チケットの不正転売
刑事|チケット不正転売禁止法違反|ダフ屋行為
目次
質問:
私は、某有名アイドルの追っかけをしているのですが、抽選に当たって、そのアイドルのコンサートチケットを購入することができました。ただ、コンサートの日にどうしても外せない用事が入ってしまったので、某SNSで欲しい人を募集して、申込みのあった人にチケットを転売してしまいました。チケットはプレミアがついていたので、定価の10倍もの値段で売ることができました。こうした転売は、これまでに今回以外に3回ほど行ったことがあります。当時は、大喜びだったのですが、よくよく考えると、いずれのチケットにも、「主催者の同意なく、有償で譲渡することを禁止します。」との記載があったので、今になって、不安な思いが募ってきました。
このようなチケットの転売行為は何か犯罪に当たるのでしょうか。
回答:
平成30年12月14日に、特定興行入場券の不正販売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律(以下「チケット不正転売禁止法」といいます。)が公布(成立した法律や政令を国民に周知すること。)され、令和元年6月14日より、同法が施行(成立した法律や政令が実際に効力を生じること。)されています。
同法第3条(特定興行入場券の不正転売の禁止)は、「何人も、特定興行入場券の不正転売をしてはならない。」とし。同条違反の法定刑は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金と定められています(同法9条1項)。
そして、「特定興行入場券」、「不正転売」のとは何かについては同法第2条、で定められています。まず、本件チケットには、「主催者の同意なく、有償で譲渡することを禁止します。」との記載があるということですので、「特定興行入場券」(チケット不正転売禁止法2条3項)に該当するものと考えられます。
その上で、相談者様は本件チケットを定価を越える金額で複数回転売していますので、その行為は「特定興行入場券の不正転売」(チケット不正転売禁止法2条4項)に該当するものと考えられます。
したがって、相談者様には、チケット不正転売禁止法3条違反の罪が成立するものと考えられます。同条違反の法定刑は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金と定められています(同法9条1項)。
なお、チケット不正転売禁止法の施行前には、購入時の規約に違反して転売目的でチケットを入手したとして、チケットの販売者に対する詐欺罪(刑法246条1項)で立件されるケースも見受けられました。詐欺罪の方が、法定刑が重い犯罪ですから、悪質な業者に対しては今後も詐欺罪での立件も考えられます。
解説では、「チケット不正転売禁止法」違反の犯罪について解説します。
不正転売に関する関連事例集参照。
解説:
1 チケット不正転売禁止法の制定経緯
コンサート会場前で客引きに騙されたり脅されたりするなどトラブルが多発するため、チケットの転売行為については、これまで、各自治体の迷惑行為防止条例により、「ダフヤ行為」として刑事罰の対象とされ、取り締まられてきましたが、その規制対象は「公共の場所」や「公共の乗り物」における転売行為に限定されていました。そのため、インターネット上での転売行為は、「公共の場所」や「公共の乗り物」における転売行為に該当せず、これを迷惑行為防止条例によって取り締まることができませんでした。
近年は、インターネットの普及により、誰しもがインターネットを介して容易にチケットの転売行為を行うことができるようになっており、人気のチケットがオークションサイト等において高値で取引きされていることが社会問題ともなっていました。転売目的でチケットの買い占めが行われると本来の顧客が正貨でチケットを購入できなくなってしまい、興行を主催していない転売業者が不当な利益を独占することになり、主催者は十分な興行予算を確保することが難しくなってしまう悪弊を生じてしまいます。
こうした実情に鑑み、インターネット上での転売行為も規制することができるようにするために、チケット不正転売禁止法が制定されるに至りました。
チケット転売禁止法1条の目的規定を引用致します。「この法律は、特定興行入場券の不正転売を禁止するとともに、その防止等に関する措置等を定めることにより、興行入場券の適正な流通を確保し、もって興行の振興を通じた文化及びスポーツの振興並びに国民の消費生活の安定に寄与するとともに、心豊かな国民生活の実現に資することを目的とする。」
2 本件におけるチケット不正転売禁止法の適用
⑴ 「特定興行入場券」(チケット不正転売禁止法3条、同法2条3項)該当性
チケット不正転売禁止法によって転売が禁止されている「特定興行入場券」は、同法2条3項によって定義が定められています。具体的には、アイドルや歌手のコンサート、スポーツの試合等のチケットで、不特定又は多数の者に販売され、かつ、①興行の主催者に無断で有償譲渡することが禁止されていて、その旨が券面(電子チケットの場合は、映像面。)に記載されていること、②興行の日時及び場所並びに入場資格者又は座席が定められていること、③入場資格者・購入者を確認する措置が取られていて、その旨が券面(電子チケットの場合は、映像面。)に記載されていること、という要件を充足するものが、これに当たります。
本件チケットには、「主催者の同意なく、有償で譲渡することを禁止します。」との記載があるということですし、某有名アイドルのコンサートチケットということであれば、通常、他の要件も充足する体裁が整えられているでしょう。そのため、本件チケットは、「特定興行入場券」に該当するものと考えられます。
なお、招待券等の無料で配布されたチケット、転売を禁止する旨が記載されていないチケット、入場資格者・購入者の確認を行っていないイベントのチケットやその旨が記載されていないチケットは、「特定興行入場券」に該当せず、その転売行為は、チケット不正転売禁止法の規制対象とはなりません。
⑵ 「特定興行入場券の不正転売」(チケット不正転売禁止法3条、同法2条4項)該当性
「特定興行入場券の不正転売」とは、興行主の事前の同意を得ない特定興行入場券の業として行う有償譲渡であって、興行主等の当該特定興行入場券の販売価格を超える価格をその販売価格とするものをいいます(チケット不正転売禁止法2条4項)。
ここで「業として」は、反復継続の意思を持って行うことを意味し、業者のみならず、個人の転売行為も規制対象となります。1回限りでの転売行為であるならば、反復継続の意思はないものとして、「業として」には該当しませんが、過去に同様の転売行為を繰り返していたということであれば、反復継続の意思があるものとして、「業として」に該当することになります。
本件では、相談者様は、本件チケットを定価の10倍もの値段で転売しており、正規の「販売価格を超える価格」で「有償譲渡」したものといえます。その上で、相談者様が過去に3回ほど同様の転売行為を行っていることからすれば、相談者様には、反復継続の意思があるものとして、「業として」行ったと評価されると考えられます。
したがって、相談者様の転売行為は、「特定興行入場券の不正転売」に当たり、相談者様には、チケット不正転売禁止法3条違反の罪が成立するものと考えられます。
3 具体的な活動方針
⑴ 刑事罰回避に向けた、具体的な活動方針としては、まず、警察からの呼出し等に先んじて「被害者」と示談をしてしまう、といった方法が考えられます。
この点、チケット不正転売禁止法の目的は、「興行の振興を通じた文化及びスポーツの振興並びに国民の消費生活の安定に寄与する」こと、及び、「心豊かな国民生活の実現に資すること」にあり(同法1条)、同法は、個人的法益ではなく、公益の保護を目的としたものであるといえます。そのため、誰を「被害者」と捉えるべきか、そもそも「被害者」を観念することができるのかが問題となり得ます。
上記のとおり、確かに、チケット不正転売禁止法は、個人的法益ではなく、公益の保護を目的としたものではありますが、「興行入場券の適正な流通」(同法1条)を阻害される主体は興行主であることや、興行主の事前の同意があれば、「特定興行入場券の不正転売」には該当しないこと(同法2条4項参照)、チケット不正転売禁止法違反の罪は、通常、興行主の被害相談が捜査の端緒となることに鑑みれば、興行主、すなわち、イベントの主催者を「被害者」と捉えるべきでしょう。
「被害者」であるイベントの主催者に対して示談金をお支払いした上で、宥恕(許し)の意思も示していただき、示談をすることができれば、客観的に反省と贖罪の気持ちを表明することができるのみならず、処罰感情も消失したということもでき、示談の事実は重要な情状として考慮され、刑事罰の回避に繋がるでしょう。
⑵ もっとも、本件のように、某有名アイドルのコンサートということであると、その主催者も大規模であることが予想されますが、そうした大規模な主催者の場合、チケットの不正転売についてマニュアルを作成しており、示談は一律応じない、といった対応を取っていることも多いです。
イベントの主催者との示談が難しい場合には、次善の策として、弁護人の同行のもと、警察に対し、興行チケットの転売はしたが、業として行ったものではないこと等(本件に即して言えば、相談者様は、自ら某有名アイドルのコンサートに参加する予定であったものの、これに参加することができなくなったために、そのチケットを転売したのであって、当初より、チケットを転売して利益を得ようとしていたわけではないこと等。)を内容とした意見書(上申書)や、今後二度と転売行為をしないことを誓約する誓約書、万一取り調べとなる場合は必ず出頭して取り調べに応じることを約束する書面等を提出する、といった方法も考えられます。その他、贖罪寄付(公益活動をしている団体等に寄付をすること。)をすることにより、客観的に反省と贖罪の気持ちを表明することも、刑事罰の回避に向けて、有用でしょう。贖罪寄付の金額は、少なくとも転売によって得た利益相当金に反省の意味を込めた金額をプラスした金額でしょう。
4 さいごに
近年、チケットの不正転売が大きな社会問題となっていることもあり、イベントの主催者側が警察に対し、刑事事件として立件するよう、積極的に働き掛けることがしばしばあり、チケットを不正転売した者に刑事罰が科された、という事例が多数報告されています。また、不正転売によって多額の利益を得たケースについてではありますが、実際に逮捕者も出ています。
チケット不正転売禁止法違反は、比較的新しい法律であり、刑法ではない特別法違反であり、「法令を良く知らなかった」という弁解したいお気持ちもあるかもしれませんが、刑事法では「法の不知は恕せず(これを許さず)」という原則があり、故意の成否には影響しないという取り扱いになっています。(無意識状態と同然の)意思能力が無い、(病気などにより)判断能力が無い、(おおむね中学生以上に期待できるとされる)是非弁別能力に欠けているということでも無い限り、法律の詳細を知らなかったということは、犯情が重くないという情状のひとつにすぎないのです。
本件は決して悪質な事例ではありませんが、昨今の社会情勢に鑑みると、お近くの法律事務所でご相談の上、刑事罰を回避するために、しっかりとした対策を講じておいた方が宜しいでしょう。
以上