公然わいせつ罪と医師免許資格
刑事|医師法|歯科医師法|行政処分|刑事事件における示談の理論的根拠
目次
質問:
私は,歯科医師ですが先日深夜,街灯がない薄暗い道を酒に酔って下半身を露出して歩いていたところある女性が目撃し,交番に届けられて取り調べを受けました。どうしたらいいでしょうか。
回答:
1.今回のケースの場合,あなたの行為について,公然わいせつ罪(刑法174条)が成立する可能性が高いものと考えられます。現時点でとり得る手段を検討すると,①贖罪寄付,②目撃者の女性との示談,の2つを挙げることができます。刑事事件における示談の理論的根拠は自力救済禁止(法の支配)に求めることができます。従って,示談は不可欠でしょう。法律相談事例集キーワード検索957番参照。
2.貴方は,歯科医師ですから刑事処分の他行政処分として医道審議会の医師資格審査が有りますので一般人と異なり,不起訴処分を目的にして弁護活動を行う必要があります。
3.公然わいせつ罪に関する関連事例集参照。
解説:
1.(公然わいせつ罪の成否について)
犯罪とは,一般に「構成要件に該当し,違法かつ有責な行為」であると定義されていますので公然わいせつ罪が成立するか順を追って要件を検討します。
2.(まず保護法益は何か)
ところで公然わいせつ罪の保護法益ですが,刑法をはじめとする刑罰法規の本質は,法益の保護をその目的とすることにあり,刑法の処罰規定は,必ず何らかの法益を保護し当該保護法益から要件も導かれるという関係にあります。そこで公然わいせつ罪が保護する法益は何かを検討してみますが,下記①・②の2つの考え方が対立しています。
①「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益とする考え方。通説は,公然わいせつ罪の保護法益を,社会的法益としての「健全な性秩序ないし性的風俗」と捉えています。この説によれば,公然わいせつ罪とは,社会の健全な性秩序を乱す風俗犯として位置づけられることになります。
次に,②「見たくない者の性的自由」を保護法益とする考え方。上記のような「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益と考える立場に対しては,価値観が多様化している現代国家において,一定の性道徳を国家が個人に対して押しつけることは妥当でないという批判があります。このような批判から,公然わいせつ罪の保護法益を,個人的法益としての「見たくない者の性的自由」として捉える説も存在します。この説からは,公然わいせつ罪を「個人の性的自由を侵害する犯罪」として捉えることになるでしょう。
3.(保護法益についての判例等の考え方)
公然わいせつ罪の保護法益について,明確な結論を示した判例はありません。しかし,公然わいせつ罪と同質の犯罪類型であると考えられるわいせつ物頒布等の罪(刑法175条)につき,判例は「刑法175条が,所論のように他人の見たくない権利を侵害した場合や未成年者に対する配慮を欠いた販売等の行為のみに適用されるとの限定解釈をしなければ違憲となるものではない」(最判昭和58年10月27日刑集37巻8号1294頁)と述べており,この論理は公然わいせつ罪にも当てはまるものと考えられます。つまり,判例は,公然わいせつ罪の保護法益が「見たくない者の性的自由」のみを保護しているとする考え方については,これを明確に否定しているといえるでしょう。
価値観が多様化している現代国家において,一定の性道徳を国家が個人に押しつけることは妥当で無いという上記①の考え方に対する批判は,理由のあるものであるといえます。また,性道徳や性風俗は,その時代の社会のあり方に伴い変化する動態的な概念ですから,これを保護法益とすることは,公然わいせつ罪の処罰範囲を不明確にする危険を伴います。その意味では,②説の立場のように,公然わいせつ罪の保護法益を「見たくない者の性的自由」ととらえ,個人の性的自由を侵害しない場合(現に目撃者がいない,あるいは目撃した者の同意がある場合など)には公然わいせつ罪の成立を否定し,処罰範囲を限定することは,刑罰法規の持つ行為規範としての性格に照らしても,合理性を有するものといえます。
しかし,それにもかかわらず,上記②説のように,公然わいせつ罪の保護法益を「見たくない者の性的自由」のみと考えることはできません。なぜならば,刑法174条は,「公然とわいせつな行為をした」ことのみをもって,公然わいせつ罪の成立を認める文言となっており,そこに「現に目撃者がいること」や「目撃者が同意をしていないこと」を読み込むことは,解釈論(法律の文言をどのように読むかという議論)として無理があるからです。上記②説の立場は,「立法論」(法律の文言をどのように定め,あるいはどのように改正するかの議論)としては合理性を有するものであると言えますが,「解釈論」としては無理があると言わざるを得ません。このように,「立法論」と「解釈論」は峻別されなければならないのです。
したがって,公然わいせつ罪の保護法益は,やはり社会的法益としての「健全な性秩序ないし性的風俗」と考えざるをえないでしょう。もっとも,「健全な性秩序ないし性的風俗」の保護に伴い,「見たくない者の性的自由」をも副次的に保護していると考えることは十分に可能であると考えられます(上記最判の団藤重光裁判官の補足意見『…猥褻文書図画頒布販売罪の行為類型の中心にあるのは,人の性的な好奇心や慾望の弱点につけこんで営利をはかろうとする商業主義的行為であり,しかも,その中には,少年の情操を害するような態様のものや,いわゆる「見たくないものを見ない権利」を害するような態様のものも含まれているのである』を参照)。以下では,保護法益をこのように捉える立場から,公然わいせつ罪の成否及びとり得る手段を検討します。
4.(公然わいせつ罪の構成要件該当性について)
(1)公然わいせつ罪の構成要件とは,刑法やその他の刑罰法規に定められた,犯罪の成立のために必要な形式的要件のことをいいます。刑法174条によれば,公然わいせつ罪が成立するためには,①公然と,②わいせつな行為をすること及び③故意(①と②に該当する事実についての認識)が必要となります。
(2)(公然性)
「公然」の意義については,刑法上明確に定められた規定はありません。しかし,その文言と,上記の保護法益に照らして解釈すれば,「不特定又は多数の人が認識することのできる状態」(最決昭和32年5月22日裁判集刑事11巻5号1526頁)のことをいうと解されます。すなわち善良なる社会風俗秩序維持のため危険犯的性格を有する犯罪です。
今回のケースでは,深夜とはいえ,一般人が通行する可能性がある公道上での行為(しかも,現に女性に目撃されている)ですから,少なくとも「不特定の人が認識することのできた状態」であること,すなわち公然性は明らかです。たとえ目撃した人が1人であっても健全な性秩序ないし性的風俗を保護しようとする趣旨から不特定,又は,多数の人が認識できる状態である以上公然性が認められることになります。
但し,静岡地方裁判所沼津支部昭和42年6月24日判決は,旅館経営者が女性と共謀し旅館で知り合いの4名の者に対してのみ女性の陰部の写真を撮らせる等の行為をした事件について「特定,少人数である」として公然性を否定し無罪を言い渡しています。妥当な判断です。この判決でも不特定,多人数を旅館に勧誘しているような場合は公然性が満たされる事になるでしょう。これに対し不特定多数の人を勧誘している以上会員制でもワイセツな行為観覧について公然性を認めた東京高等裁判所(控訴審)昭和33年7月23日判決も参考になります。
(3)(わいせつな行為)
公然わいせつ罪の保護法益は,「健全な性秩序ないし性的風俗」であると考えられること,また,これらの概念は,その時代や社会の状況により変化しうる動態的なものであることは,既に述べました。とすると,「健全な性秩序ないし性的風俗」を害する「わいせつな行為」を一義的に定めることも,また困難であるといわざるを得ません。刑法174条の定める「わいせつ行為」について判示した下級審の裁判例として,大阪高判昭和30年6月10日(「わいせつ行為とは性欲の刺げき満足を目的とする行為であって,他人の羞恥の情を懐かしめる行為を云う」としたもの)や,東京高判昭和27年12月18日(「猥褻の行為とは,その行為者又はその他の者の性欲を刺激興奮又は満足させる動作であって,普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと解するのを相当とする」としたもの)があります。
しかし,これらの裁判例の判示するところによっても,「わいせつ行為」に該当する行為がいかなるものかは判然としません。このように,「わいせつな行為」の範囲・限界は,かなり不明確なものとなっています。しかし,少なくとも,貴方の行った性器の露出行為や姦淫行為が「わいせつ行為」に当たることには争いがありません。
(4)(故意)
故意とは,構成要件に該当する事実の認識のことをいいます。公然わいせつ罪でいえば,①公然性を基礎づける事実の認識,及び,②「わいせつ行為」に該当する行為をしていることの認識があることが,構成要件該当性を肯定するために必要な要件となります。これを今回のケースに置き換えれば,①一般人が通行し得る公道上の行為であることの認識,及び,②下半身を露出していることの認識ということになるでしょう。
今回のケースでは,あなたは酒に酔っていたとのことですが,酒に酔った状態であっても,その状態でこれらの事実を認識している限り,故意は認められます。逆に,酒に酔っていたことにより,①自宅での行為であると認識していたとか,あるいは,②自分が下半身を露出していないと認識していたなどの事情が認められれば,故意が否定される余地はあります。しかし,結局のところ,あなたの主観の問題ですから,上に挙げたような故意を否定する事情を,証拠により証明することはできないものと思います。飲酒して現在当時の事情をよく覚えていないことと事件当日認識があったかどうかは別の問題だからです。
(5)(結論)以上あなたの行為は,公然わいせつ罪の構成要件に該当するものと思われます。
5.(違法性の有無)
違法性判断の構造ですが,刑法やその他の刑罰法規において定められる構成要件とは,一定の違法行為を類型化したものであると考えられています。したがって,構成要件に該当する事実が認められる場合,その行為は原則として違法であると推定されるのです(これを,「構成要件の違法推定機能」といいます)。したがって,構成要件該当性が認められた場合,その後になされる違法性の判断とは,推定された違法性を否定する事由(これを「違法性阻却事由」といいます)があるか否かという観点から行われます。違法性阻却事由の典型例としては,正当防衛(刑法36条)を挙げることができるでしょう。今回のケースにおいては,違法性阻却事由となりうる事実は存在しないものと考えられますから当然違法性も認められるでしょう。
6.(刑事責任の有無)
次に,責任についてはどうでしょうか。責任とは,違法行為を行った者(の意思決定)に対する非難可能性のことをいいます。たとえ違法行為を行ったとしても,その者が,その行為当時の状況に照らして,そのような行為(を行う意思決定)を避けることができなかったのであれば,それを非難することはできませんから,犯罪は成立しません。言い換えれば,行為者の有責性を肯定し,犯罪の成立を認めるためには,①その者が行為の違法・適法を判断する能力を有し(これを,「事理弁識能力」といいます),かつ,②その判断に従って自らの行為を制御する能力があること(これを「行動制御能力」といいます)が必要となります。
したがって,この2つの能力(両者を併せて「責任能力」といいます)の有無が,責任判断の本質であり,その中核的要素となります。刑法が,39条1項において,心神喪失者(事理弁識能力や行動制御能力を欠く者)の行為について不可罰とし,同2項において,心神耗弱者(事理弁識能力や行動制御能力が著しく低い者)の行為について減刑を認めているのは,上記の考え方と整合的であるといえるでしょう。酩酊は,意識障害を生じさせるものですから,事理弁識能力や行動制御能力に影響を及ぼすものであると考えられます。酩酊といっても,その程度により責任能力に及ぼす影響は様々ですが,実務的には,単純酩酊の場合には完全な責任能力を肯定し,複雑酩酊の場合には心神耗弱を,病的酩酊の場合には心神喪失を認めるのが一般的な考え方であるといわれています。そうでなければお酒を多量に飲んでしまえば刑事責任を回避できることになるからです。
7.(貴方がとり得る対応,手段について)
(1)あなたの行為が公然わいせつ罪に当たるとして,警察の取り調べを受けたということですから,刑事事件として取り扱われることになります。今後検察官の取り調べのために検察庁に呼び出されることが予測されます。しかし,犯罪に当たる事件がすべて起訴されるわけではありませんから,あなたとすると不起訴処分となるための準備をする必要があります。不起訴処分には嫌疑不十分と起訴猶予がありますから,犯罪事実を争い犯罪の嫌疑が不十分であると主張するか,犯罪事実は認めるが,被害弁償を行い反省していることを示して起訴を猶予してもらう,といういずれかの方法を準備する必要があります。
ご相談の場合は,犯罪事実に争いがなくしかも目撃者がいるということですから証拠もそろっていると考えられるので,起訴猶予のための準備を考えるべきでしょう。仮に,犯罪事実を争うことになると否認事件として逮捕勾留される危険もあります。起訴猶予のための準備としては贖罪寄付と目撃女性へのお詫びと示談が考えられますが,この点は上記において述べた「公然わいせつの保護法益」とも関連します。
(2)(贖罪寄付)
公然わいせつ罪の保護法益は,既に述べたように,社会的法益としての「健全な性秩序ないし性的風俗」であると考えられます。窃盗罪や傷害罪等の個人的保護法益に対する犯罪とは異なり被害者個人に弁償すれば足りるということにはなりません。社会的法益に対する罪については弁償という考え方はなじまないともいえるでしょう。しかし,あなたが罪を認め,何らかの償いをしたいと考えるのであれば,あなたの反省を示す手段の1つとして「贖罪寄付」を検討されるべきでしょう。贖罪寄付は個人的法益の犯罪についても示談できない場合に「贖罪寄付」とする場合がありますが被害者が特定できない犯罪についても反省を示す客観的な材料として行われることになります。贖罪寄付は法テラスや弁護士会,赤十字などの団体でこれを受け付けています。
(3)(目撃女性との示談とその根拠)
また,公然わいせつ罪は「見たくない者の性的自由」をも副次的に保護していると考える立場からすれば,被害女性と示談をすることは,被害者に弁償したことになり個人的保護法益の回復となりますから起訴猶予が認められるための有効な手段の1つとして考えられます。なぜ刑事事件において示談をしなければならないかという理論的根拠ですが,それは法の支配の理念,自力救済禁止に求める事ができます。いかなる国民も被害を蒙った自らの権利を強制的に回復,実現するためには裁判所の手続を経なければならないということ,これを 自力救済禁止の原則といいます(憲法31条,32条,76条)。刑事事件において幾ら甚大な被害を蒙っても自ら報復はできません。財産的損害は民事訴訟手続きにより請求しなければなりませんし,被告人の生命身体の自由を剥奪拘束することにより社会,被害者に対する更生,償いは刑事訴訟手続きによってしか行うことができません。これを別な側面から見ると,裁判所,検察官という国家機関が被害者に代わり被告人の刑事責任を公正な法の下に追及するということにもなります。
従って,当の被害者本人が,和解,示談により処罰意思の放棄がなされれば,国家機関もその意思を重視し考慮せざるを得ないことになります。逆に,被害者の処罰意思が強固であれば裁判所もその意思を無視することはできません。又,処罰の減刑を求めるためにはそれに代わる,代償,償いを自ら示さなければなりません。その方法ですが,法治国家においては金銭的償いとなります。
具体的には,被害者に対する弁償,被害者が,国家,社会であれば国家,社会に対する償い,贖罪寄付ということになります。そういう意味で被害者側との示談は刑事事件において不可欠の要素になります。有罪率99%以上の刑事事件について被害者側との適切,迅速な対応が要求されます。ただ,警察署,捜査機関において,本罪の社会的法益を強調し,目撃被害者との謝罪交渉をする必要がないと説明する場合が有りますので,弁護人も個人的法益を保護する趣旨を強調,説明して被害弁償を行う必要があります。依頼した弁護士とよくご相談のうえ,これらの手段をとるかどうか,検討されるとよいでしょう。
8.(医道審議会の関係)
示談,贖罪寄付を行わない場合,通常初犯で有れば,略式手続き(刑訴461条)により罰金を科せられることになりますが,貴方は歯科医師ですので,刑事手続きが終了しても,医師資格に関する行政処分が待っています(歯科医師法7条以下)から安心はできません。一番の違いは,執行猶予でも行政処分は必ず行なわれます。刑罰の執行を猶予されても,罪を犯したことに変わりはありませんので医師資格の審査判断は全く別の問題になるのです。この点を弁護人が勘違いして刑事裁判で執行猶予を求め後で取り返しのつかない事態になる場合がよくあります。すなわち,刑事裁判で執行猶予が付いたのに医師資格取り消しの場合です。注意してください。
従って医師の場合何としても不起訴処分を求める起訴前弁護が必要不可欠です。必ず事前に専門家にご相談ください。又,被害弁償,社会に対する償いがなされているかどうかは,勿論,医師としての資格付与の判断要素になりますので,起訴前,起訴後においても医道審議会を予想した刑事弁護が必要となります。
以上