新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:米国債を購入すれば高額の配当金がもらえるという宣伝を真に受け、500万円を投資しました。しかし、そのような宣伝は全くのでたらめで、預けた相手は米国債を購入してなどいませんでした。騙されていたのです。私は、騙されていると気付くまでの2年間、配当金として50万円を受け取っていました。 解説: 2.ただ、他方で損益相殺という考え方もあり、これは不法行為によって損害を蒙った被害者が同じ原因によって利益を受けた場合にはこの利益を損害から控除するものです。これは、不法行為責任が行為者に損害賠償責任を負わせることを目的としていることから、被害者に利益があれば損害の公平な分担の見地から利益を控除するというものです。あなたは、騙されていることに気づかないように、配当金という名目で50万円を受け取っていたとのことですので、これが詐欺によって受けた利益として損益相殺の対象となるか、ということが問題になります。これについては、以下の二つの考え方があると思われます。 3.以上から、あなたは、法律上、500万円全額を詐欺の被害金として加害者に請求することができるものと考えられます。 <参照条文> 刑法 民法
No.1070、2010/12/14 16:22
【民事・詐欺による騙取金の請求と相手方から交付された金員の返還債務の相殺】
その後、その男は詐欺容疑で逮捕され、その弁護人という弁護士から示談を持ちかけられました。私は500万円全額返してもらえればいいのですが、その弁護士の言うには、私が相手から配当金として受け取っていた50万円は損害から差し引かれるものなので、450万円返すのでいいでしょう、とのことなのです。私は50万円もらっている間もずっと騙されていたのです。このような話がまかり通っていいのでしょうか。全額返してほしいのですが、法律上は認められないのですか。
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回答:
1.そもそも、あなたに500万円の返還請求権があるか否か、という問題と相手の弁護士の450万円の返還に応じて示談するか否かは別の問題です。
500万円の返還請求権が認められるか否かという点については、あなたが配当金名目で受領していた50万円が損害賠償の補てんとなっているかという問題です。この点については同様のケースにおいて、詐欺であることの発覚を防ぐ手段として支払われていた金銭は損益相殺の対象にならないとした判例がありますので、それによれば騙された500万円全額支払われることを求めることができるものと考えられます。
2.それとは別にあなたが、示談に応じる際の請求金額をいくらとするかは別の問題です。仮にすでに受け取った50万円が損害の填補と認められたとしても、あなたとすれば詐欺によりだまされたことによる精神的苦痛、警察の捜査に協力したことによる迷惑を受けている訳ですから、最低でも500万円の被害金額を示談金として請求することは何ら問題はありません。
1.詐欺による被害金(騙されて取られたお金、ということで「騙取金(せんしゅきん)」といいます)の賠償範囲についてですが、詐欺行為というのは不法行為に該当するので、その騙取金全額が賠償の対象になるのが原則的な結論です。したがって、不法行為に基づいた損害額は騙取された500万円と考えられます。
まず一つ目は、騙取金相当額の損害を被った一方で仮装配当金相当額の利益を受けていることから、仮装配当金の交付が不法原因給付に当たるため返還請求そのものは認められないけれども、その損害額の算定において損益相殺が妥当であり、騙取金額から仮装配当金額を控除する必要がある、とするものです。
二つ目としては、詐欺行為という不法行為は社会の倫理、道徳に反する醜悪な行為であって、被害者がこれにより被害をこうむるととともに利益を得ていたとしても、この利益に対する不当利得返還請求は不法原因給付として認められないのですから、損益相殺(的な発想)により被害者の損害から調整のため控除することは認めるべきではない、というものです。
なお、不法原因給付とは、自ら不法な行為(公序良俗違反な行為)をしておきながら、その不法であることを理由として救済を求めることを認めないという法制度をいい、正義に反する主張に法律は助力しないというものです(民法708条)。賭博契約や、犯罪請負契約や、愛人契約などに基いて金銭を授受した場合が典型例です。民法703条の不当利得返還請求権を、公序良俗違反の場合に制限した例外規定であり、法の支配の理念が根底にあると考えられます。当事者間で形式的に契約が成立していたとしても、適正公平な法秩序に反する契約であれば、法の保護を受けることは出来ないので、裁判所に執行力のある判決を求めることもできない、という考え方です。
本件においては、詐欺犯人があなたに対して配当金を支払う約束は無効であったことを理由として仮装配当金の返還を求めることはできないという根拠として不法原因給付の理論が用いられているのです。
この点については、平成20年6月10日最高裁第三小法廷判決が二つ目の見解を採用しており、反倫理行為による被害金を不法行為の損害額から控除することを否定しています。この判例における事案は、被害者がヤミ金業者に対する元本利息を含めた全額の返還を求めたところ、ヤミ金の貸付け金が不法原因給付に該当するものの損益相殺を認めなかったというものです。
そして、この判例は、本件同様の投資詐欺事案にも妥当するものと判断されております(平成20年6月24日最高裁第三小法廷判決)。判決は「本件詐欺が反倫理行為に該当することは明らかであるところ、仮装配当金の交付は、専ら、被害者らを誤信させることにより、本件詐欺を実行し、その発覚を防ぐための手段にほかならないというべきであるから、仮装配当金の交付によって被害者らが得た利益は不法原因給付によって生じたものというべきであり、本件損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として騙取金の額から仮装配当金の額を控除することは許されない」とされております。
この内容は、一方的に投資被害に遭った被害者の立場に配慮したものであって、極めて妥当な判断と考えられます。
ただ、他方で、加害者に全額を支払える資力があるか、という問題もあります。全額を請求できるという法的立場と、現実的な回収金額とは必ずしも一致しない場合も多いです。他方で犯人としては被害者と示談しないと詐欺罪で実刑判決を受ける可能性が高いことから資力のある犯人やその家族は被害金額以上の金額で示談に応じる可能性もあります。示談する際には、弁護士に相談されることもお考えになったらよろしいかと思われます。
(詐欺)
第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
(不法原因給付)
第七百八条 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。