新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 【質問】:私は以前ある罰金刑の罪を犯してしまいましたが、依頼した弁護士が被害者と示談してくれたので、担当検察官から、「不起訴処分にする方針である」と口頭で言ってもらいました。しかし、数ヵ月後に突然、私のところに呼び出しがありました。検事は、「この事件はまだ正式な不起訴処分決定をしていなかった」と説明しました。そのようなことが許されるのでしょうか。「一事不再理」という言葉をテレビで聞いたことがありますが、今回のことは関係ないでしょうか。 【回答】: 2.担当弁護士も、不起訴の方針であれば担当検察庁に対して「不起訴処分」証明文書(不起訴裁定書といわれています。)を請求すべきであったと思います(刑訴259条)。 3.本来不起訴にすべき裁定を放置しておいたという今回の件は、一事不再理「既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。」(憲法39条。)とは直接関係ありません。被告人が裁判において得た無罪という法的効果を不利益に変更することは許されないという刑事裁判における被告人保護の規定は、裁判官ではない検察官の不起訴裁定には及ばないからです。従って、不起訴を決定しても再度証拠、情状により再度公訴を提起することも可能になります。 4.但し、不起訴裁定がなされた後、何らの証拠、余罪、情状に変更がないのにもかかわらず、逮捕勾留、起訴することは信義則に反し許されないと思われます。勾留の請求、裁判に対しては、検察官、裁判所に各意見書の提出、勾留決定に対しては準抗告の申し立てが必要でしょう。さらに、検察審査会(法2条1項2号)、検察庁の責任者に文書による異議の申し出をなすべきです。 解説 自由主義のもと本来自由である国民が、例外的に刑事手続きによってのみ生命身体の自由を強制的に奪われるものであり、刑事被告人の利益を特に保証した原則です。英米法の二重の危険禁止の法理(憲法39条後段)を理論的根拠としています。従って、被告人に有利な再審も可能になります。判決の既判力に根拠を求めると不利益再審不可を説明できません。民事訴訟上は口頭弁論終結時の権利関係を確定するものであり(民訴253条1項4号)常に変動していくので、同一の事実関係はありませんから、一事不再理という概念は理論的にありません。又、対等の当事者の権利関係の確定であり、再審は当事者双方有利不利にかかわらず認められます。これに対して、検察官の不起訴処分は、訴追裁量に根拠があります。すなわち、公訴を提起するかどうかの最終判断を公益の代表である検察官の裁量にゆだねる起訴便宜主義(刑訴248条)です。 法の支配の理念は公正な社会秩序維持による個人の尊厳保障にあり、反規範的人格により法秩序を侵害してもむやみにレッテルをはらず犯罪者を教育更生することを最終目的とするものです(犯罪者を教育して社会秩序を維持する特別予防主義)。従って、一旦不起訴処分にしても、新たな証拠の収集、余罪の発見、情状の変化などにより起訴手続きを行うことができることになります。但し、裁量権により被疑者に不公平があってはいけませんので、不相当な不起訴処分については検察審査会の手続き(検察審査会法)、準起訴手続き(刑訴262条)が用意されています。他方、不当な起訴に対しては公訴権乱用論(形式裁判で公訴を棄却する。)が唱えられています。例えば、有罪の見込みなき起訴、本件のような訴追裁量の逸脱、違法捜査の起訴です。判例(最高栽判決昭和55年12月17日。水俣病患者が交渉の過程で会社の警備員を殴った事案。)は限定的で消極的です。公訴提起自体が検察庁の職場の犯罪を構成するような事態の場合に限られる。判旨後記参照。但し、東京高裁は訴追裁量の濫用(公訴権乱用の法理)を認め公訴を棄却しています。 2.(起訴便宜主義と一事不再理効) 3.(検察審査会の任務) 4.(不起訴裁定後の、再度の逮捕、勾留、公訴提起) 5.(本件の対応) 6.(まとめ) ≪条文参照≫ 【憲法】 【刑事訴訟法】 (判例) 主 文 本件上告を棄却する。 理 由 (上告趣意に対する判断)
No.896、2009/7/1 16:21 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事・不起訴処分の裁定・一事不再理・弁護人の対応】
1.検察官が、被害者との示談が成立し「不起訴の方針である。」と説明しながら、不起訴処分の決定を数カ月間放置することは、違法とまでは言えないと思いますが、妥当な対応ではありません。在宅とはいえ、特別な事情がない限り被疑者という不安定な地位に長期間置くことは人権、名誉の観点から認められないからです。迅速な裁判(憲法37条1項)の趣旨は、起訴前の迅速な捜査、処分にも当てはまるからです。検察官、捜査機関は被疑者の不安定な地位にかんがみ、公訴を提起するかどうか速やかな捜査、対応が求められるからです(刑訴259条乃至261条、246条)。検察官の警察官に対する指揮権もその目的ために行使されます(刑訴193条)。
1.(不起訴処分と一事不再理効)
不起訴処分には、確定判決のような一事不再理効はありませんので、理論的にはあらためて起訴することも可能です。一事不再理とは、事件について確定判決がある場合には、その事件について再度実体審理をすることは許されないという原則です。近時、日本で無罪判決が出た場合に、海外で再度同一の事実について逮捕ができるのか、という問題が社会で取り上げられました。一見当たり前のようですが、国民の重大な権利であり、憲法39条、前段に規定されています。刑事訴訟法上の一事不再理効は、いったん無罪となった場合、後から有罪の証拠が出てきても再度刑事裁判を行うことはできないという原則です。勿論刑の加重もできません。被告人が有罪の場合は、新たに証拠があれば再審請求(刑訴435条、旧刑訴481条では不利益再審が認められていました。)ができるのにおかしいように思いますが、これは近代刑事裁判の基本原則です。
刑事事件がどのように進むかについては、当事務所HPのほかの記事(ホームページ事例集)も参照していただきたいのですが、検察官は、被疑者を起訴するかについて、裁量を持っています(刑訴248条、起訴便宜主義)。これは、起訴・不起訴を検察官の手に委ねることによって、それぞれの事件の解決を柔軟に行えるようにするというものです。例えば、一口に窃盗と言っても、出来心で安価なものを万引きしてすぐに見つかった場合と、計画的に高価な財産を窃取した悪質な犯行では大きく犯情は違います。このようなときに検察官は、本人の反省、被害弁償、被害感情などを考慮し、起訴は不要であるという判断を下すことが出来るのです。また、起訴便宜主義は、国家権力から独立した機関である検察官が、国家の恣意的な犯罪検挙から国民の権利を守るという効果もあります。このように、起訴便宜主義も、一事不再理効も、国民の権利を守る重大な権能であるといえますが、冒頭に示したように、起訴便宜主義によってある被疑者が不起訴処分とされた場合でも、一事不再理効はおよびません。一事不再理効は、あくまで「確定判決」に及ぶものであり、わが国における最終判断機関である裁判所の判決以外には認められるべきではないからです。すなわち、裁判において公平・公正かつ慎重な審理が行われたからこそ、その事件については蒸し返しをするべきではないという考えに正当性が見出せるのであり、刑事事件における一方当事者である検察官の判断に裁判と同じような正当性を見出すことは出来ないからです。すなわち、司法権は裁判所に専属し独立しており(憲法76条)検察官は裁判所の判断の対象たる事実を起訴状に訴因として提示する職務を有するにすぎません(刑訴256条)。
なお、証拠不十分で検察官が不起訴と判断した事件でも、被害者を初めとする国民は、その判断に不服があれば、検察審査会という機関に不服を申し出ることが出来ます。検察審査会は事件を調査し、検察官の処分が適当であったかどうかを判断することになっています(検察審査会法1条、2条。)。検察審査会の判断に法的拘束力があるかどうかは争いのあるところですが、被害者の立場からすれば検察官の職権濫用を防ぐための重要な手続といえるでしょう。
このように、検察官は起訴便宜主義によって権限を与えられている一方、一事不再理のような強力な効力までは与えられていないといえます。このことは、検察官の判断に一定の権能を認めるとしても、被害者を初めとする国民の信頼を担保するために、検察審査会に対して不服を申し立てることが出来るという制度とあいまって、社会正義、法の支配の実現に資するものであり、このこと自体は妥当であると考えられます。しかし一方で、被疑者の反省が認められ、被害者のお許しをいただいて、不起訴処分を得たといえるのであれば、余罪、証拠、情状の変化がないにもかかわらず、あまりに時機を逸した再度逮捕・拘留などの手続を認めることは、刑事被告人の刑事手続き上の利益である一時不再理効の趣旨にそって違法と判断する余地があるのではないかと考えます。なぜなら、不起訴処分というものは、被疑者にとっても被害者にとっても一定の事件終結の契機であり、実質的には判決と同様の社会的影響をもつ事実であると考えられますし、被疑者の法的安定性確保の要請は検察官の処分においても当然認められるものであると考えられるからです。
本件では、不起訴処分にする方針である、ということは口頭でしか確認されておらず、実際に最終決定がされていなかったかどうかは外部からは知ることは出来ません。現在、検察官の起訴、不起訴処分は、被疑者、被害者が要求した場合に、検察官がこれを書面で通知することになっています(刑訴259条)。弁護人などは、弁護活動の一環として、検察官から不起訴処分の判断を受けた場合には、不起訴処分通知書(不起訴裁定書)を取得することができます(被疑者のご要望があれば弁護人として文書を取得してお渡しするのが通常の取り扱いです。)。この通知書は、検察庁に請求すれば発行してもらえます。
これまで、被害者が不当な不起訴処分に対して異議を申し出るケースは多く報告されていますが、不起訴処分が覆されたことに対する異議というケースは報告されていません。本件でも、不起訴処分がいったん決済されていたという事実を確認することは不可能であると思われますので、争うことは困難であると思われます。不起訴処分を得た場合には、これらの事情を明確にすると共に、検察官に対し、不当な再捜査をさせないための意思表示としても、不起訴通知書(不起訴裁定書)の取得などを弁護人を通じて積極的に行ったほうが良いと考えます。
第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
第193条 検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、その捜査に関し、必要な一般的指示をすることができる。この場合における指示は、捜査を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項に関する一般的な準則を定めることによつて行うものとする。
○2 検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、捜査の協力を求めるため必要な一般的指揮をすることができる。
○3 検察官は、自ら犯罪を捜査する場合において必要があるときは、司法警察職員を指揮して捜査の補助をさせることができる。
○4 前三項の場合において、司法警察職員は、検察官の指示又は指揮に従わなければならない。
第246条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。
第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
第256条 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
○2 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
一 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
二 公訴事実
三 罪名
○3 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
○4 罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
○5 数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
○6 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。
第259条 検察官は、事件につき公訴を提起しない処分をした場合において、被疑者の請求があるときは、速やかにその旨をこれに告げなければならない。
第260条 検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について、公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人、告発人又は請求人に通知しなければならない。公訴を取り消し、又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも、同様である。
第261条 検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人、告発人又は請求人の請求があるときは、速やかに告訴人、告発人又は請求人にその理由を告げなければならない。
第262条 刑法第百九十三条 から第百九十六条 まで又は破壊活動防止法 (昭和二十七年法律第二百四十号)第四十五条 若しくは無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律 (平成十一年法律第百四十七号)第四十二条 若しくは第四十三条 の罪について告訴又は告発をした者は、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、その検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に事件を裁判所の審判に付することを請求することができる
第四編 再審
第四百三十五条 再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。
一 原判決の証拠となつた証拠書類又は証拠物が確定判決により偽造又は変造であつたことが証明されたとき。
二 原判決の証拠となつた証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であつたことが証明されたとき。
三 有罪の言渡を受けた者を誣告した罪が確定判決により証明されたとき。但し、誣告により有罪の言渡を受けたときに限る。
四 原判決の証拠となつた裁判が確定裁判により変更されたとき。
五 特許権、実用新案権、意匠権又は商標権を害した罪により有罪の言渡をした事件について、その権利の無効の審決が確定したとき、又は無効の判決があつたとき。
六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
七 原判決に関与した裁判官、原判決の証拠となつた証拠書類の作成に関与した裁判官又は原判決の証拠となつた書面を作成し若しくは供述をした検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が被告事件について職務に関する罪を犯したことが確定判決により証明されたとき。但し、原判決をする前に裁判官、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対して公訴の提起があつた場合には、原判決をした裁判所がその事実を知らなかつたときに限る
検察審査会法
第一章 総則
第一条 公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため、政令で定める地方裁判所及び地方裁判所支部の所在地に検察審査会を置く。ただし、各地方裁判所の管轄区域内に少なくともその一を置かなければならない。
○2 検察審査会の名称及び管轄区域は、政令でこれを定める。
第二条 検察審査会は、左の事項を掌る。
一 検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項
二 検察事務の改善に関する建議又は勧告に関する事項
○2 検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者(犯罪により害を被つた者が死亡した場合においては、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない。
○3 検察審査会は、その過半数による議決があるときは、自ら知り得た資料に基き職権で第一項第一号の審査を行うことができる。
第三条 検察審査会は、独立してその職権を行う。
第四条 検察審査会は、当該検察審査会の管轄区域内の衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選定した十一人の検察審査員を以てこれを組織する。
第二章 検察審査員及び検察審査会の構成
第五条 次に掲げる者は、検察審査員となることができない。
一 学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に定める義務教育を終了しない者。ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する者は、この限りでない。
二 一年の懲役又は禁錮以上の刑に処せられた者
第六条 次に掲げる者は、検察審査員の職務に就くことができない。
一 天皇、皇后、太皇太后、皇太后及び皇嗣
二 国務大臣
三 裁判官
四 検察官
五 会計検査院検査官
六 裁判所の職員(非常勤の者を除く。)
七 法務省の職員(非常勤の者を除く。)
八 国家公安委員会委員及び都道府県公安委員会委員並びに警察職員(非常勤の者を除く。)
九 司法警察職員としての職務を行う者
十 自衛官
十一 都道府県知事及び市町村長(特別区長を含む。)
十二 弁護士(外国法事務弁護士を含む。)及び弁理士
十三 公証人及び司法書士
第七条 検察審査員は、次に掲げる場合には、職務の執行から除斥される。
一 検察審査員が被疑者又は被害者であるとき。
二 検察審査員が被疑者又は被害者の親族であるとき、又はあつたとき。
三 検察審査員が被疑者又は被害者の法定代理人、後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人又は補助監督人であるとき。
四 検察審査員が被疑者又は被害者の同居人又は被用者であるとき。
五 検察審査員が事件について告発又は請求をしたとき。
六 検察審査員が事件について証人又は鑑定人となつたとき。
七 検察審査員が事件について被疑者の代理人又は弁護人となつたとき。
八 検察審査員が事件について検察官又は司法警察職員として職務を行つたとき。
第八条 左に掲げる者は、検察審査員の職務を辞することができる。
一 年齢六十年以上の者
二 国会又は地方公共団体の議会の議員。但し、会期中に限る。
三 国会職員、官吏、公吏及び教員
四 学生及び生徒
五 重い疾病、海外旅行その他やむを得ない事由があつて検察審査会から職務を辞することの承認を受けた者
第九条 検察審査会事務局長は、毎年九月一日までに、検察審査員候補者の員数を当該検察審査会の管轄区域内の市町村に割り当て、これを市町村の選挙管理委員会に通知しなければならない。
○2 検察審査員候補者は、各検察審査会ごとに、第一群から第四群までの四群に分け、各群の員数は、それぞれ百人とする。
第十条 市町村の選挙管理委員会は、前条第一項の通知を受けたときは、当該市町村の選挙人名簿に登録されている者の中からそれぞれ第一群から第四群までに属すべき検察審査員候補者の予定者として当該通知に係る員数の者(公職選挙法 (昭和二十五年法律第百号)第二十七条第一項 の規定により選挙人名簿に同法第十一条第一項 若しくは第二百五十二条 又は政治資金規正法 (昭和二十三年法律第百九十四号)第二十八条 の規定により選挙権を有しなくなつた旨の表示がなされている者を除く。)をくじで選定しなければならない。
○2 市町村の選挙管理委員会は、前項の規定により選定した者について、選挙人名簿に記載(公職選挙法第十九条第三項 の規定により磁気ディスクをもつて調製する選挙人名簿にあつては、記録)をされている氏名、住所及び生年月日の記載(次項の規定により磁気ディスクをもつて調製する検察審査員候補者予定者名簿にあつては、記録)をした検察審査員候補者予定者名簿を調製しなければならない。
○3 検察審査員候補者予定者名簿は、磁気ディスク(これに準ずる方法により一定の事項を確実に記録しておくことができる物を含む。以下同じ。)をもつて調製することができる。
第十一条 市町村の選挙管理委員会は、第九条第一項の通知を受けた年の十月十五日までに検察審査員候補者予定者名簿を管轄検察審査会事務局に送付しなければならない。
第十二条 市町村の選挙管理委員会は、第十条第一項の規定により選定した検察審査員候補者の予定者について、死亡したこと又は衆議院議員の選挙権を有しなくなつたことを知つたときは、前条の規定により検察審査員候補者予定者名簿を送付した検察審査会事務局にその旨を通知しなければならない。ただし、当該検察審査員候補者の予定者が属する群の検察審査員の任期が終了したときは、この限りでない。
第十二条の二 検察審査会事務局長は、第十一条の規定による検察審査員候補者予定者名簿の送付があつたときは、これに基づき、政令で定めるところにより、検察審査員候補者の氏名、住所及び生年月日の記載(次項の規定により磁気ディスクをもつて調製する検察審査員候補者名簿にあつては、記録。第三項において同じ。)をした検察審査員候補者名簿を調製しなければならない。
○2 検察審査員候補者名簿は、磁気ディスクをもつて調製することができる。
○3 検察審査会事務局長は、検察審査員候補者名簿に記載をされた者にその旨を通知しなければならない。
傷害被告事件
昭和五二年(あ)第一三五三号
同五五年一二月一七日第一小法廷決定
上告申立人 検察官
被告人 川本輝夫
弁護人 後藤孝典 外五名
検察官の上告趣意第一点は、違憲をいうが、原判決が憲法一四条一項を解釈適用していると認めることはできないから、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。同第二点のうち、当裁判所昭和二六年(れ)第五四四号同年九月一四日第二小法廷判決・刑集五巻一〇号一九三三頁、同二八年(あ)第三二一号同二九年六月二二日第三小法廷判決・刑事裁判集九六号三九七頁、同三三年(あ)第二四三七号同三四年三月二七日第二小法廷判決・刑事裁判集一二九号四五五頁についての判例違反をいう点は、右各判決は憲法一四条一項の解釈適用に関するものであるところ、原判決が憲法一四条一項の解釈適用をしているものでないことは前記のとおりであるから、判例違反を論ずる余地がなく、また、当裁判所昭和二四年(れ)第一八一九号同年一二月一〇日第二小法廷判決・刑集三巻一二号一九三三頁及び引用の各高等裁判所判決(ただし、東京高等裁判所昭和四七年(う)第二三二一号同五二年八月一日判決を除く。右判決は、原判決宣告後のものであるから、刑訴法四〇五条三号の判例ということはできない。)は、いずれも判文の全趣旨に照らすと、所論のように訴追裁量の逸脱ないし濫用の有無はすべて公訴提起の効力に影響を及ぼさない旨を判示していると解することはできないから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。同第三点は、憲法違反をいう点を含めて、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
(職権による判断)
所論にかんがみ、刑訴法四一一条を適用すべきかどうかについて判断する。
一 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしかに、右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法二四八条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法四条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならないものとされていること(刑訴法一条、刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。
二 いま本件についてみるのに、原判決の認定によれば、本件犯罪事実の違法性及び有責性の評価については被告人に有利に参酌されるべき幾多の事情が存在することが認められるが、犯行そのものの態様はかならずしも軽微なものとはいえないのであつて、当然に検察官の本件公訴提起を不当とすることはできない。本件公訴提起の相当性について疑いをさしはさましめるのは、むしろ、水俣病公害を惹起したとされるチツソ株式会社の側と被告人を含む患者側との相互のあいだに発生した種々の違法行為につき、警察・検察当局による捜査権ないし公訴権の発動の状況に不公平があつたとされる点にあるであろう。原判決も、また、この点を重視しているものと考えられる。しかし、すくなくとも公訴権の発動については、犯罪の軽重のみならず、犯人の一身上の事情、犯罪の情状及び犯罪後の情況等をも考慮しなければならないことは刑訴法二四八条の規定の示すとおりであつて、起訴又は不起訴処分の当不当は、犯罪事実の外面だけによつては断定することができないのである。このような見地からするとき、審判の対象とされていない他の被疑事件についての公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり、他の被疑事件についての公訴権の発動の状況との対比などを理由にして本件公訴提起が著しく不当であつたとする原審の認定判断は、ただちに肯認することができない。まして、本件の事態が公訴提起の無効を結果するような極限的な場合にあたるものとは、原審の認定及び記録に照らしても、とうてい考えられないのである。したがつて、本件公訴を棄却すべきものとした原審の判断は失当であつて、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
三 しかしながら、本件については第一審が罰金五万円、一年間刑の執行猶予の判決を言い渡し、これに対して検察官からの控訴の申立はなく、被告人からの控訴に基づき原判決が公訴を棄却したものであるところ、記録に現われた本件のきわめて特異な背景事情に加えて、犯行から今日まですでに長期間が経過し、その間、被告人を含む患者らとチツソ株式会社との間に水俣病被害の補償について全面的な協定が成立して双方の間の紛争は終了し、本件の被害者らにおいても今なお処罰を求める意思を有しているとは思われないこと、また、被告人が右公害によつて父親を失い自らも健康を損なう結果を被つていることなどをかれこれ考え合わせると、原判決を破棄して第一審判決の執行猶予付きの罰金刑を復活させなければ著しく正義に反することになるとは考えられず、いまだ刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官藤崎萬里、同本山亨の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官藤崎萬里の反対意見は、次のとおりである。
本件においては公訴権の濫用というが如きことはなく、したがつて本件公訴を棄却すべきものとした原判断は失当であるとすることについては、私ももとより異論はない。私が多数意見と見解を異にするのは、それからさきの論点についてである。すなわち、多数意見は、右のような原判断の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるとしながら、諸般の事情を考慮すると、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められないから、本件は刑訴法四一一条を適用すべき場合にはあたらないとして、上告棄却の結論に到達しているが、私はこの結論に賛同することができない。
およそ公訴の提起そのものを訴追裁量の誤りを理由に無効と評価して公訴を棄却することは、軽々に行われるべきことではないから、公訴を棄却すべき理由がないのにこれを棄却するという誤りの重大であることは、いうをまたない。このような原判決の違法は、それだけで当然に、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとすべき十分な理由たりうるものと考える。
本件の場合は、水俣病公害という非常に深刻な背景事情があるわけであるが、第一審がこれを十分に考慮に入れたことは、執行猶予つきの罰金刑という特異な科刑をしたことにも明らかにうかがわれる。本件公訴を有効とする以上は、この程度の名目的な刑であつてもこれを科して被告人の責任を明らかにするのが正義の要求するところであると思う。本件公訴を棄却すべきものとした原判断は誤つていると宣明してもーそれはそれとして重要な意味があることを否定するものではないがー、結局において上告を棄却して原判決を維持することは、すなわち公訴棄却の原判決を確定させることにほかならない。こうして被告人を訴訟手続から解放することは、本件のような場合における暴力の行使を容認するものなるやに誤解されるおそれなしとせず、私のとうてい賛同することのできないところである。
以上の次第で、私は原判決を破棄すべきものと考える。
裁判官本山亨の反対意見は、次のとおりである。
原判決は、いわゆる公訴権濫用の法理を肯定し、検察官のした公訴の提起が訴追裁量を著しく逸脱したものである場合には、裁判所は公訴の提起を無効としてこれを棄却することができるとしたうえ、本件公訴の提起はこのような場合に該当するものとして、公訴を棄却する旨の判決を言い渡している。しかしながら、公訴の提起にあたつての検察官の訴追裁量の当否を、裁判所が審査し、その結果いかんによつて公訴を棄却するということを予定した刑訴法規は存在しないばかりでなく、刑事事件について公訴を提起するか否かは国の刑事政策の統一的な実現に重要な影響を及ぼすものとして、刑事訴追の権限を検察官一体の原則の下にある個々の検察官の専権に属せしめている刑事司法の基本構造などを考えると、公訴の提起は、それが手続法規に従つて適法、適式にされた以上、つねに有効であつて、裁判所は、訴訟条件が具備している限り、実体的裁判をすべきであり、これを回避してはならないものと解すべきである。多数意見は、公訴権濫用の法理を、そのいわゆる極限的な場合に限つてこれを肯定すべきであるとするが、私には、極限的な場合とは一体いかなる事態をさすのか必ずしも明らかでないと思われるし、また、そのような概念を設定してまでこの法理を認めるべき必要性があるのか、理解しがたいのである。もちろん、私としても、検察官がその裁量権の行使を誤つて客観的に著しく不当な公訴の提起をすることのありうることを否定するものではない。しかし、そのような事態は、公訴の取消の制度(刑訴法二五七条)の活用によつて、検察官自身をして是正させるのが現行法の建前であるし、将来の方向としては、宣告猶予制度などを創設する立法的解決にまつべきものであろうと考える。
原判決は、現行法上認められていない公訴権濫用の法理を肯定して、不法に本件公訴を棄却する誤りを犯したものであるから、その誤りは判決に影響を及ぼし、これを破棄しなければ著しく正義に反するものであり、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄すべきものである。
(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)