労働契約法
第3条(労働契約の原則)
1 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
第6条(労働契約の成立)
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
第8条(労働契約の内容の変更)
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
《参考判例》
(最高裁平成8年11月28日判決)
上告代理人荒井新二、同森和雄、同鮎京眞知子、同横松昌典の上告理由第一について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯するに足り、その過程に所論の違法はない。
原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人は、自己の所有するトラックをA株式会社の横浜工場に持ち込み、同社の運送係の指示に従い、同社の製品の運送業務に従事していた者であるが、(1) 同社の上告人に対する業務の遂行に関する指示は、原則として、運送物品、運送先及び納入時刻に限られ、運転経路、出発時刻、運転方法等には及ばず、また、一回の運送業務を終えて次の運送業務の指示があるまでは、運送以外の別の仕事が指示されるということはなかった、(2) 勤務時間については、同社の一般の従業員のように始業時刻及び終業時刻が定められていたわけではなく、当日の運送業務を終えた後は、翌日の最初の運送業務の指示を受け、その荷積みを終えたならば帰宅することができ、翌日は出社することなく、直接最初の運送先に対する運送業務を行うこととされていた、(3) 報酬は、トラックの積載可能量と運送距離によって定まる運賃表により出来高が支払われていた、(4) 上告人の所有するトラックの購入代金はもとより、ガソリン代、修理費、運送の際の高速道路料金等も、すべて上告人が負担していた、(5) 上告人に対する報酬の支払に当たっては、所得税の源泉徴収並びに社会保険及び雇用保険の保険料の控除はされておらず、上告人は、右報酬を事業所得として確定申告をしたというのである。
右事実関係の下においては、上告人は、業務用機材であるトラックを所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事していたものである上、Aは、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、上告人の業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行っていたとはいえず、時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに緩やかであり、上告人がAの指揮監督の下で労務を提供していたと評価するには足りないものといわざるを得ない。そして、報酬の支払方法、公租公課の負担等についてみても、上告人が労働基準法上の労働者に該当すると解するのを相当とする事情はない。そうであれば、上告人は、専属的にAの製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否する自由はなかったこと、毎日の始業時刻及び終業時刻は、右運送係の指示内容のいかんによって事実上決定されることになること、右運賃表に定められた運賃は、トラック協会が定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされていたことなど原審が適法に確定したその余の事実関係を考慮しても、上告人は、労働基準法上の労働者ということはできず、労働者災害補償保険法上の労働者にも該当しないものというべきである。この点に関する原審の判断は、その結論において是認することができる。
論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、原判決の結論に影響しない説示部分を論難するに帰し、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(最高裁昭和43年12月25日判決)
上告代理人古沢斐の上告理由について。
一、おもうに、多数の労働者を使用する近代企業において、その事業を合理的に運営するには多数の労働契約関係を集合的・統一的に処理する必要があり、この見地から、労働条件についても、統一的かつ画一的に決定する必要が生じる。そこで、労働協約や就業規則によつて、まず、労働条件の基準を決定し、その基準に従つて、個別的労働契約における労働条件を具体的に決定するのが実情である。
ところで、ここでいう就業規則(就業規則の中には労働条件に関する定めのほか、工場・事業場等における管理規律ともいうべき定めを含んでいるのが通例であるが、後者は、一応、ここでは除外して考えることとする。)は、どのような性質を有するか、さらに、経営主体は一方的に労働者の不利益にこれを変更することができるかが問題となる。これらの点について、当裁判所は、次のように判断する。
(1) 元来、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」(労働基準法二条一項)が、多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、統一的かつ画一的に決定され、労働者は、経営主体で定める契約内容の定型に従つて、附随的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、この労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至つている(民法九二条参照)ものということができる。
そして、労働基準法は、右のような実態を前提として、後見的監督的立場に立つて、就業規則に関する規制と監督に関する定めをしているのである。すなわち、同法は、一定数の労働者を使用する使用者に対して、就業規則の作成を義務づける(八九条)とともに、就業規則の作成・変更にあたり、労働者側の意見を聴き、その意見書を添付して所轄行政庁に就業規則を届け出で(九〇条参照)、かつ、労働者に周知させる方法を講ずる(一〇六条一項、なお、一五条参照)義務を課し、制裁規定の内容についても一定の制限を設け(九一条参照)、しかも、就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならず、行政庁は法令又は労働協約に抵触する就業規則の変更を命ずることができる(九二条)ものとしているのである。これらの定めは、いずれも、社会的規範たるにとどまらず、法的規範として拘束力を有するに至つている就業規則の実態に鑑み、その内容を合理的なものとするために必要な監督的規制にほかならない。このように、就業規則の合理性を保障するための措置を講じておればこそ、同法は、さらに進んで、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となつた部分は、就業規則で定める基準による。」ことを明らかにし(九三条)、就業規則のいわゆる直律的効力まで肯認しているのである。
右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認められるに至つているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知つていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。
(2) 就業規則は、経営主体が一方的に作成し、かつ、これを変更することができることになつているが、既存の労働契約との関係について、新たに労働者に不利益な労働条件を一方的に課するような就業規則の作成又は変更が許されるであろうか、が次の問題である。
おもうに、新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかはない。そして、新たな停年制の採用のごときについても、それが労働者にとつて不利益な変更といえるかどうかは暫くおき、その理を異にするものではない。
二、ところで、原判決の確定した事実は、次のとおりである。上告人は、昭和二〇年九月、被上告会社に入社し、大館営業所次長(所長事務取扱)の職にあつたものであるが、被上告会社には、上告人の入社当時はもとより、その後も停年の定めはなく、昭和三〇年七月二一日以来施行された「従業員は満五十才を以つて停年とする。停年に達したるものは辞令を以つて解職する。但し、停年に達したるものでも業務上の必要有る場合、会社は本人の人格、健康及び能力等を勘案し詮衡の上臨時又は嘱託として新に採用する事が有る」との就業規則五七条の規定も、上告人のごとき主任以上の職にある者に対しては適用がなかつた。ところが、被上告会社は、昭和三二年四月一日に至り、右就業規則五七条本文の規定を「従業員は満五十才を以つて停年とする。主任以上の職にあるものは満五十五才を以つて停年とする。停年に達したるものは退職とする。」と改正し、この条項に基づき、被上告会社は、すでに満五五歳の停年に達していることを理由として、同月二五日付で、上告人に対し、退職を命ずる旨の解雇の通知をしたが、上告人は、右条項について同意を与えた事実はなく、満五五歳の停年を定めた規定は上告人に対し効力が及ばないと主張する、というのである。
ところで、停年制は、労働者が所定の年齢に達したことを理由として、自動的に、又は解雇の意思表示によつて、その地位(職)を失わせる制度であるから、労働契約における停年の定めは一種の労働条件に関するものであつて、労働契約の内容となり得るものであることは疑いを容れないところであるが、労働契約に停年の定めがないということは、ただ、雇用期間の定めがないというだけのことで、労働者に対して終身雇用を保障したり、将来にわたつて停年制を採用しないことを意味するものではなく、俗に「生涯雇用」といわれていることも、法律的には、労働協約や就業規則に別段の規定がないかぎり、雇用継続の可能性があるということ以上には出でないものであつて、労働者にその旨の既得権を認めるものということはできない。従つて、停年制のなかつた上告人のごとき主任以上の職にある者に対して、被上告会社がその就業規則で新たに停年を定めたことは、上告人の既得権侵害の問題を生ずる余地のないものといわなければならない。また、およそ停年制は、一般に、老年労働者にあつては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却つて逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織および運営の適正化のために行なわれるものであつて、一般的にいつて、不合理な制度ということはできず、本件就業規則についても、新たに設けられた五五歳という停年は、わが国産業界の実情に照らし、かつ、被上告会社の一般職種の労働者の停年が五〇歳と定められているのとの比較権衡からいつても、低きに失するものとはいえない。しかも、本件就業規則条項は、同規則五五条の規定に徴すれば、停年に達したことによつて自動的に退職するいわゆる「停年退職」制を定めたものではなく、停年に達したことを理由として解雇するいわゆる「停年解雇」制を定めたものと解すべきであり、同条項に基づく解雇は、労働基準法二〇条所定の解雇の制限に服すべきものである。さらに、本件就業規則条項には、必ずしも十分とはいえないにしても、再雇用の特則が設けられ、同条項を一律に適用することによつて生ずる苛酷な結果を緩和する途が開かれているのである。しかも、原審の確定した事実によれば、現に上告人に対しても、被上告会社より、その解雇後引き続き嘱託として、採用する旨の再雇用の意思表示がされており、また、上告人ら中堅幹部をもつて組織する「輪心会」の会員の多くは、本件就業規則条項の制定後、同条項は、後進に道を譲るためのやむを得ないものであるとして、これを認めている、というのである。 以上の事実を総合考較すれば、本件就業規則条項は、決して不合理なものということはできず、同条項制定後直ちに同条項の適用によつて解雇されることになる労働者に対する関係において、被上告会社がかような規定を設けたことをもつて、信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、上告人は、本件就業規則条項の適用を拒否することができないものといわなければならない。
されば、本件就業規則条項が上告人にも適用があるとした原審の判断は、その過程に叙上と見解を異にする点はあるが、結論において、是認することができ、原判決には所論の違法はなく、論旨は、結局、理由なきに帰し、排斥を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官横田正俊、同色川幸太郎、同大隅健一郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(東京地裁平成19年5月25日判決)
第3 当裁判所の判断
1 原告X8の訴えの適否
被告は、原告X8の給与規程の変更無効確認請求に係る訴えが、訴訟物の特定を欠く上、その履行期が未到来で、金額等も確定していないから、不適法である旨主張する。しかし、上記確認請求は、原告X8が退職時においてA規定に従った退職金請求権を有することの確認を求める趣旨と解されるから、これをもって、訴訟物の特定を欠くものということはできない。また、同原告が退職するまでの間において退職金規程の改定等があった場合、その請求が認められた場合でもA規定に従った退職金請求権は生ぜず、その意味において現時点での確認請求は、一般には確認の利益を欠くものと判断せざるを得ないことになる。しかしながら、本件では、原告X8の定年退職日は本件口頭弁論終結の日からわずか1か月余り後であり、その間退職金規程が改定されることが予想される具体的事情も窺われないことからすると、確認の利益を否定するには当たらない特段の場合であるとみることができるから、同原告の確認請求については、その利益を肯認することができ、適法なものというべきであるので、原告の上記主張は採用し得ない。
2 B規定への改定の適法性
(1)証拠(甲2、3の1及び2、5、14ないし17、31、32、乙1ないし3、5の1ないし3、20、21及び22の各1ないし6、23及び24の各1ないし3、33、34の1ないし11、57、証人C、原告X4本人)によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告は、「Y新聞」の発行のほか、出版事業等を営む会社であるが、いわゆるバブル期までに、海外支局の開設や「R新聞」の創刊など拡大経営を進めてきたところ、いわゆるバブルの崩壊に伴い、顧客層である製造業、中小企業等の経営悪化のため、購読者の減少による販売収入の減少、広告売上の激減などにより、売上高は減少し、年間売上高及び経常利益は、平成3年11月決算ではそれぞれ246億円(億未満切捨て。以下同じ)、1億4900万円(100万未満切捨て。以下同じ)であったが、平成4年11月決算では234億円、9400万円、平成5年11月決算では199億円、13億3700万円の損失、平成7年3月決算では179億円、12億7500万円の損失、平成8年3月決算では185億円、3億1200万円の損失、平成9年3月決算では181億円、1億3400万円、平成10年3月決算では181億円、1億9400万円、平成11年3月決算では166億円、2億4500万円、平成12年3月決算では153億円、1億9000万円、平成13年3月決算では147億円、1億4300万円となり、被告の業績は低迷していた。その間、借入金の増加により平成5年11月決算時には4億5000万円近くの債務超過となり、その後もこれが拡大し平成8年3月決算時には33億円余りに達し、平成11年3月決算時には、23億円余りの債務超過となったため、平成12年3月の決算時には資産再評価による51億円余りの特別利益を計上するなどして帳簿上の債務超過を解消した。また、これに対する経費削減策として、被告は、平成6年以降、国内、海外の支局を閉鎖したほか、平成7年度には高年齢従業員の希望退職の募集による人件費の削減などを実施し、また、平成10年度には、発行紙の土曜休刊を実施して経費削減を試みるなどしたが、営業利益の飛躍的向上を図ることは困難であったことから、財務状況は改善せず、平成12年度には「R新聞」を休刊するに至った。このような財務内容を改善するため、被告は、平成11年度、平成13年度には不動産売却による特別利益の計上も行ったが、依然大きな改善は見られず、固定資産の償却や退職給与引当金の処理も十分にされていない有様であり、殊に被告の従業員の人員構成は、50歳以上が半数近くを占めていたため、そのまま推移すれば、間もなく60歳の定年を迎える多数の従業員の退職金支払を負担することは到底不可能な状況にあった。
イ 平成14年3月末日の時点で、被告のR銀行の当座預金残高が2400万円であったのに対し、翌4月1日の支払手形は1億2200万円、買掛金の支払が1億4400万円あり、被告は、これをR銀行の当座貸越枠3億円で支払ったものの、3月分の社会保険料7200万円については、4月5日に遅れて支払った。また、4月から6月の末日も、同様の状況で当座貸越枠で決済をしたところ、被告は7月分については当座貸越枠ではまかなえないことから、R銀行に緊急融資を申し入れた。ところが、R銀行は、被告に対する融資が要管理債権であり、新規融資を検討する材料がないとして、これを断った。そのため、被告は定期預金の解約により、ようやく決済資金を捻出した。その際、R銀行は、被告に対し、収支の状況を抜本的に改善する経営改善計画、企業再生計画を策定、実行しない限り新規融資は困難である旨申し入れ、同年9月10日までに再建案を策定するよう求めた。そして、その後は、被告は当座の決済資金調達のため、生命保険を解約してその返戻金を充てるなどしてようやく資金を調達するような状態が続いた。なお、被告は、以前はU銀行、S金とも当座貸越契約を結んでいたが、いずれも平成13年までに解約され、当時融資を受けられる見込みがあったのは、R銀行のみであった。
ウ 被告は、R銀行からの要請を受けて、経営の抜本的改善を図るための再建計画を策定すべく検討を重ね、資産売却や人員と経費の削減等を内容とする方策をとりまとめ、これをR銀行に伝えたところ、同行からは、より抜本的な計画が必要であると一蹴された。そこで、被告は、金融機関の支援のもとで再建する方策を策定するため、同年10月R銀行からKを迎えて検討に当たったが、そのころU銀行から経営コンサルタントなどの第三者による分析を求めてきたことから、同行の推薦のあったPとの間で委託契約を締結した。Pは、平成15年1月23日から被告本社に常駐して調査、分析に当たったが、その過程で、被告は金融機関やPとの間で意見を交換した上で再建計画を立案し、Pは、被告の事業及び財務の状況、経営改善計画の内容を検討し、これを同年3月末ころまでにその結果をとりまとめ、これを「株式会社Y新聞社事業債権に関する調査報告書」(以下「報告書」という。)として同年4月25日付けで提出した。
エ 被告は、上記のPの検討結果に基づき再建計画を策定したが、これは、私的整理に関するガイドライン研究会(D座長)が平成13年9月に公表した「私的整理に関するガイドライン」に沿うように努めたものであり、その主な内容は、以下のとおりである。
(ア)200名の希望退職者を募集し、その退職金については従来より30パーセント削減する。
(イ)本社ビル、東京、大阪、福岡の製作センター等の不動産を売却する。
(ウ)役員報酬を10パーセント削減し、役員退職金については債務超過解消まで支払わない。旧役員の退職金の全部又は一部の返還を求める。
(エ)従業員の退職金を50パーセント削減する。
(オ)経営陣は、平成15年6月で総退陣する。
オ 報告書は、平成14年3月末決算ベースで清算した場合の配当について、資産総額が87億0900万円、優先債権が68億5400万円(うち公租公課が1億3900万円)、別除権及び相殺権予定額が64億9400万円、第三者への担保差入額が2億8900万円、清算費用見積額が1億円、一般債権が95億1100万円とし、一般債権への配当率は0パーセントと見積もり、他方、経営改善計画が実施され、金融支援により債務免除、債務の株式化が行われた場合を検討し、38億円の債務の株式化により、5年目で債務超過の解消、7年目で債務の完済が見込まれるものとした。
カ 被告は、経営改善計画について、平成15年3月28日に取締役会決定をし、これをR銀行に提示して協議を続けていたが、同年4月23日に同行から、おおむね了承し得るが、現役員の中から責任をもって計画を実行できる人を含む次期役員体制を示してもらい、これによって最終判断したい旨の返答があったため、役員総退陣の方針にかかわらず、R銀行の意向を容れて、A取締役が代表取締役に、C取締役が経理及び労務担当の取締役に残留する人事方針を固め、R銀行に報告したところ、同行は、同年5月19日にこれを了承する旨の機関決定をした。これに対し、U銀行からは、その後も再建計画に対する承諾を得ることができなかった。
被告は、主力銀行であるR銀行から承諾を得られると、直ちに関係者への説明等の方法を検討し、同月21日に経営会議、局長・支社長会、関係会社社長会、合同部長会を開催し、翌22日に社員総会、株主説明会を行い、さらに23日からは労働組合との交渉を始めた。被告の労働組合は、Y新聞労働組合(以下「Y労組」という。)、原告らの所属するY新聞労働者組合(以下「労働者組合」という。)、Y新聞新労働組合(以下「新労働組合」という。)の3組合があり、組織率はそれぞれ50.5パーセント、3.5パーセント、4.5パーセントであった。被告は、Y労組との間では5月23日から6月27日までの間に6回、労働者組合との間では同期間に6回、新労働組合との間では5月23日から6月19日までの間に3回の交渉を行ったが、その際、被告の経営が窮境に陥り、私的整理により再建を図らざるを得なくなった事情を説明して謝罪し、再建への協力を要請したが、このうち、労働者組合は、激しく反発し、理解を示すことがなかった。そして、被告は、退職金削減の方策に従って、退職金規程をB規定に改定する手続をとったが、その際、労働者の意見を述べる代表者として、Y労組と新労働組合の推薦を受けたEが選出され、同年6月20日に意見書を被告に提出した。同意見書は、退職金削減は従業員に一方的に痛みを押しつけるもので、再考すべきものであり、希望退職者の募集とともに卑劣なやり方であって、改定には同意し難いが、現状からは再建のためこれを受け入れざるを得ないのも事実であり、金融支援を受けられず倒産すれば全従業員が路頭に迷うことになるとの意見も多くあるところであり、この事態となったのは経営責任によるところが大きく、その総括は再建のために欠かせないと考えるとするものであった。被告は、この意見を得て、同月23日、労働基準監督署長に就業規則変更届を提出した。
(2)本件は、被告が就業規則である給与規程のうちの退職金の支給率につき従業員に不利益に改定したものであるところ、このように就業規則を労働者の不利益に変更することは一般的には許されないが、労働条件の統一的な処理という就業規則の性質上、当該内容が合理性を有する場合には、労働者においてその適用を拒むことが許されないと解され、上記合理性の判断に当たっては、変更の必要性及び変更後の規定の内容からみて、労働者の被る不利益を考慮しても法規範性を是認できるだけの合理性を有するかを検討すべきものであって、特に、本件では退職金という重要な権利が問題となっている場合であるから、高度の必要性が認められて初めて合理性を肯認し得るというべきであり、労働者の被る不利益の程度、変更後の就業規則の内容の自体の相当性、関連する労働条件の改善状況、労働組合との交渉の経緯、他の労働組合又は従業員の対応等の事情を総合考慮すべきものと解される。
そこで、本件につきみると、被告の経営状況は、いわゆるバブル崩壊以降低迷を続け、財務状態は悪化をたどり、平成14年後半からは毎月の決済資金もかろうじて確保する状態にあり、そのため主力銀行であるR銀行からは抜本的な対策を講ずるよう要請されていたのであって、その他前記認定の事実からすれば、被告はR銀行の支援を得られなければ倒産することもあり得た状況にあったということができるから、被告には再建策を策定する高度の必要性があったことが明らかである。そして、調査報告書が指摘するとおり、当時、被告を清算したときには、一般債権への配当は不可能であり、退職金を含む労働債権についても、資産総額から別除権及び相殺権予定額、第三者への担保差入額、清算費用及び公租公課を除した残額が配当されるとすれば、25パーセント程度の配当とならざるを得なかったのであって、このような水準と比較すれば、退職金の50パーセント削減は不利益とはいえないから、これをもって不合理ということはできない。原告らは、退職金の削減率が50パーセントとされた根拠が不明であり、また、DESの額が38億円とされたのも銀行の言いなりになったのであるから、合理性に欠けると主張する。しかし、退職金の削減率については、論理的には、清算時の配当よりも一定程度高額の金額であれば、倒産時に比して従業員に有利である以上合理性を失わないというべきである。また、再建計画の策定は金融機関との交渉に属する事柄であり、その性質上交渉の最終的な主導権は銀行側にあるといわざるを得ない以上、その意向を汲んで立案することは不可欠であるから、計画にある個々の事項については、その数値を採用した根拠を合理的に説明し得るかどうかという観点からではなく、その数値を採用した結果が合理的かどうかとの観点から判断すべきであり、本件で、上記の数値が従業員にとって倒産よりも有利であって、かつ銀行の同意により再建が果たされる見込みが生じた以上、これらは合理性を有するというべきである。また、原告らは、報告書の不動産評価の問題を指摘するが、不動産が実際どの程度の価格で売却できるかは、さまざまな要因が関与するため正確な予測は困難であり、結果的に高額で売却できたからといって、それより低額に見積もったことによって直ちに再建計画の合理性が失われるというものでもない。また、原告らは、不動産の高価額の売却によりDESの額が減額された一方で、退職金の引下げが見直されないのは不公平である旨も主張するが、このような事情は退職金規程改定後の事後的な事情であるから、このことが同改定の効力を左右するものではない。
次に、関連する労働条件の状況についてみると、本件では、退職金規程改定に当たり、退職金削減についての代償措置や激変緩和策などの措置は採られていないが、本件は倒産回避のための経費削減という必要性に基づくものであるから、代償措置の余地に乏しいものであり、仮に激変緩和策として退職金支給率を段階的に引き下げるなどしたとしても、その場合に同程度の財務改善をもたらすには最終的な引き下げ率は50パーセントより大きなものとせざるを得なくなるなど、逆に不公平を招きかねないから、このような方策を採ることも極めて困難であることからすると、他の労働条件についての改善策がないとしても、本件ではやむを得ないものといわざるを得ない。
さらに、労働組合との交渉経緯や他の従業員の対応についてみると、被告は、前記認定のとおり、3労働組合に対し、再建計画の説明をし、Y労組及び労働者組合との間でそれぞれ6回、新労働組合との間で3回の交渉を行っている。その結果、就業規則の変更に当たりY労組と新労働組合の推薦により代表者に選出されたEの意見書の内容は、被告の主張するようにB規定への改定に同意したものとは到底認め難いが、結論としては経営者の責任により労働者の不利益がもたらされたことに対する怒りから改定に同意し難いものとしつつも、再建のためこれを受け入れざるを得ないのも事実であるとして、改定の必要性自体はこれを承認する内容となっているのであって、被告による労働組合、従業員に対する説明も、その限度では理解を得られていたということができ、また、証拠(乙26、36)によれば、Y労組は、その後内部で討議を重ねた結果、退職金規程改定について同意せざるを得ないとの結論を得、改定後の平成16年7月7日付けで被告に対しその旨通知したことが認められることからしても、多数の従業員の理解を得た結果になっているということができる。
以上を総合すると、退職金規程のB規定への改定は、退職金の50パーセント削減という不利益性の強いものではあるが、被告の倒産回避という切迫した事情のもとにされたもので、これが行われずに倒産に至った場合には、原告らをはじめとする被告従業員は、破産による清算でより少額の配当を受けるにとどまったばかりか、職を失うおそれがあったこと、そして、そのもととなる再建計画は、第三者であるPの意見も聴いて作成されたものであり、合理性を有するものと解されること、Y労組、新労働組合の2労働組合をはじめ、他の従業員は、改定に積極的に反対するものとは認められないことなどをはじめとする諸般の事情を考慮すれば、B規定をもって、法規範性を是認し得るに足りる合理性を有するものであるというべきである。
なお、原告らは、被告の経営陣が責任をとらず、退職金削減によりこれを従業員に転嫁していることは不合理であると主張する。確かに、被告が経営危機に至ったことについては、その主たる原因は経営陣の責任によるものと推察され、その意味で原告らが、退職金の削減という形でその責任の一端を担わされる結果となることが不合理と感じることは理解し得るところではある。しかし、雇用は経営を前提として確保されるとの制度が採られている以上、経営の失敗が雇用関係に影響を与えることはやむを得ないところであるといわざるを得ない。また、本件再建計画にも、経営責任として、役員報酬の削減、退職金の不支給、経営陣の総退陣などが掲げられている。このうち、経営陣の総退陣については、R銀行の意向により2名の取締役が残留することとなったことは前記認定のとおりであるが、このことは、主力銀行の意向に沿ったことであり、また、経営の継続性の観点からも本件再建計画実現の上で相当なことと解されるから、これをもって経営責任が果たされていないということはできない。また、役員報酬についても、証拠(証人C)によれば、計画立案以前からの役員報酬を削減していたところ、これを継続したことで、10パーセント削減の計画は満たされているものと認められるから、役員報酬の削減が実施されていないとの主張もまた認め難い。
よって、B規定への改定が無効であるとの原告の主張は、採用することができない。
(3)次に、原告らは、C規定への改定の無効を主張するが、原告らの本訴請求は、現在原告らに適用される退職金規程がA規定であることを前提とするものであるところ、上記説示のとおり、A規定は有効にB規定に改定されており、すでに原告らにつきA規定を適用する余地はない以上、B規定をC規定に改定した就業規則変更の効力を検討するまでもなく、理由がないものというべきであるから、上記主張に対する判断の必要はないことに帰する。
3 結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
以上