学校における体罰が違法となる基準
行政|学校教育|体罰とはどのような行為を指すか|体罰の判断基準|教育権の主体
目次
質問:
私は、ある公立小学校の校長をしていますが、教員が校内の廊下を歩いていたところ、6年生の男子児童が釘で廊下の壁にキズを付けているのを発見したため、行為をやめさせ注意したところ、その児童が「うるさい」と叫んでその教員の胸を両手で強く突いて逃げ出そうとしたため、その教員が興奮のあまりその児童を捕まえ壁に強く押し付けたというものでした。その児童はその日帰宅後、母親に「先生に暴力をふるわれた」と泣いて訴えたため、母親が学校に抗議してきました。これは体罰に当たるでしょうか。どの様な責任が生じるでしょうか。
回答:
1.校長先生ならお分かりのことと思われますが、『体罰』は学校教育法11条但書により禁止されています。そこで、当該教員の行為が学校教育法11条但書で禁止されている『体罰』に該当すれば、その行為は違法なものとして民事、刑事上の責任、公務員としての懲戒の対象になる可能性が生じます。
2.いわゆる『体罰』は、少なくとも刑法上暴行罪の構成要件に該当する行為ですので基本的に違法です。法治国家においてはいかなる場合にも実力行使による自力救済は許されておらず、不法な有形力の行使は許されませんし、そもそも憲法36条で「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と規定されるとおり、残虐な刑罰は禁止されており、違法性が大きいと刑事罰が加えられることになります。これは教育の現場でも同様です。
例外的に許されるのは、自分の身を守るための正当防衛行為(刑法36条)、緊急避難(刑法37条)の他、教育上の目的から正当業務行為(刑法35条)と認められ、違法性が阻却されるような場合です。その違法性判断は、実務上は形式的にではなく実質的にされることになります。その判断基準ですが、①被害の程度、②行為の目的、③手段の態様、④継続時間、⑤生徒の年齢、健康状態⑥指導を必要とした児童の行為内容等から、当該有形力の行使行為が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲内にあるかどうかにより判断します。質問内容のような行為については必ずしも『体罰』に該当するとはいえませんが、諸事情を考慮した結果、『体罰』として認定されることもあり得ると思います。
3.仮に『体罰』とされた場合、その行為に対する損害賠償責任が生じることになります。また、場合によっては刑事罰や公務員法上の懲戒事由にも該当しうることになりますので、すみやかに教育委員会等に事実関係を報告することが必要となります。懲戒処分に関しては、公務員の分限に関するものであり、教師側から違法性阻却理由を詳細に主張立証する必要がありますので、法的専門家と相談し証拠保全、法的主張の構成、立証、場合によっては被害者側との被害弁償交渉等の対応を講ずる必要があるでしょう。
4.また、当然のことながら、被害者となった児童生徒及び保護者に対して謝罪や精神的ショック等に対するケアも十分になされるべきかと思われます。
5.体罰に関する関連事例集参照。
解説:
1、問題点:体罰とは
体罰とは、広辞苑によると「身体に直接苦痛を与える罰」と記載されています。これは、別な面からいえば、少なくとも刑法上不法な有形力の行使であり、暴行罪(刑法208条)に該当することになりますので、『体罰』が学校教育法11条但書により禁止されているのは本来当然のことを規定していることになります。しかし、教師が、教育現場で行う活動において、教育、秩序維持のため生徒に対する有形力の行使がなされる場合が予想され、体罰が許される例外はあるのか又その要件はいかなるものかが問題となります。
2、体罰が例外的に許される場合
教師は、元々体罰を与える権限を有していませんから、例外的に許されるのは、刑法上の緊急行為(正当防衛、緊急避難)及び正当業務行為と認められる場合に限られます。教育上の業務行為として認められる条件は、①被害の程度が軽微であること ②教育の目的があり、③手段の態様が教育の目的を達するのに相当であること、④継続時間は短時間であること、⑤生徒の年齢から健康状態に影響を最小限にするものであること、⑥指導を必要とした児童の行為内容を防止するのに最小限の程度であること、等です。
3、教師の教育権の根拠と内容
小学校、教師自身は、本来児童に対する独自の教育権を有していません。児童に対する教育権を有するのは、両親、(親権者)です(憲法26条)。学校、教師は両親から信託を受けて教育を行います。憲法26条2項の「国民」とは、両親、親権者であり教師を指すものではありません。憲法上「義務」と規定していますが、これは未成年の子が人間として尊厳を維持し成長するために両親、社会に対する請求権(憲法26条1項)を両親、国家社会(両親の委託を委託に応じ)は保証しなければならない趣旨を明らかにしています(児童の教育を受ける権利は社会権、生存的基本権であり自然権です。)。教育は、児童を教え育て人間としての尊厳を確保する文化的側面をもちますから、その実現のためには義務と権利が一体とした内容をもつものです。その教育権は、児童の教育をうける権利に対応して基本的に国民、両親の教育の自由権として認められます。個人主義、自由主義の下では、国民が自ら責任をもって自らの子を教育しなければなりませんし、これを実現するため、教育機関(学校、教師)を通じて権限を行使します。民法第820条 は 親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。と明確に親の教育権を規定しています。民法上は、教育監護権として、の懲戒権(民法822条)を規定しますが、懲戒権に基本的に体罰は含まれません。個人の尊厳は、未成年の子にも生まれながらに認められており、未成熟な子が求める人間らしい教育を享受する自由に体罰は含まれませんし、人間としての成長を助けるものではないからです。
従って、委託を受ける、学校、教師は体罰を行う権限を基本的に持ちませんし、自力救済禁止の一般原則により、特別の要件に従い例外的にしかおこなうことはできません。教師が独自に行う授業の自由は、むしろ学問研究の自由(憲法23条、自由権)として位置づけることができ、親の委託を受けた子に対してその自由権を行使することになります。勿論、学問研究、教授の自由に体罰が含まれるはずがありません。さらに、体罰は、有形力の行使であり私人の判断で権利の実力行使を認めることになり、法の理想である自力救済の一般原則に反し一般人である学校、教師といえども是認されません。その例外は、公正な秩序維持のためにやむを得ず認められる緊急行為と正当業務行為として評価される場合に限定されることになります。正当業務行為とは、教育の理念を実践するため最小限の行為に限定されることになります。
4、判例紹介(体罰の定義)
この点、下級審ではありますが、福岡地裁平成8年3月19日判決が「『体罰』とは、事実行為としての懲戒のうち、被懲戒者に対して肉体的苦痛を与えるものをいい、その判断に当たっては、教師の行った行為の内容に加え、当該生徒の年齢、健康状態、場所的、時間的環境等諸般の事情を総合考慮」して判断すべきものと判示しています。そして、その理由として「学校教育法11条ただし書きが『体罰』を禁止を規定した趣旨は、いかに懲戒の目的が正当なものであり、その必要性が高かったとしても、それが体罰としてなされた場合、その教育的効果の不測性は高く、仮に被懲戒者の行動が一時的に改善されたように見えても、それは表面的であることが多く、却って内心の反発などを生じさせ、人格形成に悪影響を与えるおそれが高いことや、体罰は現場興奮的になされがちでありその制御が困難であることを考慮して、これを絶対的に禁止するというところにある。したがって、教師の行う事実行為としての懲戒は、生徒の年齢、健康状態、場所的及び時間的環境等諸般の事情に照らし、被懲戒者が肉体的苦痛をほとんど感じないような極めて軽微なものにとどまる場合を除き、前示の体罰禁止規定の趣旨に反するものであり、教師としての懲戒権を行使するにつき許容される限界を著しく逸脱した違法なものとなる」としています。
5、判例紹介(教育的指導の範囲内の基準)
では、生徒の年齢等々の諸般の事情に照らし、被懲戒者が肉体的苦痛を感じるような有形力の行使であった場合、もはやかかる行為は違法な『体罰』との評価を免れないのでしょうか。この点について近時の最高裁判決である最判平21年4月28日は、「(問題となった教員の行為)は、児童の身体に対する有形力の行使ではあるが、他人を蹴るという被上告人(行為を受けた児童)の一連の悪ふざけについて、これからはそのような悪ふざけをしないように被上告人を指導するために行われたものであり、悪ふざけの罰として被上告人に肉体的苦痛を与えるために行われたものではないことが明らかである」として、当該教員の目的や動機を重要な判断材料の一つとして着目しています。そして、問題となった行為が、怒りからの行為であってやや穏当を欠くところがなかったとはいえないとしても、行為の目的、態様、継続時間等から、当該行為が、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲内にあるか否か判断し、かかる範囲を逸脱するものではないならば、学校教育法11条但書にいう『体罰』には該当しないとする判断を行っています。後記参考判例参照してください。
6、本件における検討
したがって、本件相談における男性教員の児童に対する行為について詳しいことは分かりませんが、かかる行為が、当該児童に罰として肉体的苦痛を与える目的で行われたものではなく、あくまで当該児童を注意・指導をする目的で行われたものであり、その態様、継続時間等から判断して、当該行為が、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではないと評価されるものであれば、かかる行為は『体罰』には該当しないと解されます。
7、体罰となる場合の責任
では仮に、『体罰』に該当すると判断されるものであった場合、どのような責任が生じるでしょうか。第一に、公立学校の教員は公務員であるところ、違法行為をしたとして公務員法上の懲戒事由となります。第二に、行為を受けた児童・生徒に対し、国家賠償法1条1項による賠償責任を負うことになります。但し、かかる賠償責任については国や自治体が負うことになります。第三に、問題行為が、暴行罪、傷害罪等の刑法犯罪に該当するような重大な体罰の場合には、行為をした教員個人の刑事責任が追及されることになります。
8、最後に
以上の責任のほかに、当然のことながら、体罰を受けた児童に対するケアも必要となるため、学校としては、本人や保護者に謝罪することや本人の精神的な被害の治癒に力を注ぐとことも必要であると思われます。万が一、体罰に該当する場合懲戒処分を避けるためには、教師にとって有利な詳細な事件内容の弁明と被害者との和解が必要不可欠です。事件発生直後から弁護士との協議が必要でしょう。証拠の保全が大切です。
以上