医師のスピード違反と医道審議会への対応
医道審議会|医師のスピード違反と医師免許への影響|弁明聴取における具体的弁護活動
目次
質問
某県で個人病院を経営している医師ですが、先日、スピード違反(90kmオーバー)で捕まってしまいました。前科はありません。どのような刑事処分が予想されますか。また、医師免許はどうなるのでしょうか。
回答
刑事処分としては、罰金では済まずに公判請求され、執行猶予つきの懲役刑となる可能性が高いでしょう。刑が確定した後、医道審議会の審査を経て行政処分が決定されますが、医師免許取消しには至らないと思われます。戒告の処分となる可能性が高いと予想されますが、場合によっては短期間の医業停止もありえます。逆に、極めて良い事情がある場合、不処分(厳重注意のみ)となる可能性もあります。
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解説
1 スピード違反の刑事罰
いわゆるスピード違反は、道路交通法22条(最高速度)に違反し、同法118条1項1号により「6か月以下の懲役または10万円以下の罰金」という刑罰が定められた犯罪です。
軽微なスピード違反(30km未満のスピード違反)の場合、反則金を納めるだけで済み、裁判所にも検察庁にも行くことがないので、犯罪と無関係なように感じられますが、これは反則金納付制度(同法125条~132条)により、30km未満のスピード違反については、反則金を納めた場合には起訴しない(同法130条)という特例措置がとられているためにすぎず、犯罪であることには変わりありません(起訴されないので前科にはなりません)。
30km以上のスピード違反は、この特例措置の対象にならないので、原則に戻り、刑事手続にのっとって処理されることになります(いわゆる赤切符)。刑事手続の中でも、略式裁判という一種の特例があり、罰金相当の事件について公判を開くことを省略し、書類審査のみで罰金の判決を言い渡すことができることになっており(刑事訴訟法461条~470条)、交通事犯では頻繁に活用されています。検察官が事件について罰金相当と判断すれば、被疑者の同意を得た上で、裁判所に略式裁判を求める略式起訴をすることになります。
スピード違反の場合、罰金相当かどうかはスピード違反の程度、前科の有無、反省の態度等の諸事情に基づく総合判断となります。前科がない場合、おおむね超過速度70km~80km前後が略式裁判(罰金)か通常裁判かの境目と言われています。検察官が罰金相当ではないと判断して通常裁判を選択しても、最終的に刑を決めるのは裁判所なので、罰金刑となる可能性はゼロではありません。
しかし、検察官もある程度の量刑相場感覚に従って判断している以上、懲役刑を免れる可能性は高くはないでしょう。懲役刑が言い渡される場合、裁判所は情状により執行猶予を付すことができます(刑法25条)。執行猶予とは、1年ないし5年の間で決定される執行猶予期間の間何事もなく過ごせば、刑の言い渡しは効力を失って懲役刑を受けなくてもよくなるという制度です。執行猶予を付けるかどうかも、スピード違反の程度、前科の有無、反省の態度等の諸事情からの総合判断となりますが、前科がない初犯の場合に執行猶予なしの懲役刑(実刑)が言い渡されることはほとんどないと思われます。
結論として、ご相談の事例では、執行猶予付きの懲役刑が言い渡される可能性が高いといえます。
2 医道審議会と行政処分
(1)医師免許の取消し
医師免許(歯科医師免許も同様。以下、医師に関する記述は歯科医師にも当てはまります。)の取消処分が行われる場合とは、①医師が成年被後見人または被保佐人となった場合(医師法7条1項、3条)または、②医師が視覚障害者、聴覚障害者、麻薬中毒者等になった場合、罰金以上の刑に処せられた場合、医事に関して犯罪ないし不正行為をした場合、あるいは医師としての品位を損なう行為をした場合であって、かつ、厚生労働大臣の裁量により免許取消しが相当と判断された場合です(同法7条2項、4条、同法施行規則1条)。
①の場合は絶対に免許取消しになるのに対して、②の場合は「戒告」「3年以内の医業停止」「免許の取消し」のいずれかの処分を行うことができるとされているにとどまるので、免許取消しを選択するかどうかについては、厚生労働大臣の裁量判断が加わることになるわけです。
スピード違反で執行猶予付き懲役刑の言い渡しを受けた場合、「罰金以上の刑に処せられた」ことになるので、②に該当し、行政処分の対象になりえます。この場合にどのような処分が予想されるのかという見通しが気になりますが、行政裁量の問題になるため、明確な基準は把握できません。
ただ、厚生労働大臣がこれらの行政処分をするためには、あらかじめ医道審議会の意見を聴かなければならないとされており(同法7条4項)、実際には医道審議会の意見が処分の内容を決定づけるという関係にあります。
(2)医道審議会が発表したガイドライン
そして、医道審議会が平成14年に発表したガイドラインが存在するので、これを参考にしてある程度の見通しを得ることができます。
このガイドラインによれば、処分内容の決定に当たっては、裁判所の判決で考慮された内容を基本的に参考にしながら、医師に求められる倫理に反した行為については特に厳しい処分をする、という基本方針がとられています。交通事犯については、医業との直接の関連性がないため、基本的には戒告等の扱いとするが、救護義務違反等の悪質な事情があり、医師としての倫理に欠けると判断される場合には重めの処分とするという考え方も記載されています。
これに照らして検討するに、人身被害の発生していない単純なスピード違反の事例では、最も重い免許取消しの処分が選択されることはほとんどないと考えられます。ただし、だからといって必ずしも戒告に留まるとは言い切れません。スピード違反の程度、前科の有無、反省の態度その他の事情によっては、短期間の医業停止となってしまうこともありえます。なお、戒告や医業停止の処分を受けた医師は再教育研修(医師法7条の2)の対象となります。
(3)不処分となる可能性について
医師が罰金以上の刑に処せられるなどして医師法7条2項による行政処分の対象となりうる場合でも、行政処分はあくまでも「することができる。」と定められているにすぎず、必ず戒告・医業停止・免許取消しのいずれかをしなければならないというわけではありません。したがって、罰金以上の刑に処せられたことが認められても、処分をしないということが法律上可能であり、実際にも、割合として必ずしも多くはないものの、処分をしない場合を認める運用が行われています。
参考までに、厚生労働省のホームページで公開されている平成21年2月23日の医道審議会医道分科会議事要旨を見ると、行政処分の対象者として厚生労働大臣から医道審議会に諮問された医師・歯科医師合計61名のうち、戒告・医業停止・免許取消しのいずれかの処分が決定されたのが47名とあり、残りの14名については不処分とされたことがわかります。
医道審議会の意見は、医師法及び行政手続法の規定に基づいて開催される「聴聞」ないし「弁明の聴取」という手続きにおいて当事者や代理人の言い分を聞いた上で決定されるのですが、たとえば一たび「医業停止相当」または「戒告相当」と判断されて弁明の聴取手続が開始されても、そこで言い分を聞いた結果、不処分とされる場合があります。
弁明の聴取の通知を受けても諦めずに、刑事裁判の判決内容とその後の良い事情を精査して臨み、効率良く言い分を主張することが肝要です。不処分となった医師に対しては、再教育研修もありません。運用上は、行政指導としての厳重注意がなされているようです。
(4)再教育研修制度|平成18年医師法改正
余談になりますが、平成18年に医師の行政処分に関する比較的大型の制度改革があり、上述の平成14年ガイドラインの読み方にも影響してきていますので、簡単に解説します。改正前、医師法7条2項による行政処分の種類は「医業停止」または「免許取消」の2種類のみで、再教育研修の制度はありませんでした。
そこへ、医師に対する国民の信頼確保等の問題意識から、行政処分を受けた医師に対する再教育研修制度の創設が提言されました。これに伴い、従来は医業停止にしていたケースでも、戒告と再教育研修で十分だという場合が出てくると考えられ、逆に、従来は戒告で済ませていたケースの中にも再教育研修を受けさせるのが妥当なものがあると考えられました。つまり、再教育研修制度を活用するための処分類型の柔軟化が望まれ、これを受けて、医業停止にまでは至らないが再教育研修を受けさせることができるという第三の処分類型として「戒告」が創設されることになったのです。
改正法施行前(平成19年3月31日まで)の「戒告」は実は行政指導の一種だったのに対し、施行後(平成19年4月1日以降)の「戒告」は行政処分の一種であり、それまでの「戒告」は「厳重注意」と呼び替えて区別するようになりました。
ところで、そうだとすると平成14年のガイドラインにおいて、交通事犯は原則として戒告の取り扱いとする旨記載されているのは、原則不処分を意味するので、現行法の下でも同様に考えるべきではないかという疑問が生じます。
しかし、上述の改正の経緯からわかるように、改正法は従来の戒告を単純に行政処分に格上げしたというものではなく、従来の戒告の一部と医業停止の一部を取り込む新しい処分類型としての「戒告」を創設したものであるため、従来戒告とされていたケースは現行法の下では不処分に相当するとはいえないのです。むしろ、再教育研修を伴う戒告は積極的に活用されているのが現状なので、従来は不処分(行政指導としての戒告)が原則だった交通事犯においても、現行法の下では戒告の処分となる方が多く、再教育研修すら必要ないと判断されるほどの極めて良い事情があるケースについて、不処分(厳重注意)とされることになると考えられます。
3 医道審議会に対する具体的対応
(1)貴方の場合の行政処分
公判請求がされ執行猶予付きでも懲役刑が言い渡された場合は、基本的に医業停止が予想されます。
過去の処分例を見ると罰金の場合は戒告の可能性があり、ただ、職業倫理上公序良俗に反する色彩が強いもの、破廉恥的性格を有する犯罪においては、医業停止処分されているようです。例えば、公然わいせつ(刑法147条)、各都道府県の迷惑防止条例違反、盗撮等です。
従って、本件で懲役刑が選択された場合、スピード違反は医師の倫理、業務と無関係な為戒告となる可能性がありますが、短期の医業停止も予想されますから注意が必要です。
(2)起訴前の刑事弁護の必要性
医師の場合、刑事事件をおこしたときから医道審議会処分を想定して刑事弁護手続きを行うことが求められます。
前例でいえば、迷惑防止条例違反であるから非公開の略式手続きで罰金を支払えばよいなど安易な考え方は出来ません。一般人であればそれで事件は終結しますが、医師資格がある方は、医業停止、戒告処分(新聞発表がありますし、再教育研修があります。)がひかえているからです。
具体的には、被害者がいる犯罪(個人法益に関する罪)においては、なんとしても被害弁償、告訴、被害届取消を行い検察官に対して不起訴処分を求めることになります。
道交法違反のように社会全体の利益(社会的法益)が保護されているようであれば、贖罪寄付を積極的に行い公判請求(求刑が懲役刑選択となる。)を阻止しなければいけませんし、少なくとも罰金の略式手続きに止めておく必要がありますし、罰金の額を最小限度にしなくてはいけません。
勿論、公判請求となり、懲役刑が求刑されても求刑、執行猶予期間を短縮するあらゆる努力が必要です。医道審議会の処分の予想を述べ、捜査機関、担当刑事、検察官と繰り返し交渉することが肝要です。これを怠ると医道審議会で予想外の厳しい処分を受けることがあります。
医道審議会では、犯罪の動機、内容について問い合わせがありますから、安易な供述調書作成にも応じることが出来ません。専門家との事前の協議が必要でしょう。
(3)具体的な弁護活動
まず、厚生労働省から指示された都道府県の医務対策課から医師(対象者)に対して事案報告の問い合わせがあります。通常1ヶ月程度の期間以内に対象者は送付されてきた文書に回答します。弁護士に代理人を依頼した場合等、調査の為必要性があれば提出期間を伸長することも可能です。
ア 弁明聴取における対応
①刑事手続きに提出した対象者に有利な証拠を整理提出します。基本的に、起訴状、判決書しか医道審議会では検討しませんから、積極的に有利なすべての証拠の提出が必要です。
②刑事手続きで充分主張できなかった事情、事実を自由に書面にて提出する必要があります。例えば、言い訳をすると事件に対する反省がないと見られることを考慮して、刑事弁護人が積極的に主張しなかった事情等は、弁明聴取の期日に自由に、詳細に書面化して、かつ口頭でも主張しなければいけません。その際、刑事事件で採用された証拠で対象者に有利なもの、刑事裁判で提出しなかった有利なもの、刑事裁判終了後に新たに生じたもの全てを再構成して提出します。例えば、刑事裁判後の被害者との示談書(再示談書)、嘆願書、贖罪寄付書等です。
③過去の処分対象者を具体的、詳細に調査して過去の処分内容、処分結果、事情を分析、自らの事案について医道審議会、都道府県の担当課、担当者に対し説明する必要があります。憲法14条、法の下の平等は、法律解釈、適用の平等を意味し、行政処分結果の平等も当然含まれることになります。そのためには、過去の処分結果、内容の調査、比較は必要不可欠です。
④行政処分に関する平等原則について最高裁判所昭和63年7月1日判決によれば、「歯科医師法7条2項の処分の選択は、…同法25条の規定に基づき設置された医道審議会の意見を聴く前提のもとで、医師免許の免許権者である厚生大臣の合理的な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。それ故、厚生大臣がその裁量権の行使として行った医業の停止を命ずる旨の処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならない」とされています。
上記最判の示すところによれば、厚生労働大臣の裁量も無限定のものではなく、裁量権の逸脱・濫用と認められる場合には違法性が認められることになります。すなわち、行政処分の一般原則として憲法14条から導かれる比較公平、平等取扱いの大原則からすれば、裁量処分といえども、他の事案と比較して不平等であると認められる場合には、裁量を逸脱・濫用した違法な処分と評価されることになります。
従って、医師資格に関する行政処分においては、単に刑事処分を行った裁判所の意見にいたずらに拘束されることなく具体例行政処分を行うに当たっては比較平等、公平の大原則(憲法14条)の趣旨から、過去の処分例を詳細に検討し、事案の動機、(歯科)医師としての実績、地域への貢献等を総合的に精査し、あくまでも医師資格の制限は本当に必要かという観点から都道府県医務課、医道審議会に対し判断を求めることになります。
都道府県医務課の弁明聴取の担当者は、当該事件について処分に関する具体的意見書(又は、意見を付した報告書)を添付することになりますので(医師法7条8項、10項、15項参照)、単なる形式上の意見聴取とは異なります。従って、直接本人、代理人が直接担当者に対して書面だけでなく口頭でもわかりやすく説明することが必要となります。
⑤尚、医師免許についての行政処分については以下のような判断基準が考えられます。
- 犯罪行為が医療行為に付随したものか、医師の知識、立場を利用したものかどうか
- 法定刑の程度
- 被害者との事案の成立
- 前科及び余罪及び常習性の有無
- 矯正可能性(原因となったストレス等が明確かどうか)
- 刑事処分確定後の特別事情、反省状況、社会奉仕活動、僻地医療活動
以上の点を意識して主張を整理することになります。
イ 刑事裁判と異なる主張が行政処分手続きにおいて可能か
結論から言えば、行政処分手続きでは主張も、証拠も自由に行うことが可能であり必要です。
その理由ですが、①刑事訴訟手続きは被告人の生命、身体の自由、財産を強制的に奪うことを目的として行うもので、検察官が裁判の対象として主張する犯罪事実(訴因)の存否を厳格な手続きにより判断するものです。従って、迅速な裁判が要請されるので証拠の収集も時間的制約がありますし、互いの証拠主張も刑事手続き上の制約(伝聞証拠禁止等)があります。裁判所の判断(判決等)は、刑事訴訟手続きにおいて主張された証拠に基づく認定であり、当事者主義の原則の趣旨からも刑事裁判上でしか効力、拘束力がありません。
一方、行政処分は、行政庁が、法令に基づき公権力の行使として国民に対して具体的規律を行う法的行為をいいますが、その目的は司法、立法を除いた公権力の行使、サービスであり三権分立の大原則の趣旨から行政の独自の主体性、判断権をもつことから当然に、刑事裁判(判決)の効力、拘束力が、刑事裁判後の被告人に対する行政処分行為(行政行為)にまで及びません。
②行政処分手続きは、主張、証拠提出の制限も基本的にありませんから本人は独自の判断で行うことが可能です。医師法も弁明、聴取手続きにおいて主張、証拠提出の制限を規定していません(同法7条14項)。
③勿論、刑事裁判の判断に行政処分が拘束されるという規定はありません。行政機関は、独自の調査で刑事裁判の証拠、刑事裁判終了後の証拠を自由に判断することが出来るわけです。
④医師法7条は、厚生労働大臣が、行政手続法を一部準用し医業行政の長として医師資格の処分に関し、独自の権限に基づき判断資料を収集し、本人、代理人に主張、証拠等資料提供を求め自らの自主的判断により決定することができる旨を規定しているのは理論的に当然の帰結と考えることができます。
以上