新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.923、2009/10/7 12:33 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働・労働契約・就職採用内定の法的性質と取消・取消理由・整理解雇の理論】

質問:先日,就職の内定をいただいていた会社から,経営悪化を理由に一方的に内定を取り消されました。すでに新卒者のエントリーを受け付けている会社はほとんどなく,他の会社への就職は厳しい状況です。会社に対して何か言うことはできないでしょうか。

回答:内定取消しは,客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる場合でなければ,違法な内定取消となります。経営悪化を理由とする内定取消しに,客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められるかの判断は難しいところですが,本件では代償措置もなく,また,説明や協議もないまま一方的に内定を取り消されていることを考えると,違法な内定取消しにあたる可能性が高い事案といえます。会社側の内定取消が違法なものであれば,内定取消の無効を主張していくことのほか,会社に対して働けなかった期間の賃金の支払を請求していくことが考えられます。

解説:
(労働法解釈の指針)
先ずいわゆる労働法解釈の基本的姿勢について説明致します。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば特に違法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者はその営利追求性から資本力,情報力,組織力,雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,唯一の資本である労働力を売って賃金をもらい生活する関係上,労働者は長期間にわたり拘束する契約でありながら常に対等な契約を締結できない危険性を有し,契約締結後もその危険性は常に存在します。しかし,そのような状態は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条,私的自治の原則に内在する信義誠実,権利濫用禁止の原則(民法1条)の趣旨に事実上反することになりますので,法の理想に従い民法の雇用契約等の特別規定である労働基本三法等(昭和21年から制定された労働基準法,労働組合法,労働関係調整法等)により契約締結時から,その後の継続期間中,及び終了時に至るまで労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定が置かれています。法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあったっては常に使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点が必要であり,使用者側の利益は元々営利を目的にする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)が中心であるのに対し,他方,労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですからおのずと立場の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されません。従って,労働法の解釈は,形式的文言にとらわれず常に個人(労働者)の尊厳保障という観点に立って使用者側,労働者側の詳細な利益考量が必要となります。公正な社会秩序の維持及び自由主義社会の永続的発展は利益が対立する労使の公平で対等な権利擁護,保障なくして達成することはできないからです。ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」,労働組合法第1条は「この法律は,労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること,労働者がその労働条件について交渉するために,」,さらに労働関係調整法1条は「この法律は,労働組合法 と相俟って,労働関係の公正な調整を図り,労働争議を予防し,又は解決して,産業の平和を維持し,もって経済の興隆に寄与することを目的とする。」と規定し,以上の趣旨を明らかにしています。

1.採用内定の法的性質
企業が大学の新卒者を採用する際に,早期に採用試験を実施して採用を内定する制度を採用内定といいます。正確に言えば,内定とは正式の手続きの前に内々に取り決めをする意味ですから理論上内定を正式な労働契約と断定することはできません。しかし,この法的性質は,労働法の理想に照らし日々の生活に追われる労働者の実質的権利保障の観点から解釈が求められます。採用内定の制度は,会社によってその実体が多様であるため,一義的に法的性質を決めることはできません。採用内定の法的性質をいかに解するかについては争いがありますが,後述のとおり,採用内定の法的性質として将来の日時を始期とした労働契約の成立(労働契約法6条)を認めている判例がありますが妥当な解釈と思います。労働契約の成立が認められれば,内定取消しは労働契約を解約する解雇(労働契約法16条,旧労働基準法18条の2)に当たり,解雇権濫用法理に服することとなります(解雇権濫用法理について事例集657番842番参照)。又,経営悪化による内定取消しについては,解雇権濫用法理の一類型である整理解雇法理が基本的には妥当します。

整理解雇については判例法により一定の制約が付されていますので,後に詳述します。大学新卒者の採用内定の取消しに関する判例(最高裁昭和54年7月20日第二小法廷判決,大日本印刷事件。学生の消極的性格を理由にする内定取消無効。最高裁判決昭和55年5月30日,電電公社近畿電通局事件。公安条例違反事件で起訴猶予を受けた学生の内定取消有効。後記参照)では,当該事案の事実関係を前提として,「採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮するとき,会社からの募集(申し込みの誘引)に対し,学生が応募したのは,労働契約の申込みであり,これに対する会社からの採用内定通知は,右申込みに対する承諾である」として,会社が採用内定通知を出した時点で会社と学生との間に解約権留保付き労働契約が成立することを認めています。私的自治の原則の実質的保障により,内定においても契約の一方当事者(労働者)からの申込みと,それに対する相手方(使用者)の承諾があったものとして契約は成立すると解釈することになります。上記判例は,学生の応募行為を申込み,会社の採用内定通知をこの申込みに対する承諾と解して,採用内定の段階で労働契約の締結を認めています。そして,採用内定という特殊性に鑑み,採用内定段階での労働契約については,通常の労働契約には付されていない解約権が付されていると判示しています。採用内定の法的性質を判断するにあたって重要な要素としては,@採用内定通知の文言,A採用手続,B従来の取扱,C当該企業の当該年度における採用内定の事実関係等があります。採用内定の法的性質は,これらの要素を総合判断したうえで,当事者(企業と新卒者)の意思を客観的・合理的に解釈して確定していくことになります。上記判例からは,総合判断に用いられる上記の諸要素のうち,Aの採用手続きにおいて,採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことが重視されていることが読み取れます。

2.内定取消しの適法性
適法性の判断も労働法解釈の理想に従い行われます。上記判例の内定取消しの適法性について判断した箇所を引用します。「採用内定の取消事由は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。」上記判示は,採用内定取消事由を,客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できるものに限定しています。これは,「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と規定した労働契約法16条と同趣旨のものであり,内定取消しの場合にも解雇権濫用法理が妥当することを示しています。採用内定には,内定の時から現実の就労開始に至るまでの間にある程度の期間があり,その期間に内定当時生じていなかった新たな事態が生じうるという特殊性があります。それ故,上記判例でも「解約権留保付き」労働契約と認定されている通り,採用内定段階では,就労開始後の解雇の場合には認められないような解約権の行使が認められる場合があります。採用内定の取消事由は,一般的な言い方をすれば「採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実」をいいます。当該事実に関する具体例としては,成績不良による卒業延期,健康状態の著しい悪化,虚偽の申告の判明,逮捕・起訴猶予処分を受けたことなどがあげられます。内定取消が適法といえるためには,上記の様な取消事由に該当する具体的事実があることを前提に,その事実を理由として内定を取り消すことに客観的合理的理由があり,社会通念上相当といえることが必要です。他方,労働者(学生)は,なるべく有利に働く権利を認めなくてはいけませんから雇用契約の一般原則に戻り2週間の予告期間を設ければ(民法627条)自由に解約できることになります。

3.整理解雇法理
内定取消し一般の解説は以上のとおりですが,本件は経営悪化を理由とした内定取消しと言う特殊性があります。使用者が経営不振などの経営上の理由により人員削減の手段として行う解雇のことを整理解雇といいます。経営不振などの経営上の理由は労働者側に帰責性はありません。それ故,整理解雇の場合には通常の解雇権濫用法理と比較して,判例法により労働法解釈の理念に基づきさらに一定の制約が課されています。整理解雇の場合,原則として下記の4つの要素(要件)を基準に解雇権濫用といえるのかを判断していくことになります。
1人員削減の必要性
2解雇回避努力
3解雇基準・選定の合理性
4労働者側との協議等

<1人員削減の必要性>
単に前年度より業績が悪化したのみで,人員削減の必要性がない場合には整理解雇をすることは許されません。人員削減の必要性が生じる程度の業績悪化や経営不振に陥ることが必要です。整理解雇が認められるための人員削減の必要性の程度には争いがありますが,裁判例では,人員削減をしなければ倒産が必至であるという状況までは要求せず,高度の経営上の困難が存在すれば必要性を認めるものが多いです。必要性を判断するための基礎事実としては,収支や借入金の状態,資産状況のほか,人件費や役員報酬の動向,業務量,株式配当等があげられます。人員削減と矛盾するような行動(新規採用や臨時工の雇入れ等)が整理解雇と同じ時期にとられていたような場合には,人員削減の必要性はないと考えられます。本件のような新規採用者の内定取消しは,既に働いている正規従業員の解雇と比較した場合,必要性は認められやすい傾向にあるといえます。

<2解雇回避努力> 
労働者に帰責性のない整理解雇が適法といえるためには,使用者が解雇回避のための努力義務を尽くしたことが必要です。解雇回避努力の具体例としては,経費削減,労働時間の削減や賃金カット,配点・出向,新規採用の停止,非正規従業員の雇止め,希望退職者の募集などが考えられます。左記の具体例のうちでも,希望退職者を募集せずにいきなり指名解雇した場合には,解雇回避努力義務を尽くしていないと判断される傾向があります。解雇は労働者の生活の維持に重大な支障を来たし,再就職にも相当な困難を伴うため,同一企業や関連企業における雇用の維持が困難な場合には,解雇回避措置にとどまらず使用者側に代償措置が要請されます。すなわち,再就職先の確保や退職金の上乗せなど,労働者の失業回避や生活保障のための努力を尽くすことが,使用者に求められます。本件では,内定先の企業は,一方的に内定を取り消し,何らの代償措置を講じていないようですので解雇回避努力義務を尽くしたとは判断されない可能性が高いです。

<3 解雇基準・選定の合理性>
適法な整理解雇といえるためには,対象となる者を選定するための合理的な基準が存在し,かつ,その基準が適正に適用されていることが必要です。合理的な基準の例としては,過去の懲戒処分歴,欠勤・遅刻日数など会社に対する貢献度に基づくもののほか,正社員か臨時工かといった企業との結びつきの強さに基づくもの,扶養家族があるか,ほかに生計の途があるかどうかなどといった,解雇による生活への打撃の程度を考慮した基準があげられます。本件の内定先の企業が,採用内定者全員について一律に内定取消をするという扱いをしたのであれば,会社にする貢献度・結びつきの強さといった観点からは,不合理な基準とまではいえず,解雇基準・選定の合理性を争うのは困難といえるでしょう。

<4 労働者側との協議等>
労働協約に解雇協議条項がある場合はもちろんですが,そうした条項がない場合でも,使用者は信義側上,労働組合や労働者に対して,整理解雇の必要性,その時期・規模・整理基準・具体的人選などの実施方法について説明を行い,その理解を得るために誠意をもって協議しなければならないと解されています。本件では,内定先の企業からは一方的に内定取消を通告されたのみで,何らの説明や協議もなされていないので,内定先の対応は不十分だといえます。

4.本件の内定取消しの適法性
以上のとおり,本件の内定取消しは,整理解雇の4要素のうち,少なくともA,とCの要素について不備があることから,客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる場合にはあたらず,違法な内定取消しとして無効となる可能性が高いといえます。

≪条文参照≫

労働組合法
(目的)
第一条  この法律は,労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること,労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し,団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。
2  刑法 (明治四十年法律第四十五号)第三十五条 の規定は,労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し,いかなる場合においても,暴力の行使は,労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。

労働契約法
第6条 (労働契約の成立)
労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する。
第16条(解雇)
解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。

≪判例参照≫

(最高裁判例)
昭和54年7月20日最高裁第二小法廷判決。大日本印刷採用内定取消による雇用関係確認,賃金支払請求事件。学生側の請求は認められています。「上告代理人の上告理由一について,企業が大学の新規卒業者を採用するについて,早期に採用試験を実施して採用を内定する,いわゆる採用内定の制度は,従来わが国において広く行われているところであるが,その実態は多様であるため,採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難というべきである。したがつて,具体的事案につき,採用内定の法的性質を判断するにあたつては,当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある。そこで,本件についてみると,原審の適法に確定した事実関係は,おおむね次のとおりである。すなわち,上告人は,綜合印刷を業とする株式会社であるが,昭和四三年六月頃,滋賀大学に対し,翌昭和四四年三月卒業予定者で上告人に入社を希望する者の推せんを依頼し,募集要領,会社の概要,入社後の労働条件を紹介する文書を送付して,右卒業予定者に対して求人の募集をした。被上告人は,昭和四〇年四月滋賀大学経済学部に入学し,昭和四四年三月卒業予定の学生であつたが,大学の推せんを得て上告人の右求人募集に応じ,昭和四三年七月二日に筆記試験及び適格検査を受け,同日身上調書を提出した。被上告人は,右試験に合格し,上告人の指示により同月五日に面接試験及び身体検査を受け,その結果,同月一三日に上告人から文書で採用内定の通知を受けた。右採用内定通知書には,誓約書(以下「本件誓約書」という。)用紙が同封されていたので,被上告人は,右用紙に所要事項を記入し,上告人が指定した同月一八日までに上告人に送付した。本件誓約書の内容は,「この度御選考の結果,採用内定の御通知を受けましたことについては左記事項を確認の上誓約いたします
     記
一,本年三月学校卒業の上は間違いなく入社致し自己の都合による取消しはいたしません二,左の場合は採用内定を取消されても何等異存ありません
〔1〕 履歴書身上書等提出書類の記載事項に事実と相違した点があつたとき
〔2〕 過去に於て共産主義運動及び之に類する運動をし,又は関係した事実が判明したとき
〔3〕 本年三月学校を卒業出来なかつたとき
〔4〕 入社迄に健康状態が選考日より低下し勤務に堪えないと貴社において認められたとき
〔5〕 その他の事由によつて入社後の勤務に不適当と認められたとき」
というものであつた。ところで,滋賀大学では,就職について大学が推せんをするときは,二つの企業に制限し,かつ,そのうちいずれか一方に採用が内定したとき,直ちに未内定の他方の企業に対する推せんを取消し,学生にも先に内定した企業に就職するように指導を徹底するという,「二社制限,先決優先主義」をとつており,上告人においても,昭和四四年度の募集に際し,少なくとも滋賀大学において右の先決優先の指導が行われていたことは知つていた。被上告人は,上告人から前記採用内定通知を受けた後,大学にその旨報告するとともに,大学からの推せんを受けて求人募集に応募していた訴外ダイキン工業株式会社に対しても,大学を通じて応募を辞退する旨通知し,大学も右推せんを取消した。その後,上告人は,昭和四三年一一月頃,被上告人に対し,会社の近況報告その他のパンフレツトを送付するとともに,被上告人の近況報告書を提出するよう指示したので,被上告人は,近況報告書を作成して上告人に送付した。ところが,上告人は,昭和四四年二月一二日,突如として,被上告人に対し,採用内定を取り消す旨通知した。この取消通知書には取消の理由は示されていなかつた。被上告人としては,前記のとおり上告人から採用内定通知を受け,上告人に就職できるものと信じ,他企業への応募もしないまま過しており,採用内定取消通知も遅かつた関係から,他の相当な企業への就職も事実上不可能となつたので,大いに驚き,大学を通じて上告人と交渉したが,何らの成果も得られず,他に就職することもなく,同年三月滋賀大学を卒業した。なお,上告人の昭和四四年度大学卒新入社員については,同月初旬に入社式の通知がなされ,同時に健康診断書の提出が求められた。右入社式は,同月三一日に大学新卒の採用者全員を東京に集めて行われたが,式典は一時間余りで,社長の挨拶,先輩の祝辞,新入社員の答辞,役員の紹介,社歌の合唱等がなされた。式典に集つた新入社員は,その日,式典終了後,卒業証明書,最終学年成績証明書,家族調書及び試用者としての誓約書を提出し,東京で約二週間の導入教育を受けたのち,上告人の各事業部へ配置され,若干期間の研修の後それぞれの労務に従事し,上告人の定める二か月の試用期間を過ぎた後の同年六月下旬に,更に本採用者としての誓約書を保証人と連署して提出し,社員としての辞令書の交付を受けた。上告人における大学新規卒業新入社員の本採用社員としての身分取得の方法は,昭和四四年度の前後を通じて,大体右のようなものであつた。以上の事実関係のもとにおいて,本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたことを考慮するとき,上告人からの募集(申込みの誘引)に対し,被上告人が応募したのは,労働契約の申込みであり,これに対する上告人からの採用内定通知は,右申込みに対する承諾であつて,被上告人の本件誓約書の提出とあいまつて,これにより,被上告人と上告人との間に,被上告人の就労の始期を昭和四四年大学卒業直後とし,それまでの間,本件誓約書記載の五項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当とした原審の判断は正当であつて,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。
 同二について
本件採用内定によつて,前記のように被上告人と上告人との間に解約権留保付労働契約が成立したものと解するとき,上告人が昭和四四年二月一二日被上告人に対してした前記採用内定取消の通知は,右解約権に基づく解約申入れとみるべきであるところ,右解約の事由が,社会通念上相当として是認することができるものであるかどうかが吟味されなければならない。思うに,わが国の雇用事情に照らすとき,大学新規卒業予定者で,いつたん特定企業との間に採用内定の関係に入つた者は,このように解約権留保付であるとはいえ,卒業後の就労を期して,他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから,就労の有無という違いはあるが,採用内定者の地位は,一定の試用期間を付して雇用関係に入つた者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。
 ところで,試用契約における解約権の留保は,大学卒業者の新規採用にあたり,採否決定の当初においては,その者の資質,性格,能力その他いわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い,適切な判定資料を十分に蒐集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解され,今日における雇用の実情にかんがみるときは,このような留保約款を設けることも,合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるが,他方,雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮するとき,留保解約権の行使は,右のような解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきであることは,当裁判所の判例とするところである(当裁判所昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決,民集二七巻一一号一五三六頁)。右の理は,採用内定期間中の留保解約権の行使についても同様に妥当するものと考えられ,したがつて,採用内定の取消事由は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であつて,これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。これを本件についてみると,原審の適法に確定した事実関係によれば,本件採用内定取消事由の中心をなすものは「被上告人はグルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが,それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ,そのような材料が出なかつた。」というのであるが,グルーミーな印象であることは当初からわかつていたことであるから,上告人としてはその段階で調査を尽くせば,従業員としての適格性の有無を判断することができたのに,不適格と思いながら採用を内定し,その後右不適格性を打ち消す材料が出なかつたので内定を取り消すということは,解約権留保の趣旨,目的に照らして社会通念上相当として是認することができず,解約権の濫用というべきであり,右のような事由をもつて,本件誓約書の確認事項二,〔5〕所定の解約事由にあたるとすることはできないものというべきである。これと同旨の原審の判断は正当であつて,原判決に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。」

(最高裁判例)
最高裁昭和55年5月30日第二小法廷判決,従業員地位確認請求事件,
以上の事実関係によれば,被上告人から上告人に交付された本件採用通知には,採用の日,配置先,採用職種及び身分を具体的に明示しており,右採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたと解することができるから,上告人が被上告人からの社員公募に応募したのは,労働契約の申込みであり,これに対する被上告人からの右採用通知は,右申込みに対する承諾であつて,これにより,上告人と被上告人との間に,いわゆる採用内定の一態様として,労働契約の効力発生の始期を右採用通知に明示された昭和四五年四月一日とする労働契約が成立したと解するのが相当である。もつとも,前記の事実関係によれば,被上告人は上告人に対し辞令書を交付することを予定していたが,辞令書の交付はその段階で採用を決定する手続ではなく,見習社員としての身分を付与したことを明確にするにとどまるものと解すべきである。そして,右労働契約においては,上告人が再度の健康診断で異常があつた場合又は誓約書等を所定の期日までに提出しない場合には採用を取消しうるものとしているが,被上告人による解約権の留保は右の場合に限られるものではなく,被上告人において採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であつて,これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合をも含むと解するのが相当であり,本件採用取消の通知は,右解約権に基づく解約申入れとみるべきである。したがつて,採用内定を取り消すについては,労働契約が効力を発生した後に適用されるべき日本電信電話公社法三一条,日本電信電話公社職員就業規則五五条,日本電信電話公社準職員就業規則五八条の規定が適用されるものでないことも明らかである。ところで,前記の事実関係からすれば,被上告人において本件採用の取消をしたのは,上告人が反戦青年委員会に所属し,その指導的地位にある者の行動として,大阪市公安条例等違反の現行犯として逮捕され,起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが判明したためであつて,被上告人において右のような違法行為を積極的に敢行した上告人を見習社員として雇用することは相当でなく,被上告人が上告人を見習社員としての適格性を欠くと判断し,本件採用の取消をしたことは,解約権留保の趣旨,目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから,解約権の行使は有効と解すべきである。したがつて,原審が,上告人の採用試験への参加等が労働契約の申込みに,辞令書の交付が右契約の承諾にあたり,これに先立つてなされた本件採用通知は以後の手続を円滑に進展させるための事実上の通知にすぎず,労働契約的な関係を生ぜしめるものではないと判断したところは失当であるが,上告人の本訴請求は理由がないと判示しているから,原審の判断は,その結論において正当として是認することができる。論旨は,結局理由がなく原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張は,ひつきよう,原審の事実認定を非難するものにすぎない。論旨は,いずれも採用することができない。

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