新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:定期建物賃貸借契約を賃借人から中途解約することはできますか。 解説: 【定期建物賃貸借契約】 【中途解約条項がある場合】 【借地借家法38条5項の要件を満たす場合】 【合意解約ができる場合】 【上記のいずれにも該当しない場合】 【弁護士への相談】 【参照法令】 ≪民法≫ ≪借地借家法≫ ≪参照判例≫ 主 文 事実及び理由 第二 事案の概要 10 被告会社の原告に対する未払債務は,次のとおりである。
No.1023、2010/5/6 16:04
【定期建物賃貸借契約,賃借人からの中途解約の可否】
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回答:
解約できるのは,原則として次の場合に限られます。
1.中途解約ができる旨の特約がある場合。
2.借地借家法38条5項の要件を満たす場合。
3.賃貸人との間で合意ができた場合。
上記の場合以外は,中途解約できません。ただし,契約の残存期間が相当長期にわたるなどの諸般の事情から,中途解約を認めないことが公序良俗に反するような場合には,一定の代償のもと,例外的に解約が認められる可能性も考えられます。例えば,賃貸借期間が4年契約で残期間が3年近くも残されていて,再度第三者と新賃貸借契約の締結が可能なような場合が考えられます。東京地方裁判所平成8年8月22日判決参照してください。
【借地借家法の制度趣旨】
借地法,借家法は大正10年に借地人,借家人保護のために制定されました。借地,借家契約にも契約自由の原則が適用になりますが,貸主,所有者側は,一般的に経済的に優位な立場にあり,賃貸市場的にも借主にとり不利で,貸主のいいなりになる状況もあって実質上,借主に不利な契約を締結される危険性が常に存在します。又,不動産を目的とする契約で,借主の居住権,生活権を脅かしかねない問題であり,公的に座視することはできません。言うまでもなく法の理想は,公正で公平な法律関係の維持にありますので,このような不平等を是正すべく借地法,借家法が成立しました。法的視点から言うと賃借権の物権化(賃借権の保護)の問題としてとらえることができます(事例集678番参照)。
しかし,制定後,社会経済は発展変遷を経て,借地法,借家法等の法律が借地人,借家人保護に傾きすぎるあまり,一旦賃貸すると土地建物の利用が固定されてしまいますし,土地,建物自体の賃貸自体を貸主が差しひかえるようになり,不動産の経済的効用が発揮されないという弊害が生じるようになりました。他方借地,借家人の生活権,利用権保護という観点から見ても,従来に比べ賃貸物件の不動産事情が好転してきたという状況もあります。
そこで平成3年に従来の借地法,借家法を廃止して新たに借地借家法を制定,その後の改正を経て地主,大家と借地人,賃貸人の利害を調整し公正な社会経済生活秩序を維持実現することになりました。例えば,借家では,期限付き賃借権(借地借家法38条,39条),借地では,定期借地権(借地借家法22条)借地期間の短縮(同法3条,4条)等です。又,建物賃借契約解消の正当事由(条件給付たる立ち退き料の算定額の低額化。東京高等裁判所平成12年12月14日判決。店舗兼住宅の明け渡しにおいて借家権価格よりも引越料,賃料差額,店舗収入等を基準にしています。)も判例上賃貸人側に有利に広く解釈されるようになってきているのもその表れと考えられます。従って,借地借家法の解釈にあたっては,生活権に密着する借主の利益を保護しようとする原則を踏まえながら,貸主の経済的利益,社会経済上の公的利益も加味し公平で,公正な判断が要請されることになります。
前述のように定期建物賃貸借契約は,平成11年の借地借家法改正によって新設された制度です。詳しくは当相談事例集の689番をご参照ください。この定期建物賃貸借契約について,賃借人側から中途解約できるのはいかなる場合かについて検討します。
居住用住宅の賃貸借に関する実務上は,賃借人が何か月か前に申し入れれば,期間中であっても賃借人の側から期間満了前に解約できるというような契約になっていることが多く(民法618条),国土交通省が雛形として公表している「賃貸住宅標準契約書」においても同趣旨の規定が置かれています。
定期建物賃貸借契約であっても,賃借人に解約権を留保する特約を設けることができることについては通常の建物賃貸借契約と同じです。とはいえ,このような中途解約規定を置くかどうかはあくまでも任意です。とりわけ,定期建物賃貸借契約を締結しようとする賃貸人は,契約で定めた期間の満了までの間,継続的・安定的に賃料収入を得られることについて,通常の期間の定めのある建物賃貸借契約よりも一層の期待を寄せているでしょうから,中途解約条項を設けたくないと考えることもあるでしょう。
中途解約条項を置かず,他の事情からも賃借人に中途解約権を留保したと認められないような場合,原則どおり,契約で定めた期間中は当事者双方が契約に拘束されることになります。
もっとも,中途解約条項がない場合でも,借地借家法は,一定の場合には賃借人からの中途解約をすることができる旨を定めています。その要件は次に掲げる全部を満たすことです。
(1)借地借家法38条1項に基づく定期建物賃貸借であること。
(2)居住の用途に提供するための賃貸借であること。
(3)当該物件の床面積が200平方メートル未満であること。
(4)当該物件を自己の生活の本拠としている賃借人において,引き続きその使用を続けることが困難になったこと。
(5)上記(4)がやむを得ない事情(転勤,療養,介護等)によるものであること。
この要件を満たす場合においては,たとえ中途解約条項がなくても,賃借人は解約申入れをすることができ,賃貸借は解約申入れから1か月を経過することによって終了します。
反対にいえば,事務所・店舗・工場・倉庫といった居住以外の用に供する賃貸借や,たとえ居住用であっても床面積200平方メートルを超える小規模ではない物件の賃貸借については,本条項による中途解約は認められないことになります。なぜなら,契約当事者はその契約に拘束されるという原則に対してわざわざこのような例外が設けられたことに照らせば,本条項は,中途解約が認められる一例を示した例示列挙ではなく,この要件を満たしたときに限って中途解約ができ,それ以外の場合にはできないとした限定列挙の趣旨であると解されるからです。
契約当事者が中途解約条項を設けていない場合や,借地借家法38条5項の要件を満たしていなかった場合であっても,当事者間の合意で賃貸借を終了させることは当然認められています。
賃借人としては,契約の全期間分とまではいわないまでも一定期間分の賃料相当額の解決金をまとめて支払うことを提示して,中途解約を申し入れる交渉をする余地はあるといえるでしょう。賃貸人は,早期に新たな賃借人を見付けることができれば,賃借人から支払ってもらった解決金と新たな賃借人からの賃料でより多くの収入が得られることになるため,解決金の額次第では賃貸人にも悪い話ではないからです。
賃貸人としては,基本的には当初の契約どおりに安定的に賃料収入を確保したいと思うのが通常でしょうが,新たな賃借人が見つかる可能性が相当程度見込まれるのなら,一定の解決金の支払いと引替えに中途解約に応じることも利益拡大の好機であるといえます。原則として中途解約に応じる義務はないため,賃借人側の足元を見た有利な交渉ができるのではないでしょうか。
上記のいずれにも該当しない場合,賃借人からの中途解約は認められません。たとえ建物を勝手に退去したとしても,期間満了までの賃料支払義務を免れることはできません。賃貸人としては,賃借人が建物の鍵を返却しようとしてきたとしても受け取る義務はありません。一方的に返送されてきたときは,いつでも鍵を渡せる旨を通知して,賃借人がいつでも戻ってきて引き続き当該建物を利用できる状態を維持していればよいでしょう。しかしながら,残存期間が相当長いなど,賃借人を当該契約に拘束し続けることが公序良俗に反して無効であるとされる可能性が残されていると考えられます。
この点に関する判断をした裁判例としては,東京地方裁判所民事第17部平成8年8月22日判決があります。
本判決は,賃借人側から中途解約ができない4年契約の建物定期賃貸借契約において,10か月経過後残りの3年2カ月の違約金請求について,数か月後に,新たな賃借人が認められた事情を考慮し,1年分に限り違約金請求を認めその他2年2か月分の違約金請求を公序良俗に違反するとして認めていません。借地借家法の賃借人保護の基本的趣旨から賃貸人に賃料の2重取りを認める必要はありませんし,賃借人の一切の中途解約権を認めない条項は賃借人側に著しく不利益であり是認できる判例と考えられます。
この裁判例は通常の期間の定めのある建物賃貸借契約の事案で,定期建物賃貸借に関する同様の裁判例は,本稿投稿時においては見当たりませんが,定期建物賃貸借契約だからといってこの考え方が一律に排除されるとまでは断言できません。一定期間を超える部分は無効として,残存期間の一部分相当額の支払いのみを命じる裁判がされる余地があることに留意をしておくとともに,今後の実務の運用や裁判例の蓄積を見守る必要があります。後記判例参照。
賃貸人・賃借人いずれの立場であっても,実際に問題や悩みを抱えている場合はお近くの弁護士にご相談ください。個別具体的な事情をお伺いして,より詳しい見通しや,対処方法をご助言することができるでしょう。
(期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ)
第617条
1項
当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては,次の各号に掲げる賃貸借は,解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。
一 土地の賃貸借 一年
二 建物の賃貸借 三箇月
三 動産及び貸席の賃貸借 一日
2項 略
(期間の定めのある賃貸借の解約をする権利の留保)
第618条
当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても,その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは,前条の規定を準用する。
(定期建物賃貸借)
第38条
1項〜4項 略
5項
第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては,当該一部分の床面積)が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において,転勤,療養,親族の介護その他のやむを得ない事情により,建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは,建物の賃借人は,建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては,建物の賃貸借は,解約の申入れの日から一月を経過することによって終了する。
6項
前二項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは,無効とする。
7項 略
東京地裁平成8年8月22日判決(建物明渡等請求事件)
一 本件は,賃貸借契約に基づき,未払賃料,賃料相当損害金,原状回復費用,期間内解除による約定違約金等を請求している事案である。
二 争いのない事実
1 原告は,被告株式会社英語で考える学院(〈省略〉以下「被告会社」という)に対し,平成五年四月三〇日,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)の四階及び六階部分を,次の条件で賃貸して翌日引き渡した(以下「第一契約」という)。被告西海勝(以下「被告西海」という)は,原告に対し,右同日,被告会社の原告に対する第一契約上の債務について連帯保証した。
(1)期間 平成五年五月一日から四年間
(2)賃料 月額次のとおりで毎月二五日限り翌月分を支払う
平成五年五月一日から同年九月三〇日まで一三二万七九六八円
平成五年一〇月一日から平成七年四月三〇日まで二七八万四四五〇円
平成七年五月一日から平成九年四月三〇日まで三一一万八五八四円
(3)共益費 月額次のとおりで賃料と同様に支払う
平成五年五月一日から同年六月三〇日まで月一七万一三五〇円
平成五年七月一日以降は月三四万二七〇〇円
(4)保証金 三七〇〇万円
契約時に五〇〇万円を支払い,残額は次のとおり分割して支払う。
平成五年五月二五日限り四八万円
平成五年六月から平成八年一二月まで毎月二五日限り七二万円宛
平成九年一月二五日限り五六万円
契約期間満了前に解約又は解除された場合は三〇パーセントを償却
(5)違約金
被告会社が期間満了前に解約する場合は,解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料・共益費相当額を違約金として支払う。
2 被告会社は,賃料・共益費の支払を遅滞したので,原告と被告会社は,平成六年二月二六日,第一契約の内本件建物の六階部分について合意解約し,被告会社は,平成六年三月四日,本件建物の六階部分を明け渡した。
3 被告会社は,平成六年二月二六日,原告に対し,未払賃料・共益費合計額一二四八万五〇四三円を次の約定で支払う旨約した。
(1)平成六年二月から平成一〇年一月まで毎月二五日限り,二九万三二一一円宛分割して支払う。
(2)分割金の支払を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を喪失する。
被告会社は,平成七年七月二五日の支払を怠ったので,同日の経過により期限の利益を喪失した。
4 原告と被告会社は,平成六年二月二六日,期間満了前の解約による違約金を六三二一万六九八一円とし,支払時期を平成一二年三月三一日,但し本件建物のいずれかの部分の賃貸借契約が解約又は解除された場合は直ちに支払う旨を合意した。(以下省略)
【第一契約によるもの】
未払賃料及び共益費 八四〇万〇七三六円
本件建物四階部分の原状回復費用 一〇一万五〇〇〇円
【第二契約によるもの】
未払賃料及び共益費 四六一万四〇八三円
賃料相当損害金 五六七万八八七五円
【看板使用契約によるもの】
未払看板使用料 一二万三六〇〇円
三 第二契約により,被告会社が原告に対して負担する本件建物七階及び九階部分の原状回復費用は,一二九万四七一〇円である(甲一二号証)。
四 被告らの主張
第一契約及び第二契約の各違約金条項は,賃借人の解除権を不当に制約し,賃貸人に過剰な利益を与えるものであるから,公序良俗に反して無効である。
仮にそうでないとしても,このような多額の違約金の請求をすることは,権利の濫用として許されない。
五 原告の反論
被告会社は,第一契約を締結した際,資金的に余裕がなかったため,保証金を分割で支払うことを申入れたが,原告は賃貸借期間内に解約をしないことを前提としてこれを承諾し,賃貸借期間内の賃料収入を確保するためもあって,違約金条項を合意したのである。第二契約の違約金条項も同様の経緯で合意されたものである。
第一契約及び第二契約が期間内に解約又は解除された場合,次の賃借人を確保するには相当の期間を要するのであり,実際に次の賃借人が入居したのは,本件建物の四階部分について平成七年六月,六階部分について平成六年三月,七階部分について平成八年三月,九階部分について平成八年六月である。
したがって,第一契約及び第二契約の各違約金条項が公序良俗に反するとはいえないし,違約金の請求が権利の濫用になることもない。
六 本件の争点は,第一契約及び第二契約の各違約金条項が公序良俗に反するものか,違約金の請求が権利の濫用になるかどうかである。
第三 争点に対する判断
一 建物賃貸借契約において一年以上二〇年以内の期間を定め,期間途中での賃借人からの解約を禁止し,期間途中での解約又は解除があった場合には,違約金を支払う旨の約定自体は有効である。しかし,違約金の金額が高額になると,賃借人からの解約が事実上不可能になり,経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に著しい不利益を与えるとともに,賃貸人が早期に次の賃借人を確保した場合には事実上賃料の二重取りに近い結果になるから,諸般の事情を考慮した上で,公序良俗に反して無効と評価される部分もあるといえる。
二 そこで,第一契約による違約金について判断する。
本件で請求されている違約金は,被告会社が本件建物の六階部分を平成六年二月二六日に解約したことにより,実際に六階部分を明渡した日の翌日である同年三月五日から契約期間である平成九年四月三〇日までの賃料及び共益費相当額である。なお,この計算においては,第一契約の賃料及び共益費は本件建物の四階と六階部分のものであり,四階と六階は床面積が同一であるから,第一契約の賃料及び共益費の半額,すなわち平成六年三月五日から平成七年四月三〇日までは月一五六万三五七五円,平成七年五月一日から平成九年四月三〇日までは月一七三万〇六四二円で算定している。被告会社が本件建物の六階部分を使用したのは約一〇か月であり,違約金として請求されている賃料及び共益費相当額の期間は約三年二か月である。
被告会社が本件建物の六階部分を解約したのは,賃料の支払を継続することが困難であったからであり,第一契約においては,本来一括払いであるべき保証金が三年九か月の期間にわたる分割支払いとなっており,被告会社の経済状態に配慮した異例の内容になっているといえる。原告は,契約が期間内に解約又は解除された場合,次の賃借人を確保するには相当の期間を要すると主張しているが,被告会社が明け渡した本件建物について,次の賃借人を確保するまでに要した期間は,実際には数か月程度であり,一年以上の期間を要したことはない。
以上の事実によると,解約に至った原因が被告会社側にあること,被告会社に有利な異例の契約内容になっている部分があることを考慮しても,約三年二か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は,賃借人である被告会社に著しく不利であり,賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから,その効力を全面的に認めることはできず,平成六年三月五日から一年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり,その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。平成六年三月五日から一年分の賃料及び共益費金額相当額は,月一五六万三五七五円の一年分である一八七六万二九〇〇円となる。
三 次に,第二契約による違約金について判断する。
第二契約で定められている違約金は,賃料の三か月分程度の金額であり,第二契約は被告会社の賃料不払いで解除されたものであり,第二契約においても第一契約と同様に保証金の分割支払いを認めていたのである。
右事情を考慮すると,第二契約による違約金約定は,公序良俗に反するものとはいえないし,請求することが権利の濫用になるともいえない。
四 以上によれば,原告の本訴請求は,次のとおり合計四七三八万九九〇四円及び各項目の支払時期(全て平成七年)の翌日からの遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
【第一契約によるもの】
表1
項目 金額 支払時期
未払賃料及び共益費 八四〇万〇七三六円 七月二五日
四階部分の原状回復費用 一〇一万五〇〇〇円 七月二五日
約定違約金 一八七六万二九〇〇円 一〇月一二日
【第二契約によるもの】
表2
項目 金額 支払時期
未払賃料及び共益費 四六一万四〇八三円 一〇月一二日
賃料相当損害金 五六七万八八七五円 一一月三〇日
七階及び九階部分の原状回復費用 一二九万四七一〇円 一一月三〇日
約定違約金 七五〇万円 一〇月一二日
【看板使用契約によるもの】
未払看板使用料 一二万三六〇〇円