新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1049、2010/9/2 14:21

【親族・養子縁組の意思とは何か・否定された判例】

質問:私には高齢の父がおり,父には再婚した女性がいます。父が亡くなった場合に相続人となるのは,その女性と私との2名となるはずでしたが,最近,父の再婚相手が,何十年も行き来のなかった自分の実子と連絡をとり,父との間で養子縁組をさせたようです。明らかに財産目当てだと思うのですが,このような養子縁組は有効ですか。

回答:
1.お父様に正常な判断能力があり,親子としての精神的つながりを形成する意思が双方にあれば,縁組の主目的が相続財産の獲得にあっても,養子縁組は有効であるとするのが判例です。具体的事情により,親子としての精神的つながりを形成する意思が否定される可能性もゼロではありませんが,ご相談のケースではその可能性は低いでしょう。
2.法律相談事例集キーワード検索932番698番参照。

解説:
1.養子縁組の要件
 養子縁組には,養親となる者と養子となる者との間に縁組意思が合致すること(実体的要件)と,その意思に基づいて養子縁組の届出をすること(形式的要件)が必要です(民法799条,802条)。そして,意思が合致するためには,双方に意思能力が必要です。意思能力とは,事理弁識能力,すなわち,行為の結果を予測し判断するだけの精神能力のことです。たとえば,一方当事者が認知症等のため,このような判断能力に欠けていたと言える場合には,養子縁組は無効となります。
 「縁組意思」とは縁組によって養親子関係を創設する意思のことですが,問題はその中身です。具体的にどのような実体を形成する意思があれば,養親子関係を創設する意思があると認められるのでしょうか。婚姻と比較してみましょう。婚姻の場合にも,「婚姻意思」すなわち夫婦関係を創設する意思が要求されます(民法742条)。夫婦関係の実体は人によりいろいろですが,最大公約数的に表現すれば,男女の精神的・肉体的なつながりを基礎とする共同生活関係であるといえるでしょう(民法752条参照)。そのような共同生活関係を形成する意思がなければ,婚姻意思は認められないと解されます。これに対して,成人どうしの養親子関係は,夫婦関係以上に千差万別で,最大公約数的な実体を観念することも困難です。同居はもちろん,経済的な相互扶助も,老親の介護も,全ての親子に共通する生活スタイルとはいえません。共通するものがあるとすれば,せいぜい「親子としての精神的つながり」といったものでしょう。そこで,縁組意思の具体的中身は,「親子としての精神的なつながり」を形成する意思であると解されているのです。

2.財産目的がある場合
 ご相談のケースでは,養子縁組が財産目的であることが疑われるのですが,このような場合,「親子としての精神的つながり」を形成する意思が欠けるので養子縁組は無効といえるでしょうか。「親子としての精神的つながり」は非常に漠然としたものです。養親の死亡後には相続人として財産を譲り受ける意思があったとしても,「親子としての精神的つながり」を形成する意思とは両立可能で,矛盾しないといえます。あからさまな財産目的があったとしても,それだけでただちに「親子としての精神的つながり」を形成する意思がないという推認もできません。
 最高裁昭和38年12月20日は,老親が同居する次男の子(自分の孫)を養子にしたので,相続分が減った長男が,財産目的の養子縁組であり無効であると主張して養子縁組無効確認訴訟を提起した事案で,養子縁組をした老親には長男の相続分を排して孫に財産を取得させる意思があったと認めつつ,それでもなお,「親子としての精神的なつながりをつくる意思」を認めることができるとして,請求を棄却しました。
 この事件の一審である宇都宮地裁昭和36年11月16日判決は,縁組意思の有無の判断要素について,次のように判示しています。「本来養親子関係は,夫婦関係における共同生活のような定型的要素をもつものではなく,これが種々の目的のために利用される手段的制度であるため,その習俗的観念における型態も時代や社会を異にして多種様態であつて,その性格は多分に観念的擬制的なものである。従つて,そのようないわば精神的親子関係を創設すべき意思といつても,これを持定の目的に結びつけて限定的に解することは妥当ではなく,いやしくも当事者間において養親子関係から生ずる法的効果の発生を欲している限り,親子としての精神的つながりをつくる意思があるものと推定して,ひろくその縁組意思を肯定すべきものであり,ただ,縁組の真意が明らかに養親子関係の本質と矛盾背反するような場合に限つて,実質的縁組意思の存在を否定すべきものと考える。このことは,現行法における養子制度が,一方において,未成年養子に対する家庭裁判所の許可制度を採用して,いわゆる「子のための養子」の原則を打ち出している反面,成年養子(未成年養子が養親またはその配偶者の直系卑属である場合も同様に扱われる。)については,旧法の家制度から来る制約を一切廃止して,当事者の自由意思による無拘束の縁組を許容し,養子制度の自主性を強調していることに照しても理解することができる。」。
 つまり,「親子としての精神的つながりをつくる意思」が否定される場合はあるけれども,それは「縁組の真意が明らかに養親子関係の本質と矛盾背反するような」限定的な場合であり,財産目的があった程度では否定されない,という判断です。最高裁もこの論理を採用して,同じ結論を示しているものです。

3.近時の下級審判例
 以上の判例の論理を前提としつつも,具体的な事案の諸事情を検討した結果,「縁組の真意が明らかに養親子関係の本質と矛盾背反するような」場合に該当するとして,養子縁組が無効と判断されたケースが出ています。
 大阪高裁平成21年5月15日判決は,養親Aと隣人としてつきあいのあったBが自分の長女(控訴人)を養子にさせ,その後Aは死亡したという事案につき,次のように判示して,養子縁組を無効と判断しました。「民法八〇二条一号にいう「縁組をする意思」(縁組意思)とは,真に社会通念上親子であると認められる関係の設定を欲する意思をいうものと解すべきであり,したがって,たとえ縁組の届出自体について当事者間に意思の合致があり,ひいては,当事者間に,一応法律上の親子という身分関係を設定する意思があったといえる場合であっても,それが,単に他の目的を達するための便法として用いられたもので,真に親子関係の設定を欲する意思に基づくものでなかった場合には,縁組は,当事者の縁組意思を欠くものとして,その効力を生じないものと解すべきである。そして,親子関係は必ずしも共同生活を前提とするものではないから,養子縁組が,主として相続や扶養といった財産的な関係を築くことを目的とするものであっても,直ちに縁組意思に欠けるということはできないが,当事者間に財産的な関係以外に親子としての人間関係を築く意思が全くなく,純粋に財産的な法律関係を作出することのみを目的とする場合には,縁組意思があるということはできない。
 以上の見地から本件についてみると,仮に,Aと控訴人の双方とも,一応法律上の親子という身分関係を設定する意思があり,本件縁組届の作成及び届出が両者の意思に基づいて行われたものであったとしても,前記の事実関係に照らせば,本件養子縁組当時,Aと控訴人とは全く交流がなく,両者の間に親子という身分関係の設定の基礎となるような人間関係は存在していなかった上,本件養子縁組がされた後も,両者が親族として交流した形跡は全くなく,上記のような関係は基本的に変わっていなかったものと認められるから,Aと控訴人が親子としての人間関係を築く意思を有していたとは到底考えられないところである。そして,控訴人又はBが,Aの死亡の翌日にその貯金を解約してこれを事実上取得し,その他のAの遺産についても速やかに相続の手続を取っていることなどを考慮すれば,本件養子縁組による親子関係の設定は,Bの主導のもと,専ら,身寄りのないAの財産を控訴人に相続させることのみを目的として行われたものと推認するほかはない。」
 
また,名古屋高裁平成22年4月15日判決は,養親Aと病院で知り合った者(控訴人)が養子となり,その後Aが死亡したという事案について,次のように判示して養子縁組を無効と判断しました。「養子縁組における縁組意思は,社会通念に照らして真に養親子関係を生じさせようとする意思によるものであることが必要というべきであり,こうした意思を含まず,単に何らかの方便として養子縁組の形式を利用したに過ぎない場合は,縁組意思を欠くものとして,その養子縁組は無効というべきである。もとより,養親子関係の社会的な在り方は多様であるから,上記の養親子関係を生じさせようとする意思の内容を一義的に言うことは困難であるが,少なくとも親子としての精神的なつながりを形成し,そこから本来生じる法律的または社会的な効果の全部または一部を目的とするものであることが必要であると解するのが相当である。
   ア  上記認定の諸経過によれば,控訴人は平成19年8月ころ,AとD病院で結核治療中に知り合って親しくなり,同年10月26日に退院してA方で寝泊まりを始め,同月末ころAも退院して控訴人と同居するようになったが,それからわずか2か月ほど後の同年12月27日に本件養子縁組の届出がなされたこと,控訴人は平成20年2月12日から同年4月30日までM病院に入院し,Aも同年5月8日にD病院に入院した後,同年6月27日に死亡しており,結局,控訴人とAがA方で同居したのは,通算4か月にも満たないこと,その間,控訴人が血縁関係もないAの看護や日常の世話に意を配ったような経過はうかがわれず,上記のとおりAが同年5月8日,D病院に入院した際は,保健所の職員によって入院させられるほどの重篤な状態に陥っていたこと,また,Aの葬儀の際,控訴人は香典を受け取ったにもかかわらず,香典返しもしておらず,その一方で,控訴人は,その間に,Aの資産を基にして,高級外車を乗り換えるなどの散財行為とも見られる行為に及んでいることなど,控訴人がAの資産に依存した消費行動を示しており,ほかには,控訴人が,養親子という社会一般の身分関係を意識した行動を示した形跡は何らうかがうことができない。そして,原審における控訴人本人尋問の結果によっても,控訴人とAの間で,親族関係の形成を前提とした会話がなされたような経緯はうかがわれず,控訴人自身,自分とAが本件養子縁組をする目的や理由,趣旨を理解しているものとは認められない。
   イ  他方,Aは本件養子縁組に近接した時点において,前頭側頭葉型認知症の疑いを持たれており,躁状態による脱抑制,人格変化が認められ,病識の欠如から問題行動も起こすなどしており,合理的な判断能力が相当に減退した状態にあったと認められること,Aは被控訴人がGとの交際に反対したり,医療保護入院をさせたり,後見開始申立てをしたことなどについて反感を示しており,こうした被控訴人に対する思慮を欠いた反発感情から,同人への相続を阻止する目的で本件養子縁組に及んだものとうかがわれるところ,それ以上には,控訴人との間に養親子という親族関係を形成する意思があったことをうかがわせる経緯は一切認められない。Aが本件養子縁組にあたって,控訴人とともに司法書士に相談したことも,法律的,手続的な相談を内容とするものであって,上記判断を左右するものではない。
   ウ  そうすると,本件養子縁組は,Aが,控訴人との養親子関係という真の身分関係を形成する意思とは異なり,被控訴人への相続を阻止するための方便として,控訴人との養子縁組という形式を利用したにすぎないものと認められるから,前判示のとおりの養子縁組意思を欠くものというべきであって,無効といわなければならない。」
このように,具体的ケースによっては,財産目当ての養子縁組が無効とされる可能性もゼロではありません。ただ,ここでみた否定事例2件はいずれも,親戚関係のない他人同士の縁組のケースでした。事案としても身寄りのない資産家の老人に付け行って相続発生後に財産を散財しているという養子やその関係者が悪質な場合と言えるでしょう。全く血縁関係や親せき付き合いがないことについては判決に明示されてはいませんが,実質的には重要なポイントとなっているかもしれません。その観点からは,再婚とはいえ妻の実子との養子縁組であるご相談のケースでは,養子縁組が無効とされる可能性はかなり低いと考えられるところです。

<参照条文>

民法
739条1項 婚姻は,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる。
2項 前項の届出は,当事者双方及び成年の証人2人以上が署名した書面で,又はこれらの者から口頭で,しなければならない。
742条 婚姻は,次に掲げる場合に限り,無効とする。
1 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
2 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし,その届出が第739条第2項に定める方式を欠くだけであるときは,婚姻は,そのためにその効力を妨げられない。
752条 夫婦は同居し,互いに協力し扶助しなければならない。
799条 第738条及び第739条の規定は,縁組について準用する。
802条 縁組は,次に掲げる場合に限り,無効とする。
1 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
2 当事者が縁組の届出をしないとき。ただし,その届出が第799条において準用する第739条第2項に定める方式を欠くだけであるときは,縁組は,そのためにその効力を妨げられない。

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