職場パワハラ問題

刑事|民事|労働|違法なパワハラの判断基準|解雇法理|最高裁判所令和4年9月13日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

建設現場の仕事で管理職をしています。新入社員の動作が危険だと思ったので厳しく指導しました。肩をポンポンと軽く叩いて「そんなことしてたら死んじゃうよ!死にたいのか!」と怒鳴ってしまいました。私は安全第一で労災事故を絶対に起こしてはならないという気持ちからこのように強く指導していましたが、私自身も新人の時に同じような指導を受けたのです。ところが、この新入社員は、私からパワハラを受けたと苦情を出して、すぐに会社を辞めてしまい、暴行罪で警察署に被害届を出してしまったようなのです。私は会社で上司に呼ばれ、「トラブルになったので自主的に辞めて貰えないか。ダメなら解雇にする。」と通告されてしまいました。警察署からも電話が来て、今度事情を聞きたいから警察署に出頭してくれないかと言われてしまいました。私は本当に辞めなければならないのでしょうか、暴行罪で立件されてしまうのでしょうか。

回答:

1、刑法208条暴行罪は、人に物理的な力を加える行為を処罰しています。肩をポンポンと軽く叩く行為ですが、防犯カメラやICレコーダーや、第三者の証人による供述など、客観的資料がある場合は、立件されてしまう可能性があるといわざるを得ません。直ちに起訴前弁護の弁護人を選任し、民事示談交渉も試みて、被害届の取下げを目指す活動をなさって下さい。

2、職場のパワハラ行為が労働契約上の懲戒免職処分に該当し得るかどうかは、個々のケースにより異なることですが、例えば、作業手順を間違えると人命が失われるような危険性のある業務の指導であれば、業務の性質上、ある程度の強い指導も許容されると解釈できる余地があります。パワハラとされた行為が刑事事件化したのかどうかも重要な要素になります。刑事事件と民事事件はリンクしていると考えるべきでしょう。

3、消防吏員の事例ですが、殴る蹴るなどの暴行があり略式起訴された事例で、懲戒免職の取り消しを求めた事件の最高裁判決がありますのでご紹介致します。1審では懲戒免職の取り消しが認められ、最高裁で1審判決が破棄され、懲戒免職が有効とされた事例でした。公務員の事例ですが、民間の懲戒解雇でも参考になるものです。

4、本件は、あなた自身の強い指導の動機として、相手の生命身体を守りたいというパターナリズムの気持ちから行われた性質があり、また、職場事故を防ぎたいという会社の利益を考えた行為であるという側面もあることから、新入社員との民事示談交渉をしたり、会社に対して説明を尽くすなどの行為により、懲戒解雇の方針を撤回させたり、刑事手続きも不起訴処分を得ることができる可能性もあると考えられます。御心配であれば、一度弁護士に御相談なさってみて下さい。

5、パワハラに関する関連事例集参照。

解説:

1、職場指導行為による暴行罪の成否

刑法208条暴行罪は、他人に物理力を加えて、傷害に至らなかった場合に適用される罪です。殴る蹴るなどの有形力の行使に加えて、大音量で鼓膜を破損させようとしたり、熱湯で熱傷(やけど)させようとする行為も暴行罪が適用され得るとされています。暴行により傷害を負わせた場合は傷害罪となります。傷害とは「人の生理的機能を害すること」とされており、骨折や切り傷、擦り傷のほか、殴られて内出血してあざが出来たというような場合にも該当します。医師の診断書で挫傷切傷などの傷害結果が観察されているかどうかが一つの指標となり得ます。

刑法208条(暴行)暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

従って、暴行罪というのは、相手に何らかの物理力を加えたが診断書が出るような怪我には至っていない状態と言えます。身体を押したとか引いたとか、襟首を掴んで追い出したなどの行為が該当することになります。怪我をしていなくても、他人を殴ったり蹴ったり叩いたりすることは法的に容認できる行為ではありませんので、刑法はこれを保護法益として暴行罪として刑事処分の対象にしており、被害者が被害届を提出し、捜査の結果として事実関係の立証ができる場合は起訴されてしまう可能性があります。以上がいわゆる、暴行罪の構成要件該当性の議論です。ご相談の場合、肩を軽くポンポン叩いた、ということで暴行といえるかは微妙なところでしょう。しかし、相手が警察に被害届出をだし、受理されているということですから一応暴行に当たると考えて対応したほうが良いでしょう。

次に、暴行罪の構成要件該当行為であっても、正当業務行為となり得る場合は、刑法35条により違法性阻却事由となる場合がありますので少し説明します。

刑法35条(正当行為)法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

前段の法令行為とは、公務員などが法令に基づいて構成要件該当行為を行っても違法性が阻却されるとするものです。刑務官の死刑執行や警察官の職務上の逮捕・監禁・暴行・傷害行為なども違法性が阻却されます。公務員以外でも、現行犯の私人逮捕(刑訴法213条)や、医師や看護師による措置入院(精神保健福祉法29条)なども、法令により違法性が阻却される事例です。

刑法35条後段の正当業務行為は、法令の具体的な根拠が無くても、社会生活上の地位に基づき反復・継続される行為であって、一見構成要件に該当しているように見える行為であっても、国民一般の社会通念上正当と是認されているような行為も含まれると解釈されています。医師や看護師の医療行為や、スポーツ行為や、ジャーナリストの取材行為や、宗教家の教戒行為や、労働争議行為などが適用され得るとされていますが、個別具体的ケースにおいて当該業務行為の目的や必要性などを考慮して、正当行為の適否が判断されることになります。

医療現場における、患者に対する看護目的の有形力の行使について正当業務行為が是認された判例がありますのでご紹介致します。

※東京高裁平成30年11月21日判決(原審言及部分)

『原判決は,要旨,次のとおり説示して,被告人Aによる暴行は左足で被害者の頭部を1回蹴った限度で認定できるが,被告人Bによる暴行は認定することができないとし,また,被告人両名は共に被害者にズボンをはかせる看護目的で抑制を行っていたことが認められるが,被告人Aの足蹴り行為については,被害者の足が当たったことに腹を立てて,衝動的にもっぱら報復目的で行ったもので,両名の間に共謀は認められないとした。そして,被告人Bについては,被告人Bによる暴行は認められず,被告人Aとの共謀も認められないから,無罪であるとし,被告人Aについては,被告人Aの足蹴りによって被害者の頸椎を骨折させた可能性が認められるが,被告人Bによる抑制行為のなかで被害者の頸椎骨折が生じた可能性も否定できず,その抑制行為は正当業務行為として違法性が阻却されるから,傷害結果を被告人Aに帰責させることはできないとした。』

医療現場以外で、職場の指導行為が正当業務と評価された具体的な判例は見当たりませんが、社会通念上、社会生活上必要とされている業務の存続を認めるという基本的な考え方は同じです。職場の指導において、特に関係者の生命身体の危険を防止するために厳しい指導が必要であり、その際に多少の暴言や身体の接触があっても侮辱罪や暴行罪などで立件されないことが有り得るのです(刑訴法248条、検察官の起訴裁量)。

しかしながら、業務上の必要性が高いとは言えない事例で、被害者の処罰感情が強く、事実関係の証明にも問題が無い場合は、検察官としても、不起訴処分よりも略式起訴などの方針を取ることも考えられます。このような事案では、暴行罪での立件可能性が否定出来ないことになりますので、被害者との民事示談が検察官の不起訴処分を得るための有効な判断材料となり得ます。弁護士による情状主張や法令解釈も含めた起訴前弁護活動も大事になってきます。

2、職場パワハラ行為の解雇相当性

刑事事件で立件され有罪判決を受けてしまった場合、職場内指導の相当性を逸脱しているとして、解雇処分、懲戒解雇処分を受けてしまう可能性があります。まず、普通解雇の有効性を判断する場合にも、いわゆる解雇法理を点検することが必要です。

労働契約法16条(解雇)解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

この解雇法理は、整理解雇の場面では、整理解雇の4要件という形で具体化されており、整理解雇以外の場面でも参考になりますのでご紹介します。

※札幌地方裁判所令和元年10月3日判決

『労働者の解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には,解雇権を濫用したものであるとして,無効となるところ(労働契約法16条),整理解雇が解雇権の濫用に該当するか否かについては,一般的に,①人員削減の必要性,②人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性,③被解雇者選定の妥当性,④解雇手続の妥当性に着目して判断されているところである。』

次に、懲戒解雇の場面でも、解雇の合理性を判断するために、次のような要件を考えることができます。①当該解雇の必要性、解雇しないとどのような不都合を生じるか、②解雇の不可避性、解雇以外の手段では不都合を回避できない事情、③当該労働者の労務提供不能や労働能力または適格性の欠如、勤務成績・勤務態度の著しい不良や業務命令違反や、同僚や取引先に対する暴力暴言など、④解雇に至る手続きの相当性、というように解雇の相当性を判断していくことが出来ます。

分かりやすく言い直すと、あなたの行為が、職場全体の業務に対する大きな障害になってしまうかどうか、ということになります。あなたの行為により、退職者が続出してしまったとか、取引先からのクレームが増えて解約などにより売上が減ってしまったなどの具体的な資料により主張立証が行われることになります。

あなたから見て、あなた自身の行為は、職場内の通常の指導の範囲内であり、職場内の業務に何ら変化を与えず、取引先など外部との関係にも何ら影響を与えていない、ということであれば、それを主張して、解雇の不当性を主張していくことになるでしょう。厳しい職場指導が企業風土として定着していたということであれば、先輩や同僚など、その企業風土を立証して下さる方の陳述書や証言も有効となるでしょう。

但し、あなた自身が刑事事件で略式命令であっても有罪確定してしまった場合には、職場から刑事処分者を出してしまったという不名誉な事情になってしまいますので、解雇の相当性が認められやすくなってしまうと言えるでしょう。

今回の御相談では、建設現場の仕事で、新入社員の動作が危険だと思ったので厳しく指導したという事です。この場合は、指導相手の生命身体に危険があったので、これを防止するためという目的があり、これが外部からも確認できるものであれば、あなたの主張は認められやすくなるでしょう。他方、相手の生命身体にそれほどの危険も無いのに、個人的な好き嫌いの感情から過度の指導を行っていたということであれば、不相当な指導であったと主張されてしまう可能性が高くなります。生命身体の危険以外であっても、例えば経済損失を回避するための指導であったとしても、数億円の損失を防止するという目的と、数万円の損失を防止する目的では、指導の必要性が大きく変わることでしょう。書類上の数字のミスを注意する場合であっても、会社が倒産しかねないような経済損失を生じるリスクがあったということであれば、指導が強くなることもあり得ることになります。

今回、あなたは、相手の肩をポンポンと軽く叩いて「そんなことしてたら死んじゃうよ!死にたいのか!」と怒鳴ってしまった、ということですから、相手の生命の危険を防止しようとする目的があったと主張し得ることになりますが、相手から見れば、単なる嫌がらせで暴行暴言を受けたと感じているのかもしれません。職場を統括する経営者としては、職場全体の運営を円滑に進めるために、どちらの主張をより重視すべきか考えていくことになります。あなた自身には客観的な評価は難しいかもしれませんが、相手のような苦情を出している社員が多数いるということであれば、あなたの主張よりも相手の主張が採用されてしまうリスクが高まることになってしまいます。

3、判例紹介および分析

消防吏員の事例ですが、職場パワハラ問題に関する最高裁判決がありますのでご紹介します。まず引用部分をご紹介し、指標となるポイントを列挙致します。

※最高裁判所令和4年9月13日判決

『ア被上告人は、平成6年4月に消防職員として上告人に採用され、同25年

4月から消防署において小隊の分隊長を務めるなどし、同29年4月からは小隊長を務めていた。

イ被上告人は、平成20年4月から同29年7月までの間、同月当時の上告人

の消防職員約70人のうち、部下等の立場にあった約30人に対し、おおむね第1審判決別紙「パワハラ行為一覧表(時系列)」記載のとおりの約80件の行為(以下「本件各行為」という。)をした。

本件各行為の主な内容は、

①訓練中に蹴ったり叩いたりする、羽交い絞めにして太ももを強く膝で蹴る、顔面を手拳で10回程度殴打する、約2㎏の重りを放り投げて頭で受け止めさせるなどの暴行、②「殺すぞ」、「お前が辞めたほうが市民のためや」、「クズが遺伝子を残すな」、「殴り殺してやる」などの暴言、③トレーニング中に陰部を見せるよう申し向けるなどの卑わいな言動、④携帯電話に保存されていたプライバシーに関わる情報を強いて閲覧した上で「お前の弱みを握った」

と発言したり、プライバシーに関わる事項を無理に聞き出したりする行為、⑤被上告人を恐れる趣旨の発言等をした者らに対し、土下座を強要したり、被上告人の行為を上司等に報告する者がいた場合を念頭に「そいつの人生を潰してやる」と発言したり、「同じ班になったら覚えちょけよ」などと発言したりする報復の示唆等であり、本件各行為の多くは平成24年以降に行われたものである。

上告人が実施した調査によれば、本件各行為の対象となった消防職員らのうち、

被上告人が自宅待機から復帰した後の報復を懸念する者が16人、被上告人と同じ小隊に属することを拒否する者が17人に上った。

ウ消防長は、長門市職員分限懲戒審査会における調査及び審議を踏まえた上

で、平成29年8月22日付けで、被上告人に対し、消防職員としての資質を欠き改善の余地がなく、本件各行為による上告人の消防組織全体への影響が大きいなどとして、地方公務員法28条1項3号等に基づき本件処分をした。

エ被上告人は、平成30年1月4日、本件各行為の一部について、暴行罪によ

り罰金20万円の略式命令を受けた。』

これらの第一審の事実認定は上告審でも適法なものとして認められています。次に、上告審の法令解釈適用部分を引用します。

『本件各行為は、5年を超えて繰り返され、約80件に上るものである。その対象となった消防職員も、約30人と多数であるばかりか、上告人の消防職員全体の人数の半数近くを占める。そして、その内容は、現に刑事罰を科されたものを含む暴行、暴言、極めて卑わいな言動、プライバシーを侵害した上に相手を不安に陥れる言動等、多岐にわたる。

こうした長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為に表れた被上告人の粗野な性格につき、公務員である消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえない。また、本件各行為の頻度等も考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない。

さらに、本件各行為により上告人の消防組織の職場環境が悪化するといった影響は、公務の能率の維持の観点から看過し難いものであり、特に消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保するために重要であることにも鑑みれば、上記のような影響を重視することも合理的であるといえる。そして、本件各行為の中には、被上告人の行為を上司等に報告する者への報復を示唆する発言等も含まれており、現に報復を懸念する消防職員が相当数に上ること等からしても、被上告人を消防組織内に配置しつつ、その組織としての適正な運営を確保することは困難であるといえる。

以上の事情を総合考慮すると、免職の場合には特に厳密、慎重な判断が要求されることを考慮しても、被上告人に対し分限免職処分をした消防長の判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものであるとはいえず、本件処分が裁量権の行使を誤った違法なものであるということはできない。そして、このことは、上告人の消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向等があったとしても何ら変わるものではない。』

この判例の事実認定と法令の解釈適用関係は、職場パワハラ問題における懲戒免職の相当性や、懲戒解雇の相当性を判断する場合の基準について多数の示唆に富んだものと言えます。考慮すべき事項を列挙致します。

(1)パワハラ行為の期間・・・当該判例では5年間に渡ってパワハラ行為が継続したと事実認定されています。一時的なものだったのか、慢性的なものだったのか。職場全体の雰囲気に与える影響が大きかったのか。職場の目的達成に悪影響があるか。

(2)パワハラ被害者の人数とパワハラ行為の件数・・・当該判例では、消防職員30人に対して約80件のパワハラ行為が認定されています。これは80件分の供述調書が出ているという意味です。そして、この30人という人数が当該職場全体の人数の半数近くを占めるものであったと認定されています。職場全体の事業目的に影響したと判断されているのです。

(3)パワハラ行為の内容と程度・・・当該判例で認定されたパワハラ行為の内容は、現に刑事罰を科されたものを含む暴行、暴言、極めて卑わいな言動、プライバシーを侵害した上に相手を不安に陥れる言動等、多岐にわたっているとされました。刑事裁判が確定していることは重く受け止める必要があるでしょう。

(4)職務内容と勤務態度の適合性・・・当該判例では、粗野な性格が公務員である消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえないと判示されています。業務内容とあまりにもかけ離れた勤務態度であれば、事業目的を達することができないとされる可能性があります。当然ながら接客業と建設業など、業務内容によって求められる勤務態度も変わって来ます。

(5)矯正可能性・・・当該判例では、本件各行為の頻度等も考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらないと判示されています。解雇・免職処分を選択する前に、当該対象者に対して職場からの指導を通じて改善できるのであれば、その努力をすべきということです。前記のパラハラ行為の期間や回数や内容とも連動しますが、矯正不可能であると認定できる場合は、対象者に対する指導を試みる必要もないことになります。

(6)職場環境に与える影響・・・当該判例では、本件各行為により上告人の消防組織の職場環境が悪化するといった影響は、公務の能率の維持の観点から看過し難いものであり、特に消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保するために重要であることにも鑑みれば、上記のような影響を重視することも合理的であるといえると判示されました。パワハラ行為が職場環境にどのように影響し、職場の事業がどのように影響されるか、詳細に検討されることになります。また、職場の事業目的が、人の生命身体の危険に影響するものであれば、その悪影響は看過できないことになります。公務員の消防署以外でも、自動車運転の仕事や、医療現場の仕事、建設現場の仕事など、人命のリスクを生じ得る職場は沢山ありますので、個々の職場の事情に応じて検討することが必要になります。また、公務員の事業場でなくても、公共交通機関とか、放送機関、電力会社、ガス会社など、公共インフラに関する職場であれば、公益性の高い事業として事業への悪影響は重視される可能性が高くなるでしょう。

(7)対象者を職場に残して事業を継続する不都合・・・当該判例では、本件各行為の中には、被上告人の行為を上司等に報告する者への報復を示唆する発言等も含まれており、現に報復を懸念する消防職員が相当数に上ること等からしても、被上告人を消防組織内に配置しつつ、その組織としての適正な運営を確保することは困難であると判示されています。パワハラ行為の内容によっては、解雇を回避しつつ事業の適正運営を図ることが困難であると判断される場合もあることになります。特に職場の円滑なコミュニケーションを阻害するような行為態様の場合には、職場に残す、つまり、解雇を回避する判断をすることは難しくなってしまいます。

(8)職場および事業の性質・・・当該判例では、消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向等があったとしても何ら変わるものではないと判示されています。消防活動を行う消防組織においては、日常の業務連絡や訓練など、すべての行為が人命に直結する重い責任を生じ得る事業形態であることから、元来、職場内の上下関係が厳格に取り扱われてきた経緯があると裁判所も認めているのです。指揮命令系統が乱れると直ちに市民の生命身体の危険を生じ得る業務だからです。そのような職場にあっては、上下関係に基づく、指導や指揮命令行為に際して多少の強い言動は許容され得る余地があることを示しています。当該判例では、そのような事情を考慮しても尚、対象者を職場に残して業務を続けることは困難であると判示されているのです。当該職場に許容され得る指導の厳しさを逸脱していると判断されてしまったのです。

4、まとめ

本件は、上司として職場事故を防ぎたいという会社の利益を考えた行為であるとともに新入社員の方の生命身体を守りたいという愛情に基づく行為といえます。

他方、あなた自身は感じていないかもしれませんが、当該行為の回数や継続期間や、対象者数など、他にもあなたの指導や指示・言動などにより気分を害しているという後輩や同僚が居るかもしれません。行為態様も、あなたの感じ方と、相手の感じ方は異なっているものです。あなたはポンと肩に手を載せただけと感じているかも知れませんが、相手は「肩を殴られた」と感じているかも知れないのです。会社は、懲戒解雇処分を行う場合は、前記の解雇法理の要件もあることから、社内で広く聞き取り調査を行って陳述書を集めるなど証拠の積み重ねも万全に準備していることも多いと覚悟しなければなりません。

従って、あなたと、会社や当該新入社員との意見対立を放置して、解雇はやり過ぎであって解雇権の濫用であるから無効などと法的主張を行い、裁判所の判断を仰ぐことも厭わないと開き直るようなやり方は得策ではないと言えます。会社が正式な解雇処分を出してしまう前に、また、刑事手続きが進行して書類送検され起訴されるなどして刑事処分に発展してしまう前に、事態を鎮静化させる活動に注力すべきであると言えます。

具体的には、当該新入社員の方には真摯に謝罪し、被害弁償を行い、民事示談を成立させ、被害届取下げ書も頂き、警察署・検察庁に弁護人選任届を提出し、警察署・検察庁に被害届取下げ書と不起訴意見書を提出することです。被害弁償は、被害者の方の病院の通院費用や交通費や休業損害や慰謝料などを提示します。また、会社にもこれらの事情を説明し、本人も反省しているので配置転換などにより職場に残ることができないか交渉し、どうしても解雇の方針が変わらないという事であれば、事案にもよりますが、次に退職金が出る依願退職の方法が可能にならないか交渉することになります。代理人弁護士が交渉する場合は、あなた自身の謝罪文を持参し、真摯な反省の気持ちを伝え、弁護士が見聞したあなたの反省状況を丁寧に説明して理解を得られるように試みることが必要です。意外に、被害者自身も、会社も、刑事事件など事件が拡大することは好まない場合が多いものです。そこに示談成立のチャンスがあります。示談できる場合は、刑事民事の責任を今後一切問われないとする清算条項つきで和解条項を作成することが大切です。

事案によりますが、御相談の行為がもしも一度だけしか行われておらず、相手に怪我も一切無いということであり、かつ、相手との示談も成立し、被害届も取り下げられているということであれば、懲戒解雇は解雇権の濫用になる可能性が高いと言えるでしょう。会社に対しては、指導には新入社員の生命身体の危険を予防するという正当な目的もあり、労災事故発生によって会社の評判を落としたくなかったという動機もあったことなど、主張すべきことは書面で詳細に主張するべきでしょう。このように謝罪と主張を平行して行うことは、ご本人自身には難しいことになります。できれば代理人弁護士を介して被害弁償や主張を行うと良いでしょう。

会社にも顧問弁護士が居るでしょうから、解雇の有効性について、解雇法理の要件適合性などについて法的な見地からの議論も有効になる場合もあります。代理人弁護士を通じた交渉により、会社側が解雇を断念する可能性もあります。御心配であれば、経験のある弁護士に御相談なさってみて下さい。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照判例

令和4年(行ヒ)第7号分限免職処分取消請求事件

令和4年9月13日第三小法廷判決

主文

原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人中谷正行の上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)

について

1本件は、普通地方公共団体である上告人の消防職員であった被上告人が、任

命権者である長門市消防長(以下「消防長」という。)から、地方公務員法28条1項3号等の規定に該当するとして分限免職処分(以下「本件処分」という。)を受けたのを不服として、上告人を相手に、その取消しを求める事案である。

2原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

地方公務員法28条1項は、職員がその職に必要な適格性を欠く場合(3号)等においては、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる旨

規定する。

ア被上告人は、平成6年4月に消防職員として上告人に採用され、同25年

4月から消防署において小隊の分隊長を務めるなどし、同29年4月からは小隊長を務めていた。

イ被上告人は、平成20年4月から同29年7月までの間、同月当時の上告人

の消防職員約70人のうち、部下等の立場にあった約30人に対し、おおむね第1審判決別紙「パワハラ行為一覧表(時系列)」記載のとおりの約80件の行為(以下「本件各行為」という。)をした。

本件各行為の主な内容は、

①訓練中に蹴ったり叩いたりする、羽交い絞めにして

太ももを強く膝で蹴る、顔面を手拳で10回程度殴打する、約2㎏の重りを放り投げて頭で受け止めさせるなどの暴行、②「殺すぞ」、「お前が辞めたほうが市民のためや」、「クズが遺伝子を残すな」、「殴り殺してやる」などの暴言、③トレーニング中に陰部を見せるよう申し向けるなどの卑わいな言動、④携帯電話に保存されていたプライバシーに関わる情報を強いて閲覧した上で「お前の弱みを握った」と発言したり、プライバシーに関わる事項を無理に聞き出したりする行為、⑤被上告人を恐れる趣旨の発言等をした者らに対し、土下座を強要したり、被上告人の行為を上司等に報告する者がいた場合を念頭に「そいつの人生を潰してやる」と発言したり、「同じ班になったら覚えちょけよ」などと発言したりする報復の示唆等であり、本件各行為の多くは平成24年以降に行われたものである。

上告人が実施した調査によれば、本件各行為の対象となった消防職員らのうち、被上告人が自宅待機から復帰した後の報復を懸念する者が16人、被上告人と同じ小隊に属することを拒否する者が17人に上った。

ウ消防長は、長門市職員分限懲戒審査会における調査及び審議を踏まえた上で、平成29年8月22日付けで、被上告人に対し、消防職員としての資質を欠き改善の余地がなく、本件各行為による上告人の消防組織全体への影響が大きいなどとして、地方公務員法28条1項3号等に基づき本件処分をした。

エ被上告人は、平成30年1月4日、本件各行為の一部について、暴行罪により罰金20万円の略式命令を受けた。

3原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、本件処分の取消請求を認容すべきものとした。

被上告人の消防吏員としての素質、性格等には問題があるが、上告人の消防組織においては、公私にわたり職員間に濃密な人間関係が形成され、ある意味で開放的な雰囲気が従前から醸成されていたほか、職務柄、上司が部下に対して厳しく接する傾向にあり、本件各行為も、こうした独特な職場環境を背景として行われたものというべきである。被上告人には、本件処分に至るまで、自身の行為を改める機会がなかったことにも鑑みると、本件各行為は、単に被上告人個人の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、性格等にのみ基因して行われたものとはいい難いから、被上告人を分限免職とするのは重きに失するというべきであり、本件処分は違法である。

4しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次

のとおりである。

地方公務員法28条に基づく分限処分については、任命権者に一定の裁量権が認められるものの、その判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものである場合には、裁量権の行使を誤った違法のものであることを免れないというべきである。そして、免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果となることを考えれば、この場合における判断については、特に厳密、慎重であることが要求されるものと解すべきである(最高裁昭和43年(行ツ)第95号同48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁参照)。

本件各行為は、5年を超えて繰り返され、約80件に上るものである。その対象となった消防職員も、約30人と多数であるばかりか、上告人の消防職員全体の人数の半数近くを占める。そして、その内容は、現に刑事罰を科されたものを含む暴行、暴言、極めて卑わいな言動、プライバシーを侵害した上に相手を不安に陥れる言動等、多岐にわたる。

こうした長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為に表れた被上告人の粗野な性格につき、公務員である消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえない。また、本件各行為の頻度等も考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない。

さらに、本件各行為により上告人の消防組織の職場環境が悪化するといった影響は、公務の能率の維持の観点から看過し難いものであり、特に消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保するために重要であることにも鑑みれば、上記のような影響を重視することも合理的であるといえる。そして、本件各行為の中には、被上告人の行為を上司等に報告する者への報復を示唆する発言等も含まれており、現に報復を懸念する消防職員が相当数に上ること等からしても、被上告人を消防組織内に配置しつつ、その組織としての適正な運営を確保することは困難であるといえる。

以上の事情を総合考慮すると、免職の場合には特に厳密、慎重な判断が要求されることを考慮しても、被上告人に対し分限免職処分をした消防長の判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものであるとはいえず、本件処分が裁量権の行使を誤った違法なものであるということはできない。そして、このことは、上告人の消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向等があったとしても何ら変わるものではない。

以上によれば、本件処分が違法であるとした原審の判断には、分限処分に係る任命権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

5以上のとおり、原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係等の下においては、本件処分にその他の違法事由も見当たらず、被上告人の請求は理由がないから、第1審判決を取り消し、同請求を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。