遺言執行者に指定された場合における包括的な委任の可否
家事|遺言執行|民法改正令和元年7月1日施行|民法1016条|遺言執行者の利益と他の相続人の利益衡量
目次
質問:
今年(2020年)の6月頃,父親が亡くなりました。父親は遺言書を残しており,そこには「預貯金については,妻Xに相続させる。また,不動産については,全て換価の上,妻X及び子供Yに2分の1ずつ相続させる。子供Yを遺言執行者に指定する。」と記されていました。しかし,私(子供Y)は,不動産に関して全く知識がないため,出来ることであれば,不動産の換価を含め,遺言執行の全てを弁護士にお任せしたいと思っています。
そもそも,遺言執行の全てを弁護士にお任せするということはできるのでしょうか。
回答:
1 旧法下では遺言執行の包括的な委任は認められていなかったのですが,今般の民法改正(令和元年7月1日施行)に伴い,遺言執行の包括的な委任が許容されるに至りました。かかる改正は,専門的知見を有する者に委ねた方が適切な遺言執行を実現することができる事案が存在すること等が考慮に入れられたものとなります。
2 したがいまして,令和2年6月頃にお父様が亡くなられた本件においては,不動産の換価を含め,遺言執行の全てを弁護士等の専門家に包括的に委任することが可能です。
3 なお、遺言執行者の就任を拒否することもできますが、別途遺言執行者の選任を家庭裁判所に申し立てることが必要になります。遺言執行についての責任を問われるのが心配という特別な事情がないのであれば、遺言に従い遺言執行者に就任して、弁護士を復代理人として選任するのが良いでしょう。
4 遺言執行に関する関連事例集参照。
解説:
1 新民法1016条の適用の有無について
今般,民法の内容が大幅に改正されましたので,そもそも新民法と旧民法のいずれが適用されるのかが問題となります。
この点,新民法1016条の規定は令和元年7月1日施行となっています。令和2年6月頃にお父様が亡くなられたということで,本件は令和元年7月1日以降に相続人が死亡したケースですので,旧民法1016条ではなく,新民法1016条が適用されることになります。
2 新民法1016条による改正点及び本件における処理について
⑴ 旧民法1016条においては,第1項で「遺言執行者は,やむを得ない事由がなければ,第三者にその任務を行わせることができない。ただし,遺言者がその遺言に反対の意思を表示したときは,この限りでない。」,第2項で「遺言執行者が前項ただし書の規定により第三者にその任務を行わせる場合には,相続人に対して,第105条に規定する責任を負う。」と規定されていました。そして,旧民法105条においては,第1項で「代理人は,前条の規定(注:旧民法104条(任意代理人による復代理人の選任に関する規定))により復代理人を選任したときは,その選任及び監督について,本人に対してその責任を負う。」,第2項で「代理人は,本人の指名に従って復代理人を選任したときは,前項の責任を負わない。ただし,その代理人が,復代理人が不適任又は不誠実であることを知りながら,その旨を本人に通知し又は復代理人を解任することを怠ったときは,この限りでない。」と規定されていました。
これらの規定は,遺言執行者は,相続人との契約の締結によってその地位に就任するものではないため,一種の法定代理人といえるものの,遺言者若しくは家庭裁判所がその能力や個性に着目して選任し,また,その職務内容も遺言によって(遺言者の意思によって)決定されるため,むしろ内実としては法定代理人というよりも任意代理人というべき側面が強いといえることから,任意代理人と同様に復任権を制限すべきである,との考慮に基づくものとなります。
したがって,旧法下では,遺言執行者は,やむを得ない事由があるとき,若しくは,遺言者が遺言において復任を許容したときでなければ,第三者に遺言執行の全てを包括的に委任することができませんでした。
なお,大審院昭和2年9月17日決定において「民法第千百十八条ニ遺言執行者ハ第三者ヲシテ其ノ任務ヲ行ハシムルヲ得ストアルハ第三者ヲシテ己ニ代リテ其ノ地位ニ就カシメ以テ遺言執行ノ事務ニ当ラシムルコト簡言スレハ遺言執行ノ権利義務ヲ挙ケテ他人ニ移スコトヲ禁シタルモノニ外ナラス万般ノ事皆自ラ手ヲ下シテ之ヲ理メサルヘカラストノ意味ニ非サルカ故ニ或特定ノ行為若クハ或範囲ノ行為ニ付第三者ニ代理権ヲ授与スルハ固ヨリ妨クルトコロニ非ス」と判旨されているとおり,「第三者にその任務を行わせる」(旧民法1016条1項)とは,第三者に遺言執行の全てを包括的に委任する場合を指すのであって,個々の執行行為を個別に委託したり,履行補助者を用いたりすることには,旧民法1016条1項による復任権の規制は及びません。そのため,旧法下でも,例えば,遺産に当たる土地上に建物が不法に存在した場合において,弁護士に建物収去土地明渡請求訴訟の提起を委任することは可能でした。
⑵ もっとも,本件のように,専門的知見を有する者に委ねた方が適切な遺言執行を実現することができる事案が存在し,また,法定代理人は,その職務の範囲が広範であることから,一般に,自身の責任において復代理人を選任することが許容されているところ,そもそも遺言執行者は一種の法定代理人といえる立場にありますし,遺言の内容によってはその職務の範囲が広範に及ぶことがあります。
そこで,今般の民法改正に伴い,新民法1016条においては,第1項で「遺言執行者は,自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。」,第2項で「前項本文の場合において,第三者に任務を行わせることについてやむを得ない事由があるときは,遺言執行者は,相続人に対してその選任及び監督についての責任のみを負う。」として,規定が改められました。
したがって,新法下では,遺言執行者は,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときでない限り,やむを得ない事由がなかったとしても,第三者に遺言執行の全てを包括的に委任することができます。
⑶ア 上述のとおり,新法下では,遺言執行者は,やむを得ない事由がなくても,第三者に遺言執行の全てを包括的に委任することができますが,「遺言者がその遺言に別段の意思を表示したとき」(新民法1016条1項ただし書)は,この限りではありません。すなわち,遺言者が遺言において第三者の復任の可否や条件について定めた場合には,それに従わなければなりません。
本件では,お父様の遺言書において,第三者の復任を禁ずるといった 記載はありませんので,「遺言者がその遺言に別段の意思を表示したとき」には当たらず,この点は問題になりません。
イ また,やむを得ない事由がある場合においては,遺言執行者は,相続人に対し,「その選任及び監督についての責任のみ」(新民法1016条2項)を負いますが,やむを得ない事由がない場合においては,遺言執行者は,あくまでも,「自己の責任」(新民法1016条1項本文)で,第三者に遺言執行の全てを包括的に委任することとなります。つまり,やむを得ない事由がない場合においては,委任した第三者に過失があれば,遺言執行者自身に過失がなくても,遺言執行者は責任を負わなくてはなりません。
本件では,「第三者に任務を行わせることについてやむを得ない事由がある」(新民法1016条2項)とはいえませんから,遺言執行の全てを弁護士等の専門家に包括的に委任する場合,相談者様自身に過失がなくても,その責任を負わなければならないこととなる可能性があります。そのため,相談者様は信頼することのできる弁護士等の専門家に委任する必要があるでしょう。
3 まとめ
以上のとおり,相談者様は,不動産の換価を含め,遺言執行の全てを弁護士等の専門家に包括的に委任することができます。
もっとも,相談者様は,委任した弁護士等の専門家に過失があれば,相談者様自身に過失がなくても,その責任を負わなければならないこととなりますので,委任しようと考えている弁護士が信頼に足る人物か慎重に判断してください。
以上