警察職員の職務執行に対する苦情申出制度
刑事|行政|警察法|苦情の申出の手続に関する規則(国家公安委員会規則)|苦情申出書
目次
質問:
私の家族がある刑事事件で事情聴取を受けています。警察官の対応,職務執行等について納得できない点があり,これに対して苦情を言いたいのですが,これに関する法制度はありますか。
回答:
1.警察職員の職務執行に対する苦情については,警察法79条に基づく文書による苦情申出制度があります。
2.この制度は公安委員会に対して苦情を申し立てることができる制度です。警察職員に対する苦情については,警察職員の所属する警察署の責任者(警察署長)に対して,口頭あるいは手紙,FAX等の文書で苦情を記載し提出することも可能ですが,種々の理由をつけて文書自体を受け取ってもらえないことがありますし(FAX番号は通常教えてくれません),受け付けたとして身内をかばって何もしてくれないことも予測されます。また,事件の処理に際して不利益な取扱いを受けるのではないかという心配も否定できません。そこで,警察署に対する直接の申出を躊躇するような場合には,警察法79条苦情申出手続を利用して警察署を管理,監督する立場にある各都道府県の公安委員会に直接苦情をいうことができる制度が設けられているのです。
3.どうしても自分でできなければ,弁護士に依頼して,苦情を法的に整理した代理人弁護士名の文書で提出することも考えてみましょう。
4.この制度は,刑事事件の被疑者でなくても(例えば被害者や参考人等であっても)警察官の職務執行について苦情があれば如何なる内容でも申立てが可能になっています。
5.警察法に関する関連事例集参照。
解説:
【制度の概要】
都道府県の警察職員職務執行について苦情がある者は,都道府県公安委員会に対し,国家公安委員会規則で定める手続に従い,文書により苦情を申し出ることができます(警察法79条1項)。そして,この苦情申出を受けた公安委員会は,一定の例外的な場合を除いて,その申出に対する処理結果を文書によってその申出者に対して通知しなければならないとされています(同条2項)。
【警察と公安委員会の関係】
公安委員会と聞いても,どのような機関なのか分かりにくいでしょうから,簡単に説明します。
1 警察に関する国と都道府県の役割
我が国では,犯罪の捜査や予防といった仕事は,都道府県の警察が行っています。国の警察機関ともいうべき警察庁は,警察全体の仕事のうち,国全体の安全に関するもの,教育・通信・統計など国全体で統一して行うことが効率的なもの,地域間での調整が必要なものなどを担当しています。
2 公安委員会の役割
公安委員会も国と都道府県に分かれていて,国家公安委員会が警察庁に,都道府県公安委員会が都道府県警察に対応しています。
国と地方それぞれの公安委員会は,良識ある国民,良識ある都道府県の住民を代表するものとして,かつ,警察庁や都道府県警察から独立した合議体として,国の警察庁と地方の都道府県警察の民主的管理を保障し,政治的中立性を確保する役割を担っています。このように公安委員会は,いわば警察を管理監督する立場にあるということになります。
【苦情申出書の記載事項】
苦情申出の手続については,警察法79条1項が「国家公安委員会規則で定める手続に従い」としており,これを受けて「苦情の申出の手続に関する規則」が制定されています。同規則によると,必要事項を記載した文書(苦情申出書)に署名または押印をして提出するとされています(2条1項)。
そして,必要な事項としては,
□ 申出をする者の氏名,住所,電話番号
□ 苦情を申し出たい職務執行があった日時,場所,その職務執行に関係した警察職員がどのようなことをしたのか,その他事案の概要
□ 申出者が上記職務執行によって具体的にどのような不利益を受けたのか,または,その職務執行に対してどのような不満を抱いているのか
などが挙げられています。
【苦情申出書の書き方】
前記の記載事項を満たした文書であれば,要式には特に定めがありません。とはいえ,何でもよいといわれても困るでしょうから,一応目安を示すとすれば,次のような感じでしょうか。
□ A4用紙を縦長に使って,横書きで書く。
□ 「苦情申出書」と表題を書く。
□ 「○○公安委員会 御中」と宛先を書く。
□ 「平成○○年○月○日」と公安委員会への提出日を右詰めで書く。
□ 「申出者 公安太郎」というふうにあなたの名前を書いて,名前の右横に押印する。規則では「署名または押印」とされているので,ワープロソフトで名前を印字したり,ゴム印で名前を押捺したりする場合は押印が必要で,自筆で名前を書く場合は押印が必要でないことになっているが,自署の場合でも念のため押印しておく。名前の下にあなたの住所と電話番号を書く。
□ 「私は,警察法79条1項に基づき,下記のとおり,苦情を申し出ます。」などとしたうえで,あとは,できるだけ具体的に,かつ分かり易く,前記の必要事項を記載する。
書式の一例として作成したWordファイルを当事務所ウェブサイトの書式ダウンロードのページに公開してありますので,必要に応じてご参照ください。どうしても書き方が分からないときは,弁護士に相談するか,都道府県の公安委員会にある窓口に直接問い合わせてください。各都道府県公安委員会のウェブサイトでも手続の案内がされていることがありますので,そちらを参照なさるのもよいでしょう。身体上の障害などにより文書作成が困難な場合は,受理窓口で代書してもらうこともできます(同規則3条)。
【苦情申出書の提出方法】
苦情申出書を作成したら,自分用の控えとしてコピーを取ってください。法律上,提出窓口は都道府県の公安委員会とされていますので,そこに提出するのが原則ですが,警察署でも受理してもらえる窓口があるようです。警察署に提出したい場合は事前に問い合わせてください。窓口で提出する際は,作成しておいたコピーも持参し,原本を受け付けてもらったことを示す受付印を押捺してもらうとよいでしょう。
【受理された苦情の処理】
受理された苦情がどのように処理され,申出者に通知されるのかを見ていきます。まず,公安委員会内の担当部署は,自ら受理した苦情申出書と警察署で受理して公安委員会に回付された苦情申出書を整理して,公安委員会に対する報告をします。次に,この報告を受けた公安委員会は,都道府県警察(警察本部長)に対し,事実関係の調査及びその結果を踏まえた措置を行わせるとともに,その結果の報告を求めます。このとき,公安委員会内の担当部署は,事実関係や措置状況に関して都道府県警察との連絡窓口となります。そして,公安委員会内の担当部署から,あるいは警察本部長から直接,公安委員会に対して報告がなされます。この報告を受けて,公安委員会が申出者に対する文書での通知内容を決定し,公安委員会内の担当部署によって通知の手続が取られることとなります。
【苦情の内容】
苦情申出書の記載事項から明らかなことですが,この制度は,申出者自身が受けた職務執行に対する苦情を申し出るものです。子供が受けた職務執行に対する苦情を親権者が自ら申出者となって申し出るというようなことはありえるでしょうが,申出者本人とは直接関係ない一般論としての苦情,提言,悲憤慷慨は対象ではありません。実際の苦情内容としては,交通指導取締りに対するもの,捜査(逮捕,取調べ,捜索等)に対するもの,交通事故捜査に関するもの,職務質問や検問に対するもの,110番臨場に対するものなどがあるようです。こうしたもののほか,犯罪被害を受けて告訴の相談をしたのに誠実に対応してもらえなかったとか,応対した警察職員の心ない言動によって却って傷つけられたというような場合については,この苦情申出制度の利用を検討すべき典型的な場面であると考えられます。
【犯罪の嫌疑が掛けられている場合】
身に覚えのない犯罪の嫌疑を掛けられ,警察官から不当な取扱いをされた場合や,あるいは,犯罪にあたるかもしれない行為をしてしまったことはあるものの,かといって警察官の対応が度を過ぎているのではないかというような場合はどうすべきでしょうか。形式的には,こうした場合についても警察職員の職務執行に対して苦情があることになりますから,この苦情申出制度を利用する場面であるということができます。しかし,この苦情申出をしたからといって犯罪の嫌疑が晴れるわけではありませんし,してしまった行為に対する捜査が終わるわけでもありません。警察官の個別の言動に腹が立つ気持ちはあるでしょうが,それよりも,刑事被疑事件に対してどのように対処すべきかを冷静に検討することの方が重要です。早いうちに弁護士にご相談された方がよいでしょう。
以上