新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.845、2009/2/4 15:24 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・相続人の廃除請求・家事審判・調停】

質問:私は両親と同居していますが、最近、父が母に対してひどい暴言を吐きます。子供としても耳を覆うばかりのひどい言葉で、母が不憫です。母は自宅療養しているのですが、こんな父でも相続人として母の財産をもっていってしまうのでしょうか。それでは母が浮かばれません。

回答:
1.夫婦間の問題であり、離婚ができればいいのですが、いろいろな事情(子供の関係等)でその話し合いも難しいという前提で話をいたしますと、お父さんを推定相続人から廃除することを検討してみてください(民法892条)。廃除されれば相続することができないことに加え、遺留分権利者にもなれないので、一切の遺産を手に入れることができないのです。唯、最近始まった暴言だけでは、直ちに廃除の審判が下されるかどうか分かりません。弁護士と相談してください。尚、廃除の効果は相対効、一身専属であり廃除された者の子は、相続欠格(民法891条)と同じく(代襲)相続権を持ちます。

2.手続き的には、母親の住所地にある(管轄)家庭裁判所に行って申立てをすると(家事審判規則99条。自分で手続きする場合窓口で申立書式を聞いてください。教えてくれます。)、調停、審判により審理します(家事審判法9条1項乙類9号、17条。調停調書でも廃除できます。通常調停から始まります。)。調停も行いますから父親に対し暴言について反省、改心を求めることができるかもしれません。審判確定(又は調停成立)すると、家裁の書記官が、被廃除者の本籍地に通知し(家事審判規則101条)、廃除の申立人は戸籍の届出が必要になります(戸籍法96条、63条1項)。廃除の戸籍記載を回避したい場合は、離婚手続きという方法になるでしょう。

解説:
1.あなたのお父さんは、お母さんの推定相続人です。したがって、お母さんが遺言で遺産分割についてその意思を遺していない限りお父さんはお母さんの遺産の2分の1を相続しますし、仮に遺言があっても4分の1は遺留分として遺産を手に入れてしまいます(民法890条、964条、1028条)。ただ、それではお母さんがあまりに気の毒であれば、推定相続人からの廃除をご検討することをお勧めします。

2.推定相続人からの廃除により、その推定相続人は相続人たる地位を失いその結果遺留分まで失うことになります。遺留分は遺言によって侵害された場合にはそれを取り戻すことも可能でありますが(遺留分減殺請求権、民法1042条など)、廃除には遺留分さえ剥奪するという極めて強い効力が認められています。したがって、本人の意思と形式のみで効力が生じる遺言とは異なり、家庭裁判所への請求及びその審判を受けなくてはならないとされています(家事審判法9条1項乙類9号)。この審判において、推定相続人廃除についての十分な理由があるかどうか判断されるわけです。特に、配偶者は常に相続人となることから(民法890条)、相続権のみならず遺留分まで消滅させるには相応の理由が必要とされると思われます。

3.民法892条は「被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えた時、又は推定相続人にその他の著しい非行があったとき」と定めていますが、父親の暴言がどの程度であれば「虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えた時」に該当するかが問題となります。判例上、家族的共同生活関係を破壊し、修復を著しく困難にするような行為と解されていますが(東京高裁決定平成4年12月11日)、このような判断は、該当行為の具体的内容、一時的なものか継続的かどうか、被相続人にも責任があるか、当該行為が行われた相続関係人の背景どうかから総合的に行われることになります。

4.前述のように廃除は法定相続分のみならず、(法定相続人の)遺留分の権利までも相続人の意思により奪うものであり、遺留分の権利も認められないような具体的事由が必要です。遺留分は、私有財産制に基づく遺言優先の原則の例外をなすものであり、被相続人の財産形成への計算できない有形無形の寄与、相続開始後の相続人の生活保障という、公正、公平上、人道上の理由により認められたものですから、そのような遺産相続について保護に値しない法定相続人が対象になります。したがって、「家族的共同生活関係を破壊し、修復を著しく困難にするような行為」ととらえる判例の見解は妥当であり、種々の面からの総合的判断が必要とされます。

5.判例では、名古屋高裁昭和46年5月25日決定の内容も指針となります。ここでは、「被相続人に対する侮辱が廃除事由に該当するためには『重大な』もの、すなわち相続的協同関係を危殆ならしめるもの」でなければならず、また、その評価については「相続人の行為によつてきたる原因にまで遡り、その原因について被相続人に責任があるか、またそれが一時的なものにすぎないかなどの事情」によるとされています。学説上も、この決定における「相続的協同関係」を重視し、相続的共同関係が破綻しているかどうか、が問題となるのです。したがって、廃除の原因となる虐待や侮辱というのが、排除される推定相続人から被相続人に対して継続的に行われ、かつその程度がはなはだしいものに限られることになります。

6.(具体的判例)(先の名古屋高裁決定昭和46年5月25日。廃除を認めない決定。)
飲酒酩酊のうえ被相続人方の座敷にあがりこみ、襖を押し倒し、障子戸、ガラス入り障子戸の桟あるいはガラス、およびテレビの前面ガラスを損傷して、それらの破片を座敷内または廊下に散乱させたという事実を理由とした息子たる推定相続人に対する廃除の請求について、被相続人と推定相続人との間のこれまでの親子関係(永年息子が抑えられてきたところ、経済的問題から親子間において訴訟で争わなければならなくなり、葛藤があったこと)からすれば、必ずしも推定相続人のみを非難できないこと、推定相続人の行為が一時の感情に任せたものであって恒久的な感情とは認めがたいこと、を理由として、廃除請求を認めませんでした。

7.(推定相続人廃除審判に対する抗告事件 東京高裁平成8.9.2決定。原判決取消、廃除請求却下決定。)
12年間にわたり、被相続人夫婦と長男夫婦の不仲があったが、不仲の原因は被相続人側にもあったとして、原審(廃除決定)を取り消しています。決定内容、「推定相続人の廃除は,遺留分を有する推定相続人が被相続人に対して虐待及び侮辱並びにその他の著しい非行を行ったことが明らかであり,かつ,それらが,相続的共同関係を破壊する程度に重大であった場合に,推定相続人の相続権を奪う制度である。右廃除は,被相続人の主観的,恣意的なもののみであってはならず,相続人の虐待,侮辱,その他の著しい非行が客観的に重大なものであるかどうかの評価が必要となる。その評価は,相続人がそのような行動をとった背景の事情や被相続人の態度及び行為も斟酌考量したうえでなされなければならない。」「前記認定事実によると,抗告人と被相続人との不和は則子とはるゑの嫁姑関係の不和に起因し,抗告人と被相続人がそれぞれの妻の肩をもったことで,抗告人夫婦と被相続人夫婦の紛争に拡大していったものである。則子とはるゑは,頻繁に口論し,その結果お互いに相手に対する悪口,嫌がらせ,果ては暴力を振るうような関係に至っていたことが認められる。抗告人と被相続人も紛争に関わる中で,口論は日常的なものとなり,相手に抱いた不信感や嫌悪感を底流として,双方が相手を必要以上に刺激するような関係になっていったものである。そういう家庭状況にあって,抗告人がはるゑや被相続人に対し,力づくの行動や侮辱と受け取られるような言動をとったとしても,それが口論の末のもので,感情的な対立のある日常生活の上で起こっていること,何の理由もなく一方的に行われたものではないことを考慮すると、その責任を抗告人にのみ帰することは不当であるというべきである。」「そうすると,抗告人の前記言動の原因となった家庭内の紛争については,抗告人夫婦と被相続人夫婦の双方に責任があるというべきであり,被相続人にも相応の責任があるとみるのが相当である。しかも,抗告人は被相続人から請われて同居し,同居に際しては改築費用の相当額を負担し,家業の農業も手伝ってきたこと,被相続人も昭和58年から死亡するまで抗告人との同居を継続したことなどの前記認定事実を考慮すれば,抗告人と被相続人は家族としての協力関係を一応保っていたというべきで,相続的共同関係が破壊されていたとまではいえないから,抗告人と被相続人の感情的対立を過大に評価すべきでなく,抗告人の前記言動をもって,民法第892条所定の事由に当たるとすることはできない。」妥当な判断でしょう。

8.(釧路家裁北見支部平成17年1月26日審判。廃除決定。)
末期がんの妻について「五臓六腑が腐っている」「黙っていても死ぬ」などと息子らに言うとともに、本人に対しても「いつ死ぬか分からない人間にかつらは必要ない(治療の副作用のため)」、住居が北海道であったにも関わらず電気ストーブを使った際に「昼間電気を使う金などない。出て行け。」などと言っていたという夫に対する妻からの廃除請求に関しては、これらの暴言が甚だしい虐待に該当するとして廃除を認めました。離婚訴訟継続中の妻の遺言による廃除請求事件です(民法893条)。

9.(和歌山家庭裁判所平成16年11月30日審判。廃除決定。)
被相続人(母親)に対し6年間にわたり暴行を繰り返し、侮辱を行い、郵便預金3500万円を横領した長男(特定郵便局長)の廃除が認められています。「相手方は,母屋の仏間で申立人の髪の毛をわしづかみにして,顔を平手打ちし,さらに申立人を押し倒して身体の上に覆いかぶさり,その首を絞めるなどした。」のような事情があり妥当な判断です。母親は廃除の戸籍への記載について長男の子の立場を考慮し、当初は廃除請求をためらっていたようです。

10.このように、推定相続人からの廃除は、相続権を一切失わせるとともに、その旨が戸籍にも記載されるという非常に重大な結果をもたらすものですので、その判断は厳格になされています。ご両親の件も、弁護士に相談し、遺言をきちんと用意しておくのが望ましいでしょう。

【参照条文】

民法
(配偶者の相続権)
第八百九十条  被相続人の配偶者は、常に相続人となる。この場合において、第八百八十七条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする。
(推定相続人の廃除)
第八百九十二条  遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。
(遺言による推定相続人の廃除)
第八百九十三条  被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
(包括遺贈及び特定遺贈)
第九百六十四条  遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし、遺留分に関する規定に違反することができない。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条  兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一  直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二  前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一
(減殺請求権の期間の制限)
第千四十二条  減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

家事審判法
第九条  家庭裁判所は、次に掲げる事項について審判を行う。
乙類
九 民法第八百九十二条 から第八百九十四条までの規定による推定相続人の廃除及びその取消し
家事審判規則
第百一条 推定相続人の廃除又はその取消しの審判が確定したときは、裁判所書記官は、遅滞なく廃除された者の本籍地の戸籍事務を管掌する者に対しその旨を通知しなければならない。

戸籍法
第六十三条  認知の裁判が確定したときは、訴を提起した者は、裁判が確定した日から十日以内に、裁判の謄本を添附して、その旨を届け出なければならない。その届書には、裁判が確定した日を記載しなければならない。
○2  訴えを提起した者が前項の規定による届出をしないときは、その相手方は、裁判の謄本を添付して、認知の裁判が確定した旨を届け出ることができる。この場合には、同項後段の規定を準用する。
第十一節 推定相続人の廃除
第九十七条  第六十三条第一項の規定は、推定相続人の廃除又は廃除取消の裁判が確定した場合において、その裁判を請求した者にこれを準用する。

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