新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1031、2010/6/8 16:13 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・起訴便宜主義と不当な起訴に対する対策】

質問:夫が万引きで逮捕されました。罪を認めているようです。被害金額は500円です。私が被害店に謝りに行き、被害店の店主が、許してくれると言ってくれました。示談書にサインもしてくれました。夫には前科もありません。しかし、検察官は、起訴すると言って聞きません。起訴されてしまったら、前科は付きますか?起訴されてしまっても、示談していることで、前科をつけないようにできませんか?有罪であっても起訴が不当であること主張することはできますか。

回答: 
1.万引きが事実であれば、起訴されると、刑法235条により、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられることになります。前科とは法律用語ではありませんが、過去に有罪判決を受け確定したことですので、たとえ執行猶予がついても有罪判決ですから、前科がつくということになるでしょう。また、検察官には広範な訴追裁量権がありますので(刑訴248条起訴便宜主義)、起訴の後で、起訴の妥当性を争うのも不可能に近いと思われます。刑事弁護は起訴前が非常に重要です。示談をした上で弁護人を依頼すれば不起訴にできる可能性が高まるといえますので、早めに相談してください。
2.尚、起訴前に起訴(略式手続)することが検察官との交渉で明らかになった場合は、弁護人を通じ担当検察官に対し面会を申し入れ不起訴にすべき理由書を提出して争う必要があります。公益の代表者として必ず理由を聞いてくれます。しかし、担当検察官が正当な理由なく撤回しない場合は、担当検察官(本件でいえば区検察庁 担当副検事、又は、副検事と同様の権限をもつ検察官事務取扱検察事務官、検察庁法附則36条)の上司(区検責任者である検事、副検事。検察庁法10条)に面会を求め起訴の理由について説明を求めるべきです。正当な理由があれば上司の意見等で撤回してくれる場合もあります。ただ、在宅捜査ではなく、身柄勾留満期前であれば、交渉時間がありませんので検察官とは連絡を密にしておく必要があるでしょう。

解説:
1.(前科について) 起訴とは、検察官が裁判所に対し、被告人について刑事処分を与えるための裁判を開くことを求める手続を指します。裁判では、裁判官が、証拠にもとづいて、犯罪事実の有無、処罰の程度を決めます。窃盗罪は、他人の財物を窃取すれば成立しますし、わいせつ罪の一部に見られるような親告罪の制度もありません。したがって裁判所は、仮に示談が成立していても窃盗の事実を認定すれば、有罪判決を出すことになります。前科とは、過去に有罪判決を受けていること(略式起訴による罰金刑を含みます)を指しますので、有罪判決が出れば前科ということになります。つまり、犯罪事実について認めざるを得ない場合、起訴されてしまえば有罪判決はやむをえないことになり、前科はついてしまうことになります。

2.(起訴便宜主義と検察審査会) 検察官には、広範な訴追裁量があります。検察官に、起訴・不起訴の裁量権を与えることにより、公権力からの不当な干渉から国民の人権を守る、という憲法上の目的を果たすためであり、起訴便宜主義と呼ばれます(刑訴248条)。検察官は、事件を捜査し、証拠を精査し、当該事件について、公判請求をするかどうかを決めることができます。検察官は、事件を捜査した結果、証拠の内容から、犯罪事実の立証が困難であると判断した場合(嫌疑不十分)や、事案が軽微で、裁判や刑事罰までは必要ないと判断した場合には、不起訴処分として事件を終了させることもできるのです。検察官の起訴便宜主義については、検察審査会という制度があります。検察審査会では、検察官の起訴に関する処分について調査します。しかし検察審査会は、検察官のした「不起訴処分」について、その是非を検討するための機関です。検察官のした「公訴提起(起訴)」の是非について検討する機関ではありません。

3.(起訴の不当性を争う手続き) どうして、起訴が不当と思われる場合に検察審査会の様な制度がないのでしょうか。検察官が公訴を提起した以上、その内容の適法、妥当性は法解釈の問題であり、司法権すなわち、裁判所の判断(後記公訴権濫用の法理)にゆだねられるからです(憲法76条)。これに対し、不起訴処分については、公益の代表である検察官に公訴提起の独占権、裁量権限を与えているので(刑訴247条、248条)その妥当性について、裁判所の判断に任せるより、公益、すなわち国民の代表としての機関である審査会の判断協議に任せていると考えることができます(検察審会法1条)。

4.(本件) 本件では、被害金額が500円と低く、被害店の店主が宥恕の意思を示しています。これだけの条件が揃っていれば、ご主人様に窃盗の前科や執行猶予中であるなどの特殊な事情が無ければ、不起訴にするのが相当な事案だと思われます。では、仮に検察官に起訴されてしまった場合、その起訴が不当であるという判断は可能でしょうか。この点、検察官のした起訴が、訴追の裁量権を逸脱した権利濫用となるかについて、判例がありますので紹介します。

5.(判例) 昭和46年9月29日 福岡高裁判決。「本件で問題となつているのは事案が軽微で一般起訴猶予基準と比べて起訴猶予相当と思われる案件について起訴された場合の公訴権濫用の法理である。ところで刑事訴訟法第二四七条は公訴は検察官がこれを行うこととし、検察庁法によつて検察官の資格を厳格に規定し、適格性を審査し、検察官一体の原則に従い、刑事訴訟法第二四八条のいわゆる起訴便宜主義により公訴権の適正な運用をはかつており、反面、不起訴処分に対しては検察審査会法に基づき審査の申立又は刑事訴訟法第二六二条の請求ができるのである。しかし起訴処分については公訴権濫用である旨の不服申立方法を規定した条項が存しないのである。これは法が検察官の良識を信じ、検察官に広般な裁量権を附与しているものと解するのを相当とするのである。しかし、検察官の起訴不起訴の処分は訴追裁量であつて司法の公平な運用の一端を荷うものであり、厳正公平を要請されること当然である。そしてそれは同時に行政処分であり、従つて憲法第八一条の「処分」に含まれ、違憲審査の対象となるものと解される。しかし、三権分立の原則によつて起訴不起訴の処分は検察官の裁量行為とされているのであつて、裁判所が起訴処分を公訴権の濫用とし無効とする場合があるとすれば、それは検察官の公訴提起が、同種事案に対する一般的起訴猶予基準に対比して客観的に起訴猶予にせられるべきことが極めて明白であるのに何等合理的理由なくして著しく不当に差別的に起訴せられたという不当差別の客観的要件と検察官の公訴提起に不当差別の目的的積極的悪意があるという不当差別の主観的要件を具備することを要するものと解するのを相当とする。従つて、単に検察官の処分の不当を非難するに過ぎない場合や、又は同種事犯者で起訴猶予となつている者が他に多数存在するというだけでは足りず、その著しい不当が違法である所以を明らかにするものでなければならず、また検察官の過失怠慢が存するだけでは足りないといわねばならない。」
 本判決は、公共の場所にビラを貼る行為について、商用のビラを貼ったものは不起訴処分にし、政党のビラを貼った者を起訴したのは公訴権の濫用であると争われた事案です。裁判例によれば、単純に同種の事案で不起訴になる事例が多い、というだけでは公訴権の濫用とは認められず、それに加えて、公訴を提起した検察官が、「検察官の公訴提起に不当差別の目的的積極的悪意があるという不当差別の主観的要件」を具備していることを要求するものです。検察官が、当該被告人を差別する積極的な意図をもって公訴を提起したことが必要だ、ということですが、実際問題として、検察官のこのような意図を立証することは、不可能に近いでしょう。

6.(判例) 最高裁は、昭和55年12月17日判決で、「検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしかに、右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法二四八条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法四条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならないものとされていること(刑訴法一条、刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。」と判示しています。職務犯罪を構成するような公訴提起でなければ裁判所は無効と断ずることはしないのです。

7.(まとめ) これらの判例にてらすと、相談者の夫は、被害金額が軽微で、被害者の宥恕もいただけていることから、不起訴が相当な事案であることは間違いありませんが、仮に起訴されてしまった場合、積極的な不当差別の意図があることや、公訴提起自体が職務犯罪を構成する場合とはいえないでしょう。起訴されてしまえば、有罪、すなわち前科がついてしまうことは確実です。刑事事件は、起訴前弁護に重要な意義があります。本人が反省し、被害者が宥恕してくれている場合、検察官と粘り強く交渉し、不起訴処分にしてもらう必要があります。被疑者の親族では、検察官と対等に交渉するのは困難であると思われますので、弁護士に相談することをお勧めいたします。

≪参照条文≫

憲法
第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2  華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
○3  栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第十九条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第七十六条  すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2  特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
○3  すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

刑事訴訟法
第一条  この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
検察庁法
第四条  検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。
第十条  二人以上の検事又は検事及び副検事の属する各区検察庁に上席検察官各一人を置き、検事を以てこれに充てる。
○2  上席検察官の置かれた各区検察庁においては、その庁の上席検察官が、その他の各区検察庁においては、その庁に属する検事又は副検事(副検事が二人以上あるときは、検事正の指定する副検事)が庁務を掌理し、且つ、その庁の職員を指揮監督する。
第三十六条  法務大臣は、当分の間、検察官が足りないため必要と認めるときは、区検察庁の検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができる。

検察審査会法
第一条  公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため、政令で定める地方裁判所及び地方裁判所支部の所在地に検察審査会を置く。ただし、各地方裁判所の管轄区域内に少なくともその一を置かなければならない。
○2  検察審査会の名称及び管轄区域は、政令でこれを定める。
第二条  検察審査会は、左の事項を掌る。
一  検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項
二  検察事務の改善に関する建議又は勧告に関する事項
○2  検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者(犯罪により害を被つた者が死亡した場合においては、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない。
○3  検察審査会は、その過半数による議決があるときは、自ら知り得た資料に基き職権で第一項第一号の審査を行うことができる。
第三条  検察審査会は、独立してその職権を行う。
第四条  検察審査会は、当該検察審査会の管轄区域内の衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選定した十一人の検察審査員を以てこれを組織する。
   第二章 検察審査員及び検察審査会の構成
第五条  次に掲げる者は、検察審査員となることができない。
一  学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に定める義務教育を終了しない者。ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する者は、この限りでない。
二  一年の懲役又は禁錮以上の刑に処せられた者
第六条  次に掲げる者は、検察審査員の職務に就くことができない。
一  天皇、皇后、太皇太后、皇太后及び皇嗣
二  国務大臣
三  裁判官
四  検察官
五  会計検査院検査官
六  裁判所の職員(非常勤の者を除く。)
七  法務省の職員(非常勤の者を除く。)
八  国家公安委員会委員及び都道府県公安委員会委員並びに警察職員(非常勤の者を除く。)
九  司法警察職員としての職務を行う者
十  自衛官
十一  都道府県知事及び市町村長(特別区長を含む。)
十二  弁護士(外国法事務弁護士を含む。)及び弁理士
十三  公証人及び司法書士

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