新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は関西で地方公務員をしているものですが,先日合同忘年会の帰り隣の課の女性と意気が投合して彼女のマンションに遊びに行きました。話があって,趣味の話などをしてお酒をかなり飲み酔ってしまい,彼女は,「気が合うね」といって私の手をつかんだまま寝てしまいました。私は,許しているのだと思いぐっすり眠っている彼女と男女関係を結んでしまいました。ところが,数日後職場の上司に呼び出され,被害の届け出が出ているので責任をとり自主的に退職しなさいと勧告されました。どうしたらいいでしょうか。 解説: <@刑事事件について> (2)被害者から性交渉の同意がなかったものの,同意の存在を誤信していたという事実認定が可能なケースといえるか ア 裁判の見通し <Aについて> (2)自主退職に応じることについて (3)自主退職に応じない場合 (4)まとめ 【条文参照】 刑法 地方公務員法 行政事件訴訟法
No.1007、2010/3/10 15:27
【刑事・起訴前弁護・強姦と無実】
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回答:
1.酔ってぐっすり寝ている女性と男女の関係を結ぶ行為は,合意の上でとは認められず準強姦罪に該当する可能性があります。合意の有無は,具体的な事実関係によって異なりますが,準強姦罪に当たると考えられる場合は,被害者と早めに示談をして告訴をしないようにする必要があります。示談ができないと最悪の場合は,有罪として実刑(懲役3年前後)になり,また仕事も懲戒免職となってしまいます。
2.刑事裁判で実刑の場合は勿論,執行猶予判決でも懲戒処分により失職するでしょう(地方公務員法16条1項2号。)。あなたの上司がどの程度の地位のある人かは不明ですが,信頼できる人であるならば,まず被害者と示談して告訴を取り消してもらうか(事前に刑事告訴しない手続きをとり),且,被害届も撤回してもらい刑事処分を回避して職場での処分も休職か戒告程度に収めるようお願いしたいものです。万が一,被害者の説得によりあたかも「被害者の同意」があったような合意書面を作成することができるようであれば,刑事,懲戒処分も回避できる可能性があるでしょう。このような書面は,微妙な交渉が必要であり,弁護士との協議,及び代理委任契約が不可欠となる場合が多いと思われます。お近くの法律事務所に至急ご相談ください。
本件におけるあなたの行為は,「女子の心神喪失に乗じ」「姦淫した」といいうるため,準強姦罪(刑法178U)に該当する可能性があります。そこで,あなたとしては@今後,準強姦等を理由に被害者が告訴し,刑事事件となった場合を想定して,今からどのような対策を練っておくべきか,A現在の職の進退につきどのように対応するか,以上2点について検討が必要です。
あなたが本件で無罪となる構成については,以下の2通りのケースが考えられます。しかし,下記のとおり,無罪を勝ち取るのは容易ではありません。
(1)性交時において,女性から真摯な同意があったという事実認定が可能なケースといえるか
準強姦罪は,被害者の承諾の存在が黙示的な構成要件要素となっています。そのため,被害者の同意がある場合には本件性交渉は同罪の客観的構成要件該当性を欠き,無罪となります。本件について見るに,性交時において,被害女性はお酒をかなり飲んで酔っ払っていたという状況でぐっすり眠っている状況でした。このような状況からすれば,被害者は睡眠・泥酔による意識喪失状態に陥っており,もはや自己に対して姦淫が行われることの認識を欠いている状態であったと認定される可能性が高いと思われます。したがって本件では,性交時において,被害者が正常な判断能力を有しておらず,そもそも真摯な同意を行えない状態であったケースであると思われます。
なお,被害者が眠ってしまう前に「気が合うね」などといってあなたの隣で手を掴んできたという事実は,被害者があなたに一定程度気を許していたものと推認できます。しかし,通常,性交を行うつもりであなたの手を掴んでいるのであれば,ぐっすり眠ることなくあなたの隣で心の準備をしているというのが通常であると思いますので,かかる事実を持って被害者が性交を事前に同意していたという認定も難しいと思います。
したがって,以上の点からすれば,本件において和姦であったとして無罪主張を行うのは難しいといえます。
あなたが被害者からの同意が存在していたと誤信して本件行為に及んだ場合,黙示的構成要件要素である被害者の同意の不存在を認識していなかったことになります。したがって,かかる場合には構成要件的故意を欠き,あなたは無罪となります(刑法38T)。
しかし,故意が阻却されるためには,あなたが同意の存在を真に信じていた必要があります。すなわち,「被害者はもしかしたら同意してないかもしれないが,恐らく同意してくれているだろう」という程度の認識だったとしても,未必的故意があるものとして有罪となります。あなたが被害者の同意の不存在可能性を認識している以上は反対動機が形成可能であり,非難が可能だからです。そして,裁判では,あなたが被害者の同意の不存在を真に信じていたかという点については,本件行為時における間接事実を総合考慮してされることになります。
本件では,あなたと被害者の方は合同忘年会の席で始めて意気投合したとはいえまだ日の浅い人間関係でしたし,実際に性交をする場面では被害者は睡眠・泥酔により意識喪失状態にあり,まさに性交を行おうとする時点において被害者から明確に同意を得られていないという事実が存在しています。経験則上,このような状況下では,「被害者は同意してないかもしれない」くらいのことは考えるのが通常人であるといえるので,本件においても「被害者は同意がないかもしれない」とあなたは認識していたものと推認されてしまう可能性が高いのではないでしょうか。
なお,確かに,被害者が「気が合うね」と言ってあなたの手をつかんでいたという事情は,一定程度被害者があなたに気を許していたことをうかがわせる事情ではあります。あなたが,このような事実を認識していたことは,同意の存在を真に信じていたという事実認定に多少意味を持ちうる事実であると思います。しかし,通常,性交を行うつもりであなたの手を掴んでいるのであれば,ぐっすり眠ることなくあなたの隣で心の準備をしているというのが通常であると思います。したがって,被害者が性交を行うことを承知の上であなたの手を掴んでいるとは考えないのがあなたの心理だと判断されるのではないでしょうか。
イ 無罪主張を行うことについて
アで述べたとおり,本件では相手の女性の同意があったとは認められずまた,同意の存在を真に信じていたとは認定できないというのが刑事裁判の見通しです。ただし,あなたが同意の存在を真に信じていたということが客観的真実なのであれば,裁判で無罪主張を貫くということも十分検討する必要がありますし,もちろん具体的な事案によって結論は異なってきます。アで述べたことはあくまで「見通し」に過ぎないのであって,実際に裁判で事実認定を行うのは裁判官ですから,見通しどおりの判決が100%下されるかといわれると,ご相談を頂いた時点ではそうは言い切れないと思います。
なお,無罪主張を行うことについては,もし裁判所に有罪認定された場合には反省の態度が見られないとして量刑上不利に扱われる(実刑,通常懲役3年前後,強制わいせつで2年前後です。),というリスクもあることは念頭に置く必要があります。
(1)懲戒処分の可否
あなたは現在,自主退職を勧められています。しかし,まだ被害届が出されたという段階ですから,あわてる必要はありません。まずは,事実とは違うということを申し出るべきでしょう。但し,放置しておくと刑事事件が進んで,自主退職しない場合は,行政庁から懲戒処分が下されることになります。
地方公務員法29TABによれば,「職務上の義務に違反」した場合,「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」には懲戒処分として休職・免職処分等を行うことが可能です。そして,本件におけるあなたの行為は,恐らく準強姦罪(刑法178U)で擬律されることになると思われますが,かかる行為を行ったと判断される場合には上記懲戒事由に該当することはほぼ間違いないと思われます。刑事裁判ともなれば,実刑,執行猶予でも失職することになります(地方公務員法16条)。
あなたが自主退職に応じれば,あなたには勤続年数に応じた退職金が支給されるのが一般的です。ただし,自主退職に応じた場合,建前としては自主退職であるものの,事実上あなたが本件犯行を認めたと認識されることになると思われるので,今後の刑事裁判で無罪主張を行うつもりなのであれば,自主退職を行うことについては慎重な検討が必要ではないかと思います。他方で,自らの犯罪行為を刑事裁判で認めるつもりなのであれば,自主退職勧告に素直に応じて,退職金だけは確保するという手段は悪くないと思われます。
あなたが自主退職に応じない場合は,懲戒休職・免職処分があなたに下される可能性が高いです。懲戒免職の場合は,退職金が出ないと思われます。ただし,懲戒処分が下された後には,人事委員会又は公平委員会に対して,不利益処分に対する不服申立てを行うことができます(地方公務員法49の2T)。そして,上記不服申立ての結果にも不服がある場合は,懲戒処分の取消訴訟を裁判所に提起することが可能です(行政事件訴訟法3U)。なお,公務員の懲戒処分の取消訴訟については,必ず事前に上記不服申立てを経ている必要があることに注意する必要があります(行訴法8T但,地方公務員法51の2,地方公務員法49T)。
取消訴訟において,地方公務員に対する懲戒処分は原則として任命権者の裁量権に属しますから,処分が社会通念上著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であるとするのが判例の立場です(最判S52.12.20等。行訴法30)。そのため,懲戒処分の違法性を取消訴訟で争うことは決して容易ではないことは念頭に置く必要があります。
以上から,あなたとしては(2)(3)の点を考慮し,相手の女性と示談するか,無罪を主張して争うかは慎重に判断する必要があると思われます。至急,法的専門家のアドヴァイスを受けてください。
第三十八条
1 罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。
第百七十七条
暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は,強姦の罪とし,三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も,同様とする。
第百七十八条
2 女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,若しくは抗拒不能にさせて,姦淫した者は,前条の例による。
第二十九条 職員が次の各号の一に該当する場合においては,これに対し懲戒処分として戒告,減給,停職又は免職の処分をすることができる。
2 職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合
3 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
第四十九条
1 任命権者は,職員に対し,懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては,その際,その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。
第四十九条の二
1 前条第一項に規定する処分を受けた職員は,人事委員会又は公平委員会に対してのみ行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる。
第五十一条の二
第四十九条第一項に規定する処分であって人事委員会又は公平委員会に対して審査請求又は異議申立てをすることができるものの取消しの訴えは,審査請求又は異議申立てに対する人事委員会又は公平委員会の裁決又は決定を経た後でなければ,提起することができない。
第三条
2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決,決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
第八条
1 処分の取消しの訴えは,当該処分につき法令の規定により審査請求をすることができる場合においても,直ちに提起することを妨げない。ただし,法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがあるときは,この限りでない。
第三十条
行政庁の裁量処分については,裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り,裁判所は,その処分を取り消すことができる。