新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.821、2008/12/29 9:17 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【家事,遺留分の実現方法】

質問:20年前に結婚し,5年ほど前から別居していた夫が病気で急に亡くなりました。夫は,公正証書遺言により,同居していた女性に対して,居住用マンションと5000万円の銀行預金全額を遺贈してしまったとのことで,私や夫との間に生まれた一人娘には何も残してくれませんでした。その女性はもうマンションの登記名義移転も済ませ,預金も引き出してしまっています。相続人である私や娘には「遺留分」があると思いますが,どうすれば遺留分をもらえますか。

回答:
1.あなたとお嬢さんは夫の相続財産に対して遺留分を有していると考えられます。
2.遺留分を確保するためには,まず,配達証明付き内容証明郵便を用いて遺留分減殺請求の意思表示をします。
3.その後,受贈者(夫の同居女性)との間で裁判所外での協議を行うか,それが難しいようなら家庭裁判所に「遺留分減殺による物件返還請求調停」を申し立てます。マンションを譲る代わりにお金をできるだけ多くもらう方向で話し合いが付けば,あなた方にとってより有益ではないかと思います。
4.調停で合意が形成できないときは,遺留分減殺請求訴訟(本件では,具体的にはマンション持分の移転登記手続と金銭支払いを請求する訴訟)を提起することになります。

解説:
【遺留分の意義と趣旨】
遺留分とは,被相続人の財産のうち,一定の相続人に残さなければならない割合のものをいいます(民法1028条)。念のため,遺留分という制度がなぜあるのかをご説明します。財産権が「家」ではなく「個人」に帰属する以上,相続財産は被相続人の財産ですから,被相続人自らの意思で自由に処分できるのが本来のはずです。しかし,夫婦親子が生活を共同にする中で,財産の蓄積が被相続人名義でなされることがあるのも事実で,そのような場合,被相続人が死亡したときには,他の相続人の潜在的な共有持分がそうした相続人に配分されるべきと考えることができます。また,夫婦親子の間では生活保持義務や扶養義務があり,被相続人の財産に依拠して生活している他の家族の生活を保障する必要もあります。このように,相続制度が遺族の潜在的持分の適正な分配や生活保障という機能も有していることから,被相続人の自由な財産処分と相続人保護の調和のために,遺留分制度が設けられているのです。

【具体的な遺留分額】
実際の具体的な遺留分額がいくらになるかは,お寄せいただいた事情だけでは正確に算定することはできません。民法1028条を見る限りでは,夫から見て配偶者と直系卑属にあたるあなた方の遺留分は被相続人の財産の2分の1(あなたとお嬢さん各自4分の1の合計です)とされています。だからといって,夫が死亡したときの財産に2分の1をかけたものが単純に遺留分となるわけではありません。今回のご相談の本筋から外れるので割愛しますが,あなた方が実際に侵害されている遺留分の額を算定するには何段階もの計算手順を経る必要があります。この点は,判例(最高裁平成8年11月26日判決,最高裁平成10年3月24日判決)によって具体的に示されていますが,一般の方が一読して把握するにはやや難解で,誤解・誤読に気が付かないまま早合点してしまう危険もありますので,弁護士にご相談なさった方がよいでしょう。

【遺留分減殺請求の意思表示】
遺留分減殺請求の意思表示の方法は,訴訟上の請求による必要はなく,裁判外の意思表示で足ります(最高裁昭和41年7月14日判決)。意思表示の方法に特定の方式はなく,口頭で告げるだけでもよいといえばよいのですが,後日,遺留分減殺請求の意思表示をしたことの立証を容易にするためにも配達証明付き内容証明郵便によるべきです。減殺請求の意思表示は遺留分を侵害する遺言のあることを知った時から1年間あるいは相続開始時から10年間経過するとできなくなるため(民1042),その期間内に請求したことの証拠を残しておく必要があります。また,家庭裁判所に調停を申し立てただけでは,相手方に対する意思表示にはなりませんので,調停を申し立てる場合でも,必ず配達証明付き内容証明郵便で別途意思表示をしておくべきです。内容証明の書式については,当ホームページの書式ダウンロードにサンプルがあります。ただし,遺留分減殺請求の意思表示自体は内容証明1通で事足りるとしても,遺留分の問題はそれだけで解決するような単純なものではありませんので,事前に弁護士にご相談なさることをお勧めします。https://www.shinginza.com/download.htm

【遺留分減殺の効果――形成権=物権説】
遺留分減殺請求の意思表示があると,遺留分侵害行為の効力は当然に消滅し,その目的物は直ちに減殺請求者に復帰します(形成権=物権説,判例)。つまり,あなた方自身が権利を取得したことになります。今回のケースでいうと,遺留分減殺請求の意思表示が受遺者である相手方女性に到達しただけで,あなた方の遺留分を侵害している限度で遺贈の効果は直ちに消滅し,マンション所有権のうちあなた方の遺留分侵害額に相当する持分が当然にあなた方の持分となり,銀行に対する預金債権のうちあなた方の遺留分侵害額に相当する額が当然にあなた方の債権になるのです。もっとも,マンションの所有権登記の名義は依然として受贈者である相手方女性のままであり,登記名義の移転には,相手方女性の協力か,それにかわる確定判決等が必要です。また,銀行預金債権については,可分債権であるため,あなた方は遺留分侵害額に相当する限度で銀行に対して払戻しを請求できる債権を取得するはずですが,受遺者である相手方女性が既に銀行から払戻しを受けてしまっています。公正証書遺言に従った銀行の弁済行為は,債権の準占有者に対する弁済として落ち度はなく,銀行の払戻債務は消滅してしまっています。したがって,預金に関する遺留分を現実に取得するには,相手方女性に対して不当利得返還請求をすることになります。このように,抽象的・観念的な遺留分の確保に限れば内容証明郵便による意思表示のみでなしうるものの,現実に財産を取得するためには,それだけでは不十分なのです。これまで度々弁護士にご相談されることをお勧めしたのはこのためです。

【減殺の対象を選べるか】
ところで,一個の処分行為(ここでは遺贈)の目的が数個の財産(マンションと預金です。預金は銀行に対する債権として口座ごと1個の財産となります)に及んでいる場合,遺留分減殺請求において,減殺請求者が減殺の対象となる財産を選ぶことはできるでしょうか。もし,これができるとすれば,共有持分を取得しても現実的には意味の薄いマンションを相手方女性に譲る一方,遺留分減殺請求権を銀行預金債権に集中させることでより多くのお金を得ることが可能になります。仮に、マンションが5000万円とすると5000万円の預金と合計で1億円の相続財産となり、遺留分はその2分の1とすると5000万円になりますが、それを預金に特定して行使すれば5000万円の支払いを求めることが出来るわけです。しかしながら,近時の裁判例は減殺請求者の選択権を否定しています(東京地裁昭和61年9月26日判決等)。これを認めると,遺留分減殺請求後に予想される共有物分割または遺産分割の内容を減殺請求者が一方的に先取りできてしまうことになるというのが主な理由です。民法1034条は、基本的に数個の遺贈がある場合を前提にした規定ですが、本件のように1個の遺贈で複数の財産を遺贈した場合にも、解釈上適用されると考えられます。遺留分減殺請求は、遺留分権利者の利益保護のため、遺言自由、優先主義の例外的権利であり各財産に対する持分的割合の権利を認めれば保護としては十分と解釈できるからです。学説上も通説的見解です。例えば、1個の遺贈で複数の不動産を遺贈した場合も同様に解釈されるでしょう。

【裁判所外での協議・遺留分減殺による物件返還請求調停】
上記のとおり,遺留分減殺請求は,減殺の対象を選ぶことはできないので,目的の価額の割合によって減殺しなければなりません(民法1034条本文)。質問の場合はマンションについては4分の1の共有持分の登記と預金については4分の1の1250万円をあなたとお嬢様が各自相手に請求することになります。もっとも,減殺請求者と被減殺者との間で合意ができるのであれば,その合意が優先します。そこで,遺留分減殺請求の意思表示後,裁判所外の協議または遺留分減殺による物件返還請求調停で話し合いをする必要が出てきます。具体的な遺留分侵害額がいくらなのか(かんたんに5000万円の遺留分侵害と説明してきましたが、マンションの評価等争いが残っています)についても,ここで話し合うことになるでしょう。例えば,相手方女性がそのマンションに居住し続けたいという希望が強ければ,マンションの共有持分権を譲る代わりに,お金についてはより多く支払ってもらうという合意を成立させることができる可能性が高くなります。

【遺留分減殺請求訴訟】
裁判所外の協議や調停で合意が形成できない場合は,訴訟上の請求をせざるを得ません。とはいえ,遺留分減殺請求権の行使が裁判外の意思表示で足りることは前述のとおりですので,遺留分減殺請求権の存否自体を争う訴訟ということではなく,マンションの共有持分の移転登記手続やお金の支払いを求める訴訟の中で,遺留分減殺請求の意思表示をした事実や,具体的な遺留分侵害額がいくらかなどの主張をすることになります。判決になった場合,マンションの持分は取得せずにお金だけをもらうという結論にはならないでしょうが,訴訟の審理過程で和解が成立することもあります。

【調停前置主義との関係】
このように,遺留分減殺請求事件は最終的には民事訴訟で解決されるべき事件です。もっとも,遺言や相続に関連する事件であるため,家事調停の対象(家事審判法17条)であり,訴訟提起に先立って調停を経ていなければならないという調停前置主義がとられています(家事審判法18条1項2項本文)。しかし,裁判所が事件を調停に付することが適当でないと認めるときは,調停前置主義の例外として,いきなり訴訟によることができます(家事審判法18条2項但書)。実際上,裁判所も遺留分減殺請求訴訟については,調停前置主義を緩やかに運用しているようです。したがって,裁判所外での協議を試みるか,家庭裁判所での調停から始めるか,訴訟から始めるか,いろいろな対応が考えられます。なお、協議が長くなるような場合は、預金等の仮差押やマンションの処分禁止の仮処分という方法も考えられますので弁護士に相談してください。

【参照法令】

≪民法≫
(遺留分の帰属及びその割合)
第1028条
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一
(遺贈又は贈与の減殺請求)
第1031条
遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
(遺贈の減殺の割合)
第1034条
遺贈は、その目的の価額の割合に応じて減殺する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

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