の取得が実行されることにより,その対価として金員の交付を受けることができ,また,これが実行されない場合においても,相手方取締役会の本件支払決議によれば,抗告人関係者は,その有する本件新株予約権の譲渡を相手方に申入れることにより,対価として金員の支払を受けられることになるところ,上記対価は,抗告人関係者が自ら決定した本件公開買付けの買付価格に基づき算定されたもので,本件新株予約権の価値に見合うものということができる。これらの事実にかんがみると,抗告人関係者が受ける上記の影響を考慮しても,本件新株予約権無償割当てが,衡平の理念に反し,相当性を欠くものとは認められない。なお,相手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得する場合に,相手方は抗告人関係者に対して多額の金員を交付することになり,それ自体,相手方の企業価値をき損し,株主の共同の利益を害するおそれのあるものということもできないわけではないが,上記のとおり,抗告人関係者以外のほとんどの既存株主は,抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐためには,上記金員の交付もやむを得ないと判断したものといえ,この判断も尊重されるべきである。
オ したがって,抗告人関係者が原審のいう濫用的買収者に当たるといえるか否かにかかわらず,これまで説示した理由により,本件新株予約権無償割当ては,株主平等の原則の趣旨に反するものではなく,法令等に違反しないというべきである。
(2)著しく不公正な方法によるものとの主張について
本件新株予約権無償割当てが,株主平等の原則から見て著しく不公正な方法によるものといえないことは,これまで説示したことから明らかである。また,相手方が,経営支配権を取得しようとする行為に対し,本件のような対応策を採用することをあらかじめ定めていなかった点や当該対応策を採用した目的の点から見ても,これを著しく不公正な方法によるものということはできない。その理由は,次のとおりである。
すなわち,本件新株予約権無償割当ては,本件公開買付けに対応するために,相手方の定款を変更して急きょ行われたもので,経営支配権を取得しようとする行為に対する対応策の内容等が事前に定められ,それが示されていたわけではない。確かに,会社の経営支配権の取得を目的とする買収が行われる場合に備えて,対応策を講ずるか否か,講ずるとしてどのような対応策を採用するかについては,そのような事態が生ずるより前の段階で,あらかじめ定めておくことが,株主,投資家,買収をしようとする者等の関係者の予見可能性を高めることになり,現にそのような定めをする事例が増加していることがうかがわれる。しかし,事前の定めがされていないからといって,そのことだけで,経営支配権の取得を目的とする買収が開始された時点において対応策を講ずることが許容されないものではない。本件新株予約権無償割当ては,突然本件公開買付けが実行され,抗告人による相手方の経営支配権の取得の可能性が現に生じたため,株主総会において相手方の企業価値のき損を防ぎ,相手方の利益ひいては株主の共同の利益の侵害を防ぐためには多額の支出をしてもこれを採用する必要があると判断されて行われたものであり,緊急の事態に対処するための措置であること,前記のとおり,抗告人関係者に割り当てられた本件新株予約権に対してはその価値に見合う対価が支払われることも考慮すれば,対応策が事前に定められ,それが示されていなかったからといって,本件新株予約権無償割当てを著しく不公正な方法によるものということはできない。
また,株主に割り当てられる新株予約権の内容に差別のある新株予約権無償割当てが,会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく,専ら経営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持するためのものである場合には,その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正な方法によるものと解すべきであるが,本件新株予約権無償割当てが,そのような場合に該当しないことも,これまで説示したところにより明らかである。
(3)したがって,本件新株予約権無償割当てを,株主平等の原則の趣旨に反して法令等に違反するものということはできず,また,著しく不公正な方法によるものということもできない。
5 以上のとおりであるから,論旨は理由がなく,本件仮処分命令の申立てを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。