マンション建て替え事業への対応
民事|区分所有法|マンション建て替え円滑化法|東京地方裁判所平成19年1月24日判決|東京地方裁判所平成27年7月30日判決
目次
質問:
築50年の分譲マンションを所有しており、ずっと自己使用し居住しておりましたが、数年前から大手デベロッパーを事業協力者としてマンション建て替え事業の話が持ち上がり、管理組合の一部の理事は賛成しているようです。何度も説明会が開催され、区分所有法の建て替え決議というものが予定されており、マンション建て替え円滑化法という法律により、少数の反対意見があっても8割以上の賛成者が集まれば強制的に建て替えができるということでした。建て替え決議に反対すると土地建物の売り渡し請求を受けて強制的に権利を奪われ、建て替え決議に賛成すると建て替えに合意したことになり、手続きに協力しなければ組合からの損害賠償請求の対象になると説明されています。これでは結局、賛成しても反対しても建て替えに応じなければならないということになってしまいます。本当にこんな不合理な法律があるのですか。
回答:
1、自分が所有する敷地に単独で建物を建築している戸建て住宅と異なり、マンションなどの共同住宅は、建物の躯体部分(構造部分)を共有しており、建物の老朽化などに従って、建物全体の建て替えの必要性が高まった場合に、どのような条件で建て替えをするべきか、個々の権利者とマンション全体の利害を調整することが必要になって来ます。マンション火災が発生したり、地震などで倒壊してしまうと、マンションの周囲の敷地の住民へも被害が及んでしまう可能性もあります。民法の原則では、共有物の変更行為は共有者全員の同意が必要です。個人の所有権絶対の原則を重視すれば全員の同意が無ければ建て替えは出来ないことになりますし、マンション全体の利益を重視すれば地権者の過半数が合意すれば多数意見に従って建て替えを推進すべきことになります。これらの利害を調整しつつ、老朽化マンションの建て替えを促進するための法律として「建物の区分所有に関する法律」と「マンション建て替え円滑化法」があり、建て替えのための種々の規定があります。
2、マンションの建て替え事業を推進するための3つの手法を概説すると、①区分所有法62条による建替え決議と決議後の等価交換方式による建て替え、②マンション建替法9条の建て替え組合設立による、権利変換方式による建て替え、③マンション建替法108条のマンション敷地売却決議による、マンション敷地売却方式による建て替え、があります。
3、いずれの制度でも、反対者に対する売り渡し請求の手続きと、賛成者による事業推進のための規定が整備されており、なんらの理由も無く手続きに協力せず、例えば明け渡しに応じず、建物全体の事業計画が遅延してしまうなどの事情が発生した場合に、管理組合や建て替え組合や、マンション敷地売却組合から損害賠償請求される可能性があることも事実です。
4、他方、前記の区分所有法の決議や、マンション建替法の決議では、建て替えに反対の所有者も強制的に建て替えに同意させられるわけですから、反対者の権利を保護するためそれぞれ厳格な法律要件が定められており、組合側が杜撰な手続きを行っており、決議に問題(瑕疵と言います)があると考えられる場合に、その点を主張して、事業計画の改善を求めていくことは地権者として当然ですし、何ら問題のある行為とは言えません。
5、地権者の反対行動としては、建て替え決議無効確認訴訟の提起という法的手段と、建て替えに反対して建物からの退去を拒否するという事実上の行為が予想されます。この点については、区分所有法62条の建て替え決議が無効とされた裁判例と、建物からの退去を拒否したことを理由とするマンション建て替え組合からの損害賠償請求が棄却された裁判例がございますので、簡単にご紹介致します。
6、御相談のケースで、建て替え決議が成立しそうな情勢となっている場合に、それに対して法的な異議を主張できるかどうかは、ケースバイケースとなります。どのような事情があり、手続きに問題があると考えているのか、御心配であれば一度経験のある弁護士事務所に御相談なさってみると良いでしょう。
7、マンション建て替えに関する関連事例集参照。
解説:
1、区分所有建物の建て替え問題
コンクリートの寿命は60から100年程度と言われており、鉄筋コンクリート建物の法定耐用年数(国税庁が定める減価償却期間)は47年と指定されています。更に、1978年に発生した宮城県沖地震の被害を受け1981年に建築基準法の改正が行われ、「震度5強程度の揺れに対して家屋が倒壊崩壊しない」という構造強度から「震度6強から7程度の揺れでも家屋が倒壊崩壊しない」という強度に引き上げられました。1981年5月31日までに建築確認を受けた建物は1981年6月以降でも、居住し続けることはできますが、「既存不適格物件」として耐震診断を受ける義務などが「建築物の耐震改修の促進に関する法律」に規定されています。
自分が所有する敷地に単独で建物を建築している戸建て住宅と異なり、マンションなどの共同住宅は、建物の躯体部分(構造部分)を共有しており、建物の老朽化などに従って、建物全体の建て替えの必要性が高まった場合に、どのような条件で建て替えをするべきか、個々の権利者とマンション全体の利害を調整することが必要になって来ます。マンション火災が発生したり、地震などで倒壊してしまうと、マンションの周囲の敷地の住民へも被害が及んでしまう可能性もあります。
共同住宅の敷地および躯体部分は区分所有者全員の共有物ですが、民法の原則では、共有物の建て替えは、共有物の「変更」行為となり、共有者全員の同意が必要とされています(民法251条1項)。
民法251条(共有物の変更)1項 各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。次項において同じ。)を加えることができない。
2項 共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、裁判所は、共有者の請求により、当該他の共有者以外の他の共有者の同意を得て共有物に変更を加えることができる旨の裁判をすることができる。
個人の所有権絶対の原則を重視すれば、このように、全員の同意が無ければ建て替えは出来ないことになります。しかし、マンション全体の利益を重視すれば地権者の多数意見に従って建て替えを推進すべきことになります。これらの利害を調整しつつ、老朽化マンションの建て替えを促進するため、「建物の区分所有に関する法律」と「マンション建て替え円滑化法」という法律で、建て替えのための種々の規定があります。
(1)区分所有法
区分所有法62条1項では、「区分所有者数」および「議決権」の双方で、5分の4以上の賛成多数の決議により、区分所有建物の建て替えを決議することができます。「議決権」とは、区分所有法14条1項および38条で、各専有部分の床面積に応じて与えられる共有持分の割合で与えられる権利です。
区分所有法62条(建替え決議)1項 集会においては、区分所有者及び議決権の各五分の四以上の多数で、建物を取り壊し、かつ、当該建物の敷地若しくはその一部の土地又は当該建物の敷地の全部若しくは一部を含む土地に新たに建物を建築する旨の決議(以下「建替え決議」という。)をすることができる。
2 建替え決議においては、次の事項を定めなければならない。
一 新たに建築する建物(以下この項において「再建建物」という。)の設計の概要
二 建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算額
三 前号に規定する費用の分担に関する事項
四 再建建物の区分所有権の帰属に関する事項
3 前項第三号及び第四号の事項は、各区分所有者の衡平を害しないように定めなければならない。
4 第一項に規定する決議事項を会議の目的とする集会を招集するときは、第三十五条第一項の通知は、同項の規定にかかわらず、当該集会の会日より少なくとも二月前に発しなければならない。ただし、この期間は、規約で伸長することができる。
5 前項に規定する場合において、第三十五条第一項の通知をするときは、同条第五項に規定する議案の要領のほか、次の事項をも通知しなければならない。
一 建替えを必要とする理由
二 建物の建替えをしないとした場合における当該建物の効用の維持又は回復(建物が通常有すべき効用の確保を含む。)をするのに要する費用の額及びその内訳
三 建物の修繕に関する計画が定められているときは、当該計画の内容
四 建物につき修繕積立金として積み立てられている金額
6 第四項の集会を招集した者は、当該集会の会日より少なくとも一月前までに、当該招集の際に通知すべき事項について区分所有者に対し説明を行うための説明会を開催しなければならない。
7 第三十五条第一項から第四項まで及び第三十六条の規定は、前項の説明会の開催について準用する。この場合において、第三十五条第一項ただし書中「伸縮する」とあるのは、「伸長する」と読み替えるものとする。
8 前条第六項の規定は、建替え決議をした集会の議事録について準用する。
要するに人数と共有持分で、各5分の4の賛成多数により、建て替えを決議することができ、この決議が成立すると、建て替え決議に反対した区分所有者に対して、当該区分所有者が有する土地建物の権利を売り渡すよう請求することができるようになります(区分所有法63条5項)。
区分所有法63条5項 第三項の期間が経過したときは、建替え決議に賛成した各区分所有者若しくは建替え決議の内容により建替えに参加する旨を回答した各区分所有者(これらの者の承継人を含む。)又はこれらの者の全員の合意により区分所有権及び敷地利用権を買い受けることができる者として指定された者(以下「買受指定者」という。)は、同項の期間の満了の日から二月以内に、建替えに参加しない旨を回答した区分所有者(その承継人を含む。)に対し、区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求することができる。建替え決議があつた後にこの区分所有者から敷地利用権のみを取得した者(その承継人を含む。)の敷地利用権についても、同様とする。
また、建て替え決議に賛成した区分所有者の間では、「建て替えに関する合意」が成立したものとみなされます。これは、法的に合意が擬制されるもので、この合意に反する行為をすると、合意違反を原因として損害賠償請求を受ける可能性を生じることになります。但し、この損害賠償請求では、法律要件として、対象者の合意違反行為、損害の発生、違反行為と損害発生との間の相当因果関係という3つの点について組合側の主張立証が求められることになります。
区分所有法64条(建替えに関する合意) 建替え決議に賛成した各区分所有者、建替え決議の内容により建替えに参加する旨を回答した各区分所有者及び区分所有権又は敷地利用権を買い受けた各買受指定者(これらの者の承継人を含む。)は、建替え決議の内容により建替えを行う旨の合意をしたものとみなす。
(2)マンション建て替え円滑化法
区分所有法の建て替え決議が成立した後で、マンション建替え円滑化法9条1項では、建替え合意者の「人数」および「議決権」の双方で、4分3以上の同意を得て、マンション建替え組合の設立認可申請を都道府県知事に申請することができます(円滑化法9条1項、同条2項)。
マンション建替え円滑化法(抜粋)第9条(設立の認可)
1項 区分所有法第六十四条の規定により区分所有法第六十二条第一項に規定する建替え決議(以下単に「建替え決議」という。)の内容によりマンションの建替えを行う旨の合意をしたものとみなされた者(マンションの区分所有権又は敷地利用権を有する者であってその後に当該建替え決議の内容により当該マンションの建替えを行う旨の同意をしたものを含む。以下「建替え合意者」という。)は、五人以上共同して、定款及び事業計画を定め、国土交通省令で定めるところにより、都道府県知事(市の区域内にあっては、当該市の長。以下「都道府県知事等」という。)の認可を受けて組合を設立することができる。
2項 前項の規定による認可を申請しようとする建替え合意者は、組合の設立について、建替え合意者の四分の三以上の同意(同意した者の区分所有法第三十八条の議決権の合計が、建替え合意者の同条の議決権の合計の四分の三以上となる場合に限る。)を得なければならない。
組合には、不動産デベロッパーなどを参加組合員として参画させることができ(円滑化法17条)、建替えビルの権利を取得するのと引き換えに参加組合員分担金を負担させることができます(円滑化法36条1項)。
円滑化法17条(参加組合員) 前条に規定する者のほか、組合が施行するマンション建替事業に参加することを希望し、かつ、それに必要な資力及び信用を有する者であって、定款で定められたものは、参加組合員として、組合の組合員となる。36条(参加組合員の負担金及び分担金)
1項 参加組合員は、国土交通省令で定めるところにより、権利変換計画の定めるところに従い取得することとなる施行再建マンションの区分所有権及び敷地利用権の価額に相当する額の負担金並びに組合のマンション建替事業に要する経費に充てるための分担金を組合に納付しなければならない。
組合の設立に反対した区分所有者に対して、土地建物の権利を売り渡すように請求することができますし(円滑化法15条1項)、建替え事業遂行のためにマンションの土地建物の権利を一括して移動させる権利変換計画を策定して認可申請し、認可を受けて発効させることができます(円滑化法70条1項、同71条1項)。認可後に、工事の必要がある時は、権利変換後に占有を継続している者に対して明け渡し請求をすることができ(円滑化法80条1項)、建替え工事を遂行することができます。
円滑化法80条(施行マンション等の明渡し)1項 施行者は、権利変換期日後マンション建替事業に係る工事のため必要があるときは、施行マンション又はその敷地(隣接施行敷地を含む。)を占有している者に対し、期限を定めて、その明渡しを求めることができる。
2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。
2、マンション建替えの3手法
マンションの建て替えに用いられる主要な手法を御紹介致します。
(1)区分所有法62条建替え決議による等価交換方式
区分所有法62条の建替え決議の後に、反対者に対する売り渡し請求を行い(区分所有法63条)、全員の意思統一を図った上で、デベロッパーやゼネコンとの間で等価交換契約を締結し、再建築工事を行い、区分所有建物の保存登記を経て各地権者が新たな住戸の権利を取得します。
等価交換契約では、土地建物の権利を一旦全部デベロッパーに譲渡する全部譲渡方式と、デベロッパーが取得する部分の敷地の権利を譲渡する部分譲渡方式の2種類があります。どちらも、建替え前の住戸の価額に相当する価額の住戸を取得するのが原則となりますが、増し床の差額をデベロッパー側に支払うことで、床面積を増加させて取得できることがあります。等価交換契約後に設計変更に伴う持ち分の変更などが容易であるため、全部譲渡方式を採用する事例も多くなっています。
建替えの前後における床面積の還元率(取得床面積÷従前床面積)は6割前後となってしまう場合もありますが、1971年の建築基準法改正で導入された総合設計制度(建築基準法第59条の2)による容積率の緩和が認められたり、2001年建築基準法改正による天空率計算などにより斜線制限が撤廃されるなどして(建築基準法56条7項)、容積率の緩和を受けられる場合は7割以上の還元率にできる可能性もあります。
天空率は、従来の斜線規制された建物と「同等の圧迫感」であることが半球投影面積(天空率)で確認できる場合は、斜線制限を撤廃するというもので、例えば高速道路を走っていると市街地に1棟だけ背の高いビルが出現することがありますが、その建物が天空率の計算書(天空率算定図書)を提出して建築確認を受けたビルです。
※参考記事、国土交通省による総合設計制度の手引き・事例集
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001615204.pdf
※参考記事、大阪市役所の斜線規制と天空率に関する解説
https://www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/page/0000012021.html
※参考記事、生活産業研究所はじめての天空率
https://www.epcot.co.jp/tenkuritu/hajimete.php
(2)マンション建替法9条の建替え組合設立による権利変換方式
マンション建替え円滑化法の建替え手続きは、次の手順で行われます。
・区分所有法62条建替え決議(5分の4多数決)
・区分所有法63条反対者に対する売り渡し請求
・マンション建替組合の設立認可申請(4分の3多数決、発起人5名)
・事業計画の縦覧と意見書募集、意見書の採択(円滑化法11条1項)
・マンション建替組合設立認可(円滑化法13条)
・権利変換計画案の策定、承認決議(円滑化法57条2項)
権利変換計画の記載事項は次の通り
一 施行再建マンションの配置設計二 施行マンションの区分所有権又は敷地利用権を有する者で、当該権利に対応して、施行再建マンションの区分所有権又は敷地利用権を与えられることとなるものの氏名又は名称及び住所
三 前号に掲げる者が施行マンションについて有する区分所有権又は敷地利用権及びその価額
四 第二号に掲げる者に前号に掲げる区分所有権又は敷地利用権に対応して与えられることとなる施行再建マンションの区分所有権又は敷地利用権の明細及びその価額の概算額
五 第三号に掲げる区分所有権又は敷地利用権について先取特権、質権若しくは抵当権の登記、仮登記、買戻しの特約その他権利の消滅に関する事項の定めの登記又は処分の制限の登記(以下「担保権等の登記」と総称する。)に係る権利を有する者の氏名又は名称及び住所並びにその権利
六 前号に掲げる者が施行再建マンションの区分所有権又は敷地利用権の上に有することとなる権利
七 施行マンションについて賃借権を有する者(その者が更に賃借権を設定しているときは、その賃借権の設定を受けた者)又は施行マンションについて配偶者居住権を有する者から賃借権の設定を受けた者で、当該賃借権に対応して、施行再建マンションについて賃借権を与えられることとなるものの氏名又は名称及び住所
八 前号に掲げる者に賃借権が与えられることとなる施行再建マンションの部分
九 施行マンションについて配偶者居住権を有する者(その者が賃借権を設定している場合を除く。)で、当該配偶者居住権に対応して、施行再建マンションについて配偶者居住権を与えられることとなるものの氏名及び住所並びにその配偶者居住権の存続期間
十 前号に掲げる者に配偶者居住権が与えられることとなる施行再建マンションの部分
十一 施行者が施行再建マンションの部分を賃貸する場合における標準家賃の概算額及び家賃以外の借家条件の概要
十二 施行マンションに関する権利又はその敷地利用権を有する者で、この法律の規定により、権利変換期日において当該権利を失い、かつ、当該権利に対応して、施行再建マンションに関する権利又はその敷地利用権を与えられないものの氏名又は名称及び住所、失われる施行マンションに関する権利又はその敷地利用権並びにその価額
十三 隣接施行敷地の所有権又は借地権を有する者で、この法律の規定により、権利変換期日において当該権利を失い、又は当該権利の上に敷地利用権が設定されることとなるものの氏名又は名称及び住所、その権利並びにその価額又は減価額
十四 組合の参加組合員に与えられることとなる施行再建マンションの区分所有権及び敷地利用権の明細並びにその参加組合員の氏名又は名称及び住所
十五 第四号及び前号に掲げるもののほか、施行再建マンションの区分所有権又は敷地利用権の明細、その帰属及びその処分の方法
十六 施行マンションの敷地であった土地で施行再建マンションの敷地とならない土地(以下「保留敷地」という。)の所有権又は借地権の明細、その帰属及びその処分の方法
十七 補償金の支払又は清算金の徴収に係る利子又はその決定方法
十八 権利変換期日、施行マンションの明渡しの予定時期及び工事完了の予定時期
十九 その他国土交通省令で定める事項
・反対組合員に対する売り渡し請求(円滑化法64条1項)
・権利変換計画認可申請(円滑化法57条1項)
・権利変換計画認可および公告および処分通知(円滑化法68条1項)
・建替組合によるマンション権利の取得(円滑化法71条)
・占有者に対する明渡請求(円滑化法80条1項)
・建物除却工事、マンション再建工事
・建築工事完了公告(円滑化法81条)
・区分建物所有権保存登記(円滑化法82条1項)
・地権者の再入居
(3)マンション建替法108条のマンション敷地売却組合方式
マンション建替法では、組合施行の権利変換方式の他に、敷地売却組合による敷地の一括売却を行う敷地売却組合方式が規定されています。この手続きでは、土地建物の一括売却を行い、地権者は分配金取得計画に定められた分配金を取得するのですが、デベロッパー等が申請する買受計画において「代替建築物提供等計画(円滑化法110条3号)」を定める必要があり、当該計画の中で仮住居への一時移転と「特定分譲」「優先分譲」という形で区分所有者と売買契約を締結して分配金を原資として再建マンションの住戸を購入できることを定めることもでき、再入居することもできます。代替建築物は、再建マンションに限りませんので、デベロッパーが提供できる近隣物件の取得を斡旋するような計画でも構いません(この場合、引っ越しは1回で済みます)。この手続きは、次の手順で進められます。
・旧耐震建物に関する耐震診断の実施(建築物の耐震改修の促進に関する法律7条)
・都道府県知事もしくは市区町村長に対して要除却認定申請(円滑化法102条1項)
・事業協力者であるデベロッパー等との協議により買受計画を策定し認定申請(円滑化法109条1項)
買受計画の記載事項は次の通り
一 決議特定要除却認定マンションを買い受けた日から決議特定要除却認定マンションを除却する日までの間における当該決議特定要除却認定マンションの管理に関する事項二 決議特定要除却認定マンションの買受け及び除却の予定時期
三 決議特定要除却認定マンションの買受け及び除却に関する資金計画
四 代替建築物の提供等に関する計画(次条第三号において「代替建築物提供等計画」という。)
五 決議特定要除却認定マンションを除却した後の土地の利用に関する事項
六 その他国土交通省令で定める事項
・マンション敷地売却決議(円滑化法108条、人数、専有面積に基づく議決権、敷地利用権の持ち分の価格の、いずれも5分の4以上の多数決)
・認定買受人による都道府県知事に対する売却決議の届け出(法112条)
・マンション敷地売却組合の設立認可申請(法120条1項、定款および資金計画)
・反対者に対する売り渡し請求(法124条1項)
・分配金取得計画の承認決議および認可申請(法141条1項)
分配金取得計画の記載事項は次の通り
一 組合員の氏名又は名称及び住所二 組合員が売却マンションについて有する区分所有権又は敷地利用権
三 組合員が取得することとなる分配金の価額
四 売却マンション又はその敷地に関する権利(組合員の有する区分所有権及び敷地利用権を除く。)を有する者で、この法律の規定により、権利消滅期日において当該権利を失うものの氏名又は名称及び住所、失われる売却マンション又はその敷地について有する権利並びにその価額
五 第百五十五条の規定による売却マンション又はその敷地の明渡しにより前号に掲げる者(売却マンション又はその敷地を占有している者に限る。)が受ける損失の額
六 補償金の支払に係る利子又はその決定方法
七 権利消滅期日
八 その他国土交通省令で定める事項
・分配金取得計画の認可および処分通知(法147条1項)
・分配金取得期日に組合が権利を取得(法149条1項)
・占有者に対する明け渡し請求(法155条)
・認定買受人に対する一括売却および建物除却・再建築(法113条)
・地権者は、分配金を原資として、近隣の代替物件を取得して入居するか、もしくは仮住居に一時転居して、再建築後に再建マンションの分譲を受けて再入居する。
3、管理組合、建替組合、売却組合からの損害賠償請求
上記の通り、①区分所有法62条による建て替え決議と、決議後の等価交換方式による建て替え、②マンション建替法9条の建て替え組合設立による権利変換方式による建て替え、③マンション建替法108条のマンション敷地売却決議によるマンション敷地売却方式による建て替え、いずれの手続きにおいても、法定の多数決要件を満たしているのであれば少数の反対者が存在していてもマンションの建替え手続きが進行していくことになりますが、それぞれの手続き段階において詳細な要件が定められており、手続きに杜撰な部分があり法律要件を満たしていない旨を主張して、これに異議を述べる地権者が生じることもあります。
地権者の側では「手続きに問題があるので是正して手続きをやり直せ」と主張しますが、組合側では「すべて法律要件を満たしているので法律上の義務違反があるので損害賠償請求する」という主張をすることになり、議論が平行線になってしまいます。区分所有法64条で法的に合意しているのと同じ(みなされている)状態なので建替えに協力しないのは違法であるという主張です。組合側は、大手不動産デベロッパーなどの大企業が担当することになり、組合の顧問弁護士からの内容証明郵便が送られて来ることもあり、経験も知識も乏しい一般の地権者は恐怖を感じて、組合からの要求に言いなりになってしまうことも多い様です。
区分所有法64条(建替えに関する合意)建替え決議に賛成した各区分所有者、建替え決議の内容により建替えに参加する旨を回答した各区分所有者及び区分所有権又は敷地利用権を買い受けた各買受指定者(これらの者の承継人を含む。)は、建替え決議の内容により建替えを行う旨の合意をしたものとみなす。
しかしながら、この損害賠償請求は多数の法律問題を含んでおり簡単に白黒決めることが難しい問題です。全く合理的な理由も無しに、立ち退き条件が気に入らないというだけで退去に応じないというような例外的な場合を除いて、損害賠償請求が裁判所で認められることは寧ろ難しいとも言えるのです。
損害賠償請求が認められるための論点となるポイントを列挙します。これらの全ての段階で問題無いと判断された場合のみ、組合から反対者に対する損害賠償が認められることになります。損害賠償請求訴訟の立証責任は原告である組合側に課せられています。組合側は、手続きが適法であることの立証責任を負っていますが、決議が一応行われている場合は、反対者の方で、手続きの瑕疵(問題点)を主張して、決議に問題があること、立ち退きを拒否する正当な理由があることをある程度主張立証する必要があります。
・建替え決議の要件違反、証拠があるか
・組合認可申請の要件違反、証拠があるか
・組合の議事手続の要件違反、証拠はあるか
・権利変換計画、買受計画、分配金取得計画の法令違反、証拠はあるか
・売り渡し請求手続きの要件違反、証拠はあるか
・処分通知の要件違反、証拠はあるか
・明け渡し請求手続きの要件違反、証拠はあるか
・反対者の行為に相当性はあるか
・損害の発生と損害額の評価は相当か(消極損害、逸失利益、特別損害)
・反対者の行為と損害発生の間の相当因果関係
特に、反対者が明け渡しを拒否したことにより工事が遅延し損害が発生したと主張される逸失利益の損害賠償請求は、「お金を奪った」「物品を傷つけた」など具体的に発生している積極損害を填補するものではなく、「得べかりし利益」つまり消極損害を賠償請求するものですから、法的に賠償義務を認めるべきかどうか、損害賠償の範囲と算定方法について議論がありますので注意が必要です。
積極損害であれば、不法行為者が被害者に与えた損害を経済的に補填して「元に戻す」というのが損害賠償請求権の本質になりますが(金銭賠償の原則、民法417条、722条1項)、消極損害の場合は、当該不法行為が無ければ得られたであろう利益を賠償させますので、通常損害として請求する場合は、逸失利益が発生すべきことの主張立証が必要ですし、特別損害として請求する場合は積極損害の要件に加えて「予見可能性」という要件が過重されています(民法416条2項)。相手に損害が発生することを予見しながら敢えて債務不履行をした債務者には特別事情により生じた消極損害を賠償させても酷ではないと考えられるのです。消極損害の典型例は、「小売業者が卸商から仕入れた後の転売利益」や、交通死亡事故における「雇人の定年までの給与所得」などが挙げられます。
民法416条(損害賠償の範囲)1項 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2項 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
民法416条は契約当事者間の債務不履行責任を定めたものですが、不法行為の損害賠償の範囲や額を定める場合にも類推適用されます(最高裁昭和48年6月7日判決など)。
最高裁昭和48年6月7日判決『不法行為による損害賠償についても、民法四一六条が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において、右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきである』
不動産の引き渡しがなされない場合に、引き渡しを受けた者がこれを使用収益して得られるはずだった利益も特別損害として損害賠償を認めた判例があります。不動産の転売益は特別損害として賠償責任を生じ得ることを認めたものがあります。
最高裁昭和32年1月22日判決『所論は、借地権の侵害行為と借地権者がその借地上に新に建物を建てて営業を営むことによりうべかりし利益の喪失による損害との間には相当因果関係がないというけれども、かような損害は民法四一六条一項にいわゆる通常生ずべき損害とはいえないとしても、同条二項にいわゆる特別事情による損害たりえないものではない。そして原判決に判示損害を同条二項の要件を充たしたものと認めたこと明らかであるから、従つてまた、当然、右は損害と侵害との間に相当因果関係あるものと認めたものというべきである。されば原判決には相当因果関係を必要とする従来の判例と相反するところなく、その判断はもとより正当であつて、論旨は理由がない。』
最高裁昭和9年1月22日判決『不動産ハ転売ノ目的ヲ以テ売買セラルルコト夫(ソ)ノ商品ノ如ク爾(シカ)ク頻繁ノ事例ニ属セサルノミナラス即時転売ハ必シモ易事ナラサルヲ常トスルカ故ニ買主カ売主ノ契約不履行ニ因リ履行期ニ於ケル目的物ノ時価ト現実ノ履行アリタル時迄ニ下落シタル時価トノ差額ニ相当スル損害ヲ被リタリ云ヒ得ルニハ買主カ其ノ履行ヲ受クルヤ即テ之ヲ他ニ転売スル意思ヲ有シ且現ニ斯カル転売ヲ為シ得タル特別ノ事情ノ存スルヲ要ス』
4、参考判例
(1)区分所有法62条1項の建替え決議が無効とされたもの
東京地方裁判所平成19年1月24日判決
『(ア)建替え敷地の特定について 本件総会で、本件建替え決議の対象とされた議案(臨時総会議案要領。以下「本件議案」という。)には、新たに建築する建物の設計の概要において、建築面積等の事項(上記第二の一(4)の「記」に記載された事項)が記載され、同建物の各階の平面図が付されているが、建替え敷地についての記載はされておらず、また、同議案の他の箇所をみても敷地についての記載は見当たらない。また、本件総会で、審議の対象とされた「「平成一六年九月二四日付説明会における御質問」についての御回答」(以下「本件回答」という。)にも敷地について言及されておらず、敷地については審議されていなかったものと認められる。 ところで、建替え決議は、「当該建物の敷地若しくはその一部の土地又は当該建物の敷地の全部若しくは一部を含む土地」に新たに建物を建築する旨の決議である(区分所有法六二条一項)から、建替え決議に際して、敷地が特定される必要があるところ、敷地が特定されなければ、再建建物の建ぺい率、容積率等などの諸規制も明らかではなく、再建建物の建築面積、延床面積等も具体的に定まらないことになることからすれば、敷地の特定は、区分所有法六二条二項一号の再建建物の設計の概要に該当するものと解される。そうすると、本件建替え決議には、敷地の特定がされていない点において、区分所有法六二条二項一号の要件を満たさない重大な瑕疵があるものというべきである。』
『(ウ)第三者との共同関係について
本件議案によれば、再建建物の一階の床面積は、本件マンションの現在の敷地面積である六〇〇・四九平方メートル(登記簿上)を大幅に超える一〇五八・二〇平方メートルとされている(ちなみに、本件マンションの一階の床面積は三五九・五七平方メートル(登記簿上)である。)ことからすると、現在の敷地に隣接する相当広範な周辺土地をも敷地とする計画であることが窺えるが、本件議案には、再建建物の敷地についての記載がない(これは前記(ア)のとおりである。)だけでなく、これら周辺敷地の権利者が誰で、この者との権利関係をどのようにするのかについても全く記載がない。そして、本件回答には、「本件マンションの計画では、東京地下鉄の変電所の移設が前提となっています」との記載があることからすると、東京地下鉄が使用している土地を敷地とすることが見込まれていることは窺われるものの、その敷地の全体像や権利関係は依然として不明というほかない。
このように周辺第三者との権利関係が生じることが見込まれるにもかかわらず、この第三者の再建建物における権利関係が不明であることからすると、本件マンションの区分所有者において、再建建物の区分所有権の持分割合等も不明であるというほかなく、本件議案に基づく本件建替え決議は、区分所有法六二条二項四号の再建建物の区分所有権の帰属に関する事項の要件を満たさない重大な瑕疵があるものというべきである。』
『(2) 以上によれば、本件建替え決議には、敷地の特定がされていない点において、区分所有法六二条二項一号の要件を満たさない重大な瑕疵が、第三者との権利関係が不明である点において、同項四号の再建建物の区分所有権の帰属に関する事項の要件を満たさない重大な瑕疵がそれぞれあるので、本件建替え決議は無効であるというべきである。
二 本件売渡請求権について
本件建替え決議は無効であるから、本件建替え決議が有効に成立したことを前提とする本件売渡請求権は発生していないものというべきである。』
この判例では、建替え決議において敷地の特定が為されておらず、建替え決議を行った臨時総会においても、組合員以外の第三者である隣地所有者との共同での建替えになることの説明が無く議論もされていなかったことにより、区分所有者は、再建建物の区分所有権の帰属(区分所有法62条2項4号)を判断することができず、決議に重大な瑕疵があると判断しています。要するに、今回の建替え事業で、どれだけの床面積が生み出され、どれだけの分譲益が発生し、そこから建築費用を差し引いた開発利益はどうなっているか、そこから、地権者はどれくらいの床面積を取得できるのか、デベロッパーはどれくらいの床面積を取得できるのか、この建替え事業の全体像を議案として示した上で審議を経て決議を取る必要があると判断しているのです。集会期日の前には説明会を開催することが必要です(区分所有法62条6項)。
なぜ、デベロッパーが隣地との共同建替えであることを隠匿したのかと言えば、それは「開発利益が大きい」ということを区分所有者(再建マンションの住人である地権者)に開示したくなかったということに尽きるでしょう。隣地と併せた共同建替えにより開発利益が大きいのだと地権者が知ったら、「それならもっと還元率を高くできるはずだ」「転出する場合の買い取り価格をもっと高くすべきだ」という主張が出てきてしまうからです。隣地との共同建替えであることを隠匿して建替え決議を取ることは、ある意味で、区分所有者を騙して安く土地建物の権利を買い叩こうとしているとも言える不当な地上げ行為です。この本質を裁判所は見逃しませんでした。
(2)区分所有法62条1項の建替え決議が無効とされたもの(上記判例1の控訴審判決)
東京高等裁判所平成19年9月12日判決
『建替え決議は,建物を取り壊し,「当該建物の敷地若しくはその一部の土地又は当該建物の敷地の全部若しくは一部を含む土地」に新たに建物を建築する旨の決議である(区分所有法62条1項)から,再建建物の敷地は決議事項そのものであって,建替え決議に際して,敷地が特定されている必要がある。控訴人らは,本件議案添付の図面等からすれば,再建建物の敷地は,十分に明らかであると主張するが,同図面は,再建建物の1階平面図であって,方位や道路等は記載されているものの,同図面からは,敷地の地番や正確な範囲は判明しないから,同図面が添付されていることをもって,本件建替え決議において,敷地が特定されているということはできない。また,区分所有建物の建替えは,多額の費用負担を伴い,反対者にとっては区分所有建物の売渡しが強制される場合がある(区分所有法63条4項)など,極めて重大な効果を生じさせるものであり,区分所有法62条2項が,建替え決議において,同項1号から4号までに掲げる建替え計画の概要を定めなければならないと規定する趣旨は,区分所有者が賛否の意思決定をするために,建替え計画の概要が開示される必要があること及び建替え決議が単なる取壊しの手段として利用されることがないようにすることにあることからすれば,同項に規定する建替え計画は,実現可能性があるものでなければならず,かつ,区分所有者がこの点について判断できるだけの具体性がなければならないというべきである。さらに,同項1号の「再建建物の設計の概要」は,建築に要する費用の算定等の決定が可能な程度に設計の内容の特定が必要なところ,敷地が特定されなければ,再建建物の建ぺい率,容積率,日影規制,高度規制などの諸規制の適用関係が明らかではなく,再建建物の建築面積,延床面積,地上階数等も具体的に定まらないことになるから,建替え計画の実現可能性の検討も,建築に要する費用の算定も困難である。
以上によれば,本件議案は,再建建物の敷地の特定がされていない点において,区分所有法62条2項1号の要件を満たしていないものというべきである。』
『以上によれば,被控訴人の請求は理由があるから認容し,控訴人甲野の請求は理由がないからいずれも棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとする。』
この判例では、「区分所有法62条2項が,建替え決議において,同項1号から4号までに掲げる建替え計画の概要を定めなければならないと規定する趣旨は,区分所有者が賛否の意思決定をするために,建替え計画の概要が開示される必要があること及び建替え決議が単なる取壊しの手段として利用されることがないようにすることにある」と痛烈にデベロッパーの手続き手法を弾劾しています。本件では、デベロッパーが隣地も含めた建替え計画であることを隠匿して建替え決議を主導していたことが問題とされたのです。
(3)建替組合から反対者に対する損害賠償請求が棄却された判例
東京地方裁判所平成27年7月30日判決
『(3)原告らは,本件売渡し請求を受けた区分所有者である被告Y2らが,法的根拠もなくその対象とされた建物の明渡義務を争い明渡しを拒絶したことが原告らに対する関係において不法行為に当たる旨主張するが,区分所有法は,建替え決議の成立について厳格な多数決の要件を定めているから,その成立に疑義を唱えてこれを争い,この点についての司法判断を求めようとする区分所有者が存在することは法の予定するところというべきである。そうである以上,当該区分所有者の対応が権利行使として著しく相当性を欠くものであると認められる場合でない限り,これが違法とされることはないというべきである。
これを本件についてみると,前記(1)及び(2)の事実関係によると,本件団地の団地内建物の一括建替え決議は,平成18年4月の1回目の投票から数えて4回目にしてようやく区分所有法70条1項の特別多数決の要件を満たしたとして成立に至ったものである。本件団地の区分所有者の中にはこれに反対する者も少なからず存在し,意見の対立も深刻な状況にあったものと推認され,被告Y2は,被告建替組合から本件売渡し請求を受けたものの,本件建替え決議が無効であるなどとして被告Y2の自宅の明渡義務を最後まで争い,同義務の存
否が審理された別件訴訟は最高裁判所まで審理が続けられ,最終的には被告Y2の被告建替組合に対する自宅の明渡義務が認められると判断されたものである。
そして,本件建替え決議に至る過程においては,賛成派と反対派のそれぞれが賛否を決めていない本件団地の区分所有者に様々な働きかけをしたものと推認され,建替えに賛成しない被告Y2らにおいて,適正な手続がされなかったのではないかとの疑念や,4号棟302号室のG及び4号棟402号室のHの議決権行使には意思能力に問題があり無効ではないかとの疑念を抱いたとしてもやむを得ない事情もあったということができる。
被告Y2は,別件訴訟において,被告Y2が本件供託金を受領したことが本件売渡し請求及びその前提である本件建替え決議が有効であることを前提とする行為であり,被告Y2が本件売渡し請求及び本件建替え決議の有効性を争うことは権利の濫用であって許されないとして,被告Y2の自宅の明渡し等を命じられているが,前記第2の1(3)キのとおり,被告Y2が本件供託金を受領したのは,原告らが平成24年10月26日に第1事件本訴を提起し,被告建替組合が同月31日に本件供託金の一部について本件仮差押えをしたことを契機
とするものであるから,それまで被告Y2が明渡義務を争ってきたことが本件供託金の受領によって違法になるものではないし,被告Y2が本件供託金を受け取ったことによって明渡義務を争うことが権利濫用になるとしても,そのように判断した別件第一審判決の妥当性を争い上級審において審理を求めることが違法とされるものではないというべきである。
(4) 以上によれば,被告Y2において,本件建替え決議が無効であるなどとして本件売渡し請求の対象とされた被告Y2の自宅の明渡義務を争ったことが権利行使として著しく相当性を欠くものであるということはできず,そうだとすると,これをもって原告らに対する不法行為であると認めることはできないというべきである。』
この事案では、建替え決議に賛成したとされた区分所有者の一部に高齢者が居り、脳梗塞を発症して右半身不随であったが建替え決議の5日後に死亡していた地権者について議決権行使書に子が代筆して押印していたことの有効性や、高齢で意識がはっきりしない区分所有者の代わりに妻が夫の名義で議決権行使書を作成していたことの有効性が問題となっており、反対者が、これらの事項を主張して決議の有効性を裁判で争うことは相当性を欠くものとは言えないと判示しています。反対者に対する売り渡し請求をして建物を取り壊して強制的に建て直してしまうという建替え決議の重要性に鑑みれば、議決権行使書の記載について、それが妻や子であっても「区分所有者本人ではない他人による代筆」を問題であると主張することは当然の事と言えるでしょう。判決でも「区分所有法は,建替え決議の成立について厳格な多数決の要件を定めているから,その成立に疑義を唱えてこれを争い,この点についての司法判断を求めようとする区分所有者が存在することは法の予定するところというべきである。」と判示しています。
5、まとめ
御相談のケースでは、建て替え決議の多数決が成立しそうな情勢となっているとのことですが、本当に決議に向けた意思形成が適正適法なものか精査が必要だと思います。特に区分所有法62条の建て替え決議の要件に欠けているところがないかどうか、議事録を取り寄せたり、議決権行使書の写しを閲覧したり入手したりして、手続きに問題がないかどうか調査しようとすることは、区分建物所有者として当然の態度であり、何ら問題のある行為ではありません。
他方、具体的な問題点をひとつも挙げることなく、ただ単に「気に入らない」というだけで決議成立後に建替え手続きに協力せず、例えば、あなたの住戸以外は全て明け渡しているのに、あなたが明け渡さないことにより建物全体の建替えが遅延しているというような状況になっているのであれば、組合側の損害賠償請求が認容される可能性も出てきてしまうところです。要するに、貴方の主張に法的な根拠があり、その事実を裏付ける証拠があるかどうか、ということが大切になってきます。
区分所有法62条1項の建替え決議の要件で問題となり得るものを列挙しますので、御参考になさって下さい。
・区分所有者の人数の5分の4以上の賛成があるかどうか。議事録および議決権行使書を確認する。事前買収などにより法人が区分建物を買い占めている場合に、株主や代表者が同一である子会社名義で取得したものを別名義と評価できるか。事前買収の売買契約の条件は適正なものだったか、事前買収の交渉時に虚偽説明が無かったかどうか。
・区分所有者の議決権(専有床面積に応じた持分)の5分の4以上の賛成があるかどうか。議事録および議決権行使書を確認する。区分所有者の中に、認知症や脳梗塞や脳卒中や高次脳機能障害などで意思表示に問題がある人物が含まれていないかどうか。
・建替え決議の法定事項(区分所有法62条2項)がきちんと議案書に特定されているかどうか、審議および決議対象となっていたかどうか。①再建建物の設計の概要、②建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算額、③費用の分担に関する事項、④再建建物の区分所有権の帰属に関する事項、がきちんと定められていたか。前記判例では、再建建物の敷地の特定(地番、面積)が欠けているとして、建替え決議が無効であると判断していました。特に隣地との共同建替えであることを隠匿していた事例では、決議無効判決の可能性も出てきますので注意が必要です。
・区分所有法62条3項の衡平要件を満たしているかどうか、裏取引・インサイダー取引が無いかどうか。再建事業の費用分担と再建建物の区分所有権の帰属は、区分所有者間で不公平があってはいけない、という当然の規定です。デベロッパーに協力した一部の区分所有者が優遇されていないかどうか精査が必要です。
・建替え決議を行うための管理組合臨時総会の招集通知が適法に行われていること。総会期日の2か月以上前に、次の事項を通知する必要があります。これらの事項が適切に通知されていたかどうか。①建替えを必要とする理由、②建物の建替えをしないとした場合における当該建物の効用の維持又は回復(建物が通常有すべき効用の確保を含む。)をするのに要する費用の額及びその内訳、③建物の修繕に関する計画が定められているときは、当該計画の内容、④建物につき修繕積立金として積み立てられている金額、です。要するに、耐震補強も含めた従来通りの修繕を継続した場合と、建替えた場合の便益の比較を具体的に説明する必要があるということです。差し当たって建替えの必要は無いのに開発利益(保留床の分譲益)を目的としていたずらに建て替えを提案してはいけないということです。これについては耐震診断の結果と、耐震補強工事の見積内容も当然に含まれてきますので、この内容が適正かどうか、精査することが必要です。
・建替え決議を行う臨時総会の1か月以上前に、招集通知に記載すべき事項について、建替え議案に関する説明会が適正に行われたかどうか(区分所有法62条6項)。説明会に参加できるようにするための事前告知が適正公平に行われていたかどうか。
建替え決議に反対した区分所有者に対する売り渡し請求(区分所有法63条1項)が行われた事案では、同じように、当該手続き要件に瑕疵が無いかどうか精査が必要です。
お困りであれば、経験のある弁護士事務所に御相談なさり、どのような主張が可能かどうか、一緒に考えて貰ってください。
以上