勾留請求の却下に向けた弁護人の活動
刑事|逮捕後の勾留請求に対応する弁護人の職務|勾留請求却下後の検察官による準抗告への対応|夫が痴漢で逮捕された事案
目次
質問
昨日(早朝)、夫(会社員、上場企業)が電車内で痴漢行為をしたため、東京都迷惑防止条例違反を理由に逮捕されたとの連絡を警察から受けました。担当刑事さんから話を聞いたところ、夫は事実を認めているそうです。
ただ、夫が逮捕されたのは通勤経路の路線とはまったくべつの場所だそうで、私は、夫が本当にそのような行為に及んだのか、今でも信じられずにいます。また、夫がかつて(約1年前)同様の行為で罰金刑を受けていたことも知らされました。
夫はこれからどうなるのでしょうか。会社にはどう連絡した方がいいでしょうか。
回答
1 今後、あなたの夫は、検察庁に身柄を送られ(本日、午前8時過ぎころ警察署を護送車で出発)、検察官が、あなたの夫に対する勾留請求をするかどうか判断することになります(東京地検の場合午前11時以降)。速やかに(理論的には逮捕後48時間以内ですが、実質的には24時間以内、本日中に弁護人選任が必要ですからほとんど時間がありません。)弁護人を選任し、勾留請求せず在宅で捜査するよう検察官に対し具体的に書面等を用意して面談、交渉する必要があります。この場合、示談金を用意して被害者の連絡先開示も併せて請求しましょう。
2 また、勾留請求された場合には、直ちに弁護人と協議して、翌日(東京地裁の場合、その他、地方の地裁の場合は午後即日)裁判官に対し、勾留請求を却下するよう同様に面接を含め具体的手続きを取ることが肝要です。地方の場合は、時間がないので至急準備が必要です。
3 今回のケースの場合、仮に、裁判官が勾留請求を却下する決定をしたとしても、検察官がそれに対し準抗告を申し立てる可能性があります。その場合には、準抗告を棄却するよう要請することになります。検察官の準抗告が認められ、勾留却下決定が取り消されたら、弁護人は直ちに裁判所に向かい、裁判官と面接しさらに取り消し決定に対し抗告(最初の却下決定が取り消されて裁判官により勾留決定されたことになるのでやはり抗告ではなく準抗告となります。)することになります。この場合、勾留請求却下を求めた理由の他に勾留の理由に対応する補充する理由、書面を準備する必要があります。本件でいえば、60条1項2号証拠隠滅の場合、自白を兼ねた謝罪文の補充、電車、通勤経路変更の誓約書、さらに上積みした謝罪金、弁護人自身の保証書等が考えられます。というのは、10日間の勾留は、会社の懲戒解雇問題に発展する危険があり、どうしても引き下がれません。
4 これらの活動が奏功し、身柄が解放された場合には、警察署、検察庁の担当官に連絡面談、書面提出して被害者側情報を確認し速やかに示談を成立させ、検察官による終局処分をより軽いものとする活動をすべきでしょう。会社に対しては、処分が決まったわけではありませんので、刑事事件の点はまだ説明しない方がよいと思います。以下、解説します。
5 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 現在の状況について
現在、あなたの夫は、逮捕に伴い身柄を拘束されています。刑事訴訟法上、被疑者を逮捕した警察官は、逮捕後48時間以内に、事件を検察官に送致する手続が取らなければならないと定められていることから(刑訴法203条)、本日中(東京の場合、午前8時30分ころ護送車で他の警察署を回り多くの被疑者と一緒に霞が関の検察庁に行きます。10時頃検察庁到着。)には、警察官により、事件を検察官に送致する手続きが取られるものと考えられます。
2 今後の見通しと身柄解放に向けた弁護活動
(1)勾留請求阻止
ア 検察官による勾留請求
事件の送致を受けた検察官は、送致を受けた時から24時間以内に、裁判官に被疑者の勾留(10日間)を請求するか、被疑者の身柄を釈放しなければなりません(刑訴法205条)。たとえ前科があり現行犯であっても、最終的に有罪になるのは刑事裁判が確定した時であり(それまでは無罪の推定が働く。フランス人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項。疑わしきは被告人の利益にという検察官の挙証責任に関する大原則。これは被疑者でも同様です。)、大切なことは迅速な捜査により公正な刑事裁判を維持できるかということですから、犯罪事実を認め、勤務先、住居があり今後の捜査に特に支障がないようであれば、被疑者といえども裁判確定までは社会人として生活する権利(憲法13条、31条、33条、人身の自由権)を有するので理由なく身柄を拘束することはできません。従って勾留に必要な要件が規定されています。被疑者にも刑訴207条で準用される刑訴60条は、人身の自由権と公正な裁判手続きの調和として規定されていますから解釈もその趣旨を踏まえる必要があります。
イ 勾留の要件
上記の勾留請求をするか否かの判断は、被疑者を留置する必要があるか否かにより決せられることになります(同条)。したがって、まずは、検察官に対し、被疑者を留置する必要がないと主張し、勾留請求しないよう説得しなければなりません。すなわち、適正、迅速な捜査に身柄の拘束は必要がないという事情を書面で説明することになります。より具体的にいえば、勾留とは、①被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、②刑事訴訟法60条1項各号のいずれか(住居不定〔1号〕、罪証隠滅のおそれ〔2号〕、逃亡のおそれ〔3号〕)に該当し、かつ、③勾留の必要性(相当性)がある(60条の解釈から勾留が、適正な捜査のため必要最小限度の手段であり、被疑者の身柄を拘束する公的利益が、被疑者が勾留により被る不利益を比較して均衡を失するものであってはいけないこと。均衡の原則)場合になされるものですから、これらの事情(①ないし③)にあたらないことを主張し、検察官を説得する必要があります。
ウ 本件事案における要件該当性
今回のケースの場合、夫が事実を認めていること、そして、被害者の供述も得られているであろうことからすると、①の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由を否定することは難しいでしょう。
また、通勤経路とは別の場所で犯行に及んでいるという事情からすれば、計画的な犯行であると推測される可能性が高く、その動機や計画性といった事情について、証拠隠滅のおそれがあると検察官に判断される可能性は高いといわざるをえません。さらに、同種の罰金前科があることから、今回は公判請求も予想されるケースであり、重い処分をおそれて逃亡する危険性が高いと検察官に判断される可能性もあります。したがって、②の刑事訴訟法60条1項各号該当性を否定することも難しいものと考えることもできます。
ところで、基本的な犯罪事実を認めているのに、今後解明される犯行に至る態様(動機、計画性、手段、共犯関係)の点を理由に証拠隠滅の要件を認めることができるかという問題があります。2号の「罪証」とは基本的構成要件に関する事実のほかにどの範囲までを含むのかを解釈する必要があります。
種々の学説がありますが、結論を言えば、抽象的ですがその犯罪の性質上、罪責、刑事責任に直接的に影響を及ぼす事実は犯行の態様であっても含まれるものと解釈せざるを得ないと思います。なぜなら、60条の目的は、公正な刑事裁判手続きの保障を目的としており、犯行の態様でもその内容により罪責、刑責に対する影響が大きく証拠隠滅防止のため人身の自由を制限せざるを得ないからです。殺人の動機、共犯事件の共謀、役割、薬物の入手経路、常習性等はその一例です。そうすると、主張としては、本件は、1年前に同種前科があるとしても常習犯として立件することは不可能であり(量刑からいって数年間にわたり3-4回の前科が必要でしょう)、他線利用という計画性があっても刑責(今回は50万円以内の罰金が予想されるので)に直接の影響がないと思われるので、証拠隠滅をしないという誓約書(保証人付き)、妻、両親の身元引受書、通常より多額の被害弁償金を用意して、60条1項2号、3号の不存在を主張することが肝要です。
同種の裁判例として、単純な公務執行妨害罪で犯行(平手で数回警察官を殴る)、氏名住所を黙秘した被疑者について、現行犯逮捕で目撃証人もおり、弁護人の主張により氏名住所が明らかになったとして2号の要件を否定し検察官の準抗告を却下した裁判があります。(福岡地方裁判所小倉支部昭和45年6月20日決定、勾留請求却下の裁判に対する準抗告申立事件)
次に、③の勾留の必要性に欠けるという点も主なものとなると考えられますので、例えば、勾留されれば上場企業なので解雇される危険性が大であることや、勾留によりあなたを含めた家族が受ける不利益等を具体的に主張する必要があります。いずれにしろ、事件送致後24時間以内に検察官は勾留請求するか否かを判断しなければなりませんから、弁護人としても時間内に検察官と交渉する必要があります(本日の午前11時まで)。弁護人を依頼するにしても迅速な行動が必要になります。
その他、具体的には、警察署を護送車で出発する前に接見するか(当日午前7時ころまで)検察庁で取り調べ前に接見することになります。実務上検察庁での接見(当日午前11時前)は必ず認められます。ここで、弁選を頂き、弁護方針を確認します。必要書面としては、①被疑者の謝罪文(書く時間はないので本件の場合持参できません。)、②和解金の預かり証(揺るがない自白の証拠となります)、③身元引受書、④妻の謝罪文(身元引受と罪証隠滅防止、被害者への謝罪に不可欠)⑤証拠隠滅をしないという誓約書(60条1項2号の関係でこれが重要です。保証人を両親、妻にします。最終的には弁護人も。)、被害者との被害弁償交渉のための被害者側連絡先開示要請書等です。
(2)勾留請求却下決定の獲得
検察官が勾留請求した場合には、直ちに、裁判官に対して勾留請求を却下するよう働きかける必要があります。東京地裁の場合被疑者が多いので翌日勾留質問になりますので、翌日の午前10時頃までに書面を提出して、裁判官面接を要請します。身元引受人のあなたは、裁判官が被疑者の面接を行ったうえで勾留請求を却下する場合、身元引受の書面、証拠隠滅防止、通勤経路変更の誓約書に署名を求めますので弁護人と同行し、裁判所の近くで待機することになります。その他の裁判所では、当日の午後に行われるのでそれに合わせて弁護人と打ち合わせを行います。
裁判官は、勾留状を発するために、被疑者に対し被疑事件を告げ、その陳述を聞かなければならず(刑訴法61条)、上記の勾留の要件(①ないし③)を満たしていない場合には、直ちに被疑者の釈放を命じなければなりません(刑訴法207条4項)。
したがって、勾留請求された場合、直ちに、意見書を裁判官に提出して勾留の理由がないことを主張すると共に、場合によってはあなたも同席のうえ、裁判官と面接し、勾留の理由がないこと(特に、③の勾留の必要性がないことを起訴づける具体的事情)を書面で裁判官に伝え、勾留請求を却下させる必要があるのです。
必要書面としては、検察官に事前に提出した謝罪文(犯罪事実を認めた内容を記載、通常弁護人接見が当日なので書く時間がなく地方の裁判所では間に合いませんので弁護人の書面で代わりとします。)和解金の預かり証、身元引受書、妻の謝罪文、証拠隠滅をしないという誓約書等です。裁判所に検察官が勾留請求に伴い添付してくれますが、念のため提出します。
(3)検察官の準抗告に対する対応
上記の活動が奏功し、勾留請求却下決定を得ることができたとしても、身柄が解放されるとは限りません。勾留の理由がないため、検察官の勾留請求が却下される場合裁判所は、ただちに被疑者の釈放を命じなければなりません(刑訴法207条4項)。
しかし、勾留請求却下決定に対しては、検察官による不服申立て(準抗告)が認められています。準抗告とは、裁判官(裁判所ではなく、裁判官の決定なので抗告に準ずる申し立てになります。)が行った裁判の取消や変更を、当該裁判官が所属する裁判所(当該裁判官が簡易裁判所の裁判官である場合には、管轄の地方裁判所)に求める手続です(刑訴法429条)。
準抗告に対する判断にあたって、裁判所は、裁判(今回のケースで言えば、勾留請求却下決定)の執行を停止することができますので(刑訴法432条、424条)、執行停止がなされている間は、あなたの夫の身柄は釈放されません。
検察官により準抗告がなされた場合にも、上記(2)と同様に、勾留の理由がない旨の意見書を再度提出し、準抗告を棄却するよう求める必要があります。
検察官の準抗告が認められ、却下の決定が取り消されたら、弁護人としてはさらに準抗告の申し立てができます。却下決定の取り消しによりなされた(裁判官の)勾留決定に対するものでやはり弁護人の(準)抗告になります。上場企業なので10日間の勾留は、解雇の危険があり承服できません。勾留理由に応じて、追加書面和解金の追加、場合によっては弁護人の保証書等もさらに必要です。このような書面で、証拠隠滅、逃亡の可能性を減少させます。
3 身柄解放後の活動
準抗告が棄却されれば、あなたの夫は釈放され、今後は在宅のまま捜査が行われることになります。今回のケースの場合、既に一度罰金刑を受けていることから、これを下回る処分を獲得することは簡単ではありません。ただし、痴漢のように被害者が存在する犯罪においては、被害弁償がなされ、被疑者の許し(「宥恕」)が得られていることは、あなたの夫に対する最終的な処分を決する際に大きく考慮されます。これを起訴便宜主義(刑訴248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。)といいます。公判請求され、公開の法廷において審理されることの不利益を考えると、まずは示談を成立させ、公判請求を避けるとともに、より軽い処分(略式手続による罰金刑、もしくは不起訴)とするよう検察官と交渉することが必要となります。2回目でも事情により不起訴は可能です。
このように、あなたの夫の身柄を直ちに解放するためにも、その処分をより軽いものとするためにも、弁護人を選任することは必要不可欠です。特に、逮捕から勾留まで、時間的に3日程度の猶予しかないことからすれば、弁護人による十分な弁護活動を受けるためには、逮捕後、速やかに弁護士にご相談されることが重要といえるでしょう。
以上