新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:先日、電車内で痴漢をして、現行犯逮捕されましたが、素直に罪を認め、その日のうちに釈放されました。おかげで今のところ職場にはこのことは知られていません。しかし、先日、同じ会社の人間が同じ罪を犯したとき、テレビや新聞などで報道されたため会社に知られるところとなり、解雇されるということがありました。私も今後マスコミに報道されるようなことがあれば、会社に事実が知られ、解雇されるかもしれません。悪い事をしたのは確かですが、仕方がないことなのでしょうか? 回答: 解説: 2.国民には、憲法13条で保障される幸福追求権の内容として、「知る権利」があり、マスコミは、国民の知る権利を充足するという使命の元、報道の自由(表現の自由、憲法21条)、取材の自由(憲法21条から派生する権利)という比較的強い権利を持っていると考えられています。知る権利、報道、表現の自由は、何人といえども犯すことができない天賦の人権である思想良心の自由(憲法19条、どのような思想でもそれだけでは法的に処罰、批難することはできません。)を実質的に保障するものであり精神的自由権の中核を構成しています。あらゆる情報が発信されこれを享受することなく思い、考え、自らの思想良心を形成することは不可能だからです。これは例えば、国民が主権者として、選挙を通じて国民の代表者を選ぶときに、政策などについて広く情報を得る必要があります。また、選挙以外にも、国民が国家権力を抑制する手段として、「世論」という考え方があり、マスコミを通じて情報を得たり、発表したりする権利は現代社会において非常に重要な権利といえるでしょう。このことを、精神的自由の経済的自由に対する優越的地位と言います。仕事をするための経済的自由も大事ですが、政治的意思決定を行うための精神的自由は、もっと大事ですよ、と言うことです。 3.他方、捜査機関は国家公務員(検察官)、地方公務員(警察官)であり職務上の守秘義務があり捜査内容を捜査の目的以外に公表することは原則的にできないことになっています(地方公務員法34条、警察法3条。勿論 罰則もあります。1年以下の懲役、3万円以下の罰金、同60条)。国家公務員も同様の規定があります。国家公務員法100条の守秘義務、同109条の罰則です(懲戒は同82条です)。公務員が職務上知りえた秘密を漏えいすれば国民は社会的関係において理由なき不利益を被るからです。被疑者について同様です。従って、痴漢のような重大事件でない被疑者の公表は捜査機関に対して、報道機関の問い合わせがありそれに応じたという形をとることになります。報道機関の問い合わせがある以上、国民の知る権利を根拠にする以上やむを得ず回答せざるを得ないというわけです。この場合は、形式的には前記の守秘義務に違反することになりますが、報道機関が公益目的で行う正当な取材活動に協力することですから、「正当業務行為=刑法35条」として、違法性が阻却され、前記の刑事的な罰則規定は適用されないと解釈されています。プロボクサーが相手を殴っても暴行傷害罪に問われないのと同じです。報道機関が、どこでそのような事件情報を取得したかは捜査機関が関知していないという建前になっています。しかし、実際上は、報道機関の担当者が1日に何度か捜査機関を訪問し情報収集していますから厳密にいえば、痴漢等の些細な事件について捜査機関が何らかの形で事実上洩らさなければ報道機関も知るはずがないわけです。ということは、捜査機関の裁量によりアトランダムに抽出して一罰百戒の趣旨から報道が行われることになっているといっても過言ではありません。 4.しかし、昨今のマスコミ報道の中には、上記のような国民の権利とまでは言いがたい興味本位の報道も散見されます。例えば、痴漢や盗撮などの被疑者が、教師や、大企業に勤める人間だった場合、必要以上におもしろおかしく報道され、せっかく本人が反省し、被害者に謝罪し、社会復帰を果たそうとしていても、報道が原因で会社を解雇されることになり、その地域での生活ができなくなってしまえば、本人の反省にも、ひいては被害者への充分な謝罪や被害弁償(損害賠償金の支払い)にも悪影響が出ることになります。被疑者には無罪の推定が働き、防御権が保障されていますが、報道では、逮捕されただけで、あたかも有罪であるかのような印象を与え、被疑者にとっては非常に不利益になりえます。 5.このように、マスコミ報道は、ときに被疑者にとって非常の大きな悪影響を及ぼすことがあります。しかし一報で、前述のように、国民の知る権利、表現の自由なども非常に重要な人権であり、マスコミの報道そのものを規制することにも慎重な姿勢が必要だと考えます。そこで、報道前の段階において弁護士が弁護人に就任することができた場合は、被疑者の防御権の保障、また、被疑者の地位を保全することにより、被疑者の反省を促し(何もかも失った人間は自暴自棄に陥ることがあります)、また、経済面でも被害者に対する被害弁償を確保することにつながると考え、警察、検察庁などに対し、事件報道を控えていただくように強く申し入れを行うことが必要です。もともと、捜査機関には捜査上の守秘義務がありますので、理論上弁護人の捜査の必要性がない被疑者公表阻止の申し入れを全く無視することはできないことになっています。最低でも実名公表阻止も強く要請しなければなりません。但し、報道機関から問い合わせがあったといわれてしまうと不当性を立証することは困難でしょう。そこで、弁護人は、被疑者が犯罪事実を認めているのであれば捜査機関に対して礼を尽くし、被疑者の報道による被害の拡大等を詳細に説明して報道回避をお願い、要請しなければなりません。逮捕直後でも、謝罪文、被害弁償内容の提案を直ちに行うことも重要です。例えば、弁護活動により公表される前に被害者が被害届け、告訴を取り下げてくれれば状況は一変する場合もありますので諦めないことです。勿論、国会議員や地方議会議員など、公益性の極めて高い地位にある被疑者が逮捕された場合には、報道回避は基本的にやむを得ないと言えるでしょう。政治的意思決定に関わる人物の逮捕ですから、その是非を含めて広く国民が知り評論することが必要と考えられるからです。 6.以上のように、必ず成功するという性質の活動ではありませんので、努力が実らず報道されてしまう場合もありますが、逆に、何もしなければマスコミの報道にさらされていたであろうと思われる被疑者について、弁護人の活動により、警察の協力を得て報道を阻止したケースもあります(もちろんその後、被疑者は充分に反省を深め、被害者に対しても充分な謝罪と被害弁償を行うことが必要です。)。現代社会では、刑事罰以外に、社会的制裁ともいえる「報道」による制裁も重大な影響があります。何よりの対策は、早めの弁護活動と考えます。逮捕されるような事態に直面したときは、逮捕されたらお早めに信頼できる弁護士に相談されることをお薦めいたします。 ≪参考条文≫ 日本国憲法 国家公務員法 地方公務員法
No.930、2009/11/17 12:46 https://www.shinginza.com/chikan.htm
【刑事・迷惑防止条例違反と報道の阻止について・捜査機関の守秘義務・弁護人の対応】
1.事件の報道について明確な法的規制はなく、しいて言えば、国民の知る権利とプライバシー、刑事被告人の防御権などの均衡の問題と言えます。報道を100%ストップする方法は残念ながらありませんが、早めの弁護活動により、報道を阻止できた事例もありますので、早めに弁護士に依頼されることをお薦めいたします。
2.参考として法律相談事例集キーワード検索で、777番、521番参照してください。
1.まず、痴漢や盗撮などの事件が起こった場合、マスコミがこれをどのように察知し、報道しているのか、という点ですが、都心部(地方でも)などでは、警察捜査機関と報道機関はある程度連絡を取り合う関係にあり、警察の方から、その日に起こった事件について報道各社に発表があるようです。警察から報道関係者に情報が回される機会は、逮捕時と、送検時の2回あるようです。マスコミはその中から、報道に値すると考える情報を選び、ニュースとして報道します。例えば痴漢や盗撮などの事案では、公益性が高いということで、職業によって(教員、大企業勤務、公務員、国家資格保有者など公的地位またはそれに準ずる立場の人)報道の対象になりやすいものがあるといえます。
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第二款 懲戒
(懲戒の場合)
第八十二条 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 この法律若しくは国家公務員倫理法 又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項 の規定に基づく訓令及び同条第四項 の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
(秘密を守る義務)
第百条 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
○2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表するには、所轄庁の長(退職者については、その退職した官職又はこれに相当する官職の所轄庁の長)の許可を要する。
第四章 罰則
第百九条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
十二 第百条第一項若しくは第二項又は第百六条の十二第一項の規定に違反して秘密を漏らした者
(秘密を守る義務)
第三十四条 職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。
2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない。
3 前項の許可は、法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことができない。
(罰則)
第六十条 左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
二 第三十四条第一項又は第二項の規定(第九条の二第十二項において準用する場合を含む。)に違反して秘密を漏らした者
警察法
(この法律の目的)
第一条 この法律は、個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持するため、民主的理念を基調とする警察の管理と運営を保障し、且つ、能率的にその任務を遂行するに足る警察の組織を定めることを目的とする。
(警察の責務)
第二条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法 の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。
(服務の宣誓の内容)
第三条 この法律により警察の職務を行うすべての職員は、日本国憲法 及び法律を擁護し、不偏不党且つ公平中正にその職務を遂行する旨の服務の宣誓を行うものとする。