新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1030、2010/6/2 14:58 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・葬儀費用の分担,香典の取扱い】

質問:葬儀費用を誰が負担すべきかについての法律の定めはありますか。いただいた香典は誰に取得する権利がありますか。先日,私の弟(60歳)が亡くなりました。相続人は,妻(58歳)と3人の子供たち(長女35歳,次女33歳,長男22歳)です。長男を喪主として葬儀を行いましたが,まだ大学生ですので名目上だけのもので,実質的には私が一切を手配して取り仕切りました。葬儀会社や寺への支払いも全て私がしました。香典も私が受け取っています。ところが,弟の妻と2人の娘から,香典は喪主が受け取るものだから喪主に返せと言われました。それなら立て替えた葬儀費用を返してくれと答えたところ,葬儀費用については本家(私が実家の長男で,家屋敷を相続しているのでそう呼ばれています。)で負担する慣習になっているとの返事でした。弟嫁や姪たちの言い分は勝手すぎると思い,法律ではどうなっているのか知りたくてお尋ねしました。

回答:
1.葬儀費用を誰が負担すべきか,香典は誰にもらう権利があるか,いずれについても法律の規定はなく,確立された裁判例もありません。社会通念や法的見解も定まってはおらず,地域や親族間の慣習,葬儀における形式実質的喪主の存在等を考慮して条理に照らして判断するほかありません。個別の事情を伺う必要はありますが,葬儀費用の分担を求めることができ,かつ,香典を渡さないで済む余地はあると思います。
2.この点について東京地裁昭和61年1月28日判決(立て替え金請求事件)が詳しく説明しているので参考にしてください。但し,葬儀費用喪主負担説に立っています。

解説:
【葬儀費用負担者を定める法律の不存在】
 葬儀費用は,普通は相続開始(被相続人の死亡)後に生じるものであるため,相続財産とは別のもので,相続財産から当然に支弁できるという関係にはありません。
 また,葬儀費用を誰が負担すべきであるかという問題について,成文化された法律はなく,一般的に確立された社会通念や法的見解というのも見当たりません。
 この点,相続税法上,被相続人の葬式費用については,これを負担した相続人の相続財産の価額から控除することが認められています。しかし,相続人が葬式費用(国税庁の通達で掲げられているもの)を負担した場合には税法上の控除が受けられるというだけであって,このことから葬儀費用は相続人らに負担義務があるとの結論を導くことはできません。
 実際上は,こうした税法上の控除があるために相続人の一人または数人が負担する場合も少なくないことでしょう。ただ,そうだとしても,相続人のうちの誰かが喪主として実際に葬儀費用の支払いをしているというのが大部分であると思われ,当面の葬儀費用の支払者と相続人とが別々である場合についても全く同様といえるかは不明です。
 なお,喪主というのは一般に葬儀を営む主催者をいいますが,これは法律上の用語ではありません。

【基本的に葬儀費用の負担者は誰か】
 ここであえて私見を述べるならば,特別な慣習,風俗がない限り基本的に葬儀費用は実質的に喪主を務めた者が負担すべきであると考えるのが理論的であると思います。その理由ですが,
 @(葬儀の性質)葬儀とは,死者の霊を安んじ弔うための儀式であり,死者の社会生活上特別の人間関係にあったものが死者に対する思いから自発的に行う道徳的なものであり,性質上葬儀を行う法的,社会的義務を負うものは基本的に存在しません。すなわち,自発的に行われる儀式である以上権利義務になじまないものであり,法律上も特別規定しなかったのです。そうでなければ,親族のみの密葬,親族以外のものが自ら行ういろいろな葬儀形式を説明できません。さらに,葬儀費用の内容,業者との交渉は個別具体的に喪主の考えにより決定されるのですから,自発的に葬儀を挙行したものがその費用を負担するのは私的自治の原則から当然のことです。葬儀が,相続に際し通常行われるとしても財産的承継を定める相続とは本来別個の儀式,手続きであると考えるべきです。
 A(葬儀費用債権者との関係)葬儀費用の債権者側の立場からいえば,葬儀を主宰している喪主との契約と考えるのが通常であり,その信頼も保護する必要があります。
 B(香典との関係)香典は,後述のように葬儀の主催者(喪主)に対する贈与と考えるのが当事者の意思に合致しますから,喪主は,自ら決定した葬儀費用を負担して,会葬者から頂いた香典を事実上費用に充当することになります。その結果,費用がマイナスでも自らの意思により葬儀を主宰した以上他の人に負担を求めることはできないはずです。その相手が相続人でも同様です。
 C(相続税法との関係)相続税13条1項2号は,相続財産の価額から被相続人に係る葬式費用を控除した価額につき,相続税が課税される旨規定しているので,葬儀費用負担は相続人の法的義務のように読むこともできます。しかし,この規定は,相続税の計算上相続人の負担を軽減するための政策規定であり,葬儀の性質上死者を弔う意思があってもなくても相続人である以上常に葬儀費用を負担すべきであると定めたものではありません。
 D(相続財産に関する費用,民法885条の関係)葬儀費用は,相続の時発生するとしても,相続財産の費用には該当しませんから相続財産の負担とすることもできません。本条は,公正な遺産分配を図るため遺産から管理処分費用の支払いを認めたものですが,葬儀は死者の霊を弔う道徳的なものであり遺産の管理処分とは無関係です。
 E(葬式費用の先取特権との関係)民法306条3号,309条1項は,債務者の身分に応じてした葬式の費用については,その総財産の上に先取特権が存在する旨規定しているので,債務者が取得する遺産が担保になり,費用は,遺産の負担,相続人の負担になると読めないこともないですが,この規定の趣旨は,債権者に先取特権という優先権を認め,費用がない債務者が葬式を円滑に行うことを保障しようとするもので,葬儀費用の負担義務者を定めた規定ではありません。
 F(労働法等との関係)労働基準法80条は,労働者が業務上死亡した場合使用者は,葬祭を行う者に対して,所定の葬祭料を支払わなければならないと規定し,国家公務員共済組合法63条1項,2項も,組合員が公務によらないで死亡したときの所定の埋葬料は,死亡の当時被扶養者であつた者で埋葬を行うものに対し,あるいは,埋葬を行った者に対し,支給すると規定していることから喪主が負担義務者と考えることが可能です。
 G東京地裁昭和61年1月28日判決(立て替え金請求事件)は,特別の事情がない限り喪主が負担すべきであると判断し詳しい理由を述べています。参考になる判例です。
 H ただ,後述の判例の他,全相続人が共同負担すべきであるとする東京高裁昭和30年9月5日決定がありますが,明確な理由は説明されていません。又,相続人不存在の場合には葬儀費用は相続財産が負担するという東京地裁昭和59年7月12日判決もありますが,相続人がいる場合も同様に考えられるか問題です。

【香典の法的性質】
 香典とは,仏式の葬儀において,死者の霊前に香の代わりに供える金品(今日,殆どの場合は現金でしょう。)をいいます。この現金の授受を法的に評価するとすれば,社会通念上,香典が弔問者による葬儀費用の一部負担という性質を有していることに照らし,弔問客から喪主(喪主が形式的なものにすぎない場合は,実質的な葬儀の主催者)に対する贈与であると見ることができるでしょう。これは法律でそう決まっているという問題ではなく,当事者の合理的な意思の解釈,つまり事実認定の問題です。受け取った香典の取扱いとしては,まずは葬儀費用による出費の補填に充てて,余りが出た場合には,大抵,喪主がそのまま取得し,足りなかった場合には,その不足分の分担が問題になるものと考えられます。

【基本的な考え方】
 この問題については,上記のような諸点を参考に,当該地域や親族間の慣習を考慮して,条理に従って判断するしかありません。下級審の裁判例もおしなべて同様の立場を取っています。ところで,ここにいう条理とは,国語的な意味の条理と差異はなく,物事の筋道や道理,社会常識のことを指します。もっとも,その条理がどのような形で表れるかは,当該事件を審理する裁判官次第です。ですから,当事者としては,裁判官に「なるほど。」と思ってもらえるような説得力ある主張をすべきです。

【津地裁平成14年7月26日判決】
 本事例は,被相続人を生前に介護していた孫(相続人ではない。)が喪主を務め,相続人らに葬儀費用の分担を求めたものでした。裁判所の判断としては,当該孫が喪主を務めるに至った事情や,相続人らが生前の介護をしていなかった事情を勘案したうえで,条理上,相続人らには葬儀費用を分担する義務があると認めました。
 しかし,これら相続人らが葬儀や納骨などの諸費用を分担する旨を約束したことはなく,葬儀にも出席していないことからして,相続人らが相続分に応じて負担すべき費用の範囲は当該孫が支払った諸費用のうち被葬者を弔うのに直接必要な儀式費用のみとすべきとして,葬儀や納骨にかかった費目を,相続人らが分担すべきもの(例:お坊さんに読経をしてもらう費用等)とそうでないもの(例:会葬者の通夜・告別式での飲食代金等)に細かく分類しました。
 香典については,上記分類の結果,相続人らに負担させるべきでないとされた費用にも満たないものだったことから,相続人らが分担すべき葬儀費用から控除すべきでないとしました。つまり,相続人らに分担させることが認められなかった費用の支払いに充ててしまってよく,相続人らに返す必要はないということです。本来喪主を務めた者が,葬儀費用を負担し,香典も取得するという考え方を,相続発生前後の事情を総合的に考慮し,信義則,公平の理念(民法1条)により判断したものと考えることができます。

【東京地裁平成6年1月17日判決】
 本事例は,被相続人と生前同居していた曾孫(相続人でもある。)が喪主を務め,他の相続人らに葬儀費用の分担を求めたものでしたが,裁判所は,「単に被葬者の扶養義務者であったことや最も親等が近い血族であったことだけで,葬儀費用の負担者とされることは通常ないと思われるし,そうすることが合理的であるという理由も見当たらない。」として,当該孫の請求を退けました。
 この事例では,当該曾孫が長年にわたり被相続人と同居して世話をしてきて,葬儀を実質的に主催した喪主であること,香典を全部取得していること,これに対して被告らが被相続人の養子ではあるものの,死亡の25年前に家を出て,その際,養子離縁届も渡され,贈与を受けていた不動産の持分も返還するなどしていて,それ以来はほぼ没交渉で葬儀にも参列していなかったことなどが判断の基礎となる事実として指摘されました。喪主が費用を負担するという考え方を採用しているようです。

【本件事案の検討】
 以上を前提に,ご相談いただいた本件について考えると,亡くなった弟さんご本人とその奥様やお子様方が特段没交渉だったという事情もなく,葬儀にも参列していることと思われること,あなたが実質的に葬儀を取り仕切ったのも甥御さんの後見的立場としてしたものあることなどから,相手方側に対して葬儀費用の一部分担を求めることについては裁判所の理解も得やすいでしょう。というのは,実質的な喪主は,貴方ですが,相続人も葬儀に出席し,形式的であれ,相続人を代表して甥御さんも喪主の役目を果たしていることから貴方と法定相続人が共同で喪主を務めたと考えることが可能だからです。喪主の役割分担に応じて葬儀費用を負担すると考えるのが妥当であると思います。
 次に香典についてですが,本件では,建前上の喪主が甥御さんだったとしても,実質的な葬儀の主催者があなただったことや,諸費用を支出したのがあなただったことなどの事実関係をきちんと主張立証できれば,裁判所においてもそれはあなたが受贈したものであるとの認定をしてもらえる可能性が高いでしょう。
 相手方側は,葬儀費用は本家の負担で,香典は喪主のものという主張であるとのことですが,裁判所が仮に葬儀費用についてそのような慣習を認定できたとしても,その一方で香典は甥御さんに支払われたものだったとすることは条理に照らしていかにも不公平で,そのような認定はなかなかしづらいものと思います。但し,葬儀費用について相続人側にも負担を求めるのであれば,香典についてもその割合に応じて返還するということが公平のようにも考えられます。喪主の役目を貴方と,相続人が共同して果たしたという実体があれば,会葬者の香典も共同して分担した喪主に対する贈与と考えられるからです。
こうした説明をあなたがご自分でなさっても聞いてもらえないときや,話し合いでの解決が困難と思われるときは,弁護士にご相談なさってください。

≪参照条文≫

相続税法
(債務控除)
第13条
1項
相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。以下この条において同じ。)により財産を取得した者が第一条の三第一号又は第二号の規定に該当する者である場合においては,当該相続又は遺贈により取得した財産については,課税価格に算入すべき価額は,当該財産の価額から次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。
一 被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)
二 被相続人に係る葬式費用
2項及び3項

明治八年太政官布告第百三号(裁判事務心得)
第3条
民事ノ裁判ニ成文ノ法律ナキモノハ習慣ニ依リ習慣ナキモノハ条理ヲ推考シテ裁判スヘシ
民法
(一般の先取特権)
第三百六条  次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は,債務者の総財産について先取特権を有する。
三  葬式の費用
(葬式費用の先取特権)
第三百九条  葬式の費用の先取特権は,債務者のためにされた葬式の費用のうち相当な額について存在する。
2  前項の先取特権は,債務者がその扶養すべき親族のためにした葬式の費用のうち相当な額についても存在する。
(相続財産に関する費用)
第八百八十五条  相続財産に関する費用は,その財産の中から支弁する。ただし,相続人の過失によるものは,この限りでない。
2  前項の費用は,遺留分権利者が贈与の減殺によって得た財産をもって支弁することを要しない。

労働基準法
(葬祭料)
第八十条  労働者が業務上死亡した場合においては,使用者は,葬祭を行う者に対して,平均賃金の六十日分の葬祭料を支払わなければならない。

国家公務員共済組合法
(埋葬料及び家族埋葬料)
第六十三条  組合員が公務によらないで死亡したときは,その死亡の当時被扶養者であつた者で埋葬を行うものに対し,埋葬料として,政令で定める金額を支給する。
2  前項の規定により埋葬料の支給を受けるべき者がない場合には,埋葬を行つた者に対し,同項に規定する金額の範囲内で,埋葬に要した費用に相当する金額を支給する。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る