新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1054、2010/10/28 13:00 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・他車運転危険担保特約の免責条項「正当な権利を有するものの承諾を得ないで」の承諾の内容、範囲、黙示の承諾は承諾と評価できるが、推定的承諾はなぜ承諾と認められないか。】

【質問】
 お恥ずかしい話ですが、このたび、自動車の飲酒運転で死亡事故を起こしてしまいました。この自動車は会社員の友人から社用車を借りたものですが、私が所有している自動車の保険には、他車運転危険担保特約付任意保険契約がついているので、この保険会社からの支払いがなされると思っていたのですが、保険会社は免責を主張しているとのことです。こんなに多額の損害賠償金を私は支払えません。保険会社は免責されるのでしょうか。

【回答】
 他車運転危険担保特約については【解説】にてご説明しますが、保険会社は同特約の免責条項として「正当な権利を有するものの承諾を得ないで」自動車を運転したことを挙げていると思われます。ここでの「正当な権利を有するものの承諾」とは、事故車両の所有者であることが原則です。所有者である会社は従業員であるご友人の使用を許可したに過ぎず、あなたの使用を許可してはいませんし、また、すでに飲酒していたあなたに運転を許可することもないでしょうから、あなたは「正当な権利を有するものの承諾」を得ないで事故車両を運転したことになります。従って、保険会社の免責の主張が認められるものと思われます。

【解説】
1.(他車運転危険担保特約の趣旨・権利者の承諾の必要性)
 他車運転危険担保特約とは、記名被保険者やその同居の親族等が、自ら運転者として運転中の他(保険契約をした自動車ではない他)の自動車を被保険自動車とみなして、被保険自動車の保険契約の条件に従い、普通保険約款賠償責任条項を適用するというものです。自家用の乗用車で対人賠償契約および、対物賠償契約を契約すると他車運転危険担保特約が一般的に特約として付加されています。この特約の目的は、記名被保険者やその所定の親族等が被保険自動車以外の他の自動車を一時的に運転する場合であっても、他の自動車の運転が被保険自動車の使用と同視できるような場合には、賠償責任条項等を拡張して適用し、当該他の自動車に保険が付されていない場合でも、記名被保険者やその所定の親族等を保護するとともに、そのような運転中の事故による被害者の救済を図ることといわれています。自動車損害賠償保険の目的は、日常社会生活、経済活動に必要不可欠な自動車が本来的に有する生命身体の安全を侵害する危険性に鑑み高額な賠償が予想される加害者及び被害者の救済にありますが、保険の適用範囲を被保険者の有する当該自動車に限定すると、社会生活上他車を利用することも一般的に考えられ、加害者、被害者の救済が十分に図れないことなりこの様な不合理を回避する必要があり特約として認められています。
 今回の被害者遺族の方の保護という観点からすれば、上記の目的にのっとって保険金が支払われるべきとも思われますが、下記のような免責条件を定めなければ無限定に保険金が支払われることとなり、保険会社の利益、しいては経営を不当に圧迫する可能性がありかえって不合理です。
 そこで免責条件として、被保険者車両以外の自動車の運転について「正当な権利を有するものの承諾」が必要とされ、それがない場合は免責になる旨の免責条項が設けられているわけです。なぜ権利者の承諾が必要なのかといいますと、権利者の承諾もなく勝手に他人の車両を利用した行為は、保護されるべき適正な一般的社会、経済活動の範囲を超えるものであり、保険制度の趣旨から加害者、被害者ともに保護の範囲外と評価されるからです。

2.(問題点の指摘、権利者の承諾の内容)
 今回、あなたが被保険者として契約している自動車保険の他者運転危険担保特約の適用が認められるには、あなたが契約している自動車ではない自動車(それゆえ「他車」というのです)を運転するにあたり、その「他車」の使用を許可する正当な権利を持つ人の許可が必要となります。
 ただし、あなたは会社に勤務し利用権を有する友人からは車両利用の承諾を得ていますが、所有者である会社から自動車の使用について個別的に、明確な承諾を得ていません。そこで、「承諾」の内容がどの程度まで明確である必要があるかが問題となります。具体的にいえば、明示の承諾がなくても「黙示の承諾」、又は「推定的承諾」があればよいかどうかが問題になります。

3.(明示の承諾に対する黙示の承諾と推定的承諾の違い)
 そこで黙示の承諾と推定的承諾の違いを説明しておきます。両者とも承諾の一態様ですが、承諾という意思表示があったかどうか程度の差異と考えられます。黙示の承諾は、明確な承諾の意思表示自体(言葉、文章)は存在しないが意思表示と認められるような事実(他の行動、事情)が認められる場合をいいます。程度は低くても少なくても承諾と考えられるような意思表示は存在するわけです。空いている有料駐車場に駐車することなどです。これに対して、推定的承諾は、承諾の意思表示と推認、考えられる事実は一切存在しないが、仮に承諾者が同じ状況に遭遇していたならば、承諾という意思表示をしたと考えられる場合です。例えば、意識を失ったけが人に対する医師の治療行為は、けが人の治療行為を受ける推定的承諾があったと考えられます。承諾の程度は黙示の意思表示よりかなり低くなります。

4.(判例の検討、大阪地方裁判所堺支部平成21年9月30日判決)
 この点については、今回のご相談と似たケースを扱った大阪地方裁判所堺支部平成21年9月30日判決において、東京高裁平成11年3月25日判決を引用して以下のように説明されています。「その自動車の所有者又はそれに準ずる権限が与えられている者から当該自動車を使用することについて承諾を得ないでとの意味であって、承諾は明示のものに限られず黙示のものであっても差し支えないが、実際に承諾がされなければならず、実際に正当な権利を有する者に使用の承諾を求めてはいないが仮に求めていれば承諾がされる蓋然性(以下「推定的承諾」という。)があったとか、運転者が他の自動車の使用について正当な権利を有する者の承諾があると信ずるについて相当な理由があるというだけでは足りないというべきである。」これはすなわち、明示の承諾がない場合には黙示の承諾でも足りますが、黙示の承諾の存在も認められない場合には、推定的承諾すなわち例え、承諾をするであろうという蓋然性があっても承諾があったとは言えないとしています。大阪地裁堺支部判決の事件でも、この点が争点となりました。
 以上判例の見解をまとめると、黙示の意思表示は「承諾」として認めるが、推定的承諾は、「承諾」として評価しないということになります。これは、この特約の趣旨である、被害者、加害者救済の趣旨から承諾の範囲を狭く解釈しているように見えますが、やむを得ない解釈と思います。なぜなら、この特約は本来自らの車両についての保険の範囲を例外的に拡大したものであり、その範囲は限定的に解釈すべきであり、これを推定的承諾まで広げると、推定的承諾の性質上、承諾権者の後の証言、態度により利害を有する(例えば保険が適用にならないと車両の所有者自身が自賠法の無過失責任を問われる危険がある。)加害者、被害者有利に傾きやすく、保険会社の利益が損なわれる危険が生じ公平性を欠くからです。

5.(判例の内容)同判決で裁判所は、「被告丁谷(仮名:本件自動車の使用を会社から許可されたもの)は本件事故までにごく近距離の場合には本件自動車を友人に使用させたことがあったことは認められるが、他方で、戊原(仮名:本件自動車の所有者)がその事実を認識したことはなかった」として、正当な権利を有するものを被保険車の所有者である戊原としたうえで、所有者の証言内容に注目し、「証人戊原は、被告丙川(仮名:本件自動車の事故当時の運転者)が本件自動車を運転することは許容範囲であった旨の証言をする(ただし、後記のとおり、被告丙川の飲酒状況をも踏まえれば、本件事故当時、被告丙川が本件自動車を使用することを承諾しなかったであろうとも証言している。)」と指摘し、結果的に黙示の承諾の存在を認めず、推定的承諾も否定していると考えられます。

6.(まとめ)大阪地裁堺支部の事件も今回の事故も飲酒運転が原因であり、これは明確な道路交通法違反の犯罪行為です(道路交通法65条1項2項、117条の2第1号2号、117条の2の2第1号2号)。
 まず本件では、車両所有者(会社)の明示の承諾がないことは明らかです。又、所有者が、車両を友人から借りるという事情を一切認識していない以上黙示の承諾もありません。仮に友人と貴方の事情を知っていたとしたら、会社が、社員の友人に車両を貸してもよいと思ってもそれは「推定的承諾」であり、判例からは承諾と評価されませんので結局免責を保険会社は主張できることになります。
 したがって、あなたには残念な結論になりますが、本件の事故当時のあなたの自動車運転には所有者という「正当な権利を有するものの承諾」がない以上、他車運転危険担保特約における免責が認められ、保険会社は免責されると思われます。

【参照条文】

道路交通法
(酒気帯び運転等の禁止)
第六十五条  何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならない。
2  何人も、酒気を帯びている者で、前項の規定に違反して車両等を運転することとなるおそれがあるものに対し、車両等を提供してはならない。
第百十七条の二  次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
一  第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第一項の規定に違反して車両等を運転した者で、その運転をした場合において酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう。以下同じ。)にあつたもの
二  第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第二項の規定に違反した者(当該違反により当該車両等の提供を受けた者が酒に酔つた状態で当該車両等を運転した場合に限る。)
第百十七条の二の二  次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一  第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第一項の規定に違反して車両等(軽車両を除く。次号において同じ。)を運転した者で、その運転をした場合において身体に政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態にあつたもの
二  第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第二項の規定に違反した者(当該違反により当該車両等の提供を受けた者が身体に前号の政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態で当該車両等を運転した場合に限るものとし、前条第二号に該当する場合を除く。)

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