新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は借家住まいなのですが,先日,裁判所から,大家さんが破産手続開始の決定を受けたとの封書が届きました。私は,今後も,ここに住み続けることができるのでしょうか。また,賃貸借契約を結んだ際,大家さんに敷金を差し入れているのですが,仮に退去することになった場合,この敷金は返してもらえるのでしょうか。 解説: 2.(賃借人が対抗要件を備えていれば,賃借権を管財人に主張できます。平成16年改正破産法56条1項の趣旨) 3.(本件について) 4.(敷金返還請求権はどうなるか,一般論について,改正破産法70条後段の内容) 5.(破産法70条後段の趣旨) 6.(本件について) ≪参照条文≫ 破産法 借地借家法 民法
No.1041、2010/7/28 14:48 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【破産・賃貸人が破産すると賃貸借契約はどうなるか・賃借人は退去することになるか・敷金は戻ってくるか】
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回答:あなたは,きちんと家賃を支払い続ける等賃借人としての義務を果たす限り,今の場所に住み続けることができます。敷金が返ってくる可能性はかなり低く,仮に返ってきたとしても,わずかな額でしょう。もっとも,あなたは,破産管財人に対し,今後支払う賃料を敷金額の限度で大家さんの他の財産と分けて保管するよう請求することができ,のちに退去する際は,賃料に敷金を充当して,賃料として支払われた金銭の返還を優先的に受けることができます。
1.(賃貸借契約は存続するか,一般論と問題点について)
賃貸人について破産手続開始決定があった場合,賃貸人の財産である建物は破産財団(破産法43条1項)と呼ばれ,債権者に配当するため,その破産した賃貸人に代わって破産管財人(破産法2条12項。以下「管財人」といいます。)が管理することになります(破産法79条)。管財人は財産を処分して債権者に配当するわけですから処分の間までの期間,管財人が賃貸人となると考えて良いでしょう。そこで,まず管財人が破産を理由に賃貸借契約を解除できるかが問題となります。破産法は破産手続開始時点の破産者の財産を債権者に平等に分配する手続きとすると(破産法1条),すべての契約関係を終了させて清算する必要があり,賃貸借契約も一度終了させるため解除ができるとも考えられるからです。なお,解除できないとすると破産管財人は賃借人のついた状態で建物を売却(任意売却や競売)しますので,賃貸借契約はその建物を買った人との間で継続することになります。また,破産する場合ですから建物に抵当権等の担保権が付いていることも予想されます。その場合は,担保権者との関係で建物購入した人との間で賃貸借契約が継続できるかという問題になります(特に競売の場合問題が出てきます)。これらの点については別に詳しく説明がありますので本稿では説明を省略します。法律相談事例集キーワード検索822番を参照してください。
管財人は,賃借人がいわゆる対抗要件(賃借権の登記,引渡し等)を備えている場合,賃貸借契約を一方的に解除することはできず(破産法56条1項),賃借人は継続的に使用・収益することができることができますし,賃借人の債権は財団債権となります(同条2項,財団債権につき2条7項)。例えば,賃借人の賃借物の使用収益権,賃借物の必要費,有益費,修繕請求権です(民法608条,606条)。この規定の趣旨は,以下のとおりです。すなわち,管財人は双務未履行の契約において解除か契約の履行かの選択権を有する(破産法53条1項)ところ,旧破産法(平成16年改正前)ではこの規定に該当する規定(旧破産法59条)のみが存在した(前記現破産法56条に該当する規定は存在しなかった)ため,この規定が賃貸借契約にも適用されるか否か明らかではありませんでした。この点,現破産法では,賃借人の保護という観点から(同法53条が賃貸借契約にも適用されると,賃借人は賃貸人の都合によって契約を解除されるという事態が生じます。),同法56条を新設して,対抗要件具備を条件に同法53条の適用を排除することとしたのです。破産法の理想,目的は破産法1条が規定するように破産者の経済的再起更生を果たし,平等な自由主義競争を確保し公正な経済社会秩序を維持することにあり,そのためには,破産者の財産(破産財団)の適正,公平な分配,迅速で低廉な手続きの遂行が要請されます。従って,破産財団の充実,迅速な処分のみ考えれば,破産債権者のために賃貸借契約を解除し賃借物を処分しやすくすべきですが,特に不動産賃借権は社会生活の基礎であり,賃借人保護の思想は借地借家法の存在を説明するまでもなく,賃貸人破産の場合でも同様に保護されなければならず,公正な経済社会秩序の維持の理想にも合致するものと考えられます。
理論的には,破産者と破産財団の関係から当然の結論ということができます。破産財団(新破産法2条14項)は破産者が宣告時に有していた財産を管財人が管理しているだけなのですが,解釈上独立した法主体(又は破産管財人を法主体と考える学説もありますが,いずれにしろ破産者から独立した第三者が存在します。)と考えられますので,賃貸人が目的物を第三者に譲渡した場合と同様になり,破産財団(又は管財人)と賃借人はいわゆる対抗関係の問題となるからです。
あなたは「借家住まい」ということで,当然「建物の引渡し」が認められるのでしょうから,対抗要件は備わっています(借地借家法31条1項)。そこで,あなたは,管財人から解除されることはなく,きちんと家賃を支払続ける等賃借人としての義務を果たす限り,このまま住み続けることができます。
敷金返還請求権は,破産手続開始決定前の敷金契約に基づく債権なので,破産債権となり(破産法2条5号),破産者の破産財団を処分した金員から平等に分配金を受け取ることになります。敷金契約は賃貸借契約とは別の契約として,返還請求権は他の破産手続開始前からの債権者と同様に分配金という形でしか返還を受けられないことになりますから通常敷金は全額戻ってきません。もっとも,賃借人は,管財人に対し,賃料を支払う際に,敷金の額を限度として,賃料支払額の寄託(賃借人のための寄託)を請求することができます(破産法70条後段)。そして,賃借人は,借家の明渡し後,(寄託により法的に未払い状態となっている)賃料に相殺適状になった敷金を充当したうえで,寄託されていた充当分の賃料の返還を財団の不当利得として優先的に受けることができます。寄託を要するのは,その旨の請求がされた後に支払われる賃料となります。以上の様な方法により敷金の相殺期待,担保作用を保護し実質的返還を保証しています。また,寄託の態様としては,管財人が弁済された賃料を破産財団(破産法2条14項)の保管口座とは別口の預金口座に預金するということが考えられます。
この規定の趣旨は,以下のとおりです。すなわち,敷金返還請求権は,賃貸借終了後,建物の明渡しがなされた時に,敷金からそれまでに生じた賃料債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を控除し,なお残額があることを条件として,その残額につき発生する条件付債権であり(最高裁昭和48年2月2日判決,民集27−1−80),賃貸借が継続している間は,敷金を賃料に充当することはできませんから,賃貸人が破産しても本来延滞賃料に充当可能な担保作用を有する敷金を賃借人は利用できません(本来賃借人は賃貸人破産の時こそ敷金の相殺,担保作用を期待していますからその利益が失われることになります。)。他方,賃借人は,敷金の返還が期待できない(前記4)からといって,賃料不払いを続けると,賃貸借契約の解除原因となってしまいます。以上のように,賃借人は,賃貸借を継続したいと思うのであれば,本来であれば延滞賃料に充当可能な敷金の返還が期待できないにもかかわらず,賃料は支払続けなければならなくなるところ,これは賃貸人破産の時のような時こそ敷金による賃料債務との相殺(充当)し担保的作用を期待する権利をもち,生活権の基礎を建物賃借権に依存している賃借人にとって大変酷な状況といえます。
そこで,賃貸人破産における財団と賃借人の公正,公平な手続遂行の趣旨から現破産法は,同法70条1項後段を新設して,同条前段の停止条件付き破産債権と同じように(敷金は解釈上停止条件付き債権となっているので後段により条文上適用を明らかにしたものです。)将来明渡しの際の賃料への敷金の充当,及び,充当分の賃料の返還を予定して,賃借人は管財人に対し支払賃料の寄託(管財人の寄託により賃料債務が依然として残っている形になります。)を請求し得ることとしたのです。期待権を保護する趣旨から寄託を請求できる額は敷金の範囲となります。寄託された賃料は,賃貸借終了による敷金の未払い賃料への充当により,破産財団の不当利得として賃借人が管財人に対して全額返還請求することになります(破産債権ではないので財団債権として全額請求できます。同法148条1項5号。)。
以上より,分配金として敷金が返ってくる可能性はかなり低く,仮に返ってきたとしても,わずかな額となります。しかし,敷金が返還されないとはいえ近い将来建物が処分され新しい所有者から明渡等請求される可能性もあることから,転居されることも一つの手段といえるでしょう。もっとも,あなたがこのまま住み続けたいのであれば,管財人に対し,今後支払う賃料を敷金額の限度で大家さんの他の財産と分けて保管(条文上は「寄託」となっています)するよう請求することができ,のちに退去する際は,賃料として支払われた金銭から優先的に返還を受けることができます。破産手続きが終了するまでに要する期間は財団の規模によりことなりますが,短いものでも数カ月はかかるでしょうから,敷金が仮に2カ月分とするのであれば管財人に対して敷金返還請求権があることを説明して支払う家賃の寄託を要求して家賃を支払うのが良いでしょう。このような方法は面倒なので,敷金返還金相当額の家賃については支払わずにその後退去するという方法も考えられます。この場合どうなるかというと,法律上は管財人から未払いの家賃の請求があると,賃借人としては敷金の返還請求権があるからと言って相殺を主張することはできません(破産法67条)。未払い賃料の債務は破産手続き開始時点では生じていないので相殺はできないことになるからです。未払い賃料が少額であれば管財人が請求を放棄することも考えられますが,法律上は請求される可能性は否定できません。
(目的)
第1条 この法律は,支払不能又は債務超過にある債務者の財産等の清算に関する手続を定めること等により,債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し,もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに,債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする。
第2条 この法律において「破産手続」とは,次章以下(第12章を除く。)に定めるところにより,債務者の財産又は相続財産若しくは信託財産を清算する手続をいう。
2 この法律において「破産事件」とは,破産手続に係る事件をいう。
3 この法律において「破産裁判所」とは,破産事件が係属している地方裁判所をいう。4 この法律において「破産者」とは,債務者であって,第30条第1項の規定により破産手続開始の決定がされているものをいう。
5 この法律において「破産債権」とは,破産者に対し破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権(第97条各号に掲げる債権を含む。)であって,財団債権に該当しないものをいう。
6 この法律において「破産債権者」とは,破産債権を有する債権者をいう。
7 この法律において「財団債権」とは,破産手続によらないで破産財団から随時弁済を受けることができる債権をいう。
8 この法律において「財団債権者」とは,財団債権を有する債権者をいう。
9 この法律において「別除権」とは,破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき特別の先取特権,質権又は抵当権を有する者がこれらの権利の目的である財産について第65条第1項の規定により行使することができる権利をいう。
10 この法律において「別除権者」とは,別除権を有する者をいう。
11 この法律において「支払不能」とは,債務者が,支払能力を欠くために,その債務のうち弁済期にあるものにつき,一般的かつ継続的に弁済することができない状態(信託財産の破産にあっては,受託者が,信託財産による支払能力を欠くために,信託財産責任負担債務(信託法(平成18年法律第108号)第2条第9項
に規定する信託財産責任負担債務をいう。以下同じ。)のうち弁済期にあるものにつき,一般的かつ継続的に弁済することができない状態)をいう。
12 この法律において「破産管財人」とは,破産手続において破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利を有する者をいう。
13 この法律において「保全管理人」とは,第91条第1項の規定により債務者の財産に関し管理を命じられた者をいう。
14 この法律において「破産財団」とは,破産者の財産又は相続財産若しくは信託財産であって,破産手続において破産管財人にその管理及び処分をする権利が専属するものをいう。
第53条 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは,破産管財人は,契約の解除をし,又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。
2 前項の場合には,相手方は,破産管財人に対し,相当の期間を定め,その期間内に契約の解除をするか,又は債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができる。この場合において,破産管財人がその期間内に確答をしないときは,契約の解除をしたものとみなす。
3 前項の規定は,相手方又は破産管財人が民法第631条前段の規定により解約の申入れをすることができる場合又は同法第642条第1項前段の規定により契約の解除をすることができる場合について準用する。
第56条 第53条第1項及び第2項の規定は,賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約について破産者の相手方が当該権利につき登記,登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合には,適用しない。
2 前項に規定する場合には,相手方の有する請求権は,財団債権とする。
第70条 停止条件付債権又は将来の請求権を有する者は,破産者に対する債務を弁済する場合には,後に相殺をするため,その債権額の限度において弁済額の寄託を請求することができる。敷金の返還請求権を有する者が破産者に対する賃料債務を弁済する場合も,同様とする。
(財団債権となる請求権)
第148条 次に掲げる請求権は,財団債権とする。
一 破産債権者の共同の利益のためにする裁判上の費用の請求権
二 破産財団の管理,換価及び配当に関する費用の請求権
三 破産手続開始前の原因に基づいて生じた租税等の請求権(第九十七条第五号に掲げる請求権を除く。)であって,破産手続開始当時,まだ納期限の到来していないもの又は納期限から一年(その期間中に包括的禁止命令が発せられたことにより国税滞納処分をすることができない期間がある場合には,当該期間を除く。)を経過していないもの
四 破産財団に関し破産管財人がした行為によって生じた請求権
五 事務管理又は不当利得により破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権
第31条 建物の賃貸借は,その登記がなくても,建物の引渡しがあったときは,その後その建物について物権を取得した者に対し,その効力を生ずる。
2 民法第566条第1項及び第3項の規定は,前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3 民法第533条の規定は,前項の場合に準用する。
(賃貸物の修繕等)
第606条 賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。
(賃借人による費用の償還請求)
第608条 賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第百九十六条第二項の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
(減収による賃料の減額請求)