新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.851、2009/3/6 10:14 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【民事・不倫と子の慰藉料請求】

質問:私には,夫と10歳になる長男がいるのですが,夫は,私と長男をほったらかしにして,勤務先の部下の女性と同棲しています。私が慰謝料を請求できると聞いたのですが、長男も独自に,不倫相手に対し,慰謝料を請求することができるでしょうか。

回答:
妻である、あなたについては,ご主人とあなたとの婚姻関係が不倫の当時既に破綻していた場合でなければ,不倫相手に対し,慰謝料を請求することができることは、問題がありません。しかしながら,ご長男については,上記の場合(不倫当時婚姻関係が破綻していなくても)でなくても,不倫相手に対し,慰謝料を請求することは、特に長男を傷つけるような行為、たとえばご主人が長男と会うことを妨害したり養育費の支払いを邪魔したりするような行為をしない限り、できません。

解説:
1.妻からの慰謝料請求について
妻からの慰謝料請求については、当事務所法律相談データベースNo.630にも詳しく説明されていますので簡単に説明します。
(1)不倫相手に対して慰謝料を請求する場合その権利の性質は,交通事故にあった際の加害者に対する請求権などと同じで,不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条,710条)です。そして,この場合,民法709条にいう「権利」は「配偶者の夫又は妻としての権利」となり,また,同条にいう「損害」とは精神的損害(民法710条「財産以外の損害」)となります。

(2)不倫相手に対する慰謝料請求については,以下の判例があります。

最高裁昭和54年3月30日判決
「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は,故意又は過失がある限り,右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか,両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず,他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し,その行為は違法性を帯び,右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。」

最高裁平成8年3月26日判決
「甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において,甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは,特段の事情のない限り,丙は,甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。」

(3)以上より,あなたについては,以下のようになります。まず,あなたは,不倫相手がご主人を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたのであればもちろん,ご主人と不倫相手の関係が自然の愛情によって生じたのであっても,不倫相手に対して,慰謝料を請求することができます(前記昭和54年判決参照)。もっとも,ご主人とあなたとの婚姻関係が不倫の当時既に破綻していた場合は,原則として,あなたは,不倫相手に対して,慰謝料を請求することはできません(前記平成8年判決参照)。以上,詳しくは,当事務所法律相談データベースNo.630をご参照ください。

2.子からの慰謝料請求
子からの請求については、あまり裁判例も多くないと思われます。子供が原告となる訳ですから、子供が裁判を起こすことになり母親として教育上望ましくないと考えるからでしょう。とはいえ、どうしても我慢ができないという場合は、母親は子供の法定代理人として訴訟を提起することができます。 この点について、婚姻中の親権の行使は、父母が共同して行うことになっていますから(民法818条2項本文)、母親だけが代理人となって父親に対し訴えを起こせるか疑問があります。この問題について、判例は「親権は父母の婚姻中は父母共同してこれを行うのが原則であるが、父母が共同して親権を行使すべき場合にも『父母の一方が親権を行うことができないときは他の一方がこれを行う』(民法818条3項但書)ことと定められており、右にいわゆる『親権を行うことができない』ときには父母の一方の行方不明、長期旅行、重病などの場合のみならず、父母の婚姻関係が事実上破綻し、父母の一方が他の男又は女と同棲し、子との別居が長期に及んでいる場合も含まれるものと解すべき」としています(東京地判昭和37年7年17日)。従って、母親が子供の法定代理人として父親の意思に反して訴えを起こした場合も適法な訴の提起となります。しかし、訴えを起こしたからと言ってそれが認められるか(「認容判決」と言います)については次のように疑問です。

(1)まず、子からの慰謝料請求の場合,民法709条にいう「権利」は「子が日常生活において父親から愛情を注がれ,その監護,教育を受ける権利」となります。

(2)次に、この子供の権利が侵害されたか検討することになります。この点について判例は,「妻及び未成年の子のある男性と肉体関係を持った女性が妻子のもとを去った右男性と同棲するに至った結果,その子が日常生活において父親から愛情を注がれ,その監護,教育を受けることができなくなったとしても,その女性が害意をもって父親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情のない限り,右女性の行為は未成年の子に対して不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。」として,子からの慰謝料請求については,原則として,これを認めません(前記昭和54年判決)。

その理由として上記判決は,「父親がその未成年の子に対し愛情を注ぎ,監護,教育を行うことは,他の女性と同棲するかどうかにかかわりなく,父親自らの意思によって行うことができるのであるから,他の女性との同棲の結果,未成年の子が事実上父親の愛情,監護,教育を受けることができず,そのため不利益を被ったとしても,そのことと右女性の行為との間には相当因果関係がない」ということを挙げます。すなわち,父親は,他の女性と不倫したとしても,「子が日常生活において父親から愛情を注がれ,その監護,教育を受ける権利」を実現することはできるのだから,たとえ当該権利が侵害されたとしても,それは父親に原因があるのであって,不倫相手の女性には関係がない,ということです。

なお,最高裁は,前記昭和54年判決と同日付けで,不倫相手が外国に住み,母親がその者と同棲するために外国へ渡航してしまったという事案について,前記昭和54年判決と同趣旨の判決を出しています。すなわち,同棲の場所が外国であろうと国内であろうと異なるところはない,ということです。妻が慰謝料を請求する場合と異なる結論になりますが、妻は、夫に自分以外の女性と性的な関係を持たないことを請求できる権利が認められ、不倫によりこの権利が即侵害されたと認められるのに対し、子供の権利は不倫によりただちに侵害されたことにはならない、不倫していても父親としての行動をとれば子供の権利は侵害されないし、仮に侵害されたとしてもそれは、父親の責任であり、不倫相手の女性の行為と子供の被る損害とは因果関係はない、という点で違いが出てくることになります。但し、この点については反対意見があります。

(3)以上が原則論ですが,不倫相手の行為が単なる不倫にとどまらず、子供の権利を侵害するような行為を行った場合は、その行為が不法行為になる場合は考えられます。例えば,不倫相手が,ご主人との同棲を積極的に求め子供との同居を妨害したり,ご主人がご長男のもとに戻るのを反対したり,あるいは、ご主人がご長男に対して生活費を送るのを反対したなどの事情(前記昭和54年判決「女性が害意をもって父親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情」参照)があれば,不倫相手に対して,慰謝料を請求することができます。この場合は、不倫相手の女性の行為が子供権利侵害に向けられた行為であり、その行為と損害との間に相当因果関係が認められることになるからです。

(参照条文)

民法
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第710条 他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない。

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