新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.919、2009/9/30 14:36 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・愛人に対する遺贈と公序良俗違反】

質問:先日私の父親が亡くなりました。父の法定相続人は、母と私の二人です。父は遺言を作成しており、その内容は、今住んでいる不動産の所有権は、母と私に渡すが、遺産全体の4分の1に相当する預金を父の愛人である女性に遺贈すると書いてありました。その女性は、数年間父と同居をしていたいわゆる不倫関係にある人です。私と母は、このような遺言を認めたくありません。愛人に預金を遺贈する遺言は有効なのでしょうか?なお、父の法定相続人は、私と母だけです。

回答:
愛人に預金を遺贈するという遺言は公序良俗(民法90条)に反するものとして、無効となる可能性があります。地裁の判決ですが「不倫な関係に由来する情誼に基づきそれを維持継続することを前提としてなされる被告(愛人)への財産的利益の供与は、それが両当事者間の資力、利益供与者側の配偶者等法代理人たるべき者の立場等の諸般の事情に照らし、社会通念上相当なものとして許容されるという場合を除いて、公序良俗に反し無効であると言わねばならない。」としていますから、無効か否かは具体的に検討する必要があります。

解説:
1.(遺言、遺贈自由の原則と制限)民法上、遺言に関し、自分の財産の全部又は一部を自由に処分することができると規定されています(964条)。人は生きている間は自己の所有物を自由に処分できることから、それを死後にも延長させ、自由な遺産の処分を認める旨の趣旨です。しかし、まったく無制限に自由が認められているわけではありません。遺留分と公序良俗による制限があります。

2.(遺留分による制限)まず、遺言によっても法定相続人の遺留分を侵害することはできないとの制限があります。法定相続人の遺留分を侵害する遺言をした場合には、その侵害された法定相続人は遺留分減殺請求を主張することができ、遺言の効力が一部制限されることになります。遺留分は相続財産全体の一定割合のものについて、いわば法定相続人に相続権を保証するものであって、遺言者によっても侵害することは許されないとされています。ただ、本件では相談者と母の遺留分は侵害されていませんので、遺留分侵害の主張はできません。なぜならば、配偶者及び子供の遺留分は、法定相続分の2分の1であることから(1028条)、遺留分により保証されている範囲は、遺産全体の2分の1までであります。本件で愛人に遺贈された預金は遺産全体の4分の1ですから、法定相続人には遺産全体の2分の1以上の不動産等の財産を遺贈するとされていますので、相談者及び母の遺留分は侵害していません。

3.(民法90条、公序良俗違反の問題点)次に、本件遺言が公序良俗に違反し無効とならないか問題となります。民法90条は、社会生活の平穏を守るため、「公の秩序に違反し、善良な風俗を害する行為は無効とする」と規定しています。自分の財産は自由に処分できるのが原則ですが、しかし、公序良俗に違反する行為は認められていません。このことは死後の処分行為である遺言であっても当然妥当します。お父様が指定した遺贈の相手方は、遺言者の愛人、不倫相手となります。お父様には法律上の配偶者がおり、法律上の夫婦関係が存続している以上、この愛人との関係はいわゆる重婚的内縁関係に該当します。法律上の夫婦間には、同居義務、扶助義務、互いに貞操を守る義務があり、また、重婚は禁止されています(752条、732条)。したがって、このような不倫関係は法律的に許されないものといえます。このようなことから、遺言者の不倫相手に対する遺贈が公序良俗に違反し無効にならないか問題となります。

理論的な問題として、遺贈は遺言によって遺産を第三者に贈与することであり、遺言(他に寄付行為)の法的性格は、契約とは異なり行為者(遺言者)の単独の一方的な意思表示により法的効果を生じさせる単独行為です。しかも、同じ単独行為である取消、解除のように意思表示が相手方に到達しなくても(遺言者の死亡だけで)法的効果が生じるので相手方のいない単独行為といわれています。もともと自分所有の財産を勝手に処分する意思表示をすること自体他人に影響はないのですから本来有効性を論ずるのはおかしいように思います。又、遺留分制度により法定相続人の権利も最低限保証されているのであり、遺言者の最終意思は尊重されるべきで有効、無効は問題にならないのではないかという疑問があります。しかし、法の理想は公正な公の社会秩序の維持建設にあり、信義則、権利濫用の禁止、公序良俗違反は法律行為自由の原則に内在する前提原理(民法1条)であり相手方のいない単独行為といえどもその制約に服することになります。又、遺留分制度は、法定相続人の最低限の期待権、生活権を保障するものですが、公序良俗違反行為を是認するものではないからです。但し、90条違反は、基本原則である私的自治の原則を抽象的に制限するものであり判断基準を具体的に明らかにする必要があります。

4.(判例の判断基準)この点、過去の判例は、@不倫関係がある程度長期間継続した後に遺言がなされたか否か、A配偶者との婚姻関係の実態が破たんしているか否か、などの夫婦関係及び不倫関係の実態を考慮した上で、当該遺言がどのような状況でなされたかを実質的に考慮しています。さらに、B遺言の目的が、不倫相手との関係の維持存続を目的としているか、C当該遺言によって法定相続人の生活を脅かすことにならないかを総合的に判断して、公序良俗に違反するか判断しています。具体的な事例では、以上のような要素をもとに、総合的に検討することになります。

5.(90条違反を認めた具体的判例)公序良俗違反を認めた判例として、不倫関係が10年あまり、1年のうち4分の1の期間を同棲していて、遺贈の目的が不倫関係の維持継続にあり、遺贈される財産が遺産全体の10分の3にあたり、法定相続人の生活に多大な影響があるとされた事例において、「不倫な関係に由来する情誼に基づきそれを維持継続することを前提としてなされるYへの財産的利益の供与は、それが両当事者間の資力、利益供与者側の配偶者等法定代理人たるべき者の立場等の諸般の事情に照らし、社会通念上相当なものとして許容されるという場合を除いて、公序良俗に反し無効であると言わねばならない」と判示しています(福岡地裁小倉支部判昭56・4・23判タ464−164)。

また、配偶者が不倫に気づかず、普通の夫婦関係を継続し、その間11年間の不倫関係を続けていた事案において、「Aは不倫な関係の継続を強く望んでいたが、Yはむしろそのことに躊躇を感じていた時期に符合すること、当時50歳の初老を向かえていたAが16歳年下のYとの関係を継続するためには、財産的利益の供与等により相手方の歓心を買う必要があったものと認められること、本件遺言後両者の関係は親密度を増したことなどの諸事情を考えあわせれば、Aは、Yとの情交関係の維持、継続をはかるために本件遺贈をしたものと認めるのが相当である。そして、本件遺贈は、Xが居住する居宅である建物およびその敷地を含む全財産を対象とするものであり、それは長年連れ添い遺言者の財産形成にも相当寄与し、しかも経済的には全面的に夫に依存する妻の立場を全く無視するものであるし、また、その生活の基盤をも脅かすものであって、不倫な関係にある者に対する財産的利益の供与としては、社会通念上著しく相当性を欠くものと言わざるを得ない。したがって、本件遺贈は、公序良俗に反し、無効というべきである」と判示しました(東京地判昭58・7・20判時1101−95)。これらの判例は、不倫関係の期間が長期に及び、夫婦関係が破たんしていない事例において、遺言者が不倫関係の維持継続を目的としていること、法定相続人の生活が脅かされることを考慮して、公序良俗違反を認定し、遺言を無効と判断しています。

6.(遺贈を有効とした判例)反対に、公序良俗に違反しないとした判例とし、以下のような事例があげられます。すなわち、配偶者と別居した後に不倫関係になった女性に対する遺言の事例において、「遺言の作成前後において、両者の親密度が特段増減した事情もない、本件遺言の内容は、XおよびAとXとの間の子とYに3分の1づつを遺贈するものであり、当時の民法上の妻の法定相続分は3分の1であり、子が既に嫁いで高校の講師等をしているなどの事実関係のもとにおいては、本件遺言は不倫な関係の維持継続を目的とするものではなく、もっぱら生計を亡きAに頼っていたYの生活を保全するためにされたものというべきであり、また、右遺言の内容が相続人らの生活の基盤を脅かすものとはいえないとして、本件遺言が民法90条に違反し、無効であると解することはできない」と判示しています(最判昭61・11・20民集40−7−1167)。

また、「昭和50年7月にAとY1が別居してその婚姻関係が事実上破綻した後の昭和53年3月末頃にAがXとの同棲に至り、本件遺贈をした昭和63年3月の時点で共同生活が10年間継続していたことから、AとXの関係は妾関係とは区別されること、本件遺贈は、入院治療を受ける状態となったAがXの将来の生活の場所を保全するために、Xと同棲後購入し同居してきた甲不動産をXに与える趣旨でしたものであって、乙不動産は評価が40万円にすぎないこと、Xは甲不動産の購入の際にその代金の一部を負担していること、Y1は相当な生前贈与を受け、Y2ないしY4も成人して独立していることから本件遺贈によってもY1ないしY4らの生活基盤を脅かすものではないこと、約14年間の別居期間中にAとY1との肉体関係を認めるに足りる証拠はなく、また、Y1には第三者に融資するほどの資金的な余裕があり、Y2及びY3には遺留分減殺請求が認められる等の事情の下では、本件遺贈によって直ちにY1ないしY3の生活基盤が脅かされるとは認め難い等として、本件遺贈自体が公序良俗に違反して無効となることはない」と判示したものもあります(仙台高判平4・9・11判タ813−257)。これらの判例は、夫婦関係が破綻ないしそれに近い状態にある事例において、法定相続人の生活基盤が脅かされず、遺言が不倫関係をことさら継続させる要素ではないことを考慮して、遺言を有効と判断したものである。

7.(判例検討のまとめ)以上のことから、具体的な事例において、夫婦関係及び不倫関係の実態、期間、両者の関係などを踏まえて、本件遺言の目的、法定相続人の生活への影響などを総合的に検討して不倫相手への遺言の有効性を判断することになります。

8.(本件の検討)ご質問の事例を検討いたしますと、不倫関係が長期に及んでいるか、お父様とお母様の夫婦関係が破綻していたかを検討する必要があります。そして、お父様がどのような目的で不倫相手に遺言を残したのかを調べる必要があります。また、本件預金の遺言によってあなたたちの生活がどのような影響を受けるかを考える必要があります。お父様が不倫関係の維持継続を目的に遺言していて、あなた方の生活基盤に影響が出るような場合には、本件遺言は公序良俗に違反し無効となる可能性が高いです。他方、お父様とお母様の夫婦関係が事実上破綻しているよう場合には、本件遺言は公序良俗に違反せず、有効と考えられます。

≪条文参照≫

民法
(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は、これを許さない。

(公序良俗)
第九十条  公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(重婚の禁止)
第七百三十二条  配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。
(包括遺贈及び特定遺贈)
第九百六十四条  遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし、遺留分に関する規定に違反することができない。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条  兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一  直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二  前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一

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