新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1045、2010/8/31 12:14

【会社法・会社分割と労働者の地位・労働契約承継法】

質問:私が勤めている会社は家電製造部門とコンピュータ製造部門を経営しており,私はコンピュータ製造部門で働いています。この度,私の勤めている会社が,コンピュータ製造部門を分割して他社に承継させる予定であることを知りました。私は,現在勤めている会社に愛着があり,労働条件も良いことから現在の会社にこのまま勤め続けたいと考えています。現在の会社に勤め続けることは可能でしょうか。

回答:
1.会社分割が行われる場合における社員も労働者として債権者であるが,一般債権者と異なり生存権(憲法25条)に直結する権利であり特別の配慮が必要とされ,労働契約の承継等に関しては,特別に会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下,労働契約承継法という)が適用されます。分割対象事業に主として従事する労働者(承継される事業に従として従事する労働者は別になります。)が,承継会社に労働契約が承継されることを拒否し,分割会社に残留する権利(承継拒否権)については同法に規定はなく,承継拒否権の有無が争われた裁判例(東京高判平成20年6月26日(判例時報2026号150頁))がありますが,この裁判例では承継拒否権は否定されています。したがって,「承継会社は,分割会社のコンピュータ製造部門に所属する全ての従業員について雇用契約を承継する。」旨の記載が分割契約書にあれば,あなたが現在の会社に勤め続けることはできません。
2.上告審の最高裁判所平成22年7月12日判決も前記高等裁判所の判断と同様になっています。判決は,分割計画書(新設分割,会社法762条。吸収分割では分割契約が必要。会社法757条。)に記載された主として従事する労働者は,承継を争うことはできないが(承継法3条,計画書に記載されない場合は異議の申し出が可能であり争えます。同法4条。),労働者の利益は,分割計画書等を分割会社の本店に備え置くべき日までに労働者と地位変更について希望等を聞き協議をすることを分割会社に求め(5条協議といいます。2000年5月,会社分割に関する「商法等の一部を改正する法律を商法等改正法といいます。商法等改正法附則5条1項),そのような協議が全く行われない場合には効力を争うことにより保護されています。尚,分割会社の労働者と理解と協力を求める義務を定めた承継法7条の趣旨は,5条協議の前提として規定されておりこの規定をもって労働者の承継の効力は争えないとしています。結論からいえば,分割会社が協議に応じ説明を行えば,労働者は分割による承継を争うことができなくなります。会社分割が,経営効率の向上,会社の利益確保のため株主総会の決議等適正な手続きで行われる以上最終的には株主,会社債権者(労働者)の利益に帰着するものであり解釈上妥当な判断であると思います。
3.会社分割が行われる場合における労働契約の承継に関する一般論については,下記の解説を御参照ください。

解説:
1.(会社分割における労働契約承継法の趣旨)
 会社分割とは,1つの会社を2つ以上の会社に分けることをいいます(会社法757条以下)。その方法には,既存の会社に財産を承継させる吸収分割(会社法757条以下)と新しく設立した会社に財産を承継させる新設分割(会社法762条以下)があります。会社とは ,営利を目的(公益を目的とした社団に対比されます。)とした社団法人(人の結合体を社団といいます。対立概念は財産の集まりである財団です。)です。従って,利益を求めて企業活動を行いますが,組織自体の再編によりさらなる利益を追求します。日本国内,国際社会における競争に打ち勝つためには,必要な又不必要になった事業,各部門の売却及び買収,大きくなった会社組織の整理変更,他企業との提携がおのずと必要となり,組織の再編のため,その目的,規模,形態により会社法は種々の制度を用意しており,会社分割はその1方法で平成12年の商法改正により認められ,平成17年の会社法制定により引き継がれています。他に合併(会社法748条以下,会社分割との違いは合併後の会社は1つしかありません。),事業譲渡,組織変更(例えば,株式会社を持分会社にする),株式交換株式移転(会社法767条,完全子会社となる取引)等があります。会社分割は,合併という方法を取るまでもないが,事業譲渡では対応できない場合に利用されることが多いようです。
 会社は,基本的に,不特定の者からの出資により所有と経営が分離して,営利を追求するので,会社制度の永続を図るため経営に無関心な所有者(株主等投資者)と取引する債権者の利益を保護しなければならず,会社分割においても株主総会の特別決議手続き(会社法309条2項12号),債権者の異議手続き(会社法789条等)が定められていますが会社分割による会社財産の減少は計算上ありませんから(株式等が分割会社に分割の対価として交付されるので),分割会社は一定の場合担保提供により債権者に対して責任を回避できます(同法789条5項)。会社分割は,事業譲渡(営業譲渡)と異なり,権利の個別的移転手続き,債務の移転につき債権者の了承も不要にして組織再編の迅速化を図っていますので,理論的には分割会社の勤務労働者の了承(民法625条)が不要となります。
 しかし,労働者は,労働契約により労働力を日々提供し生活に追われ生存権保障の見地(憲法25条)からどのような会社で勤務するかどうかは重要であり,当該労働者の地位をどのように保護するかが問題となります。これは,会社の営利追求と労働者の生活権の利益調整の問題です。このため債権者が労働者の場合に労働者の利益確保のため会社法の原則に対して特則を定めたのが労働契約承継法です。競争に打ち勝つための会社分割による営利追求が最終的には当該会社に勤務する労働者側の利益にも帰着するという前提に立てば,解釈に当たって労働者側に不利益であるという事情が明らかな場合以外は,組織再編による会社分割の経営手続きが是認されることになるものと考えられます。

2.(分割対象事業に従事する労働者の地位による差異)
 前述のように労働契約承継法は,自己の意思とは無関係に,分割契約書(吸収分割)等に記載されるか否かで労働契約が承継会社に承継されるか否かが決められることとなる労働者の保護を図ることを目的としています。会社分割の目的から同法は,分割対象事業に従事する労働者に適用されますが,同法は,承継される事業に主として従事する労働者(以下,「主として従事する労働者」という。)とそれ以外の労働者を明確に区別しています。

3.(主として従事する労働者はどうか)
 主として従事する労働者の労働契約は,承継会社に承継されることが保障されています。すなわち,分割契約書に,主として従事する労働者の労働契約の承継が記載された場合には,労働者の承諾(民法625条1項)なく,労働契約は吸収会社に承継されます(労働契約承継法3条)。また,分割契約書に労働契約の承継が記載されなかった場合でも,当該労働者は異議を述べることができ,異議を述べれば労働契約は吸収会社に承継されます(4条)。そして,労働者に自らが従事する事業が分割の対象となっていることを周知させるとともに,同法4条の異議の申出を行うか否かを判断するために必要かつ十分な情報を提供し,異議の申出の権限を効果的たらしめるため,会社は,主として従事する労働者に対し,通知期限日までに労働契約承継の定めの有無及び異議申出期限日等を書面により通知しなければならない(労働契約承継法2条1項1号)とされています。

4.(問題点)
 他方,分割契約書に記載された主として従事する労働者が,吸収会社に労働契約が承継されることを拒否し,分割会社に残留する権利(承継拒否権)については明文がなく,承継拒否権の有無が争われた裁判例(東京高判平成20年6月26日(判例時報2026号150頁))があります。上記裁判例では,承継拒否権を否定した原審判決(横浜地判平成19年5月28日(判例タイムズ1272号224頁))を是認する判断を下していますので,以下,原審判決のうち承継拒否権について判示した部分を引用します。
「まず,旧商法の会社分割及び労働契約承継法においては,承継される営業に主として従事する労働者について,承継拒否権を定めた規定はない。ところで,憲法22条1項の職業選択の自由には,個人が自ら営業主として又は他の営業主のもとで従業員として職業に従事することを妨げられない自由をいい,これには,従業員の使用者選択の自由も含まれると解することができる。しかしながら,旧商法及び労働契約承継法における会社分割は,労働契約を含む営業がそのまま設立会社等に包括承継されるものであり,当該労働契約は,分割の効力が生じたときに当然に当該設立会社に承継されるのであるから,承継営業に主として従事していた労働者の担当業務や労働条件には変化がないこと,そのため,労働契約承継法においては労働者の同意を移籍の要件としていないことなどからすれば,分割会社の労働者は,会社分割の際に設立会社等への労働契約の承継を拒否する自由としては,退社の自由が認められるにとどまり,分割会社への残留が認められる意味での承継拒否権があると解することはできない。」
以上のとおり,上記裁判例では,会社分割は,労働契約を含む事業がそのまま設立会社等に包括承継され,承継事業に主として従事していた労働者の担当業務や労働条件には変化がなく労働者には実質的な不利益はないという実質的な理由と,労働契約承継法においては労働者の同意を移籍の要件としていないという形式的な理由をもとに,承継拒否権を否定しています。

5.(最高裁判決の内容)
 上告審の最高裁判所平成22年7月12日判決も前記高等裁判所の判断と同様になっています。判決は,分割計画書(新設分割,会社法762条。吸収分割では分割契約が必要。会社法757条。)に記載された主として従事する労働者は,承継を争うことはできないが(承継法3条,計画書に記載されない場合は異議の申し出が可能であり争えます。同法4条。),労働者の利益は,分割計画書等を分割会社の本店に備え置くべき日までに労働者と地位変更について希望等を聞き協議をすることを分割会社に求め(5条協議といいます。2000年5月,会社分割に関する「商法等の一部を改正する法律を商法等改正法といいます。商法等改正法附則5条1項),そのような協議が全く行われない場合には効力を争うことにより保護されています。
尚,分割会社の労働者と理解と協力を求める義務を定めた承継法7条の趣旨は,5条協議の前提として規定されておりこの規定をもって労働者の承継の効力は争えないとしています。結論からいえば,分割会社が協議に応じ説明を行えば,労働者は分割による承継を争うことができなくなります。会社分割が,経営効率の向上,会社の利益確保のため株主総会の決議等適正な手続きで行われる以上最終的には株主,会社債権者(労働者)の利益に帰着するものであり特別に労働者に不利益な事情が明らかでない以上解釈上妥当な判断であると思います。又,分割契約書に記載された労働者に異議権を認めると,会社分割の目的が形骸化される危険がありやむを得ない規定と考えられます。

6.(承継される事業に従として従事する労働者)
 承継される事業に従として従事する労働者(以下,「従として従事する労働者」といいます。)は,分割会社に残ることを保障されています。すなわち,従として従事する労働者は,その労働契約が承継対象として分割契約書に記載された場合には異議を述べて分割会社に残留することができます(労働契約承継法5条)。また,従として従事する労働者で,分割契約書に労働契約の承継の定めがある労働者に対しては,主として従事する労働者と同様に,通知期限日までに労働契約承継の定めの有無及び異議申出期限日等を書面により通知しなければなりません(労働契約承継法2条1項2号)。従として従事する労働者に異議権を認めても分割の目的は達成できるので労働者の利益を優先しています。

7.(主として従事する労働者に該当するかの判断に関する指針)
 上記のとおり,会社分割法制においては,「承継される事業に主として従事する」といえるか否かによって,労働契約が承継会社に承継されるか,分割会社に残るかが決まるので,その判断基準が重要となります。すなわち,個別的に労働者を会社分割の方法をもって分割会社,吸収分割会社から意図的に排除することを防ぎ,労働者の地位について不公平にならないようにしています。「主として従事する」労働者の範囲については,厚生労働大臣が定めた指針(平成十二年労働省告示第百二十七号)が下記のとおり詳細な基準を定めています。この指針によれば,主として従事する労働者に該当するかの判断時期に関し,分割契約等を締結し,又は作成する日における判断が適当な場合として下記の@〜Bをあげています。
 @ 分割契約等を締結し,又は作成する日において,承継される事業に専ら従事する労働者は,「主として従事する」労働者に該当するものであること。
 A 労働者が承継される事業以外の事業にも従事している場合は,それぞれの事業に従事する時間,それぞれの事業における当該労働者の果たしている役割等を総合的に判断して当該労働者が当該承継される事業に主として従事しているか否かを決定するものであること。
 B 総務,人事,経理,銀行業における資産運用等のいわゆる間接部門に従事する労働者であって,承継される事業のために専ら従事している労働者は,「主として従事する」労働者に該当するものであること。
労働者が,承継される事業以外の事業のためにも従事している場合は,上記Aの例によって判断することができるときには,これによること。労働者が,いずれの事業のために従事するのかの区別なくしていわゆる間接部門に従事している場合で,上記Aの例によっては判断することができないときは,特段の事情のない限り,当該判断することができない労働者を除いた分割会社の雇用する労働者の過半数の労働者に係る労働契約が承継会社等に承継される場合に限り,当該労働者は,「主として従事する」労働者に該当するものであること。

8.(判断時期についての検討事由)
 分割契約等を締結し,又は作成する日で判断することが適当でない場合としては,下記の@〜Bをあげています。
 @ 分割契約等を締結し,又は作成する日において承継される事業に主として従事する労働者であっても,分割会社が,研修命令,応援命令,一定の期間で終了する企画業務への従事命令等一時的に当該承継される事業に当該労働者を従事させた場合であって,当該命令による業務が終了した場合には当該承継される事業に主として従事しないこととなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当しないものであること。また,育児等のために承継される事業からの配置転換を希望する労働者等であって分割契約等を締結し,又は作成する日以前の分割会社との間の合意により当該日後に当該承継される事業に主として従事しないこととなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当しないものであること。
 A分割契約等を締結し,又は作成する日前において承継される事業に主として従事していた労働者であって,分割会社による研修命令,応援命令,一定の期間で終了する企画業務への従事命令(出向命令を含む。)等によって分割契約等を締結し,又は作成する日では一時的に当該承継される事業以外の事業に主として従事することとなったもののうち,当該命令による業務が終了した場合には当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当するものであること。分割契約等を締結し,又は作成する日前において承継される事業に主として従事していた労働者であって,その後休業することとなり分割契約等を締結し,又は作成する日では当該承継される事業に主として従事しないこととなったもののうち,当該休業から復帰する場合は再度当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当するものであること。労働契約が成立している採用内定者,育児等のための配置転換希望者等分割契約等を締結し,又は作成する日では承継される事業に主として従事していなかった労働者であっても,当該日後に当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当するものであること。
 B過去の勤務の実態から判断してその労働契約が承継会社等に承継されるべき又は承継されないことが明らかな労働者に関し,分割会社が,合理的理由なく会社分割がその効力を生ずる日(以下「効力発生日」という。)以後に当該労働者を承継会社等又は分割会社から排除することを目的として,当該効力発生日前に配置転換等を意図的に行った場合における当該労働者が「主として従事する」労働者に該当するか否かの判断については,当該過去の勤務の実態に基づくべきものであること。

9.(分割対象事業に従事していない労働者)
 労働契約承継法及び上記の指針は,労働者が承継事業に主従は別として従事していることを前提とした規定です。したがって,承継事業に全く従事していない労働者については分割の対象とならず,分割先に転籍させるには本人の同意(民法625条1項)が必要となります。

<参照条文>

憲法
22条 何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する。2 何人も,外国に移住し,又は国籍を離脱する自由を侵されない。
第25条  すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2  国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

民法
(使用者の権利の譲渡の制限等)
625条 使用者は,労働者の承諾を得なければ,その権利を第三者に譲り渡すことができない。
2 労働者は,使用者の承諾を得なければ,自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。
3 労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは,使用者は,契約の解除をすることができる。

会社法
第二章 合併
    第一節 通則
(合併契約の締結)
第748条  会社は,他の会社と合併をすることができる。この場合においては,合併をする会社は,合併契約を締結しなければならない。
第一款 通則
(吸収分割契約の締結)
第757条  会社(株式会社又は合同会社に限る。)は,吸収分割をすることができる。この場合においては,当該会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を当該会社から承継する会社(以下この編において「吸収分割承継会社」という。)との間で,吸収分割契約を締結しなければならない。
(新設分割計画の作成)
第762条  一又は二以上の株式会社又は合同会社は,新設分割をすることができる。この場合においては,新設分割計画を作成しなければならない。
2  二以上の株式会社又は合同会社が共同して新設分割をする場合には,当該二以上の株式会社又は合同会社は,共同して新設分割計画を作成しなければならない。
第四章 株式交換及び株式移転
    第一節 株式交換
     第一款 通則
(株式交換契約の締結)
第767条  株式会社は,株式交換をすることができる。この場合においては,当該株式会社の発行済株式の全部を取得する会社(株式会社又は合同会社に限る。以下この編において「株式交換完全親会社」という。)との間で,株式交換契約を締結しなければならない。

会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律
(目的)
第1条  この法律は,会社分割が行われる場合における労働契約の承継等に関し会社法 (平成十七年法律第八十六号)の特例等を定めることにより,労働者の保護を図ることを目的とする。
(労働者等への通知)
第2条 会社(株式会社及び合同会社をいう。以下同じ。)は,会社法第五編第三章及び第五章の規定による分割(吸収分割又は新設分割をいう。以下同じ。)をするときは,次に掲げる労働者に対し,通知期限日までに,当該分割に関し,当該会社が当該労働者との間で締結している労働契約を当該分割に係る承継会社等(吸収分割にあっては同法第七百五十七条に規定する吸収分割承継会社,新設分割にあっては同法第七百六十三条に規定する新設分割設立会社をいう。以下同じ。)が承継する旨の分割契約等(吸収分割にあっては吸収分割契約(同法第七百五十七条の吸収分割契約をいう。以下同じ。),新設分割にあっては新設分割計画(同法第七百六十二条第一項の新設分割計画をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)における定めの有無,第四条第三項に規定する異議申出期限日その他厚生労働省令で定める事項を書面により通知しなければならない。
 一 当該会社が雇用する労働者であって,承継会社等に承継される事業に主として従事するものとして厚生労働省令で定めるもの
 二 当該会社が雇用する労働者(前号に掲げる労働者を除く。)であって,当該分割契約等にその者が当該会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがあるもの
2 前項の分割をする会社(以下「分割会社」という。)は,労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号)第二条の労働組合(以下単に「労働組合」という。)との間で労働協約を締結しているときは,当該労働組合に対し,通知期限日までに,当該分割に関し,当該労働協約を承継会社等が承継する旨の当該分割契約等における定めの有無その他厚生労働省令で定める事項を書面により通知しなければならない。
3 前二項及び第四条第三項第一号の「通知期限日」とは,次の各号に掲げる場合に応じ,当該各号に定める日をいう。
 一 株式会社が分割をする場合であって当該分割に係る分割契約等について株主総会の決議による承認を要するとき 当該株主総会(第四条第三項第一号において「承認株主総会」という。)の日の二週間前の日の前日
 二 株式会社が分割をする場合であって当該分割に係る分割契約等について株主総会の決議による承認を要しないとき又は合同会社が分割をする場合 吸収分割契約が締結された日又は新設分割計画が作成された日から起算して,二週間を経過する日
(承継される事業に主として従事する労働者に係る労働契約の承継)
第3条 前条第一項第一号に掲げる労働者が分割会社との間で締結している労働契約であって,分割契約等に承継会社等が承継する旨の定めがあるものは,当該分割契約等に係る分割の効力が生じた日に,当該承継会社等に承継されるものとする。
第4条 第二条第一項第一号に掲げる労働者であって,分割契約等にその者が分割会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがないものは,同項の通知がされた日から異議申出期限日までの間に,当該分割会社に対し,当該労働契約が当該承継会社等に承継されないことについて,書面により,異議を申し出ることができる。 
2 分割会社は,異議申出期限日を定めるときは,第二条第一項の通知がされた日と異議申出期限日との間に少なくとも十三日間を置かなければならない。
3 前二項の「異議申出期限日」とは,次の各号に掲げる場合に応じ,当該各号に定める日をいう。
 一 第二条第三項第一号に掲げる場合 通知期限日の翌日から承認株主総会の日の前日までの期間の範囲内で分割会社が定める日
 二 第二条第三項第二号に掲げる場合 同号の吸収分割契約又は新設分割計画に係る分割の効力が生ずる日の前日までの日で分割会社が定める日
4 第一項に規定する労働者が同項の異議を申し出たときは,会社法第七百五十九条第一項,第七百六十一条第一項,第七百六十四条第一項又は第七百六十六条第一項の規定にかかわらず,当該労働者が分割会社との間で締結している労働契約は,分割契約等に係る分割の効力が生じた日に,承継会社等に承継されるものとする。
(その他の労働者に係る労働契約の承継)
第5条 第二条第一項第二号に掲げる労働者は,同項の通知がされた日から前条第三項に規定する異議申出期限日までの間に,分割会社に対し,当該労働者が当該分割会社との間で締結している労働契約が承継会社等に承継されることについて,書面により,異議を申し出ることができる。
2 前条第二項の規定は,前項の場合について準用する。
3 第一項に規定する労働者が同項の異議を申し出たときは,会社法第七百五十九条第一項,第七百六十一条第一項,第七百六十四条第一項又は第七百六十六条第一項の規定にかかわらず,当該労働者が分割会社との間で締結している労働契約は,承継会社等に承継されないものとする。
(労働者の理解と協力)
第7条  分割会社は,当該分割に当たり,厚生労働大臣の定めるところにより,その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする。

会社分割に関する「商法等の一部を改正する法律
商法等改正法附則5条1項

《最高裁判例》
地位確認請求事件
最高裁判所平成22年7月12日判決
本件上告を棄却する。  上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人鍛治利秀ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,被上告人が,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき,新設分割の方法により,その事業部門の一部につき会社の分割をしたところ,これによって被上告人との間の労働契約が上記分割により設立された会社に承継されるとされた上告人らが,上記労働契約は,その承継手続に瑕疵があるので上記会社に承継されず,上記分割は上告人らに対する不法行為に当たるなどと主張して,被上告人に対し,労働契約上の地位確認及び損害賠償を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)平成14年4月ころ,被上告人の親会社であるA社とB社(以下「B社」という。)は,ハードディスク事業(以下「HDD事業」という。)に特化した合弁会社を設立する旨の合意をし,その後,当該合意に基づく事業再編計画の一環として,被上告人が,新設分割の方法により,そのHDD事業部門につき会社の分割(以下「本件会社分割」という。)をし,これによって設立される会社(後記(4)の設立時の商号はC社。以下「C社」という。)を上記合弁会社の子会社にする一方で,B社もまた,吸収分割の方法により,そのHDD事業部門につき会社の分割をし,これをC社に承継させることとした。そして,本件会社分割に伴い,被上告人のHDD事業部門の従業員との間の労働契約もC社に承継させる方針が定められた。
(2)被上告人は,平成14年9月3日,イントラネット上で,HDD事業部門に関連する従業員向けに本件会社分割の内容及び雇用関係等に係る情報提供を開始するとともに,質問受付窓口を開設し,主な質問とそれに対する回答を掲載するなどした。また,被上告人は,その事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がなかったことから,会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成17年法律第87号による改正前のもの。なお,同改正前の法律の題名は「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」。以下「承継法」という。)7条に定める労働者の理解と協力を得るよう努める措置(以下「7条措置」という。)を行うため,各事業場ごとに従業員代表者を選出させ,当該代表者70人を4グループに分けて,同月27日以降,各グループに対して本件会社分割の背景と目的,C社の事業の概要,承継対象となる部署と今後の日程,承継される従業員のC社における処遇,承継される営業に主として従事する労働者か否かの判断基準,労使間で問題が生じた場合の問題解決の方法等について説明し,C社の債務の履行の見込みに係る質問への回答も行った。そして,被上告人は,各種資料をまとめたデータベースをイントラネット上に設置して,従業員代表者がこれを閲覧できるようにした。
 さらに,被上告人は,C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者との間で,個別的にも協議を行い,同年11月中旬までに,同代表者から3回にわたり出された要望書に対し,回答書を送付するなどした。当該協議の際,上記事業所の従業員代表者からは,C社設立後の経営見通し,C社への在籍出向によることの可否,承継後の労働条件等についての質問が出され,被上告人は,C社が承継する資産等を含む経営見通しに関係する事情を説明したほか,在籍出向は考えていないこと,労働条件はそのまま維持されることなどを回答した。
(3)被上告人は,平成14年10月1日,HDD事業部門のライン専門職に対し,商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号。平成17年法律第87号による改正前のもの。以下「商法等改正法」という。)附則5条1項に定める労働契約の承継に関する労働者との協議(以下「5条協議」という。)のための資料として,C社の就業規則案や上記従業員代表者への説明時に使用した説明資料を送付した。その上で,被上告人は,ライン専門職に対し,同月4日,5条協議として,同月30日までにライン従業員にこれらの資料を示すなどして説明した上で労働契約の承継に関する意向を確認すること,承継に納得しない従業員に対しては最低3回の協議を行うこと,各従業員の状況を被上告人に報告することを指示した。ライン専門職は,この指示に従って説明会を開き,多くの従業員は承継に同意した。
 他方,上告人らは,いずれも被上告人のHDD事業に主として従事していた者であるところ,その所属する労働組合の支部(以下「支部」という。)を代理人として5条協議をすることとし,その結果支部と被上告人との間で7回にわたり協議がされるとともに,3回にわたる書面のやり取りがされた。この協議の中で,被上告人は,支部に対し,C社の事業の概要にかかわる事情や上告人らが承継される営業に主として従事しているとの判断結果等について説明した。もっとも,被上告人は,一部の事項につき,支部が求めた形では回答せず,C社の経営見通しについては,これに係る数値等は経営に係る機密事項であるから答えられないが,現状では同業他社と同様にHDD事業部門の売上げは低迷しているものの合弁の強みを生かすことでメリットが得られるなどとし,C社における将来の労働条件については,労働者保護法理の適用がある中でC社が判断することであるなどと回答した。また,被上告人は,上告人らを在籍出向又は被上告人内での配置転換にしてほしいとの支部の求めには,応じられないとした。
 上告人らは,同年11月11日,被上告人から十分な説明がされず,協議も不誠実であるなどとして,被上告人に対し,上告人らに係る労働契約の承継につき異議を申し立てる旨の書面を提出した。
(4)被上告人は,平成14年11月27日,本件会社分割に係る分割計画書を本店に備え置いた。これに添付された書面には,上告人らの雇用契約も承継される旨記載されており,また,債務の履行の見込みがあることに関しては,C社が承継する資産と負債の簿価が,それぞれ114億8500万円と3億9000万円である旨の記載がされていた。そして,同年12月25日に会社分割の登記がされ,C社が資本金50億円で設立された。
3(1)新設分割の方法による会社の分割は,会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条。以下,会社の分割を行う会社を「分割会社」,新設分割によって設立される会社を「設立会社」という。)。これは,営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが,個々の労働者の労働契約の承継については,分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして,承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条),当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また,上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには,異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。
(2)法は,労働契約の承継につき以上のように定める一方で,5条協議として,会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは,上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから,分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち,承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ,当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって,労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。
 ところで,承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが,上記のような5条協議の趣旨からすると,承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと,上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
 また,5条協議が行われた場合であっても,その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。
(3)他方,分割会社は,7条措置として,会社の分割に当たり,その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条),これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され,これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に,5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。
(4)なお,7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については,「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(平成12年労働省告示第127号。平成18年厚生労働省告示第343号による改正前のもの。なお,同改正前の表題は「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」。以下「指針」という。)が定めている。指針は,7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として,会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げ,また5条協議においては,承継される営業に従事する労働者に対して,当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し,その希望を聴取した上で,当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めているが,その定めるところは,以上説示したところに照らして基本的に合理性を有するものであり,個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては,それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。
4(1)これを本件についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,7条措置として,前記2(2)のとおり本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い,情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか,C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い,その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは,7条措置の対象事項を前記のとおり挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり,被上告人が行った7条措置が不十分であったとはいえない。
(2)次に5条協議についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って,ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ,多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり,また,被上告人は,上告人らに対する関係では,これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし,C社の概要や上告人らの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え,在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。
 そこでは,前記2(3)のとおり,分割後に勤務するC社の概要や上告人らが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが,これは5条協議における説明事項を前記のとおり定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり,他に被上告人の説明が不十分であったがために上告人らが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお,被上告人は,C社の経営見通しなどにつき上告人らが求めた形での回答には応じず,上告人らを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが,被上告人が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり,また,在籍出向等の要求に応じなかったことについては,本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり,分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことや,前記の本件会社分割に係るその他の諸事情にも照らすと,相応の理由があったというべきである。そうすると,本件における5条協議に際しての被上告人からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。 
 以上によれば,被上告人の5条協議が不十分であるとはいえず,上告人らのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また,5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。
5 以上と同旨の原審の判断は是認することができ,論旨は採用できない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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