隣の家の小窓から、こちらを覗いているように感じます
民事|不法行為における違法性の内容|相隣関係と受忍限度論
目次
質問:
一昨年、一戸建てを購入しました。住んでみると、隣の家の小窓から、こちらを覗いているように感じます。料理の匂いが漂ってきたり、水を流す音や声が聞こえてきたりします。雨が降ると隣の屋根からこちら側に雨水が垂れてきたりもします。隣家の住人に対して何らかの対策をとってくれるように伝えましたが、「法律違反ではない。」とのことで、聞き入れてもらえません。精神的苦痛で不眠症になってしまいました。どのような法的主張が可能ですか?
回答:
1.隣家の小窓から覗かれているように感じるという問題ですが、民法上、隣人が境界線から1メートル未満の距離において他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側(ベランダを含む)を設けている場合は、隣人に対して目隠し設置を請求することができます(民法235条1項)。
2.屋根から落ちる雨水については隣家の屋根に樋の設置を請求することができます(民法218条)。
3.以上の原因の他に料理の匂いや、生活の音により不眠症となり平穏に生活する権利侵害による精神的苦痛を理由に損害賠償請求(民法709条、701条)請求ができるかという点ですが、何らかの侵害行為が違法性を帯びるか問題であり、その基準は、日常生活における受忍限度(加害者側から言うと権利の濫用と評価されます。)を超えるかどうかで判断されます。具体的に言えば①被害の内容・程度②加害行為の態様③当事者間の交渉経過④規制基準との関係⑤地域性⑥先住性(土地利用の先後関係)⑦被害回避の可能性などを総合考慮して決せられます。客観的な数値を求めるために環境計量士に依頼することもできます。その他、証拠として日常生活を記載した日記、写真等も必要でしょう。
4.受忍限度論に関する関連事例集参照。
解説:
1.御相談の論点
ご相談の件は、民法上の「相隣関係」と「受忍限度論」の問題です。以下、順番にご説明していきたいと思います。
2.相隣関係
一般に居住のために建物を所有する人は、その所有権(憲法29条、民法206条)、人格権(憲法13条、人格権について事例集732番参照。)の一内容として、健康で快適な生活環境を確保し、平穏に居住する権利を有しているといえます。一戸建てを購入したのですから、あなたはその権利を行使できますが、当然、あなたの隣人もその権利を行使できます。すなわち、互いに認められる平穏、快適に生活する適法な権利の衝突、調整が社会生活に必然的に生じることになり個人の社会生活に内在する法的問題です。特に、個人の権利、利益が社会生活の発達により複雑化、多様化しており、財産権、その他の利益権、人格権の調整が必要となりその対応も詳細な検討が必要です。一般に生活妨害の問題ともいわれています。まず、このような隣人同士の権利関係を調製する規定が、民法の、「相隣関係」の規定です。条文でいうと、民法第209条から238条です(本稿の最後に引用しますので御参照下さい)。現行民法は明治時代に制定されたものですが、当時から「ご近所トラブル」はあったのでしょうから、様々な規定が設けられています。
3.民法236条
まず、隣家の小窓から覗かれているように感じる、とのことですが、民法上、境界線から1メートル未満の距離において他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側(ベランダを含む)を設ける場合は、目隠しを付けなければならないとされています(民法235条1項)。したがって、隣家との距離が1メートル未満であれば、隣家に対して、浴室が見えないよう目隠しの設置を請求することができます。また、この民法上の規定のみならず、プライバシーの侵害(憲法13条後段参照)を法的根拠として目隠しの設置を求めるとの請求方法も考えられます。ただし、プライバシーが侵害されない程度に目隠しを要求できるのであって、境界線から1メートル未満にあるすべての窓について目隠し設置を要求することまではできません。なお、目隠しにかかる工事費用は隣家が負担することになります。ただし、民法236条では、上記で説明した同法235条と異なる慣習がある場合には、慣習が優先する旨認めています。例えば、市街地のビルが密集している地域においては、商業その他営業活動が優先され、必ずしも居住のプライバシーの点からの目隠しは重要視されないという慣習があるでしょう。当該地域においては、このような慣習が民法の規定に優先するため、目隠し設置を必ずしも要求できるわけではないということになってしまいます。
4.民法218条
屋根から落ちる雨水についてはどうでしょうか。民法218条には、土地の所有者は、雨水が直接隣の土地へ注ぎ込むような屋根やその他の設備を設けることができない、と規定されています。したがって、隣家の屋根に樋などが付けられていない場合には、設置を求めることができます。費用は隣家が負担します。しかし、樋などが設置されていて、なお大雨の時に雨水が隣家の屋根から落ちてくる場合は、後述の受任限度の問題となります。判例では、「仮に雨水が越境するとしても、相当量の降水が集中的にあった場合に限られるものと推認され、これに反する客観的な証拠はない。以上のような、現在における雨水の流入状況に関して証拠上認定できる事実に加え、被告側において雨水の越境を防止するために措置を講じたことも考慮すれば、本件屋根部分から社会生活上受任すべき限度を超えて雨水が越境し、原告土地の所有権が侵害されたとの事実を認めることはできない。」(東京地裁平成4年1月28日判決)とし、隣家の措置や、越境する頻度、客観的証拠などを併せて判断することになります。
5.不法行為成立要件としての違法性
さらに、あなたが隣家のために精神的苦痛を受けたことによる損害賠償請求をするには、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求もしくは所有権、人格権侵害等に基づく加害行為差し止め請求の形で提訴することになりますが、これらが訴訟で容認されるには、不法行為の成立要件である「加害行為が違法」であることの主張・立証が必要です。単に加害行為があっただけでは足りず、その加害行為が違法であることまで立証することが必要になるのです。そこで、加害行為のうちどのような行為が違法行為に当たるのか、その要件を検討する必要があります。
6.違法性の問題点
他人の権利、利益を侵害しているのにどうしてことさら「違法性」が問題になるかというと、前述のように被害者である貴方の方から見れば、日常の快適な生活を事実上侵害されている状況はあるのですが、他方侵害者からみると、自らの土地に家を自由に建てる権利、自由に生活をする権利がある以上、音を出し、何らかの臭気を発するのは社会生活に伴う権利行使、適法行為という側面があり簡単に違法性の認定ができないからです。すなわちこの生活妨害行為(英米法ではプライベートニューサンスといわれます。これが煤煙、汚水等公共の問題になるとパブリックニューサンスといわれます。)という問題は互いに適正な権利行使はどこまで認められるかという特殊な問題です。従って、社会生活上の適正な権利行使同士の問題ですから、不法行為の要件である相手方の「過失」は不要と解釈されており、一般的法、社会規範秩序に違反するかという違法性の問題として議論されています。
7.違法性の基本的内容、権利侵害と利益侵害、浪曲師雲右衛門事件
次に、違法性は当初他人の権利を侵害したという客観的事実(不法行為の客観的要件。これに対応して故意過失は主観的要件といいます。これに対して現在、違法性と過失を一体として考える新過失論が唱えられています。)を理由にしていました。典型的判例が、雲右衛門事件です(大審院大正3年7月4日判決、著作権法違反刑事事件に付帯する損害賠償請求事件)。浪曲師桃中軒雲右衛門入道のレコードを勝手に複製して発売しても、浪曲は音楽著作権と違い、楽譜に記載されたように常に一定の旋律がなくその場その場で観客等に合わせ瞬間創作するもので音楽としては質が低いもので著作権の対象にならないので、権利侵害、違法性はなく不法行為は成立しないという判決です(後記参照)。しかし、個人の尊厳の実質的保障、公正な社会秩序の維持という法の理想を実現するには、権利だけでなく、あらゆる利益を保護の対象としなければならず、批判を受けてこの判例は大審院大正14年11月28日、大学湯事件判決で変更されました。京都大学の近くで建物を借りて大学湯を経営していたものが、賃貸借終了後大家さんが、第三者に建物を賃貸し、勝手に「大学湯」という名前で営業を許可(老舗、暖簾の売却)したことが権利侵害、不法行為に当たるということで損害賠償請求を提起した事件です(後記参照)。第一審は、「大学湯」という老舗、暖簾は、権利とは言えないとして、違法性を否定しましたが、大審院は老舗、暖簾は明確な権利でないが、利益の一つであり保護の対象として違法性を認めました。その後、平成16年の民法改正で、709条を、「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は」と改正し「利益」という文言を追加変更しています。
8.違法性の具体的内容、受忍限度論
以上から、違法性の有無の判断は、被侵害利益と侵害利益(他人の権利を侵害して得られる利益)の相関関係から総合的に判断されることになりますが、裁判において一般的に用いられる基準が受忍限度論です。つまり、既に発生しまたは将来発生する蓋然性のある被害が受忍限度を超えていると認められる場合に、初めて加害行為に違法性があるとして、加害者は損害賠償の支払や差し止めを命じられるのです。受忍限度の判断は加害者、被害者のきめ細かな利益考量が必要であり、おもに、①被害の内容・程度②加害行為の態様③当事者間の交渉経過④規制基準との関係⑤地域性⑥先住性(土地利用の先後関係)⑦被害回避の可能性などを総合考慮して決せられます。判例を引用します。昭和56年12月16日最高裁判決「行為が損害賠償責任の要件としての違法性を帯びるかどうかは、これによって被るとされる被害が社会生活を営む上において受忍すべきものと考えられる程度、すなわちいわゆる受忍限度を超えるものかどうかによって決せられるべく、これを決するについては、侵害行為の態様と程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の公共性の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容と程度についての全体的な総合考察を必要とするものである」
9.匂い、生活音等生活妨害と受忍限度論
料理の匂いや、生活の音についても、受忍限度を超える程度であることを客観的に証明する必要があります。「入浴、洗面、便所の使用、会話、炊事、洗濯など、常識的な日常生活に伴って必然的に発生する種類の音」などの生活騒音は、「基本的には社会生活上のエチケットの問題であり、音量や頻度が常識を欠いて甚だしい程度に達するなど、特別の事情のない限り、社会生活上近隣居住者が相互に受忍し合うべき」です。隣家から漂う臭気は、確かに気持ちのいいものではありませんが、それが、なんとなく臭う程度の臭気であったり、高温多湿の時期に限って臭うものである場合には、受忍限度を超えた臭気であるとは認められないでしょう(東京地裁平成4年1月28日判決)。
10.環境計測士
隣家を訴えるには、まずあなたが迷惑であると感じている原因について客観的に受忍限度を超えていると証明できるものが必要です。国家資格である環境計量士に測定を依頼すると証拠の一つになります。参考URL(社団法人日本環境測定分析協会)http://www.jemca.or.jp/info/。
11.最後に
隣家に損害賠償の支払や差し止め請求が認められるためには、初めにご説明したとおり測定数値だけでなく、その他様々な要件を総合的に判断されますので、自分で交渉、判断ができない場合は、測定数値その他の証拠をもとに一度弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
以上