新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:太ももがヒリヒリと痛むので見てみたところ、携帯電話を入れていたズボンのポケットにあたる箇所に熱傷を確認しました。熱傷の形状等からみて、携帯電話の異常発熱が原因ではないかと思うのですが、いわゆるPL法に基づいてメーカーに損害賠償を請求することは可能でしょうか。 解説: 2.(損害賠償が認められるための要件とその立証方法) 3.(その他の注意点) 4.(判例の紹介) 5.(まとめ) ≪参照条文≫ 製造物責任法
No.1051、2010/9/16 13:38
【民事・携帯電話の発熱・製造物責任法・損害賠償の要件】
↓
回答:
1.携帯電話による熱傷にはPL法が適用されますので、@当該携帯電話に欠陥があること、A損害を被ったこと、B損害と携帯電話の欠陥との間に因果関係が存在することを立証できれば、損害賠償が認められます。もし事故に遭われた場合には、いきなりメーカーと交渉するのではなく、まずは事故についての証拠収集から始めてください。
2.もっとも、実際に訴訟を起こすとなれば時間や費用が必要となるため、できることならば、当事者間での話し合いによる解決が理想的です。こうした解決方法の点も含め、なるべく早期に弁護士や消費生活センター等に相談することをお勧めします。メーカーとの交渉の際にも、法的知識を持つ者が間に入ることによって納得いく対応が期待できます。
1.(製造物責任法の概要と適用範囲)
製品事故の被害を受けた者が、メーカーに民法上の責任を追及しようとする場合、メーカーと消費者の間には直接の契約関係がありませんので、債務不履行責任などの契約責任を追求することはできず、契約関係に無い当事者間でも適用できる不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求を行うのが一般的です。民法709条の要件事実は、「保護法益の存在」「相手方の故意過失による加害行為」「保護法益侵害による損害の発生」「故意過失行為と損害発生の因果関係」です。
しかし、こうした請求が認められるためには、請求する立場である被害者の方でメーカーの「過失」を立証しなければならず、専門的知識のない一般消費者にとって、実際上その立証は困難と言わざるをえません。そこで制定されたのが製造物責任法(以下、PL法)で、これによれば、被害者はメーカーの過失を立証することなく、「欠陥」を立証できれば損害賠償を請求することが可能となります。被害者保護という民法709条の一般不法行為の制度趣旨を、製品事故の場面で実質的に拡充するために、立証責任を一部転換したものと解釈することができます。製品事故の場面では、消費者個人と巨大メーカーとの対立という、通常の交通事故のような当事者の対等な関係とは少し異なった構造をとりますので、通常の事故よりも消費者個人を保護する必要性が高まっているからです。経済的にも人的資源においても劣らざるをえない消費者個人を保護することにより、公平な裁判を実現しようとする、法の支配の原則の現れであると解釈できます。
PL法は、同法が施行された平成7年7月1日以降に引き渡しを受けた「製造物」に適用されます。製造物とは、「製造または加工された動産」を指し(PL法2条1項)、本件で問題となる携帯電話は当然これに含まれるほか、加工・調理された食品や医薬品、化粧品等も製造物に該当します。他方で、農作物等の自然産物や不動産、ソフトウェア等の無体物は、ここでいう製造物ではありません。
元々、過失責任の原則は適正公平な法社会秩序を維持、前進させるための制度(私的自治の原則)であり、挙証責任の原則も、損害賠償等の請求により利益を受けるものが損害発生の要件(過失)に該当する事実を収集、立証するのが、公平の見地から妥当であることから認められています。しかし、製造物の難解な構造について知識、経験をもたないものが製造物の欠陥について過失があったかどうかを法的に立証することは困難であり、公平の見地から挙証責任を転換したのがPL法です。
PL法に基づく損害賠償請求が認められるためには、@製品の欠陥、A損害の発生、B欠陥と損害との間の因果関係を立証する必要があります。以下では、これらの各要件について簡単にご説明します。
第一に、「欠陥」とは、その製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(PL法2条2項)、通常、@設計上の欠陥(製造物の設計自体の欠陥)、A製造上の欠陥(製造過程における欠陥)、B警告上の欠陥(製造物につき適切な警告がなされていないこと)に分類されます。欠陥の有無は、諸般の事情を総合した上でケース・バイ・ケースに判断されることとなりますが、その考慮要素の例として、PL法2条2項は、@当該製造物の特性、A通常予見される使用形態、B製造物引渡しの時期を挙げています。
第二に、「損害」とは、事故の前後における被害者の財産状態の差額をいいます。もっとも、PL法は、その製造物の欠陥によって生命、身体又は他の財産に損害が及んだときに初めて損害賠償を認めており、単にその物が損壊したというだけでは駄目だという点に注意が必要です(PL法3条ただし書)。本件の熱傷は、いわゆる人身損害にあたるので、この点については問題ありません。
第三に、被害者は、上記損害が当該製造物の欠陥によって生じたことを立証する必要があり、実際の訴訟においても、メーカー側が製造物と事故との関連性を否定するケースは稀ではありません。こうした因果関係の立証は、通常、種々の間接事実(因果関係の存在を直接基礎づけないまでも、それを推認させる事実)を積み上げていくという方法で行います。例えば、ファーストフード店で購入したジュースに異物が混入していたため喉に傷害を負ったとして損害賠償を請求した事案につき、名古屋地裁平成11年6月30日判決は、@被害者が当該ジュースを飲んだ直後に受傷したこと、Aジュースが販売されてから被害者が飲むまでの間、当該ジュースに異物が混入する機会がなかったこと、B被害者は当時歯科治療を受けておらず、また、一緒に注文したハンバーガー等を全て食べ終わってからジュースを口にしていることから、被害者の口腔内に予め異物が存在していたとは考えられないこと等の事情から、喉の傷害を当該ジュースによるものと認定しています。
第一に、PL法に基づく損害賠償請求には、同法5条1項による期間制限があります。具体的には、@被害者又はその法定代理人が損害及び賠償義務者を知った時から3年、あるいは、A製造物の引渡しから10年が経過すると、損害賠償請求権は消滅します。
第二に、PL法は民法の適用を排除するものではないので(同法6条)、たとえ損害賠償が認められたとしても、被害者にも何らかの過失があれば、それにより賠償額が減額されることもあり得ます(民法722条2項)。
第三に、仮にメーカーに対して製造物責任を問い得ない場合であっても、民法上の瑕疵担保責任(民法570条・566条)、債務不履行責任(民法415条)、不法行為責任(民法709条)の要件を満たせば、被害者はこれらに基づいて救済を受けることが可能です。
本件と関連する裁判例として、仙台高裁平成22年4月22日判決が注目されます。これは、コタツで暖をとっていた男性が、携帯電話を入れていたズボンのポケットにあたる部分に低温火傷を負ったという事案であり、わが国で初めて携帯電話に関する製造物責任が肯定された事件です。本判決は、@熱傷の位置や形状、A種々のデータや過去の事故報告等を総合すると、男性の携帯電話が低温火傷をもたらす程度に発熱することは十分にありうること、B他に事故の原因となる事由がないことといった諸事情から、当該事故が携帯電話の異常発熱に起因することを認めています。また、欠陥については、「本件携帯電話について通常の用法に従って使用していたにもかかわらず、身体・財産に被害を及ぼす異常が発生したこと」さえ立証すれば足りると述べた上で、男性は携帯電話をポケットに収納するという通常の用法で使用していたとして、これを肯定しました。これに対しメーカー側は、携帯電話の取扱説明書には、電話機を高温の熱源に近づけないようにとの警告表示がされていると反論しましたが、かかる表示では不十分として容れられませんでした。
もっとも、先ほど申し上げたとおり、製造物責任における欠陥や因果関係の判断は、事案ごとにケース・バイ・ケースに行われるものです。したがって、この裁判例があるからといって、本件のような携帯電話の発熱事故の全てについて損害賠償が認められるということにはなりません。また、そもそもこの裁判例の論理を疑問視する声も少なくありません(携帯電話をポケットに入れた状態で長時間コタツに入ることが通常の用法といえるのか、上記の警告表示以上に具体的かつ詳細な表示をメーカーに要求するのが妥当か等)。
以上のように、製造物責任をメーカーに追及する際は、いかに多くの有効な証拠を集められるかが重要となります。そのため、万が一製品事故に遭われた場合には、いきなりメーカーと交渉するのではなく、まずは、@医師に診断書を書いてもらう、A事故製品を捨ててしまわずに大切に保管しておく、B事故現場や被害状況を写真やビデオに撮っておく、C事故が起こった日時・場所・状況や当該製品の普段の利用法をできるだけ詳細にメモ等に記録しておく、D事故の目撃者に協力を依頼しておく等の対応をしてください。
もっとも、PL法の下でも、欠陥や因果関係の立証は依然として難しく、専門的知識を有する者の助力を得ることが望ましいと思われます。また、費やすこととなる時間・金銭等を考慮すると、訴訟を提起することが必ずしも理想的な解決策というわけではありません。専門家が被害者とメーカーとの間に入ることによって、両者が納得する形での被害救済や事故原因の解明がなされることも十分に考えられます。こうした点も含め、なるべく早い段階で、消費生活センターやお近く法律事務所等に相談されることをお勧めします。
(定義)
第二条 この法律において「製造物」とは、製造又は加工された動産をいう。
2 この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
3 この法律において「製造業者等」とは、次のいずれかに該当する者をいう。
一 当該製造物を業として製造、加工又は輸入した者(以下単に「製造業者」という。)
二 自ら当該製造物の製造業者として当該製造物にその氏名、商号、商標その他の表示(以下「氏名等の表示」という。)をした者又は当該製造物にその製造業者と誤認させるような氏名等の表示をした者
三 前号に掲げる者のほか、当該製造物の製造、加工、輸入又は販売に係る形態その他の事情からみて、当該製造物にその実質的な製造業者と認めることができる氏名等の表示をした者
(製造物責任)
第三条 製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。
(免責事由)
第四条 前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。
一 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。
二 当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がないこと。
(期間の制限)
第五条 第三条に規定する損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び賠償義務者を知った時から三年間行わないときは、時効によって消滅する。その製造業者等が当該製造物を引き渡した時から十年を経過したときも、同様とする。
2 前項後段の期間は、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害又は一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害については、その損害が生じた時から起算する。
(民法の適用)
第六条 製造物の欠陥による製造業者等の損害賠償の責任については、この法律の規定によるほか、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の規定による。
附 則 抄
(施行期日等)
1 この法律は、公布の日から起算して一年を経過した日から施行し、その法律の施行後にその製造業者等が引き渡した製造物について適用する。