新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:知人に100万円を年利3%で貸したのですが,返済期限を過ぎても返済されませんでした。催促しても色々理由を付けてごまかそうとするので,簡易裁判所に訴訟を起こしました。そうしたところ,被告から「原告の主張は争わない。しかし,全額を用意できないので分割にしてほしい。仕事が忙しくどうしても裁判所には出頭できない。」という旨の答弁書が出されました。お金がない事情は承知しているので分割払いの申入れに応じてもよいのですが,どのような対応が考えられるでしょうか。 解説 【訴訟外の和解と訴えの取下げ】 【判決取得後の和解】 【和解に代わる決定】 【参照法令】 ≪民事訴訟法≫ ≪民事執行法≫
No.881、2009/6/3 14:58
[民事,裁判,和解に代わる決定,簡易裁判所の訴訟手続]
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回答
1.和解の本質は、相互の譲歩にあります。お互いに、自分の主張を一歩後退させて、妥協点を探すことです。民法695条は次のように定義しています。「和解は、当事者がお互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる」ですから、お互いに譲歩する部分を提示しなければなりません。相手の分割払いを認めるのであれば、こちらとしては、和解成立時の一時金を要求したり、滞納した場合の遅延損害金を法定利率5パーセントよりも高く定めたり、保証人や不動産担保を要求したりすることも考えられます。
2.訴訟外で被告と和解契約を結んで,訴えを取り下げる方法がありますが,本件ではあまりお勧めしません。
3.原則どおり,全額一括払いの判決をしてもらったうえで,判決で命じられた支払いについて訴訟外で分割払いの合意をする方法があります。
4.簡易裁判所では,被告が出頭しなくても裁判上の和解に似た「和解に代わる決定」をしてもらうことができますので(民事訴訟法第275条の2),これを利用するのが簡単・便利といえます。
【分割払いの申入れに応じることの損得】
被告が任意に返済を履行することに期待ができる事案であれば,分割払いの申入れに応じることは悪い選択肢ではありません。これ以上の手間や費用を掛けずに回収ができるのであれば,むしろあなたにとって有利な結果になることも多いでしょう。もちろん,あなたとしては,判決を取ったうえで,裁判所に対して強制執行の申立てをすることも考えられます。しかし,強制執行の手続にも手間・時間・費用がかかります。そのうえ,見るべき資産がなかったり見つからなかったりすることも決して珍しい話ではなく,強制執行をすれば必ず回収できるというものでもないからです。これに対して,被告が分割払いでも自ら進んで支払ってくれるのであれば,確かに全額の回収は先の話になってしまうものの,今,被告の手元にお金がないというような事案では,強制執行に躍起になるよりも分割払いを認めた方がずっと現実的な解決だといえるのです。本件のような貸金事件における強制執行については,当法律相談データベースの756番が参考になるかと思いますので,そちらも読んだうえで,分割払いの申入れに応じるべきか,申入れを蹴って強制執行を目指すのかを決めてはいかがでしょうか。
本件のような貸金訴訟において,訴訟係属後に被告から分割払いにしてほしい旨の和解の申入れがあるという場面は時折見受けられます。和解に応じる方が得になる可能性もあることは前述のとおりですが,その場合の方法として,訴訟外で和解合意書を交わして,訴えを取り下げるという方法によることはお勧めいたしません。この方法は,1か月か,せいぜい2か月先といった比較的近い時期に一括払いを受けられる和解ができるときに,和解金の入金を確認でき次第,訴えを取り下げるというような形では選択の余地があります。例えば,貸金業者から過払金の返還を受ける際に利用されることが多い方法です。しかし,和解内容が長期の分割払いになる場合,完済に至るまで何年も訴訟を宙ぶらりんのままにしておくことはできませんし,かといって完済前に取り下げてしまうと,せっかく訴訟提起に踏み切ったのに債務名義が取得できず,万一支払いが滞ったときに再度訴訟を起こさなければ強制執行ができないことになってしまいます。したがって,本件のような事案においては,仮に第1回口頭弁論期日前に早々に被告から和解の申入れがあったとしても,何らかの形で債務名義が残せるように,訴訟手続上での解決を図るべきです。
裁判上の和解には確定判決と同一の効力があり(民訴267条),和解の条項の記載に反して支払いがされないときは強制執行の申立てをすることができます(民事執行法1項7号 和解調書が該当します)。ですから,分割払いの和解に応じるとしても,訴訟外の和解よりもこちらを選ぶべきです。しかし,これをするためには原則として両当事者が期日に出頭しなければなりません。裁判上の和解がもつ重大な効果に照らせば,こうした慎重な取扱いは当然というべきです。本件では,被告がどうしても出頭できないとのことですので,裁判上の和解はできないことになります。そんなとき,通常の訴訟の場合は,被告が事実関係を争わないということで原告の請求を全部認容する判決をしてもらい,その後,裁判外で分割払いの約束を取り決めるという方法がしばしば行われます。判決は,一括で支払えと命じるでしょうが,あなたの側で分割払いを認める譲歩をすることは自由です。「期日に出頭できないのであれば判決をもらうしかないが,きちんと分割で支払うのであればその申入れに応じても良い。ただし,約束が守れなかったときは判決のとおり強制執行する。」というような話を期日前に被告に通しておくと円滑に進むでしょう。和解合意書を作成する際は,和解で定めた分割の約束が守れなかったときは,その合意が効力を失って,残債権については判決のとおり強制執行できるという趣旨の条項を盛り込むべきです。その和解により折角の債務名義が無駄にならないよう,事前に弁護士にご相談なさってください。
とはいえ,比較的単純で少額の事件について,簡易迅速に紛争を解決する簡易裁判所において,こうした手順を踏むことは迂遠であるともいえます。こうした要請から,従前,簡易裁判所の実務として,訴訟事件を一旦形式的に民事調停に付したうえで,裁判所が分割払等を内容とする「調停に代わる決定」をするという運用がなされていました。こうした運用を平成15年の民事訴訟法改正によって正面から制度化したものが,「和解に代わる決定」の手続です。金銭の支払いを求める訴えについて,被告が原告の主張を何も争わないときは,裁判所は,被告の資力等の事情を考慮し,原告の意見を聴いたうえで,裁判上の和解に似た内容の決定をすることができます。その内容とは,5年以内の分割払い,期限の利益喪失条項,遅延損害金の一部免除などです。円満で現実的な解決を図ることができる裁判上の和解の良いところを,簡易迅速な処理が期待される簡易裁判所の手続に盛り込んだものといえます。もっとも,あくまで裁判上の和解とは異なる裁判所による裁判ですので,決定内容に不服がある当事者は,決定の告知を受けた日から2週間以内に,その裁判所に対して異議の申立てをすることができ,その申立てがあると和解に代わる決定は効力を失って,従前の訴訟手続に戻ってしまいます。ですから,被告の分割払いの申入れに応じるつもりなのでしたら,裁判所に対し和解に代わる決定を求めることや,その際の支払方法等について,期日前に被告に話を通しておき,また,担当の裁判所書記官にも相談しておくとよいでしょう。どのような和解文言にすればよいかについては,簡易裁判所に書込式の雛形が備えられていますので,それを参考にすれば分かり易いと思います。
この決定は,上記の異議申立期間内に異議が出ないと確定します。そうすると,あなたは,被告が約束どおり分割金を支払っているうちは一括請求をすることができなくなります。けれども,分割払いの定めをする際は,その約束を破ったときに一括請求ができる旨の定めを必ず置くこととされています。ですので,いざというときには残金全額について強制執行をすることもできるという選択肢を失うことにはなりませんから,その点は安心してください。
(和解調書等の効力)
第267条 和解又は請求の放棄若しくは認諾を調書に記載したときは、その記載は、確定判決と同一の効力を有する。
(和解に代わる決定)
第275条の2
1項
金銭の支払の請求を目的とする訴えについては,裁判所は,被告が口頭弁論において原告の主張した事実を争わず,その他何らの防御の方法をも提出しない場合において,被告の資力その他の事情を考慮して相当であると認めるときは,原告の意見を聴いて,第3項の期間の経過時から5年を超えない範囲内において,当該請求に係る金銭の支払について,その時期の定め若しくは分割払の定めをし,又はこれと併せて,その時期の定めに従い支払をしたとき,若しくはその分割払の定めによる期限の利益を次項の規定による定めにより失うことなく支払をしたときは訴え提起後の遅延損害金の支払義務を免除する旨の定めをして,当該請求に係る金銭の支払を命ずる決定をすることができる。
2項
前項の分割払の定めをするときは,被告が支払を怠った場合における期限の利益の喪失についての定めをしなければならない。
3項
第1項の決定に対しては,当事者は,その決定の告知を受けた日から2週間の不変期間内に,その決定をした裁判所に異議を申し立てることができる。
4項
前項の期間内に異議の申立てがあったときは,第1項の決定は,その効力を失う。
5項
第3項の期間内に異議の申立てがないときは,第1項の決定は,裁判上の和解と同一の効力を有する。
(債務名義)
第22条 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)