新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.846、2009/2/4 15:43 https://www.shinginza.com/rikon/youikuhi.htm

【養育費の一括支払と贈与税】

質問:私は結婚して6年になりますが、このたび離婚しようと思います。離婚原因は夫の側にあり、ここ2年ほどは別居中です。子供は5歳、親権者は私がなる予定です。憎み合って別れる訳ではなく、別れてもお互いに子供の父親・母親であることには変わりはないので、子供の成長を健やかに見守っていくことは合意できています。養育費は算定表に沿って計算したところ、月々5万円という結果となりました。そして、話し合いの結果、月々5万円の養育費1年分では60万円ですが、これを子供が20歳になるまでの15年間合計900万円を夫が私に一括で渡してくれるとのことです。贈与税がかかるでしょうか。

回答:
1.養育費の一括支払が合意書から明らかであり、使い道が養育費の内容にあっていれば贈与税はかからないと思います(相続税法21条の3、1項2号)。
2.毎月分割して支払う養育費は、贈与税の対象になりません。贈与税の根拠は、無償で新たに財産を取得した点にあり、親権者が行う子供の養育費請求は子供が人間として成長し教育、扶養を受ける権利に基づくものであり無償で財産を受けるものではないからです。養育費の性質については、法律相談データベース事例集790番、766番、684番参照。
3.一括して支払う養育費も同様ですが、例外的に、動機、目的、金額の大きさ、性質、使い道等により事実上養育費を装った無償の金員交付と認定され贈与税がかかる場合がります。例えば、養育費による不動購入、株式購入、投資等です。
4.税務署から疑問を持たれないように養育費の支払いの公正証書(合意書)、調停調書、判決謄本等で養育費であることの証明ができるようにしておいた方がいいと思います。私的合意書の場合、弁護士とも協議してみましょう。

解説:
1.養育費は、子供が両親に育てられるのと同一の条件で生育できるよう子供から親権を持たない親に対して請求することのできる権利であり、離婚後の子の監護について必要な事項(監護費用)の中心的なものです(民法766条1項、2項)。裁判例では、親権者である母親から親権者ではない父親に対し、民法766条による監護に関する処分として、子の養育費の分担を請求することができるということになります(東京家審昭和33年12月10日他)。

2.あなたの場合は、調停や裁判の手続きを経ることなく、夫婦間の話し合いで養育費の支払いについて決めたようです。養育費の算定方法としては、従来から「実費方式」「生活保護基準方式」「労研方式」などがありましたが、平成15年に、裁判所が「簡易迅速な養育費等の算定を目指して」という論文を発表し、この論文の中で養育費を算定する一応の目安を出して発表しました(養育費算定早見表)ので、現在ではこの早見表を用いた算定が一番の主流となっています。あなたの場合も、子供の人数、年齢を加味し、夫と妻の年収から、月額5万円とうい金額が出てきたとのことです。事務所事例集684番参照。

3.さて、養育費は基本的に毎月○円という金額を、義務者(あなたの場合には父親)が権利者(あなたの場合には子供さん)宛に支払うのが通常ですが、あなたの場合は父親がその両親の助けを借りて一括で支払ってくれるとのことです。養育費の支払いを毎月きちんと支払っている人は2割程度という統計がある中で、一括で支払ってもらえることは大変有り難いことですが、この場合に、税金がどうなるかという心配があります。

4.相続税法によれば、扶養義務相互者において、生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち、通常必要と認められる財産の価額は、贈与税の課税価格には算定されず、非課税とされています(相続税法21条の3、1項2号)。この規定の趣旨は、養育費は贈与の概念に実質的にはいらないことを明らかにしています。扶贈与税の根拠は、国家の構成員である日本人が、無償で財産を取得し利得が生じたのですから、国民の義務として国家社会制度を維持するための費用、税金を支払う義務があるわけです(憲法13条)。扶養養義務に基づく生活費、教育費すなわち養育費は、個人の尊厳保障の趣旨から人間として生活し、教育を受ける権利に基づくもので、人間として生まれながらに当然有する請求権ですから、無償による新たな利得があったという評価ができないからです。従って、「通常必要と認められるもの」とは、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情とを勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産をいい(相続税基本通達21の3−6)、生活費又は教育費として必要な都度、直接これらの用に宛てられるため給付されるものに限る(同21の3−5)ので、一般的に、毎月毎月支払われる養育費は贈与税の対象外ということになります。又離婚に伴う財産分与請求、慰謝料請求も請求者がもともと有する権利が顕在化したものですから、新たな無償の利益ではなく贈与税はかかりません。

5.それでは、養育費が一括して支払われる場合はどうでしょうか。この場合には、その金額が適正であり、本来の目的どおり使用される限り贈与税の対象とはならないというのが大まかな回答です。ただし、金額が適正かどうかなどは、税法に明確には示されていないので、あくまでも、その子の年齢や扶養者の資力、その他一切の事情を勘案して、社会通念上適当と認められる範囲の財産に該当するかどうかにより判断することになります。つまり、個々のケースで適正か否かを判断することになり、一律いくらまでが適正とは決められないのです。当然、養育費や教育費としてもらった財産であっても、不動産や株式の購入代金に充当したような場合は、通常必要な財産とは認められません(上記通達21の3−5)。一括で払われた養育費を、きちんと本来の目的である子供の養育のためにのみ使っているかどうかという事実で判断するということになります。

6.(判例)東京地方裁判所平成九年一〇月二八日民事第二部判決、更正処分の棄却決定取消請求事件。
内縁関係にあった男性が、昭和63年にマンション(課税価格約1億円)を購入、交際の女性(重婚的内縁、そのほかにも女性、非嫡出子がいる)、子と同居し、3年後に事業が思わしく行かなくなり交際関係解消に伴い、財産分与、慰謝料、養育費の代物弁済として当該マンションを内縁の妻、子(2人)に権利移転したところ、贈与と認定され養育費等とは判断されなかった事案である。その理由は、マンション購入時から、交際の女性に贈与が予定されており内縁解消に伴う養育費等の支払いと認定できないというものです。女性は、重婚的内縁関係(3重の女性関係)での養育費の支払いの一括払いを主張していますが、当初から贈与のためのマンション購入になっており、養育費の額を決定した経過、明確な合意書もなく、金額、目的から養育費のための代物弁済は認められないと思います。公正証書等により養育費であることを明かにすることが必要です。

7.そのため、均等割給付金の受給を前提とした金銭信託契約を信託銀行との間で締結するなどして、養育の目的以外に使えないような方策を採るという方法も考えられます。形式的なことですが、一括で支払われる金銭について、養育費であることを明確にするために、調停調書や公正証書の形で、法律文書として残しておくと良いでしょう。後日、税務署から問い合わせなどあった際に写しを提出してください。書類の作成については、お近くの法律事務所にご相談になってください。

≪条文参照≫

憲法
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第三十条  国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

<相続税法>
(贈与税の非課税財産)
第二十一条の三  次に掲げる財産の価額は、贈与税の課税価格に算入しない。
一  法人からの贈与により取得した財産
二  扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの
三  宗教、慈善、学術その他公益を目的とする事業を行う者で政令で定めるものが贈与により取得した財産で当該公益を目的とする事業の用に供することが確実なもの
(贈与税の基礎控除)
第二十一条の五  贈与税については、課税価格から六十万円を控除する。

<相続税基本通達>
(生活費及び教育費の取扱い)
21の3−5 法第21条の3第1項の規定により生活費又は教育費に充てるためのものとして贈与税の課税価格に算入しない財産は、生活費又は教育費として必要な都度直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産をいうものとする。したがって、生活費又は教育費の名義で取得した財産を預貯金した場合又は株式の買入代金若しくは家屋の買入代金に充当したような場合における当該預貯金又は買入代金等の金額は、通常必要と認められるもの以外のものとして取り扱うものとする。(平15課資2−1改正)
21の3−6 法第21条の3第1項第2号に規定する「通常必要と認められるもの」は、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産をいうものとする。(平15課資2−1改正)

(相基通9−8、所基通33−1の4)  財産分与、慰謝料の非課税の通達。(相続税基本通達の内容。)
離婚により相手方から財産をもらった場合、通常、贈与税がかかりません。この場合、慰謝料請求権、財産分与請求権に基づき給付を受けたものであり無償で財産を取得したわけではないからです。例外、@ 分与された財産の額が婚姻中の夫婦の協力によって得た財産の価額やその他すべての事情を考慮してもなお多過ぎる場合。その多過ぎる部分に贈与税がかかることになります。A 離婚が贈与税や相続税を免れるために仮装したと認められる場合。なお、土地や家屋などを分与したときには、不動産を売って支払ったと同じですから、分与した人に譲渡所得の課税になります。

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