刑事・被害弁償を被害者が受け取り拒否している場合の対策・供託・被害者の処罰を求める権利
刑事|被害弁償|窃盗|供託|民法464条
目次
質問:
窃盗事件を起こしてしまい,刑事裁判が始まることになりました。
相手はお店で,被害額は約50万円です。被害弁償を申し出たのですが,受け取りを断られてしまいました。
「弁償する気持ちがあることはわかりましたが,判決が出てから対応を考えます。」
「会社顧問である捜査機関OBの指示により,捜査終了後でないと弁償金は受け取ることができません。会社の方針ですご了承ください。」とのことです。被害弁償が終わっていないと刑事処分が重くなると聞きました。
この場合,刑事事件が終わる前に弁償する方法はないのでしょうか。弁済の供託をするとができますか。供託すべき金額はいくらですか。
回答:
1.民法494条に基づき,供託することが可能です。
供託金額は被害額+相当な額の慰謝料+年5%の割合の犯罪時から弁済提供時までの遅延損害金の合計額となります。
供託が済んだら,供託金受入証を裁判で証拠提出します。
また,被害者の態度が,必ずしも拒絶的なものではなく,単に留保であるならば,その点も情状資料として会話内容を記載した書面を作成し被害者側にも事前に送付し,弁護側の書証として証拠提出した方がよいと思います。
2.以上の対策は,起訴前の弁護でも同様です。本件では,前科等がなければ供託により不起訴処分も不可能ではありません。
この場合も,どうして,被害者側が被害弁償を拒否しているかを明確に書面化して検察官を説得する必要があります。
その理由によっては,民事上の免責だけでなく,刑事上も被害者の宥恕と同等の評価をしてくれる場合があります。
3.法律相談事例集1034番参照。
4.供託に関する関連事例集参照。
解説:
1.被害弁償の法的意味,被害者との和解,示談の必要性,被害者の抽象的処罰請求権
犯罪行為により他人に被害を与えた場合に,被害を回復するため被害者に金銭を支払うことを被害弁償といいます。犯罪行為は民法上の不法行為を構成するので(709条),犯罪行為者(加害者)は,被害者に対し,損害賠償義務を負っています。被害弁償はこの損害賠償債務の「弁済」としての民事上の法的意味を持ちます。
また,刑事上は,当然ながら犯罪行為者の反省を示す事情として,量刑上重要な意味を持ちます。被害弁償が済んでいるかいないかで,執行猶予の有無が変わるなど,大きな影響を持つ事情と言えます。
一般論ですが,窃盗,傷害,強姦等いわゆる保護法益が個人的なものであれば(個人的法益,例えば覚せい剤事件は社会全体の秩序が保護法益であり社会的法益です),被害側の被害弁償,示談なくして執行猶予は期待できません。どうしてかというと,法の支配の理念が根底にあります。
個人は生まれながらに自由であり本来これを奪うことは出来ませんが(憲法13条),義務を負い,とりわけ,生命身体の自由を剥奪,制限されるのは,国民が委託した立法府により定められた正義にかなう公正,公平な法によらなければならず,個人による報復,自力救済は一切禁止されることになります。これを自力救済禁止の原則といいます(憲法31条,32条,76条)。
このような構造から明文はありませんが,被害者は適正な刑事裁判を通じて被告人を処罰して欲しいという抽象的な処罰を求める請求権(処罰請求権)を有していると考えることができます。この権利は,刑法(刑罰)の本質(応報刑か目的刑か)をどのようにとらえるかに関係なく,認められるものと思います。
被害者の刑事告訴権(刑事訴訟法230条)や,刑事裁判で近時認められた被害者の公判廷での被害者参加,意見陳述は,この権利の具現化と位置付けることが出来ます(刑訴316条の33,同38以下参照)。
したがって,法律の解釈適用を行う裁判所(司法権)は,国民の信託を根拠にしており,当該犯罪の被害者が示談,和解により処罰請求権行使を事実上放棄するのであれば,積極的に刑罰を適用する理由が希薄になり刑事裁判,起訴前の公訴権行使に大きな影響を与えることになります。刑訴248条,起訴便宜主義も「犯罪後の情況により」と規定し被害者側の意思を重視する結果になります。
勿論,刑法の基本目的は,法社会秩序の維持にあり,示談,和解をしたからといって必ず無罪又は不起訴になるというわけではありません。被害弁償は,典型的には被害者との間で示談が成立することで,「示談金」ないし「和解金」という名目で支払われることが多いと言えます。
「被害弁償金」ではなく「示談金」「和解金」という名目になるのは,やり取りする金額が被害額そのものを大きく上回るケースや,財産犯ではないため被害額自体が明らかでないケースも多いうえ,示談は通常単なる弁償だけではなく,それを契機として当事者間の民事上の法律関係を清算してしまうという目的や,被害届を取り下げてもらうという目的を持った複合的な和解契約なので,金銭的な被害回復を強調する表現が避けられるためだと考えられます。
2.弁済供託,必要性,供託の効果と限界,執行猶予の対策
被害者が示談に応じてくれればいいのですが,必ずしもそのようなケースばかりではありません。
謝罪してもだめだ,金など受け取らない,という被害者も当然いらっしゃいます。本件のように,被害者が,企業,チェーン店の場合,万引き等による継続的な被害が大きく,これを一罰百戒により防止するため一切,起訴前,起訴後においても会社の方針として示談,和解に応じないということがあります。
起訴前であれば,不起訴処分に対する対抗策として,起訴後であれば実刑回避,執行猶予に対する方針としてとられているようです。
「会社顧問である捜査機関OBの指示により,捜査終了後でないと弁償金は受け取りことができません。会社の方針ですご了承ください。」という説明はこれを示しています。そのような場合でも,不法行為の事実は動かないので,損害賠償債務はなくなりません。
そこで,民法が定める弁済供託の制度を利用する余地が出てきます。
民法では,債務者が債権者に対して弁済の提供をしたが,債権者が弁済の受領を拒む場合,債務者は弁済の目的物を供託して債務をまぬがれることができるとされています(494条)。したがって,適正な金額を供託すれば,被害弁償をしたこととなり,その後被害者から民事上の請求を起こされる心配は少なくなります(被害者は適正な金額ではなかったと争うことができるので,請求を起こされる事実上の可能性はゼロではありません。)。刑事上は,被害者が被害弁償を受け取ってくれて,これで許すという意思を表明してくれることが最も望ましいのですが(被害者の事実上の処罰権放棄),その意思の表明が得られなくても,被害弁償をしたことは犯情を軽減させ,被告人の反省の情を示す事情ともなって,やはり大きな意味があります。
この点,見方によっては,被害者は弁償金を受け取らないほど怒っているので,そのような被害感情を重視すれば重い刑を科す必要がある,と受け取られるのではないかという疑問があり,また検察官も論告でそのような意見を主張することもあります。
しかし,裁判所は被害弁償をする意思があるということを重視し,弁済供託であっても有利な情状と判断することになります。すなわち,弁済供託により計算上の被害は弁償填補されていますので,とりあえず社会秩序は回復されたとの評価が可能となります。
ただ,窃盗等個人法益に対する刑事裁判において,通常,被害者との和解,示談により被害者の宥恕の意思表示(被告人を許すという文言が示談書に記載している)があれば執行猶予が付加されるような場合に,被害額相当額の供託により被害者との和解,示談と同様に評価してくれるかというというと疑問があります。
というのは,被害が弁償されても,理論的には被害者にとり現状が回復されただけで何の特別な利益にもなっていませんし,宥恕の(許すという)意思表示がない以上被害者が固有に保持している,刑事裁判を通じて求めることが出来る加害者に対する処罰請求の権利は依然として被害者側に残っているので裁判所としてはこれを無視して執行猶予を選択することは困難だからです。
それでは,被害者側に特別な理由もなく,受領を拒絶している場合はどうしたらいいでしょうか。
本件のように,万引きが横行するので見せしめのために被害弁償を拒絶し,ただ,執行猶予を回避し被告人を厳罰に処したいので和解,示談をしないと考えられるような場合です。しかし,和解に応じるかどうかは,被害者側の自由意志ですので,これを暗に非難することは刑事裁判でも困難と思います。
そこでその対応ですが,
①供託金額を増額する。例えば本件でいえば供託額を窃取品評価額の数倍以上にする。窃取事件に関して会社が被害届を提出するなど余計な業務を増加させたことについても損害が発生したと見積もるわけです。不法行為の賠償責任は,金銭賠償が原則ですので弁償金を増額して怒る被害者はいませんし裁判上不利益な事情とはなりません。
②被害弁償を受けない具体的理由を証拠として残し,検察官に不同意にならないようにして証拠提出する。「捜査官のOBの指示,会社のルール」などという説明があれば本来の被害者側対応(被害があれば弁償を受けるという被害者としての普通の態度)を幾分逸脱していますので,裁判所にその旨詳細に説明することが肝要です。
③被害弁償示談は,元を正せば被告人の反省の態度表現ですので本人,家族親族の謝罪文を弁護士に託し諦めず弁護人を通じ何度も謝罪交渉を繰り返し行うことです。必ず裁判所も評価してくれるはずです。
3.供託の方法
供託は,相手の住所地を管轄する法務局に,供託書を提出して行います。
供託書には,供託をする者の住所氏名,供託を受ける者の住所氏名のほか,供託の原因となる事実を記載します。被害弁償の受領拒否による弁済供託の場合,たとえば,次のように記載します。
「供託者は,平成○○年○月○日,○○県○○市○○△丁目△ー△の○○において,被供託者が所有し管理する○○1個(○○万円相当)を窃取したものである。
したがって,供託者は被供託者に対し,不法行為による損害賠償責任に基づく債務を負っている。
供託者は,平成○○年○月○日,供託者の相当と考える損害賠償金○○万○○円に,平成○○年○月○日から平成○○年○○月○○日までの年5分の遅延損害金○万○○円を付した金○○万を被供託者住所に持参して,被供託者に対して現実の提供を行ったがその受領を拒否されたため,本件供託をする。」
4.供託すべき金額
被害弁償金の弁済供託は,損害賠償債務の弁済ですから,不法行為に基づく損害賠償として支払うべき金額を供託します。
ただ,不法行為に基づいて認められる損害賠償は財産的損害に留まらず,いわゆる精神的苦痛に対する慰謝料も損害賠償の一種となります。死亡や傷害等の人身に対する被害結果を及ぼした犯罪ではもちろんのこと,純粋な財産犯であっても,いわれなく犯罪行為に遭わされた被害者に対しては,慰謝料も含めて弁償するのが妥当であり,相当な損害賠償額と認められやすいでしょう。
とはいえ,精神的苦痛は見積もりが難しく,いくらが相当な慰謝料であるかは裁判の中でも比較的安定しない事柄です。結局のところ,自分の支払い能力とも相談しながら,裁判所に反省の情を認めてもらえるよう精いっぱいの金額を上乗せするのがベストだというほかありません。
また,不法行為による損害賠償債務は不法行為成立の瞬間に履行期を迎え,直ちに遅滞に陥ると解されています。そのため,被害弁償の際には,損害賠償額に事件当日も含めて年5%の割合の遅延利息(民法419条)を加えた金額を支払って初めて全ての債務が消滅するといえます。
本件では,たとえば,被害金額に慰謝料と遅延損害金を加えた合計額として100万円を供託すれば,被害弁償金としては十分でしょう。
5.被害者の態度の立証
被害者が被害弁償を受領しようとしない理由が,弁償意思の拒絶ではなく,留保であるならば,拒絶よりも情状は良いとも考えられるので,一応裁判所に伝えた方がよいと思います。
方法としては,弁護人に被害者と接触してもらい,被害者が言っていた内容を弁護人からの報告書ないし電話聴取書等の形で証拠提出する方法や,被告人質問の中で自分の経験として被害者にそのように言われましたという話をする方法が考えられます。
6.起訴前の対応
以上の内容は,起訴前の弁護活動でも同様です。
詳しい事情は把握できませんが,本件は50万円の窃盗であり起訴前に供託等を行い,不起訴処分,罰金(略式手続)を求め弁護人に依頼すべきであったと考えられます。
以上