借地権者に対する建物収去・土地明け渡し請求と建物賃借人に対する建物退去・土地明け渡し請求・訴え(訴訟物)の併合
民事|建物収去・土地明け渡し請求|最高裁判所昭和54年4月17日判決
目次
質問:
私(甲)はある人(乙)に土地を貸し,彼は,その土地上に家を建てて,その家を第三者(丙)に貸していた(この点については,私も了解していました。)ところ,借地人乙は長期間に渡り地代を全く支払ってくれなかったので,私は,借地人乙に対し,いついつまでに地代を支払わなければ借地契約を解除する旨,いついつまでに地代を支払わなかったので借地契約が解除する,ついては土地を返して欲しい旨の各通知を順次送りました。しかし,借地人乙は,この要求を完全に無視しています。そこで,もはや訴訟を提起しようと思うのですが,どうしたらよいでしょうか?
回答:
1.借地人乙に対して建物収去、土地明け渡し請求訴訟を提起することになりますが、この訴訟の構造をどうとらえるかについては争いがあります。この点については、土地所有権(又は、土地賃貸借契約の終了による現状回復としての土地明渡請求権)に基づく建物収去と土地明渡しの2つの請求訴訟を提起しているととらえ、訴え(訴訟物)が客観的に併合している(民訴136条)と考えられます。二の請求権(訴訟物)が客観的に併合しているという考え方に対して、建物収去土地明渡請求という一の請求権(訴訟物)であるという説もありますし、さらに土地明渡請求権(訴訟物)であり建物収去は民事執行法上土地明け渡しの実効性を確保するために主文に掲げられているにすぎないという立場もあります。どの説をとっても本件では結論は変わりませんが、理論的問題として論じられています(判例タイムズ社、民事実務ノート3巻参照)。
2.同時に,借家人丙に対しても「土地所有権に基づく建物退去(建物の明渡し、引渡し)と土地明渡し」の請求訴訟を提起することになりますが、これも訴え(訴訟物)の客観的併合と考えます。これも、先ほどの乙に対する訴訟と同様の考え方ができます。
3.次に、この当事者の異なる2つの請求訴訟を同じ裁判所に同一訴訟手続き内で行うことになります。これを訴え(訴訟物)の主観的な併合、通常共同訴訟といいます(民事訴訟法38条)。
4.土地の所在地(又は借地人及び建物賃借人の住所地)を管轄する地方裁判所に訴えることになります(民訴4条、5条、7条、38条前段。)。
5.建物収去、土地明け渡し請求訴訟に関する関連事例集参照。
解説:
1.まず,借地人乙に対する関係で説明します。
(1)本件では,「土地を返して欲しい」ということですから,借地人乙に対しては,当然「土地明渡し」を請求することになります。
(2)そして,「土地明渡し」の根拠となる権利として,一般的に,「土地所有権に基づく土地明渡請求権」と「借地契約の終了に基づく土地明渡請求権」が考えられます。所有権は、目的物を直接排他的に支配する権利ですから(民法200条)土地を占有すると考えられる全ての者に対して甲は、土地所有権者であることを理由に目的物の返還請求すなわち土地明け渡し請求の訴訟を提起できます。甲は訴状の請求原因というところで自分が所有者であることと乙が(丙を介して代理)占有(民法181条)していることを主張、立証すれば、明け渡しを求めることができます。乙に土地の利用権があるという主張は土地の所有権があるということと両立し矛盾しませんので理論上いわゆる乙の抗弁として準備書面で主張することになります。当事務所ホームページ、 法の支配と民事訴訟実務入門総論7(法的三段論法、訴訟物、要件事実、主要事実、証拠提出、訴訟追行上当事者の責任の範囲、裁判所はどこまで教えてくれるか。訴状の書き方。) 法の支配と民事訴訟実務入門総論8(訴え提起に対する対応、答弁書の書き方。否認、理由つき否認、抗弁、再抗弁、自白、権利自白、請求の認諾、直接証拠、間接証拠)を参照してください。
次に、甲は、土地所有権者であることを理由にしなくとも、本件では,借地契約は既に解除されており(民法第541条),借地人乙は借地契約解除により当該契約上土地を返還する債権上の義務を有することになり(民法545条、賃貸借でも地上権でも同様です。)、甲は、土地の賃貸人としての契約上の地位に基づき当該土地を返還請求する債権的権利を有することになります。この関係は、理論的に本件土地の所有権が誰にあるかということとは無関係です。従って、甲は、訴訟(訴状)において、自分が、「土地の賃貸人であること」と「借地契約が解除されたこと」を主張、立証すれば土地を明け渡せという訴訟を求めることができます。所有者でることは主張する必要がありません。もし、乙が賃料の不払いはなく解除は無効でると準備書面で主張すると、これは解除と両立しない事実の主張であり「否認」ということになります。なお,ここで,土地や建物といった不動産の賃貸借契約おける債務不履行に基づく解除について,多少ご説明しておきます。不動産の賃貸借契約においては,賃料不払があるからといって必ずしも債務不履行に基づく解除が認められるわけではなく,これが認められるためには,契約期間,不払の理由,経過,額,当事者の立場,態度言動等を総合的に考えて,信義則上契約全体からもはや契約を継続する事ができず契約を解消せざるをえないと認められる事情が必要となります。その理由につきましては,728番をご参照ください。
(3)次に,本件で,甲が乙に対して「土地明渡し」請求訴訟を提起して、勝訴すれば乙所有の建物を収去することができるかという民事執行法上の問題があります。乙が、土地を明け渡す義務がある以上、本件乙所有の建物も収去することは当然であり乙に対する土地明け渡し訴訟の判決で十分であり建物も収去することができると考えることも可能です。しかし、結論から言うと、土地明け渡し請求の判決では、土地上の乙の所有の建物収去を求めることはできません。土地明け渡しの訴訟、判決は甲が、当該土地を明け渡す請求権があるかどうかを審理して明け渡しを求める権利があるという判断しかしていません。乙の建物を収去すなわち、取り壊すことまでは認めていないのです。甲が土地を直接排他的に支配利用する権利により目的物の返還を求めるということと、その上の他人(乙)の所有物である建物を収去、取り壊す権利があるかどうかは別個の紛争、問題として判断することになります。乙の側面から考察すると、訴訟は、乙の土地利用権の存否と乙の建物所有権の保障を個別的に判断して適正公平な紛争解決を実現する必要があります。もっと理論的に言えば、建物の収去、取り壊しは、甲の所有権による土地明け渡しとは別個の紛争、訴訟物(訴訟における審判の対象)ということになります。
唯、甲乙間の同一当事者間の訴訟なので、通常同じ訴訟手続きで土地の明け渡し、建物収去について一挙に判断、解決し訴訟法の理想である公平で、迅速、低廉な解決を果たすことが可能になります(民訴2条)。これを訴え(訴訟物)の客観的併合といいます(民訴136条)。従って、土地明け渡しの他に、土地上に家が存在するので,建物収去も請求する必要があります。民事執行法上との関係でも,判決の主文に書いてある内容しか執行力が認められませんから強制的な実現ができませんので、土地とは別個の財産権である建物の収去という執行の方法を判決に明示する必要があります。以上、土地と建物は別個、独立の不動産であり、「明け渡し」と「収去、取り壊し」は別の争い、訴訟物であることから,土地明渡しのみの判決では建物収去の強制執行はできませんので,土地明渡しのみの判決を得ても意味がないということになります。
但し、本件土地上に、独立の建物ではなく、可動可能な乙所有の動産がある場合は、当該動産の収去を別個に求める訴訟を提起する必要はありません。なぜなら、当該動産を取り除くことは動産を破棄、侵害することにはなりませんし、土地を明け渡す判断の一内容にすぎないからです。理論構成については、前述のごとく3つの考え方ができます。一つの訴訟物であるという説は、目的物の返還請求も目的物上の排除も所有権による物権的請求権の内容を構成する要素にすぎないと考えます。従って、土地明け渡し、建物収去のどちらかを認める場合は請求の一部認容という判断になります。判例もその点かならずしも明らかではありませんが、適正、公平な解決という民事訴訟の理想という視点からから訴訟物の併合が妥当であると思います。
最高裁判所昭和54年4月17日 判決(昭和52年(オ)第890号)。建物収去土地明け渡等請求事件。この裁判では、控訴審(大阪高裁昭和52年 3月30日判決)において、訴訟物の個数について控訴人(上告人、請求権は1つで執行法上の問題とする説)と被控訴人(被上告人等 訴えの併合)が異なる意見を述べています。判決は明確に判断していませんが、訴訟物の併合と考える方が分かりやすいと思います。最高裁判決は、後記参照。この事案は、建物収去土地明け渡し訴訟を起こし、判決で、土地明け渡し、「建物引き渡し」の判決を得たのですが、判決後の事情変更(借地明け渡しに伴う土地所有者と借地人所有の当該建物売買契約についての解除権が発生した)が発生したので、「建物引渡し」では目的が達することができないとして、後に再度、土地明け渡し建物収去訴訟を起こした事件です。事案が複雑ですが、結果的に認められています。
高栽判決の内容。「原判決中、控訴人の被控訴人会社に対する請求に関する部分を変更して、控訴人の本件土地明渡請求について訴を却下し、本件建物収去請求を棄却し、本件土地占有に基く不当利得返還請求を認容し、控訴人の被控訴人保証協会に対する控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき控訴人と被控訴人会社との間で民訴法九六条、九二条、控訴人と被控訴人保証協会との間で同法九五条、八九条を各適用し、主文のとおり判決する。」土地明け渡し請求は前判決で認められているので、「訴えの利益」はない。建物収去は、前判決で判決の趣旨から棄却されているので既判力に抵触して棄却。という意味です。
最高裁は 控訴人敗訴部分を破棄し差し戻しています。
以上、土地明け渡し請求と建物収去は民事訴訟の理念から別個の訴え(訴訟物)と考える方が簡明であると思います。最判昭33.6.6民集12-9-1384。
(4)以上より,結局,あなたは,借地人に対して,「土地所有権に基づく建物収去請求と土地明渡し請求の2つの請求訴訟を1つ訴えで提起することになります。
2.次に,借家人丙に対する関係で説明します。
(1)本件では,借家人は建物を占有しているのですが,借地人乙のように直接土地を借りているわけではありませんから、土地明け渡しを請求する必要があるかどうか考える必要があります。乙の建物を借りている丙も、土地を占有しているものと評価されます。占有は事実上の問題であり建物を占有しているということは、土地がなければ建物も建てることができず、建物を利用して現実的に土地を占有支配しているからです。つまりこの土地は、占有者が2人いることになります。訴訟物(紛争)の特定は当事者と紛争(訴訟物、判決主文に書かれた内容。)ごとに判断し判決の既判力、執行力もその基準に従い生じます(民訴114条、115条。既判力の主観的範囲、客観的範囲といいます。)。従って、甲は、乙だけではなく丙に対しても乙とは別個の明け渡し訴訟を提起しなければいけません。(最判昭26.4.13民集5-5-242。これは建物所有者の占有の他建物賃借人の独自の占有を認め建物所有者に対する和解調書により口頭弁論終結後の承継人として建物賃借人に対して強制執行を認めています。民訴115条。)
実体法的にみても、土地賃貸借契約を債務不履行に基づいて解除する場合(合意解除は別の判断になります),地主は,借地人に対して催告すれば足り,さらに借家人に対して支払の機会を与えなければならないものではありません(最判昭37.3.29民集16-3-662,最判平6.7.18判時1540-38等参照)。従って、丙は、建物利用権を根拠(これも抗弁です)に甲の土地明け渡し請求を拒否することはできません。甲の訴状に記載する請求原因は甲が、乙に対して請求する場合と同様です。所有権の存在と丙の占有を記載すれば最低限の請求原因事実を満たすことになります。
(2)次に、土地の明け渡し訴訟を提起し勝訴判決が出れば、当該土地上の建物に事実上居住することができませんので土地の明け渡しの訴訟、判決で民事執行上丙を乙所有の建物から退去させることができるか問題になります。結論から言うと丙に対する土地明け渡しの判決で、乙の建物から退去させることはできません。一見おかしい結論のように見えますが、甲の土地を丙が利用できるかという問題と、土地とは別個の所有物である建物を丙が利用できるかという紛争は別個のものになります。すなわち訴訟物が違うのです。丙は、本件土地について建物を介して占有しているのですが、別個の乙の所有物である建物自体を建物賃借権により独自に占有しています。建物という独立の所有物に対する占有権があるかどうかは公正、公平な解決という理想から別個の紛争として取り扱うことになるのです。従って、土地の占有権がないという判決が出ても、甲所有の土地とは別個、独立の不動産である建物の占有権がないという判決が出たことにならないのです。判決が出ていない以上、建物から強制的に退去させることは民事執行法上認められません。その結果、丙に対する土地明け渡しも法的意味を失い、乙に対する判決も丙に対しては効力が及びませんから実効性がなくなります。但し、乙が甲の土地に、単なる動産を所持していたとしても動産の収去を求める訴訟を提起する必要はありません。その動産は、土地占有の単なる一形態と考えられ独立に占有権があるかどうかの判断をする必要がないからです。この様に紛争、訴訟物の特定は、その訴訟により、適正、公平、迅速、低廉に解決できるかという観点から総合的に判断されることになります。
(判例)
最高裁判所平成6年12月20日判決、(建物収去土地明渡等請求事件)において 共有建物に居住する一部共有者に対し別個に建物退去土地明渡を求めた事案。
最高裁判所47年12月7日最高裁判決、(建物収去土地明渡請求事件)のなかで土地賃借人が所有する建物の賃借人に対し、別個に建物退去土地明渡を請求した事案。
(3)以上より,結局,あなたは,建物賃借人丙に対して「土地所有権に基づく土地地明渡し請求訴訟と建物退去請求訴訟の2つを提起しなければならず、訴訟物の客観的併合により同じ裁判所に同一訴訟手続き内で審理を求めることができます。但し、丙に対しては、土地の賃貸借関係はありませんから土地賃貸借契約の解除に基づく請求権(訴訟物)を主張することはできません。
3.借地人への請求と借家人への請求の関係
最後に、借地人乙に対する「土地所有権に基づく建物収去土地明渡し」の請求と借家人丙に対する「土地所有権に基づく建物退去土地明渡し」の請求の関係について説明します。甲乙、甲丙という訴訟当事者が異なる紛争を同一の裁判所で、同じ訴訟手続きで行うことができるかという問題です。紛争の当事者が違うので原則は、同じ裁判所でも別個の訴訟を提起しなければなりません。しかし、民事訴訟の理想は、紛争の適正公平、迅速低廉な解決にあるので、この目的から同一訴訟手続きで異なる当事者間の2つの訴訟(訴え、厳密に言うと4つの訴え、訴訟物があります。)を一挙に解決することができるかどうかが問題になります。そこで民事訴訟法は、当事者が異なっても、同一訴訟手続き内で複数の訴訟物を同じ裁判官が判断する通常共同訴訟を用意しています。民事訴訟法第38条は、「訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、その数人は、共同訴訟人として訴え、又は訴えられることができる。訴訟の目的である権利又は義務が同種であって事実上及び法律上同種の原因に基づくときも、同様とする。」と規定しますが、この条文の解釈は、先ほどの民事訴訟の理想に従い行われ、広く解釈されています。本件では、乙、丙に対する請求権は、所有権に基づく明け渡し請求権ですから「訴訟の目的である権利又は義務が同種であって」に該当します。さらに乙、丙とも建物を介しての権限なき不法占拠という「事実上及び法律上同種の原因に基づくとき」に当たるので通常共同訴訟として訴訟が可能になります。
本件でもたとえ借地人乙に対する建物収去土地明渡しの判決のみが得られたとしても,借家人が任意で建物を退去してくれない限り,上記判決に基づく強制執行はできません。そこで,あなたとしては,借地人に対する「土地所有権に基づく建物収去土地明渡し」を請求するのみならず,借家人に対する「土地所有権に基づく建物退去土地明渡し」をも請求して,訴訟を提起し一挙に解決する必要がありますので通常共同訴訟の趣旨に合致します。尚、当事者が異なる共同訴訟に、合一確定が法律上要請される共同訴訟を,いわゆる必要的共同訴訟があります(民事訴訟法第40条)。例えば、第三者が夫婦を相手に行う婚姻無効の訴えです(理論的に訴訟は夫と妻が別個の主体であり2つになります)。夫婦に一方にのみ無効ということはあり得ないので合一確定の必要性が認められます。借地人に対する「土地所有権に基づく建物収去土地明渡し」の請求と借家人に対する「土地所有権に基づく建物退去土地明渡し」の請求は,理論から考えて法律上一つの訴訟手続きで解決すること(いわゆる合一確定)が要請されるわけではありませんので(判断が乙、丙別個になって具体的不都合はあっても理論上問題はありません。)この訴訟形態にはなりません。なお,訴訟を提起する裁判所については,「不動産に関する訴訟」となりますので,地方裁判所ということになります(簡易裁判所ではできません。裁判所法24条1項1号,33条1項1号)。
以上