痴漢冤罪の起訴前の弁護活動・伝聞証拠禁止の原則・弁護人による被疑者(被告人)に有利な供述録取書(供述書)の作成
刑事|冤罪弁護|弁面調書の作成|捜査機関との交渉|刑訴322条1項後段|特信情況と必要性
目次
質問:
電車に乗っていたら、突然「あんた痴漢したでしょ」と言われ、そのまま駅事務室へ連れて行かれました。結局警察も来て、逮捕され、勾留されています。でも、私は無実です。どうすれば外に出られますか?
回答:
1.急いで、知り合いの弁護士を呼んでください。当番弁護士さんでも構いません。
2.直ちに、弁護人に以下の事項を依頼してください。
①あなたの言い分を供述調書(供述録取書ともいう。刑訴321条、322条、署名、又は押印が必要。二重の伝聞の除去)(又は供述書)にしてもらい担当捜査官、検察官に提出する。成立の真正を担保する必要があれば調書には公証人の認証をうけ確定日付をつけることができます(公証人法1条1項2号、民法施行法5条1項2号)。捜査機関が被疑者の供述調書を受け取ってくれない場合等に有効です。
②担当捜査官、検察官と面会、交渉し、供述調書(又は供述書)に対する警察側の反論、根拠となる情報の開示を求める。
③さらに、その情報、証拠に対する反論の供述調書を作成し捜査機関に再提出する。捜査機関、被害者側の矛盾点が出るまでこれを繰り返す。
④あなたに有利な証人がいれば、その人の話を聞いて証人の供述録取書を作ってもらい同じく提出する。以上の書面一切を勾留請求、延長、準抗告で提出する。
⑤万が一、起訴されたら刑訴322条1項後段の被告人の供述録取書面として提出する。保釈申請書にも被告人、及び捜査機関主張の事実関係を記載した弁護人の意見書を全て添付して事実上裁判所に提出する。
3.事件によっては、起訴される前にあなたの主張を書面にして提出し証拠として保全し、捜査機関を説得して勾留、起訴を回避することが重要になります。
4.事件に巻き込まれ事実上被疑者として疑われた場合、単なる黙秘権の行使(憲法38条1項)、捜査機関に対する口頭による抗議、主張は、勾留、起訴阻止、起訴前の釈放、公判での弁護活動にどれだけ効果があるか疑問です。記憶が鮮明なうちに書面にて主張をし、被害者側の矛盾点を明らかにしておくことが肝要です。弁護人との慎重な協議が必要でしょう。
5.冤罪に関する関連事例集参照。
解説:
1.弁護士を呼ぶことの重要性
あなたの現在の立場は、被害者女性により現行犯逮捕され(刑訴212条)、その後の勾留が決定され警察署に拘束されているという状態です。今後、あなた(家族も)が刑事訴訟上どのような理由でどれくらいの期間身体を拘束されるのか、あるいはその前提としてどのような行為をしたことによって逮捕されているのか、といった詳しい情報は、捜査の密行性(捜査を公開すると証拠隠滅が図られる恐れがあるため)から警察に聞いてもはっきりとは教えてくれないのが通常です。基本的に警察は被疑者となったあなたの味方というよりも、被害者側の主張を擁護する立場にあると思った方がいいと思います。あなたの主張を擁護し守ってくれる弁護士を呼び依頼し、あなたが無実の罪で警察に逮捕されていることを詳細に話して、力になってくれるように頼んでください(憲法34条、37条3項の趣旨から弁護人選任権が認められます)。日本の刑事裁判の有罪率が99.9%であることは広く知られていますが、もっと怖いことに、はっきりとした目撃者がいない「痴漢行為」の裁判で、被害者女性の供述だけで有罪になることも希ではありません。強姦、強制わいせつ等ワイセツ罪は密室で行われることが多く目撃者がいないのが通常ですが、それでも被害者の供述により有罪を認定されています。
2.事実上の立証責任転換のメカニズム
それを避けるためには、一刻も早く「弁護人」に選任し、検察官の起訴を防ぐための具体的な弁護活動が必要です。本来であれば、有罪の証明を検察官がしなければならず、「無罪推定」がはたらくはずなのですが(疑わしきは罰せず。フランス人権宣言、世界人権宣言11条1項、市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項、憲法98条2項)、捜査機関は、本件のように否認事件ともなれば、無罪推定を覆すだけの証拠資料を逮捕から勾留満期までの間(最長23日間、刑訴203条、208条)検察官、担当捜査機関一体(検察官同一体の原則、検察法7条以下、司法警察職員はその補助機関、刑訴192条以下)となって全力で準備用意するのです。これに対して、単なるその事件限りの弁護人の接見、アドヴァイス、黙秘権行使だけでは、十分な対応といえるか疑問が残ります。捜査機関の証拠資料作成準備により、事実上の立証責任は逆転するからです。伝聞証拠禁止の原則(刑訴320条)により、本来否認事件であれば公判担当の裁判官は予断を抱くはずがないのですが、逮捕状請求(通常逮捕、被害者供述調書等の書類が添付されます。現行犯の場合はありません)、勾留(延長)請求、保釈請求の意見書等により書面として記録に綴じられ事実上公判の裁判官の心証を形成することになります。被害者の詳細な供述録取書は理路整然として裁判の長期化、保釈の必要性、有罪の場合の重罰化を恐れて万が一弁護人が同意すると(一部信用性を争う方式)、とても勝ち目がありません。捜査機関は被疑者の意見を十分に聞きその意見と矛盾しないような被害者の供述録取書を何通も作成しておきます(黙秘権の行使はこの場面では役に立ちます)。そのため時には優しく、厳しく被疑者の供述を引き出し参考にします。公判での被害者の供述と被告人の供述が対立すると被告人の供述が意外と信用されないのはこの辺に原因があります。捜査機関は長年の訓練と経験により立証方法を熟知し体制が整っています。起訴されたらまず有罪と考え、推定する裁判官が多いという現実はこのような点に原因があると思います。このような捜査機関に対し、大事件ででなければ弁護人側が、体制、経験、訓練、資力において十分とは言えない場合もあります(通常刑事弁護人は民事事件も受任しているので年に数件しか担当していないのが現状でしょう)。
3.被疑者側の対抗策
これに対応する方法は一つしかありません。捜査機関を見習い、捜査機関と同じことをすればいいわけです。
①来るべき裁判に備え被疑者の記憶が鮮明なうちに、自らの有利な意見主張を供述調書書面として残し(供述者の署名、又は押印が必要です。刑訴322条。二重の伝聞の除去。供述録取書は録取者弁護人が供述者、被疑者から聞いた内容を書面で説明しているので二重になるが、署名押印で録取の点の伝聞性がなくなる)、証拠保全することが重要です。基本的に捜査機関は犯罪立証のための証拠として供述調書を作成しますので、被疑者に無実につながる有利な内容の書面は作成してくれません。捜査機関の職務上当然の対応なのですがこれを放置することはできません。すなわち、これは弁護人の職務行為になるわけです。
②その内容は、事件後なるべく早く事件の概要を書面化することです。例えば、あなたのその日の行動、電車内での位置、方向、乗車駅、鞄、携帯、本等の所持品、腕、体の方向、位置、周りの人間、表情、逮捕現場、及び当初捜査段階での被害者の言動一切、被疑者の対応言動一切に関するもの等を詳細に記載し証拠保全します。次に被害者側の主張を事実上確認し、それに対する反論をするものでなければ実効性はありません。直ちに担当警察捜査官(警察官が取り調べを継続していますから事情をよく知る警察官への提出が特に必要です。しかし警察官は弁護人作成文書の受け取りを特に嫌がります)、検察官に面会を求め書面を提出し捜査機関側の反論を求めます。犯罪立証のために保持しているあらゆる証拠方法の提示を求め検討することが必要です。特に被害者側の被害を受けた状況、被害を受けるまでの状況、被害を受けた後の状況一切、なぜ被疑者が犯人であると確証を持てるかという具体的理由、各証拠等です。あなたが無実であれば、被害者の主張することに全部または一部必ず矛盾点があるはずです。これを一刻も早く発見し主張することです。捜査機関には捜査の密行性がありますが、被疑者が主張する無実の理由を何ら検討することなく無視することはできません。適正公平な捜査こそ民主警察、捜査機関の使命だからです(刑訴1条、警察法2条)。この対応、調査が将来の結果を左右することになると思います。数ヶ月後行われる公判、公判前整理であなたが事実を主張しても、捜査機関が当初用意する被害者側の供述、証拠がいかようにも変更訂正され対応されており遅すぎる結果になります。当初の捜査機関の主張、反論も証拠として残し後日の裁判でも主張、供述の変更を許さないようにしなければいけません。捜査機関が作成する供述調書は、被害者等、供述者の話す通り記載するのではなく捜査機関が理路整然と分かりやすいように記載して供述者の同意を求める形になりますので、被疑者の供述を参考にして被害者側の供述を矛盾なく作成し、不利益と見れば証拠として提出しません。例えば、あなたの電車内での被疑事実一切、逮捕現場、及び当初捜査段階での被害者の言動一切、被疑者の対応等を詳細に記載し、さらに、捜査段階における被害者側の主張も詳細に記載して反論し、起訴前に被害者側のあいまいな供述を事実上抑制、制限する必要があります。あなたが本当に無実であればこの点に何らかの光明があるはずです。
③又、あなたに有利な証人についても、同様に供述調書(署名、押印)を作るべきです。あなたにとって有利な証人というのは警察にとっては不利な証人ということになりますから、そういう証人からの事情聴取を要請しても、事実上警察は証拠保全をしてくれません。具体的には、証人の供述調書を作成し、その文書内容を検察官、警察に送付意見を求めることになります。例えば、事件発生の駅職員、乗客の証言等です。公判で証言に異なった証言をしたり、協力してくれなければ、刑訴323条1項3号書面として証拠能力が認められる可能性があります。
④次に、文書成立の真正を確保するため公判に備えて公の公証役場で、その度ごとに調書作成の確定日付をもらうことができます。この日付により事件発生直後の状況証拠を確保保全が可能になります。費用は基本手数料5500円、弁護人が当該書面、身分証明書(写真入り)を持っていくと公証人が認証してくれます。警察等捜査機関が調書を受け取らない場合(警察署は、検察官と異なり弁護人の提出文書を通常拒否します。在宅捜査の場合にこのような問題が生じます)には、文書成立の真正を確保するため特に必要です。
⑤この調書は、逮捕後勾留決定、延長、の場合もすべて提出します。内容に信用性があれば、勾留請求、延長の時点でも在宅での取り調べに変更される可能性も残されています。
⑥最大の目的は起訴前に無実の主張を行い検察官の公訴提起を思い止まらせることです。真偽不明に持っていくことができれば起訴することはないでしょう。一般的に、検事は、弁護人や被疑者が徹底的に無罪を争うような事件については慎重になります。その理由は、99.9%有罪が示すように有罪で当然の刑事裁判において、万が一担当起訴した事件が冤罪となれば公益の代表者である検察官として不適切な職務行為との法的評価がなされ、社会的責任を負う可能性があるからです。
⑦万が一、公判請求になった場合は、弁護人は保釈請求や、保釈請求却下に対する準抗告の申立の際にも、被告人の供述調書は添付提出します。つまり、検察官、捜査機関へ提出した書類を保釈請求等に際して裁判所にも提出するのです。これにより、第1回公判前の保釈を担当する裁判官だけでなく、公判担当裁判官も公判後弁護人が提出した被告人の供述調書目に通すことになり弁護側の主張も事実上間接的に裁判官の心証形成を行うことが可能になるのです(刑事訴訟では刑訴256条6項、起訴状一本主義と言って公判担当の裁判官は公判が始まるまでは起訴状しか見ることができないとされ、そのため、第1回公判前の保釈の手続きは公判担当の裁判官以外の裁判官が行っていますが、保釈に関する書類も第1回公判後公判担当の裁判官が目を通すことになります)。公判前整理、公判では刑訴322条1項後段の被告人に利益な供述調書として証拠取調請求を提出します。一番記憶鮮明な時の供述であり、数カ月後に行われる公判において行われる無実の具体的な主張が、後でつじつま合わせの主張ではないことを証明するために提出することになります。
⑧ところで、被告人に有利な供述調書は、刑訴322条により「特に信用すべき情況の下にされたものであるとき」という要件が必要です。逮捕、勾留時において弁護人が作成した被疑者の供述調書は、この要件を満たすかという問題ですが、結論を言うと「特別な信用情況」は認められると考えます。特別な信用情況とは、信用性についての外部的保障状況すなわち、供述した全ての情況からみて供述の信用性が担保されていることです(信用性の状況的保障、証言内容で判断することも可能です)。本条は、伝聞証拠排斥の法則(伝聞法則、刑訴320条)の例外規定であり、伝聞証拠とは、刑事訴訟当事者の反対尋問権が保障されていない証拠をいい、反対尋問権を経ていない供述書面等には書面作成過程において間違いの入り込んでいる可能性が大きく証拠の信用性を確保するため事前に証拠能力を否定しています。刑事訴訟は、基本的には民事訴訟と同様に自由心証主義(刑訴318条、証拠価値、証拠能力を基礎づける事実の判断は裁判官の専権です)が採用されているのですが、被告人の生命身体を強制的に剥奪することを目的とする手続きなので主に財産的争いである民事訴訟とは異なり、証拠の資格(証拠能力)を制限し公正公平な刑事裁判(法の支配)を保障しているのです(刑訴1条)。被告人の供述調書は、被告人が自らを反対尋問することは不可能であり、検察官も被告人の黙秘権から反対尋問権を保障されていませんので、本来であれば伝聞証拠に該当することになり証拠能力を有しないことになります。しかし、被告人の供述調書も内容によっては、信用性が保証されている情況で作成されたものは真実発見に有効であり、検察官の反対尋問権の保障に代えて特別な信用性を要件として証拠能力を認めたのが本条です(自白内容の調書も信用性が高く証拠能力が認められます。320条1項前段)。この特信性の要件は、伝聞の文書であっても特に信用性のあるものであれば証拠能力を認めるものなので外部的な特別な事情でなくても、その書面の内容自体でも判断できることになっています。最高裁判所第三小法廷判決昭和29年(あ)第1164号、同30年1月11日、後記判決参照、刑訴321条1項2号後段の問題ですが、(大阪地方裁判所堺支部、昭和46年3月18日決定、)証人である雇い人が被告人である親方の前で不利益な証言ができない状態も判断材料にしています。但し、被告人については真実発見のため本来法廷で弁護人が被告人質問を行えばいいわけですから、当該書面を証拠として提出する「必要性」も要件となるものと解釈されています。
⑨被告人の逮捕、勾留時における弁護人に対する供述情況は、捜査機関、被害者側の具体的主張、供述内容、証拠を全く知らないうちに行うものであり、将来自分に不利益になる可能性も含まれているので、虚偽の陳述をする可能性が少なく特別の信用情況は認められると思います。また、犯罪発生直後被告人の記憶が鮮明な間に行った具体的主張の状況を確認し、公判廷で行う被告人の供述、主張がつじつま合わせのものでないことを立証する意味で必要性も認められるものと考えます。
⑩刑事訴訟法においても、民事訴訟と同じように当事者主義(裁判所でなく当事者である検察官、被告人に訴訟の開始、審判対象の特定、証拠調べ、終了の主導権を与える。反対概念は職権主義。訴訟の進行は職権主義です)がとられ、裁判の対象(訴因(構成要件に該当する罪となるべき事実)、民訴では要件事実)は当事者である検察官が提示し判断を求めなければいけせんし(刑訴256条、312条)、起訴状一本主義が採用され、証拠調べは当事者の請求が原則であり(刑訴298条1項)、証人尋問も当事者に先に尋問する実務が採用されています(刑訴304条)。この根拠は、法の支配の理念に求めることが出来ます。法の支配は、個人の尊厳保障にありその源泉は、人間はそもそも生まれながらに自由で有るという個人主義、自由主義(憲法13条)にあり、例外的に刑事手続きにおいて生命、身体の自由が奪われるのは国民が自らの意思により、国家に刑事裁判の権力を委託し、公益の代表である検察権力を認め、司法権の独立を擁立して公正な社会秩序を維持しようとしたからです。すなわち、元々主権者である被疑者、被告人は、刑事事件において単なる取り調べの対象ではなく、国家権力と対等な地位にあり裁判所は公正、公平な判断を行うべく中立性が要求され、検察権力に対し被告人は対等な立場で審判の対象に異議を述べ、自ら証拠を確保、収集、主張しその権利を擁護してくれる弁護人と協力して刑事訴訟手続きを行うことになるのです。以上の制度趣旨から被疑者、被告人は刑事裁判に対して証拠保全等早急な対応が求められるのです。
4.冤罪弁護の基本的弁護方針
これに対して黙秘権を行使しないで弁護方針を捜査機関に開示すると手の内を明かすことになり不利益だという意見もありますが、私はそのような考えに賛成できません。無実なら正々堂々逮捕時から首尾一貫して最初から理由を明確に開示して争うことが最大の武器です。これが原則です。いずれ裁判、公判前整理で同じことを主張するのです。国家から給料を保障されている公務員である捜査機関と、自費で弁護活動を行う被疑者とでは、費用、身柄拘束による不利益、被疑者、家族の心理的不安、勤め先の対応、マスコミ、風評等から長期戦は明らかに弁護側に不利です。まず、身柄解放を求め短期決戦で戦いを挑む必要があります。最終的に公判裁判官の心証を得るためには小細工は不要です。相手の反論も考慮し証拠を豊富に準備して誠心誠意無実を一貫して主張することです。又、弁護側の主張を開示することなくして、捜査機関の主張、根拠を求めることはできません。手の内を見せる危険は、弁護、捜査機関ともフィフティ、フィフティです。それで起訴されるなら、裁判でも勝てる可能性はさらに少なくなると思います。
5.さいごに
早期釈放を求めるのであれば、起訴前弁護に力点を置き、嫌疑なし、嫌疑不十分による不起訴処分を目標とすべきです。不安であれば刑事事件に詳しい弁護士にご相談ください。
以上