新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:遺族が司法解剖記録の開示を受けるにはどうすればよいでしょうか。 解説: 【司法解剖とは】 【刑事確定訴訟記録の閲覧】 【犯罪被害者保護法に基づく開示】 【不起訴記録の原則不開示】 【司法解剖記録は不起訴の場合も「訴訟に関する書類」にあたるか】 【例外を設けないことの不合理性,例外を検討するうえでの基本的な考え方】 【不起訴記録の開示】 【公判請求されるかどうか未定の段階】 【参照法令】 ≪刑事確定訴訟記録法≫ ≪刑事確定訴訟記録法施行規則≫ ≪犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律≫
No.874、2009/5/21 17:47 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
[行政,刑事,被害者,証拠,司法解剖記録の遺族に対する開示]
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回答:
1.刑事裁判が終わった後であれば,訴訟記録を閲覧・謄写することができます。
2.公判請求がされ,第1回公判期日が開かれた後であれば,犯罪被害者保護法の規定により刑事記録を閲覧・謄写することができます。
3.被疑者が不起訴となった場合,原則として開示は認められませんが,弁護士に依頼して,例外的に不起訴記録のうち客観的証拠について開示を受けることができるでしょう。
4.不起訴になるか公判請求されるかが決せられない捜査段階においては,開示を求めるための法制度がありません。ただし,事実上,開示を受けるための方法が考えられます。
司法解剖とは,捜査機関が医師に鑑定を嘱託し,鑑定人において死体を解剖する手続をいいます。検視の結果,死亡が犯罪によるものであると思料され,犯罪捜査に必要があるときに行われます。司法解剖がされるときは,その鑑定結果を記載した鑑定書等の記録が作成されます。実務上,公判が開かれる際は,死因等に関する重要な証拠として検察官が取調べを請求し,裁判所も証拠として採用するのが通常です。
刑事訴訟法は,53条第1項本文において「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。」としています。そして,刑事確定訴訟記録法及び同法施行規則によって,閲覧請求の方法が定められています。法律上は,閲覧のみが認められ,謄写については定めがありませんが,法務省の記録事務規程(平成16年12月17日法務省刑総訓第1464号)上,保管を担当する検察官の裁量により,謄写が許されることがあります。したがって,判決確定後は,刑事確定訴訟記録を閲覧することで司法解剖記録についても開示を受けることができます。具体的な手続については,各検察庁の記録事務担当者または被害者支援員にお尋ねになるのがよいでしょう。これらの手続について,弁護士に相談・依頼することも可能です。
犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(通称:犯罪被害者保護法)により,犯罪被害者及び一定の遺族(配偶者,直系の親族,兄弟姉妹)については,判決の確定を待たずに,第1回公判期日以降,公判記録の閲覧・謄写の申出をすることができます。現に訴訟が進行中であることから,確定訴訟記録の閲覧に比べて多くの制限が課されることとなっていますが,司法解剖記録であれば,基本的に閲覧・謄写が認められると見込まれます。この閲覧・謄写の申出手続は,弁護士に依頼することも可能です。この手続だけを個別に依頼することもできますが,被害者遺族としての対応全般について相談する中で合わせて依頼するということも考えられます。
刑事訴訟法47条は,その本文において「訴訟に関する書類は,公判の開廷前には,これを公にしてはならない。」と規定しています。その趣旨は,訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって,訴訟関係人の名誉を毀損し公序良俗を害しまたは裁判に対する不当な影響を引き起すことを防止するところにあります(昭和28年7月18日最高裁第三小法廷判決)。不起訴の場合は公判が開廷されませんから,同条によれば,今後もずっと公にされないということになります。さらに,刑事訴訟法53条の2は,訴訟に関する書類を情報公開法の適用除外と定めていますので,同法による開示の対象にもなりません。
検察実務上,司法解剖記録は上記にいう「訴訟に関する書類」に該当すると解されています。先例としては,情報公開法に基づいてなされた司法解剖関係書類の開示請求に対して不開示決定がされ,これを不服とした審査請求(行政不服審査法上の不服申立て)を受けてされた検事総長への諮問に対する答申として,「(司法解剖関係書類は)起訴・不起訴の決定までの間は特定の被疑事件の捜査記録の一部となり,不起訴の決定後は不起訴記録の一部となり,起訴の決定後は裁判所に提出された訴訟記録又は裁判所不提出記録の一部となることから,いずれの場合においても,それを検察庁が保有する場合には,訴訟に関する書類に該当することは明らかである」とするものがあります。
そうはいっても,身内の不慮の死の原因について,誰よりも関心を寄せている遺族であっても,公開の法廷が開かれなければ一切これを知ることができないとすれば,社会通念に照らしていかにも不合理です。家族の結び付きは,個別の立法を待つまでもない自然な団結であり,身内に不慮の死が降りかかったときに,遺族がその原因を知りたいと願うのは,その団結の発現として当然のことです。こうした自然な願いについて,憲法上,個別の人権として規定はされていませんが,総則的な幸福追求権(憲法13条)の一環として保障されるべきものと解することができます。民法の家族法分野をはじめとする我が国の制定法下においても,家族関係が法的な保護の対象とされていますが,これらも究極的には上記憲法上の人権の具体的な発現であるといえるでしょう。また,情報の保有者が公権力であるときは,国民の知る権利(憲法21条)の側面からも,国民がその情報を取得することについて,公権力は必要最小限度の制約を超えて妨げてはならないと解するべきです。なお,知る権利は,憲法に直接これを規定した条項はありませんが,憲法21条の「表現の自由」から派生した憲法上の人権であると解するべきです。(これについては本データベースの別稿で述べたいと思います。「知る権利」で検索してみて下さい。)こうしたことから,現行の法制を前提としても,公判開廷後以外の場面で司法解剖記録の開示が認められる場合を検討する必要があります。そして,その際は,上記の憲法上の要請があることを念頭に置くべきです。
刑事訴訟法47条本文が公判開廷前の訴訟記録の原則不開示を規定していることは前述のとおりですが,同条但書において「但し,公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合は,この限りでない」とし,例外を設けています。そして,平成12年以降,同条但書の運用として,一定の場合に不起訴記録の開示に応じる取り扱いがされるようになりました。この点については,当相談データベース498番で説明していますので,そちらをご参照ください。さらに,平成20年12月1日以降,事件の内容を知りたいという被害者や遺族の要望に応えるため,従前の方針に加えて,故意の犯罪により人が死傷したなどの一定の重大事件(刑事訴訟法316条の33以下に規定された被害者参加の対象事件)について,「事件の内容を知ること」などを目的とする場合であっても,客観的証拠については原則として閲覧を認めるとする方針が示されました。弁護士の実務上は,不起訴記録が保管されている検察庁に対し,弁護士法23条の2に規定される弁護士会照会の制度を利用して開示を求めるという方法がよく利用されています。
公判請求されるかどうか未定の段階においては,証拠に基づく適正な刑事裁判の実現のため,捜査の密行性を確保すべき要請があるのも確かです。しかし,捜査が相当長期間に及ぶこともあります。それでも,その間,遺族は既に明らかになっているはずの司法解剖結果についてすら知る機会が保障されず,いわば捜査機関の胸先三寸で事実上の開示がされることがある程度となっているのが実情です。遺族としてなしうる対応としては,まず,従来行われているこうした自由裁量に基づく開示を捜査機関に対して内々にお願いするという方法があります。穏当・無難な方法であり,これで目的が達成できるのであれば,結果オーライといえます。別の方法としては,具体的な立法上の根拠は弱いものの,前述した遺族の知る権利に関する「基本的な考え方」に立ち返り,非開示の場合には直ちに行政訴訟の提起をする準備をしつつ,司法解剖記録を保管する捜査機関に対して公然と開示を請求する文書を送付して対応を求めるというものもあります。この方法は,一般的にいえばやや強行のきらいは否めない(上記行政訴訟も勝訴の見込みがあるとまでは言えない)ものの,こうした先進的な取り組みについては,平成19年に福岡県の弁護士による先例をみることができます。この例は,不起訴記録について遺族に対する開示を拡大させた前記平成20年12月1日からの運用方針が決まるにあたって影響を及ぼした可能性もあります。一生懸命捜査をしているところに冷や水を浴びせるのはできれば避けたいものですが,穏当な打診を続けてもどうしても埒が明かないときには,最後の手段として,こうした方法も検討する余地があるでしょう。
≪刑事訴訟法≫
第47条
訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。
第53条
1項
何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。但し、訴訟記録の保存又は裁判所若しくは検察庁の事務に支障のあるときは、この限りでない。
2項及び3項
略
4項
訴訟記録の保管及びその閲覧の手数料については、別に法律でこれを定める。
第53条の2
1項
訴訟に関する書類及び押収物については、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)及び独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号)の規定は、適用しない。
2項
略
(保管記録の閲覧)
第4条
1項
保管検察官は、請求があつたときは、保管記録(刑事訴訟法第53条第1項の訴訟記録に限る。次項において同じ。)を閲覧させなければならない。ただし、同条第一項ただし書に規定する事由がある場合は、この限りでない。
2項ないし4項
略
(保管記録の閲覧の請求等)
第8条
1項
法第4条第1項又は第3項の保管記録の閲覧の請求をしようとする者は、保管記録閲覧請求書(様式第3号)を保管検察官に提出しなければならない。
2項
前項の場合において、保管検察官は、必要があると認めるときは、訴訟関係人であること又は閲覧につき正当な理由があることを明らかにすべき資料の提出を求めることができる。
3項
保管検察官は、保管記録について閲覧の請求があつた場合において、請求に係る保管記録を閲覧させないときは、その旨及びその理由を書面により請求をした者に通知するものとする。
(被害者等による公判記録の閲覧及び謄写)
第3条
1項
刑事被告事件の係属する裁判所は、第1回の公判期日後当該被告事件の終結までの間において、当該被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、当該被告事件の訴訟記録の閲覧又は謄写の申出があるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、閲覧又は謄写を求める理由が正当でないと認める場合及び犯罪の性質、審理の状況その他の事情を考慮して閲覧又は謄写をさせることが相当でないと認める場合を除き、申出をした者にその閲覧又は謄写をさせるものとする。
2項
裁判所は、前項の規定により謄写をさせる場合において、謄写した訴訟記録の使用目的を制限し、その他適当と認める条件を付することができる。
3項
第1項の規定により訴訟記録を閲覧し又は謄写した者は、閲覧又は謄写により知り得た事項を用いるに当たり、不当に関係人の名誉若しくは生活の平穏を害し、又は捜査若しくは公判に支障を生じさせることのないよう注意しなければならない。