新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1055、2010/10/28 15:20

【民事・保険契約者、保険金受取人以外の第三者による死亡事故発生でも信義則上保険会社の保険金給付免責が認められる場合、その具体的要件は何か。】

質問:当社は、甲が代表取締役としてワンマン経営していた建築会社です。しかし、甲は配偶者である乙により殺害され死亡しました。甲の生前、当社は生命保険会社と被保険者を甲、受取人を会社とする生命保険契約を締結していました。そこで、当社は保険会社に保険金の請求をしたところ、免責条項に該当することを理由に支払いを拒否されました。たしかに、本件生命保険契約には、被保険者が保険契約者又は保険金受取人の故意により死亡した場合には死亡保険金は支払わないとの条項はあります。しかしながら、乙は当社の取締役であるとはいえ、補助的な業務しかしていなかったものです。代表権がない取締役の行為も免責条項に該当するのでしょうか?

回答:
1.当該免責条項が有効であることは間違いありませんが、乙は保険契約者、保険金受取人ではありませんので、本来は当該免責条項には当たらないはずです。しかし、判例実務では「本件免責条項は、保険契約者又は保険金受取人そのものが故意により保険事故を招致した場合のみならず、公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、第三者の故意による保険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価することができる場合をも含むと解すべきである。」とされていますので、乙の行為が保険契約者または保険金受取人の行為と同視できるような事情がある場合は本件条項が適用され、会社は保険金を受け取れないことになります。
2.その判断基準は@会社の規模や構成、A保険事故の発生時における当該取締役の会社における地位や影響力、B当該取締役と会社との経済的利害の共通性ないし当該取締役が保険金を管理又は処分する権限の有無、C行為の動機等の事実です。要は、保険金受取人に対して保険金が支払われることを目的として第三者が故意で被保険者を殺害したりしないよう制限が加えられるということです。
3.本件の場合、単に被保険者の配偶者でかつ取締役により被保険者が殺害されたというだけでは、本条項を理由に受取人である会社への保険金の支払いを拒絶することはできないでしょう。しかし、乙が会社の株式の過半数を取得していたり、保険金を会社の運転資金にする目的を有していたなどという事情がある場合は、本条項により支払いが拒絶される可能性があります。
4.尚、免責に該当する事実の立証責任は、保険会社が負うことになるでしょう。法律相談事例集キーワード検索:704番参照。

解説:
1.生命保険契約は、商法673条において、次のように定義されています。すなわち、「生命保険契約ハ当事者ノ一方カ相手方又ハ第三者ノ生死ニ関シ一定ノ金額ヲ支払フヘキコトヲ約シ相手方カ之ニ其報酬ヲ与フルコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス」(商法673条)。そして、死亡保険については、従来から損害保険などと比較して、他殺など意図した死を助長する危険性が高い契約であると指摘されていました。これは、死亡の事実の発生だけで、契約上当然に保険金支払義務が発生し、受取人は自分の負担なく利益を得ることができるからです。
 このことから、死亡保険契約には、本件のような免責条項が設けられていることが多いのです。また、商法上にも免責の規定があります。すなわち、「左ノ場合ニ於テハ保険者ハ保険金額ヲ支払ウ責ニ任セス(中略)2.保険金額ヲ受取ルヘキ者カ故意ニテ被保険者ヲ死ニ致シタルトキ(中略)3.保険契約者カ故意ニテ被保険者ヲ死ニ致シタルトキ」(商法680条1項2号、3号)と規定されています。商法680条1項2、3号と本件免責条項は同じ制度趣旨によるものです。すなわち、被保険者を殺害した者が保険金額を入手することは、公益上好ましくないこと、また、信義誠実の原則にも反すること、さらに保険の特性である保険事故の偶然性の要求にも合わないところにあると考えられています(最判昭42.1.31民集21−1−77)。

2.本件の場合、乙は代表権がない取締役であることから、乙の被保険者の故意による殺害行為が本件免責条項に該当するか問題となります。
 保険契約者又は受取人が法人の場合には、法人の行為と同一に評価することが出来るときには、免責条項に該当し、保険者の免責が認められます。具体的には、法人の代表者が故意に被保険者を死亡させた場合は、これに該当すると考えられています。下級審の裁判例もあります(名古屋地判昭59.8.8判タ553−204、株式会社の代表取締役のケース)。代表者の行為は、会社の行為と同視できることは問題ないでしょう。

3.これに対して、代表権のない取締役の故意による殺害行為については、当該取締役の行為が法人の行為と同一に評価できるか問題となります。この点、当該取締役の行為と会社、法人が実質的に同一と評価できるか判断することになります。具体的には、当該取締役の法人内における役割、地位、影響力などを総合的に考慮して判断することになります。法人の実質的な支配者である場合や利益の享受者の場合には法人と同一と評価できるでしょう。
 この点、下級審の裁判例において、実質的に会社の全株式を保有しており、実質的なオーナーの地位にあった者が被保険者を殺害したケースにおいて、「法人を実質的に支配し、あるいは、保険金の受領による利得を直接享受する者が故意によって保険事故を招致した場合には、代表権限を有する者がした場合とは別に、その法人による保険事故招致と評価することができるものというべきであ」と判示したものもありました(札幌地判平11.10.5判タ1059−187)。
 
 最高裁判所も、「本件免責条項は、保険契約者又は保険金受取人そのものが故意により保険事故を招致した場合のみならず、公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、第三者の故意による保険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価することができる場合をも含むと解すべきである。したがって、保険契約者又は保険金受取人が会社である場合において、取締役の故意により被保険者が死亡したときには、会社の規模や構成、保険事故の発生時における当該取締役の会社における地位や影響力、当該取締役と会社との経済的利害の共通性ないし当該取締役が保険金を管理又は処分する権限の有無、行為の動機等の諸事情を総合して、当該取締役が会社を実質的に支配し若しくは事故後直ちに会社を実質的に支配し得る立場にあり、又は当該取締役が保険金の受領による利益を直接享受し得る立場にあるなど、本件免責条項の趣旨に照らして、当該取締役の故意による保険事故の招致をもって会社の行為と同一のものと評価することができる場合には、本件免責条項に該当するというべきである。
 これを本件についてみるに、被上告人が、年間売上高が3億3000万円前後、従業員数が関連会社を含め20名から30名程度の有限会社であること、Aが被上告人の業務のほとんどを支配しており、Bは、代表権のない取締役であり、主として従業員の給与計算や社会保険関係の事務を担当していたものの、その役割はAが被上告人を運営していく上で必要な業務の補助的性質のものであり、Bが経営者としての立場で被上告人の業務に関与してはいなかったこと、BがAの女性関係について悩んでおり、Aを死亡させた直後に自殺していることなど上記事実関係の下においては、Bが被上告人を実質的に支配し又は事故後直ちに被上告人を実質的に支配し得る立場にあったということはできず、また、Bが保険金の受領による利益を直接享受し得る立場にあったということもできず、公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、Bが個人的動機によって故意にAを死亡させた行為をもって被上告人の行為と同一のものと評価することができる場合には当たらないというべきである。なお、Bが資金調達面の事務に関与するため、金庫の鍵を所持し、取引銀行と交渉するなどの役割を果たしていたことや、役員報酬の年額がAに次ぐものであったことなどの事実を考慮しても、Bの行為をもって被上告人の行為と同一のものと評価することができる場合に当たるということはできない。そうすると、本件免責条項に該当しないとして、被上告人の保険金請求を認容すべきものとした原審の認定判断は、正当として是認することができる。」と判示しています(最判平14.10.3民集56−8−1706)。
 この最高裁判例は、@会社の規模や構成、A保険事故の発生時における当該取締役の会社における地位や影響力、B当該取締役と会社との経済的利害の共通性ないし当該取締役が保険金を管理又は処分する権限の有無、C行為の動機等を判断基準にして、当該取締役の行為が法人の行為と同一に評価できるか判断しています。
 この最高裁判例は、事案としては殺害行為者が後日自殺しているなど特殊な事案ですが、第三者による保険事故招致のケースにおいて、法人契約の免責条項該当性の明確な判断基準を判示していることから、妥当なものと言え、今後の実務におけるリーディングケースになると思われます。

4.以上を踏まえて、本件相談者の事例を検討します。前記最高裁判例の判断基準から考えますと、甲がワンマン経営をしていた御社において、乙は補助的な役割しか与えられていなかったことから、乙の会社における地位・影響力は低いと思われます。殺害の動機やその後の会社の構成等の事情にもよります、乙の行為は法人の行為と同一とは評価できないと考えられます。よって、本件は免責条項には該当しないと思われます。
 したがって、保険会社の保険金の支払い拒否の回答は不当です。保険金の支払いを強く求めるべきでしょう。

≪参照条文≫

商法
第六百七十三条  生命保険契約ハ当事者ノ一方カ相手方又ハ第三者ノ生死ニ関シ一定ノ金額ヲ支払フヘキコトヲ約シ相手方カ之ニ其報酬ヲ与フルコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス
第六百八十条  左ノ場合ニ於テハ保険者ハ保険金額ヲ支払フ責ニ任セス
一  被保険者カ自殺、決闘其他ノ犯罪又ハ死刑ノ執行ニ因リテ死亡シタルトキ
二  保険金額ヲ受取ルヘキ者カ故意ニテ被保険者ヲ死ニ致シタルトキ但其者カ保険金額ノ一部ヲ受取ルヘキ場合ニ於テハ保険者ハ其残額ヲ支払フ責ヲ免ルルコトヲ得ス
三  保険契約者カ故意ニテ被保険者ヲ死ニ致シタルトキ

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