新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.917、2009/9/18 15:07 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・相続人・消費者金融の債務と相続放棄・生命保険金と遺産の関係】

質問:私には,兄と姉が一人ずついます(両親はすでに他界しています)。姉とはずいぶん連絡を取っていなかったのですが,先日,姉が不慮の事故で亡くなってしまいました。姉は独身で,子供もいなかったと聞いています。兄は,伯父夫婦の養子になっています。姉には,消費者金融への借金,国民健康保険料等の滞納金があったようです。また,両親は,姉には内緒にしていたようですが,姉名義の定期預金を作っていたようですし,兄においても,兄を受取人,妹を被保険者とした生命保険をかけていたようです。このような状況では,相続の手続をどのようにしたらよいでしょうか。

回答
1.お姉さんの遺産である財産,負債を調査して相続の開始を知ってから3か月以内に相続放棄をするかどうか決めてください。財産の内容が不明な場合は相続放棄の期間を伸長する手続きが必要です(民法915条)。
2.お兄さんが受け取る生命保険は遺産に入りません。遺産と生命保険金については事例集578番を参考にしてください。判例は,最高裁昭和40年2月2日判決です。
3.本件で相続放棄期間の3か月を経過していても,お姉さんの遺産を相続する可能性が全くないと信じた特別の事情があれば,相続の開始を知った後3か月を経過していても例外的に相続放棄ができる場合がありますので安易に消費者金融に弁済することは控えましょう。最高裁昭和59年4月27日判決と東京高裁判例(東京高等裁判所平成12年12月7日決定)があります。事例集820番を参照してください。

解説:
(相続が発生した場合の考え方。)我が国は私有財産制(憲法29条)を採用しているので,その理論的帰結として相続すなわち遺産の処分は亡くなられた被相続人の最終意思に従い行われます。これを遺言優先の原則といいます(民法902条1項)。しかし,肝心の被相続人はすでにこの世にはいませんから,最終意思確認のため遺言は厳格な要件が定められています。遺言がなければ,被相続人の最終意思を推測考慮して法定相続になりますが(民法887条以下。相続欠格・廃除もその現れです。同法891条,892条),遺言のような明確な被相続人の意思が残されていませんし,遺産は家族の長期間にわたる貢献なくしては形成されませんから,それに依存してきた遺族の生活保障,期待権も公平上無視できません。従って遺産の分割は,不明確な被相続人の意思を考慮し,残された家族内の実質的平等を図るため,民事訴訟手続きによる,権利の勝ち負けではなく遺産分割という家庭裁判所の家事審判という非訟手続(当事者の主張の他裁判所の後見的機能を認める。当事者主義の制限です。)で行われます(家事審判法7条,9条1項乙類10号)。遺留分制度もその現れです(民法1028条以下。但し,財産上の問題であり家事審判手続きではありません。)。それだけではありません。遺産は多ければ多いほど,相続債権者の事実上担保になっているので取引の安全保持のため相続人と相続債権者の利益調整が不可欠です。相続放棄の期間制限,延長(同915条),限定承認(民法922条以下)の厳格複雑性の理由はここにあります。従って,以上の互いの対立する利益を考慮調整して相続の規定を解釈し,遺産分割を遂行する必要があります。尚,遺産分割の手続きは,法の支配と民事訴訟実務入門各論7,「遺産分割を自分でする。」書式集ダウンロードを参考にしてください。家事審判手続きの性質については,790番676番参照。

1.まず,遺言書の有無を確認する必要があります。遺言書は,相続財産の処分について遺言者の意思を表したものであり,日本の民法は,遺言者の最終意思を尊重するという立場を採っています(民法902条1項)。そのため,遺言書の有無を確認する必要があるということになります。お姉さんがお住まいになっていたマンション等を確認してみるとよいでしょう。遺言書は遺贈を受ける人に預託されていることもありますので,遺贈を受ける可能性がある人が居れば,その人に問い合わせてみるのも良いでしょう。公正証書遺言については,最寄の公証役場に遺言書の存否を問い合わせて下さい,必要書類は,お姉さんの除斥謄本(亡くなったことを証明)と相続権があることを証明するあなたの戸籍謄本です。代理人に依頼する場合は委任状と印鑑証明書が必要です。全国の公証役場がオンラインで繋がっていますので,公正証書遺言が存在するかどうか,瞬時に検索することができます。存在する場合は「公正証書遺言の謄本請求」の手続を行って下さい。

2.次に,相続人の範囲を確定する必要があります。民法890条前段によれば,被相続人の配偶者は常に相続人となるとされています。配偶者のほかには,被相続人の@子(民法887条1項),A直系尊属(民法889条1項1号),B兄弟姉妹(同項2号)の順番で相続人となります。これらの相続人は配偶者と同順位の相続人となります(民法890条後段)。お姉様は独身でお子様もいらっしゃらなかったということですが,お姉様が生まれてから亡くなるまでの戸籍謄本を取り寄せるなどして,確認する必要があります。確認した結果,お姉様に結婚歴はなく(配偶者なし),お子様もいらっしゃらない(上記@なし)ということであれば,次の順位の相続人としては,お姉様の直系尊属が考えられます。御両親もすでに他界していらっしゃるということであれば,お姉様の父方及び母方の祖父母まで遡って,生存していらっしゃるかどうかを確認する必要があります。確認の方法は,戸籍謄本(亡くなっていると除籍謄本)によって行う必要があります。祖父母もすでに他界していらっしゃるのであれば(上記Aなし),養子になっているお兄様とあなたが相続人(上記B)となります。養子縁組をしている場合でも,実の親子関係,兄弟関係は消滅するわけではないからです。なお,遺言書がない場合には,あなたとお兄様の相続分は,法定相続分に従って,2分の1ずつとなります(民法900条4号)。

3.その上で,相続財産の範囲を確認することになります。以下は,あなたとお兄様が相続人であり,遺言書もなかったという前提でご説明します。相続の手続には3つあります。1つ目は,単純承認(民法920条)です。この手続は,被相続人の残したものは,マイナスのものも含めてすべてそのまま相続するという手続です。特別な手続は必要ありません。2つ目は,限定承認(民法922条)です。この手続は,相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済するべきことを留保して,相続の承認をするという手続です。限定承認をする場合には,一定の手続を経なければならないことが民法924条以下で定められています。3つ目は,放棄(民法938条)です。この手続は,放棄することによって放棄した者は初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法939条)ので,被相続人の残したものは,すべて相続しないことになるという手続です。家庭裁判所で放棄する旨の申述をする必要があります。

4.それでは,本件について,どの手続をとればよいのか,その考え方を御説明します。お姉様が残したものは,大きく分けて,3つあるといえるでしょう。1つは,消費者金融への借金や滞納税などのマイナスの財産,もう1つは,お姉様名義の定期預金などのプラスの財産,最後に生命保険金です。まず注意しなければならないのは,生命保険金(受取人が亡くなった人,被相続人でない場合。すなわち本件ではお姉さん以外の人が受取人であれば誰が契約しても遺産には含まれません。)は,相続の対象となる財産には含まれないということです。したがって,生命保険金は,受取人であるお兄様が取得することになり,あなたが相続人として取得することはありません。

最高裁昭和40年2月2日判決。内容,「所論は,養老保険契約において保険金受取人を保険期間満了の場合は被保険者,被保険者死亡の場合は相続人と指定したときは,保険契約者は被保険者死亡の場合保険金請求権を遺産として相続の対象とする旨の意思表示をなしたものであり,商法六七五条一項但書の「別段ノ意思ヲ表示シタ」場合にあたると解すべきであり,原判決引用の昭和一三年一二月一四日の大審院判例の見解は改められるべきものであつて,原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があると主張するものであるけれども,本件養老保険契約において保険金受取人を単に「被保険者またはその死亡の場合はその相続人」と約定し,被保険者死亡の場合の受取人を特定人の氏名を挙げることなく抽象的に指定している場合でも,保険契約者の意思を合理的に推測して,保険事故発生の時において被指定者を特定し得る以上,右の如き指定も有効であり,特段の事情のないかぎり,右指定は,被保険者死亡の時における,すなわち保険金請求権発生当時の相続人たるべき者個人を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であって,前記大審院判例の見解は,いまなお,改める要を見ない。そして右の如く保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には,右請求権は,保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり,被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない。然らば,他に特段の事情の認められない本件において,右と同様の見解の下に,本件保険金請求権が右相続人の固有財産に属し,その相続財産に属するものではない旨判示した原判決の判断は,正当としてこれを肯認し得る。原判決に所論の違法は存せず,所論は,ひっきよう,独自の見解に立って原判決を非難するものであつて,採るを得ない。」

保険契約者の意思解釈として妥当な判決です。保険契約者が,被保険者(被相続人)であり保険料を支払ったのに遺産に算入しないのは公平上不都合で有るという点は,特別受益(民法903条)の判断で調整すべきです。次に,消費者金融への借金がどの程度あるのかということです。これについては,取引開始時期,取引経過,取引内容によって,現在あなたが認識しているよりも借金の額が減る可能性があります。概ね,7年以上前からの取引で,利息が利息制限法所定の利率を超えるものについては,利息制限法所定の利息に従って引直した場合,借金の総額が減る,あるいは,過払いが生じている可能性もあります。

5.以上に基づいて考えますと,以下のような対応をするとよいでしょう。借金の額が,お姉様名義の定期預金を解約して払い戻した場合の金額よりも多い場合には,相続放棄をするとよいでしょう。逆に,借金の額が,それよりも少ない場合には,承認してしまい,あなたのほうで財産を取得するとよいでしょう。本件では,消費者金融への借金がどの程度あるのかということが,とるべき方法を判断するにあたっての重要事項ですので,業者からの支払請求書等の資料を持参の上,一度,弁護士に相談するとよいでしょう。なお,相続放棄の手続きは,相続の開始を知ってから3カ月以内に家庭裁判所に申し立てて行う必要があります。期限が迫っている場合は期限の延長という手続きもあります(民915条)また,限定承認という手続きもあり,相続財産や負債が多い場合は限定承認をする必要も出てきます。

6.尚,相続の開始があったことを知った時から三箇月を経過していても,貴方が遺産を相続する可能性が全くないと信じる特別な理由がある場合は,相続放棄ができる場合がありますので安易に単純承認を認めて消費者金融に弁済はできません。注意してください。事例集820番参照。

≪参考条文≫

民法902条1項 被相続人は,前2条の規定にかかわらず,遺言で,共同相続人の相続分を定め,又はこれを定めることを第三者に委託することができる。ただし,被相続人又は第三者は,遺留分に関する規定に違反することはできない。
(特別受益者の相続分)
第903条  共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2  遺贈又は贈与の価額が,相続分の価額に等しく,又はこれを超えるときは,受遺者又は受贈者は,その相続分を受けることができない。
3  被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは,その意思表示は,遺留分に関する規定に違反しない範囲内で,その効力を有する。
民法890条 被相続人の配偶者は,常に相続人とまる。この場合において,第887条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは,その者と同順位とする。
民法887条1項 被相続人の子は,相続人となる。
民法889条1項 次に掲げる者は,第887条の規定により相続人となるべき者がいない場合には,次に掲げる順序の順位に従って相続人となる。
一 被相続人の直系尊属。ただし,親等の異なる者の間では,その近い者を先にする。 二 被相続人の兄弟姉妹
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第915条  相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は,相続の承認又は放棄をする前に,相続財産の調査をすることができる。 民法920条 相続人は,単純承認をしたときは,無限に被相続人の権利義務を承継する。
民法922条 相続人は,相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して,相続の承認をすることができる。
(法定単純承認)
第921条  次に掲げる場合には,相続人は,単純承認をしたものとみなす。
一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし,保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは,この限りでない。
二  相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三  相続人が,限定承認又は相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。
民法938条 相続の放棄をしようとする者は,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
民法939条 相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす。

家事審判法
第二章 審判
第七条  特別の定めがある場合を除いて,審判及び調停に関しては,その性質に反しない限り,非訟事件手続法 (明治三十一年法律第十四号)第一編 の規定を準用する。ただし,同法第十五条 の規定は,この限りでない。
第九条  家庭裁判所は,次に掲げる事項について審判を行う。
十 民法第九百七条第二項 及び第三項 の規定による遺産の分割に関する処分

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