刑事・略式手続きについての被疑者の同意後・不起訴処分の可能性があるか
刑事|起訴前弁護|痴漢|迷惑防止条例違反|略式起訴承諾後の撤回|刑事訴訟法460条
目次
質問:
私の夫が、通勤電車内で痴漢をしたという容疑で逮捕されました。
被害者と示談が成立すれば不起訴処分になる可能性があるということは法律事務所のホームページ等を見て知っていました。
しかし夫は、翌日の検察官の取調べで、検察官から、罰金を払えば早く出られる、今承諾しなければあと10日間留置場に入れる、といわれ、会社の勤務もあり略式起訴に同意する書面にサインをしてきてしまいました。
今からでも被害者と示談をして、不起訴処分にしてもらうことはできませんか?
回答:
1.痴漢事件(迷惑防止条例違反事件)については、被害者と示談が成立し、同種前科などがなければ、不起訴処分になる可能性が高いといえます。
一方で略式起訴による罰金刑は、罰金を払うだけの手続ではありますが、有罪判決であり、前科になります。
不起訴処分にしてもらうことを望む場合には、一刻も早く弁護人を選任し、略式起訴の手続をストップしてもらうのがよいでしょう。
その上で、弁護人に依頼して示談交渉をしてもらってください。
2.事務所法律相談データベース事例集538番 も参考にしてください。
3.痴漢事案に関する関連事例集参照。
解説:
1.公判請求(起訴)について
起訴とは、検察官が裁判所に対して、被告人について公判を開き、刑事処分を下すように求める手続を言います。
検察官は、起訴について広範な裁量権を持っています(起訴便宜主義。起訴便宜主義については、当HPの多数の事例で詳しく解説されていますのであわせて参照してください)。
起訴されれば、被告事件について公判が開かれます。公判(裁判)は、公平な裁判所の元で検察と被告人のそれぞれの主張や証拠を吟味して処分を決めるものですから、被告人にとっても、自分の言いたいことを主張するための重要な機会であるといえます。
例えば、自分はやっていない、無罪だ、というときに、それをいう機会を与えられずに刑罰が課されるようなことは絶対にあってはならないことです。
これは、国家の最高法規である憲法31条および32条において保障される基本的人権です。
2.略式起訴について
しかし、自分の犯してしまった犯罪について特に争いたいことも無く、処罰の内容についても納得している被告人にとって、公開の法廷で自らの罪について明らかにされることは被告人にとって無益であることもあり、手続の無駄にもなります。
そこで、制度の趣旨について充分に説明を受け、正式裁判の請求もできることを条件に、被告人が書面で同意すれば、略式起訴という手続によって事件を終了させることができます(刑事訴訟法460条以下)。
略式起訴の手続がとられると、裁判所は、被告人に対し罰金の支払を命ずる判決をくだします。
3.略式起訴の説明
略式起訴は、身柄拘束等を受けて不安になっている被告人からすれば、「お金を払えば解放してもらえる」という点で非常に魅力的です。
書面による同意が要求されていますが、実際は定型の書式にサインをするだけです。
法律で要請されていますので、検察官はある程度の説明はすることになっていますが、「弁護士に頼んで示談すれば不起訴の可能性もある」とまでは説明しません(そこまでの義務があるとはいいにくいでしょう)極限の精神状態にある被告人が、正確に理解できるかも難しいと思います。
4.略式起訴の同意
したがって、検察官の略式起訴の申し出に対し、無罪を主張するならまだしも、示談して不起訴を、という理由でこれを断る被告人はほぼいないと考えられます。
実際に当事務所でも、ご家族からの相談をお受けしている最中に、被疑者本人が、罰金刑の略式起訴に同意して釈放されて出てきてしまった、というケースはよくあります。
5.略式起訴承諾後の撤回はできるか
では、一度サインした略式起訴の承諾を、撤回することができるでしょうか。
この点法律は、後日の正式裁判の請求を認めますが、承諾の撤回について定めていません。
撤回が認められるのは、461条の2に反するような場合に限られると考えられます。
略式命令は、461条の手続、すなわち検察官が裁判所に対して略式命令を請求してしまうと、撤回は難しくなるでしょう。
しかし、当事務所ではこれまで、略式命令の承諾書類にサインをしてきた被疑者について、検察官が請求を裁判所に提出する前に受任し、検察官に略式起訴の手続をストップするよう要請、検察官の協力を得て、示談、不起訴にこぎつけた事例があります。
これは、検察官の協力が必要ですが、弁護人がすばやく対応することにより、検察官の理解を得られる場合があるということです。
ただしこれは、略式命令の書類にサインをして、身柄を解放されてから、できるだけ早く弁護士を依頼して検察官と交渉してもらう必要があります。
もしご家族にそのような方がいらっしゃる場合は、できるだけ早く弁護士に相談してください。
以上