夫が痴漢容疑で逮捕されました
刑事|夫が逮捕|迷惑防止条例違反|逮捕された被疑者の勾留阻止の手続き
目次
質問:
夫が金曜の夜に帰宅せず,心配していたところ,土曜の朝になって,電車内の痴漢で逮捕されたとの連絡が警察からありました。夫と直接話はできていないため,本当に痴漢をしたのかどうか確認はできていません。このまま長期間帰ってこられなくなるのでしょうか。夫は会社の仕事が多忙で,長期間の欠勤をすれば大変な迷惑をかけますから,事情を話さざるを得ず,そうすれば会社は首になってしまいます。実は,夫は10年前にも1度痴漢で捕まったことがあるそうです。この場合,早期の釈放は絶対に無理ですか。
回答:
1.痴漢の程度や供述状況(認めているか否認しているか)によりますが,勾留を阻止して釈放を勝ち取れる可能性はあります。直ちに接見して事情を確認する必要がありますので,弁護士へのご依頼をお勧めします。
2.勾留阻止に関する関連事例集参照。
解説:
1.身柄拘束事件の流れ
(1)逮捕
警察官が犯罪を捜査する際,被疑者を逮捕する場合もあれば,逮捕せず在宅のまま捜査する場合もあります。逮捕するのは,被疑者に相当の嫌疑があり(逮捕の理由,刑訴199条1項),逃亡または罪証隠滅のおそれが認められる場合です(逮捕の必要性。刑訴法199条2項但し書き,同規則143条の3)。実際には,被疑者と犯罪事実に関するいろいろな事情をケースバイケースに判断することになります。たとえば,罪名が重大であることや,被疑者が住居不定であること,逃走しようとしたこと等の事情は,逃亡または罪証隠滅のおそれが高いという評価につながり,逮捕の可能性を高めます。逆に,初犯であること,定職と家族をもっていること,最初から素直に犯行を認めていること等の事情は,逮捕されにくい事情といえます。痴漢の場合も同様ですが,とくに罪名の点に注意すべきです。同じく痴漢といっても「強制わいせつ」に(刑法176条)に当たる場合と「迷惑防止条例違反」(正確な名称は都道府県によって異なります)に当たる場合があり,前者は6月~10年の懲役刑が定められているのに対し,後者は6月以下の懲役または50万円以下の罰金と,前者の方が格段に重い法定刑となっています。そのメルクマールとして一般的にいわれているのは「下着に手を入れたかどうか」ですが,要は解釈の問題ですので絶対のものではなく,下着に手を入れなくても強制わいせつ罪に問われることは十分にありえます。そして,強制わいせつの痴漢の場合,よほど他に良い事情がなければ,逮捕を免れることはあまりないといえます。
痴漢が発生し,被害者ないしその場にいた第三者が駅員に通報すると,駅員がその駅を管轄する警察署に警察官の出動を要請し,駅事務室で警察官に任意同行を求められ,当該警察署まで移動して事情聴取が行われる,というのが多く見られる流れです。その中で逮捕が必要と判断されれば,速やかに逮捕状を取得して逮捕がなされます。但し,被害者等にその場で捕まったように現行犯(刑訴212条乃至216条,私人による現行犯逮捕)に該当する場合逮捕状は不要です。このとき身柄が置かれる場所は,ほとんどの場合,当該警察署の中にある留置場です。この後,勾留に移行する際にも,特に事情がなければ身柄は動かさないのが実務の運用となっていますので,早期釈放を得ない限り,当面は警察署の留置場で過ごすことになります。なお,家族への連絡は,このように捜査が開始されることになった警察署の担当刑事から行われるのが通常です。この連絡は早くもらえるほど良いのですが,実際には同行から数時間経過後に初めて連絡が行くケースもよく見られます。
(2)起訴前勾留
警察は,被疑者を逮捕したときは,その後48時間以内に被疑者を検察官に送致しなければなりません(刑訴法203条1項)。したがって,逮捕の翌々日までには送検となるわけですが,実際には弁解録取と一通りの事情聴取が済んだ最も早い段階で行われていると思われます。ご相談のケースが金曜の深夜ないし土曜未明の逮捕だとすると,送検は日曜となる可能性が高いでしょう。検察官が送検された被疑者を受け取ると,改めて弁解録取を行い,勾留の必要があるかどうかを判断し,必要があると判断すれば24時間以内に裁判所に勾留請求を行い,必要がないと判断すれば釈放します。勾留の要件は被疑者に相当の嫌疑があり,かつ,①住居不定②罪証隠滅のおそれ③逃亡のおそれのいずれかが認められ,勾留の相当性も認められることです。逮捕の要件と似ていますが,それより若干厳しいものと解釈されていますし,検察官が独自の観点から改めて検討することのため,逮捕に関する警察の判断とは異なってくる場合も当然あります(刑訴207条により刑訴60条以下の被告人の法廷への出頭,刑の執行確保のための勾留が被疑者の捜査取り調べ確保のために準用されています。裁判所または裁判長と同一の権限を有するという文言は解釈上準用の意味です。)。そして,勾留の可否を最終的に決定するのは検察官から勾留請求を受けた裁判官です(被告人の勾留は公正な裁判の手続き上重要であり裁判所が行いますが,被疑者の勾留は公判前の捜査の必要上認められるもので裁判官が行います。裁判所の決定に対する異議申し立ては抗告といいますが,裁判官が決定をしているので異議申し立ては準抗告(裁判所の決定に準ずるという意味)と呼びます。刑訴419条,429条。)。この判断をする際には,被疑者を裁判所に呼び,言い分を聞く「勾留質問」という手続きを経ます(刑訴法61条)。この勾留質問には検察官は参加しません。勾留質問を通じ,裁判官が勾留の要件ありと判断すれば,その日のうちに勾留状が出され,これが執行されて,被疑者に対する身柄拘束処分は逮捕から勾留へと切り替わります。
(3)起訴
被疑者の勾留は10日間までとされていますが(刑訴法208条1項),さらに10日間の延長も可能であり(同条2項),実際には頻繁にこの延長が行われていますから,勾留された場合,長ければ20日間(内乱罪等一部の重罪については25日)に及ぶ長期の身柄拘束を覚悟しなければなりません。検察官は,警察から送致された記録や検察庁での取調べ結果を参考に,当該事件について被疑者を起訴すべきかどうかを検討します。被疑者を勾留している場合,勾留満期までに被疑者を起訴しない場合,ただちに釈放しなければなりません(同条。起訴されないことはすなわち不起訴処分と考えがちですが,必ずしもそうではなく,この時点では処分保留となっていることが多いです。後日,検察内部での決済を経て,不起訴処分が確定します。)。起訴(公訴提起)とは,裁判所に対し刑事裁判を開いて被疑者に対する刑罰法規の適正妥当な適用を求める訴訟行為です。事件が起訴され,裁判所に継続すると,被疑者から被告人へ身分が変わります。
(4)起訴後勾留・公判
被疑者としてすでに勾留されている者が同じ事実について起訴された場合,自動的に起訴後勾留(刑訴法60条1項)に切り替わります。起訴後勾留の期間制限は1か月ですが(同条2項),更新することができ,事実上は,保釈されない限り,刑事裁判の終了まで継続することが多いといえます。刑事裁判の一般的なスケジュールですが,通常,起訴日から3~5週間後に第1回の公判期日(裁判所の法廷で審理を開く日)が指定されます。事件が単純であれば1度の期日で審理が全て終了し,通常,その1~3週間後に判決言渡日が指定され,再び法廷で判決が言い渡されて第一審の事件が終了します。執行猶予付きの判決であれば,勾留中の被告人もその日に身柄が釈放されます。つまり,起訴されてしまえばさらに1~2か月の間,身柄拘束が続くこともあるのです。
2.身柄解放のための活動
(1)身柄解放の必要性
身柄拘束が行われると,肉体的・精神的に苦しい思いをするだけでなく,職場を欠勤しなければならないため,場合によっては勤務先に事実を告げざるを得ず,懲戒解雇に至ることもありえます。それを避けるためには,手続きの各段階で身柄解放のための働きかけを行う必要があります。
(2)逮捕段階
逮捕から送検まではほぼ自動的に行われ,送検を阻止することは不可能です。ただし,送検後に直ちに検察官に対し意見を述べるには,できるだけ早期に犯罪事実の詳細と被疑者の言い分(認めているのか争っているのかも含め)を知る必要があります。注意が必要なのは,逮捕後,勾留されるまでの間は,家族との面会が認められない点です。犯罪事実の詳細や本人の言い分も,この段階では警察から教えてもらえる限度でしかわかりません。これを詳しく知るには,弁護士に依頼し,「弁護人となろうとする者」として接見に行ってもらう必要があります。接見に行った弁護士は,被疑者本人から選任を受けて(弁護人選任届をその場で作成します。)弁護人となるのが通常ですが,本人がどうしても選任しようとしない場合等には,直系親族,配偶者,兄弟姉妹らにも独自の選任権が認められていますから,これらの家族から選任を受けて弁護人となることもあります。
(3)送検段階
事件と身柄が検察庁に送致され,担当検察官が決まれば,直ちに検察官に対し,被疑者を勾留請求しないように求める働きかけを行います。この働きかけは,弁護人が担当検察官に面会したり電話で交渉することによっても可能ですが,主張したい事情を網羅し,明確に伝えるため,弁護人意見書を作成し,提出することが多いです。なお,ご相談の事例では送検が土曜ないし日曜となり,当直の検察官が多数の事件をまとめて処理するという特殊な体制で扱われることになります。通常,この場合には当直の検察官が十分に事件を検討する余裕がないので,弁護人が意見を述べても勾留請求がされてしまう可能性が高いとも言われています。しかし,その危険性を踏まえて十分な事前連絡の下,効果的に有利な事情を強調すれば,勾留請求を阻止することは決して不可能ではなく,実務上複数の成功事例があります。このときに主張する事情は,被疑者本人の言い分によって異なってきます。仮に事件自体は認めて反省しているという場合には,その反省の状況や,被害者への示談金を用意していること,家族が厳重な監督を誓っていること等を主張します。さらに,それらを証明するために,あらかじめ用意した被疑者の反省文や,被害者宛謝罪文,示談金の預かり証,家族の身元引受書,誓約書等を添付して提出することが効果的です。しかし,弁護人は,逮捕後48時間以内に(朝逮捕の場合は実質的にはもっと短時間となります。検察官の取り調べが開始される身柄送致した日の午前11時ころまでに書類を提出しなければなりません。)以上の書類を用意,提出しなければなりませんので時間との戦いになります。
(4)勾留質問段階
検察官への働きかけが功を奏さず,勾留請求がされてしまうと,次は勾留担当裁判官に対し,勾留請求を却下してもらうよう意見を述べる働きかけを行います。判断主体が異なるとはいえ,検察官も法律家として勾留の要件があると判断して勾留請求するのですから,裁判所で勾留請求が却下されることは多くはありません。しかし,同じ事情の下でも,「罪証隠滅のおそれ」や「逃亡のおそれ」があるかどうかの評価は分かれることがありますし,検察官が触れていない有利な事情もあるものです。それらを弁護人が強調することで,勾留の要件がない,すなわち「却下」の判断を獲得できる余地は十分にあります。この裁判官への意見は,意見書を提出した上で,さらに裁判官と直接面接して述べることが多いです(東京地裁は裁判官面接を認めており,書記官が裁判かに面接するかどうか確認するするこ多いようです。地方の裁判所では断られることもあります。)。その際に,親や配偶者が弁護人と同行し,面接にも立ち会って,その場で身柄引受書にサインして提出するということも行います。場合によっては,この手続きも休日に当直の裁判官によって行われることになりますが,休み明けの対応では間に合わないことがほとんどですから,休日であっても是非とも上記のとおり対応すべきです。東京地裁の場合,被疑者が多いので勾留質問は勾留請求の翌日ですが,それ以外の検察庁では午前中勾留請求し午後に隣に隣接する裁判所で午後1時過ぎから直ちに勾留質問に移りますから弁護人の対応も急を要します。
(5)準抗告
勾留に関する準抗告とは,裁判官がした勾留をするまたはしない(却下)との裁判について,不服を申し立てる手続きです。通常なら勾留が却下されてしかるべき事情で勾留が認められてしまったような場合,準抗告によって勾留決定が取り消され,釈放を得られることがあります。身柄の問題は一刻を争いますから,準抗告を申し立てるのは勾留決定が出た当日のことが多く,それに対する裁判所の判断も,できる限り当日中に出す運用がなされています。準抗告は裁判官(公判前であり迅速性を重視し裁判所ではなく裁判官の権限としています。)ではなく公正な裁判のため裁判所(判決と同様に裁判所の意見ということになります。)が判断するので3人の裁判官が担当し(刑訴429条)休日でも召集されることになります。従って,勾留が却下されると書記官から準抗告するかどうか聞かれることもあります。逆に,検察官が準抗告を申し立てることもできるので注意が必要です。裁判官が勾留請求を却下してくれても,検察官の準抗告で覆り,結局勾留がされてしまうこともあります。そこで,勾留請求却下の決定が出ても,これを受けて検察官から警察署へ釈放の指揮が出されるまでは,安心できません。当日17時ないし18時ころには判明する場合が多いといえます。
(6)勾留後の弁護活動
勾留阻止の活動が功を奏さず,10日間の勾留が認められてしまった場合,その後は事案に応じ,勾留の延長をしないよう求めたり(勾留延長の決定に対しても準抗告が可能であり認められる場合があります。),不起訴処分を求めたり,罰金相当の事案であると主張して略式起訴を求めたりします。正式な起訴(公判請求)がされてしまった場合には,保釈保証金を用意して保釈申請をすることを検討します。これらの弁護活動については,当HPの他の相談事例をご覧ください。
以上