時効援用・時効完成後の債務承認・元金と利息遅延損害金
民事|最判平成20年6月10日|札幌高判平成17年2月23日|最大判昭和41年4月20日
目次
質問:
私は,30年ほど前,Aという貸金業者から20万円を借りました。改めて契約書を見たところ,年利28%で,1年後に返済となっていました。借りた4,5年後に一度,Aから郵便で金を返せという催促がきたのですが,それ以降は何の催促もありませんでした。ところが最近になって,その債権を譲り受けたというBと名乗る業者から,連絡がありました。「お前,前にAから20万円借りただろう。」などとしつこく言われ,その時は不気味に思って電話を切ってしまいました。もっとも,20万円であれば今の私に支払えない金額でもありません。今後,どのように対応すればよいのでしょうか。
回答:
1.あなたが借りた20万円には,30年の間,利息・遅延損害金が発生しており,元本とあわせると,概算で約170万円以上の債務となってしまっているようです。
2.ただ,すでに返済期より10年以上が経過しているため,時効が完成しており,時効援用の意思表示をすれば,債務は消滅します。この意思表示は,書面等の客観的証拠となる方法によってすることが望ましいでしょう。
3.ただし,時効完成後,時効の援用をする前に当該債務の存在を前提とする行為(例えば弁済)をした場合には,その後は時効の援用ができなくなりますので,注意が必要です。しかし,時効援用権の喪失は信義則(民法1条)を理由としていますので,債権者側に保護に値しないような特別な事情があれば時効援用権の主張も可能になる場合もあると思われます。
4.本件の場合,債権譲渡がなされていますので,譲渡人Aからの通知がないのであれば,あなたとしてもBなど債権者として認めないというスタンスをとりえます。他方,Aからの通知があっても,時効援用を譲受人に主張できますが,あなたが異議をとどめず(当該債権が時効により消滅しているという異議)に債権譲渡を承諾した場合には,もはや時効は主張できなくなります。
5.対応方法は概ね以上のとおりですが,いずれにしても,債務承認という形の異議をとどめない承諾にはならないよう,そこだけはくれぐれも注意する必要があります。あなた自身が気付かないうちに,法的に不利な対応となってしまっていたという事態を回避する意味では,一度専門家にきちんとご相談されたほうが確実であろうと思います。
6.時効援用に関する関連事例集参照。
解説:
1.貸金返還債務・利息・遅延損害金について
あなたが20万円借りた行為は,消費貸借契約という類型の契約であり(民法587条),弁済期が到来すれば,本来返還すべきものです(民法412条,同法587条。また,同法591条参照。)。また,貸借期間内には,利息の約定があれば利息が発生し,弁済期後は,遅延損害金が発生します(同法415条・419条1項)。この場合,利息については,特約がなければ法定利率(年5%),特約があれば原則としてその特約どおりの利率となります(同法404条。ただし,後述の利息制限法等による制限があります。)。また,遅延損害金については法定利率によりますが,特約がありその利率が法定利率を超えるような場合には,その約定利率によることとなります(同法419条1項)。そのため,利息の特約及び法定利率を超える利率の特約がある場合には,元金のほか,約定利率による利息及び遅延損害金を30年分支払うということになります。
もっとも,元本の額が10万円以上100万円未満の場合,利息の上限額は年18%(利息制限法1条2号),遅延損害金の上限額は年26.28%(同法4条1項)となり,これらの上限額を超えた場合,その超過している部分については無効になります。
そして,以上を前提にして計算すると,30年での利息と遅延損害金の合計額は概算で約150万円以上となり,元本と合わせれば,あなたは概算で約170万円以上の債務を負っていることになります。
なお,年109.5%を超える利率が設定されていたのであれば,当該金銭消費貸借契約自体が無効となり(貸金業規制法42条1項),年109.5%を超えない利率であっても,年29.2%を超える利率については,出資法5条2項により刑事罰を受けるべき行為ですので,公序良俗に違反した暴利行為(民法90条)であるとの主張は可能でしょう。そうすると,このような貸付行為は不法原因給付にあたるとの主張が考えられ(同法708条),不当利得として返還すること(同法703条・704条)自体も不要となります(最判平成20年6月10日民集62巻6号1488頁,年利数百%~数千%の例。また,札幌高判平成17年2月23日判例時報1916号39頁,控訴人側主張年利1200%超の例。)。ただ,本件における年利は28%にとどまっているため,当該金銭消費貸借契約自体が無効であるという主張は難しいでしょう。
2.時効について
ただ,あなたの負っている債務はすでに返済期より10年以上が経過しておりますので,権利を行使することができる時から所定の時効期間が経過したものとして,商事消滅時効(商法522条本文)あるいは民事消滅時効(民法167条1項)が完成しています。Aが手形割引行為をも業としている等Aが商人にあたる場合には(但し,貸金業だけでは商人にあたりませんから5年の商事債権になりません。商法4条,502条1項8号,法律相談事例集キーワード検索:765番参照)5年間で商事消滅時効が完成しますし,Aが商人にあたらない場合でも,10年間の不行使によって民事消滅時効が完成します。そのため,あなたは当該債務の時効消滅を主張することができます。
もっとも,時効期間が経過すれば当然に債務が消滅するわけではありません。学説上は様々な見解があるものの,判例・実務においては,時効期間経過後,時効援用の意思表示(民法145条)をすることによって,はじめて実体法上確定的に債務の遡及的消滅の効果が発生(同法144条)するとされています(いわゆる不確定効果説・停止条件説。)。そのため,あなたから債権者に対して時効消滅の意思表示をする必要があります。なお,この場合には,後日言った言わないのトラブルになることを回避する意味で,書面等の客観的証拠となる方法によって意思表示をすることが望ましいです。
なお,時効は請求により中断しますが(同法147条1号),この請求というのは裁判上の請求を指しますので,4,5年前に一度きた催促はこれには含まれません。この催促は,裁判外の請求ということで同法153条の催告に該当しますが,催促後6か月以内に裁判上の請求等がなされていませんので,時効中断の効果はありません。
3.債務の自認行為について
ここでよく気をつけなければならないのが,時効完成後,時効の援用をする前に,あなたが当該債務の存在を前提とする行為をした場合には,その後は時効の援用ができなくなる点です。この行為は,いわゆる「自認行為」と呼ばれるもので,時効に気づかずに債務の一部を弁済する,弁済の猶予を求めるなどの行為が例に挙げられます。
最大判昭和41年4月20日民集20巻4号702頁において,時効完成後の債務承認については,時効完成を知っていたと推定すべきではないため債務承認・時効利益放棄がされたとは推定されないが,時効援用はないとの期待が相手方に生じた以上は,信義則上,当該債務の時効援用は許されない旨判示されました。
したがって,判例・実務上,債務の自認行為ののちは,信義則上,時効を援用することはできません。この最高栽判例は重要で,従来の判例(時効完成後の債務承認は時効の完成を知っていたと推定し,それ故援用権放棄,新たな債務承認との構成を取っていた。)を変更したものであって,時効完成後の債務の承認は,時効完成を知っていれば債務の承認などしないのが通常であるから,時効完成を知っていると推定することはできないので,新たな債務負担(時効完成後の債務はいわゆる自然債務なので新たな債務負担と評価できる。),時効の利益すなわち援用権を放棄(放棄には前提として完成を知っている必要がある)したということはできない。
しかし,時効完成を知らない場合であってもその後に債務の承認行為をすると相手方の期待利益があるので信義則(民法1条)からもはや時効援用権行使は許さないというのです。信義則違反の実質的理由ですが,時効制度は,除斥期間(権利の性格から生じるので援用,中断もありません。)と異なり当事者間の利益調整のための制度であり証拠の散逸,権利の上に眠る者を保護する必要がない等,迅速,公平,適正な紛争解決の手段である以上債務の承認により明るみに出た債務の履行は原則に戻り遵守,履行されなければならないというものです。時効の制度趣旨から妥当な結論と思います。
そのため,あなたが時効の援用を希望される場合,その債務を自認するような行為をなさってはいけません。たとえ元本の20万円についてのみであっても,その債務を認めれば自認行為となり,元本・利息・遅延損害金ともに支払いを免れないことになります。
但し,債務の承認,支払い等が債権者の強要等により困惑して行われた場合は,事情により錯誤,脅迫等により債務負担行為自体を取消,無効にするか,公平上援用権の喪失自体を争うことも必要でしょう。
平成13年3月13日福岡地裁判決(簡裁からの控訴事件)。判旨,「債務者が,自己の負担する債務について 時効 が完成した後に,債権者に対し債務の承認をしたとしても,債権者及び債務者の各具体的事情を総合考慮の上,信義則に照らして,債務者がもはや 時効 の援用をしない趣旨であるとの保護すべき信頼が債権者に生じたとはいえないような場合には,債務者にその完成した消滅 時効 の援用を認めるのが相当といわなければならない。」
この判例では,債務者は,一度口頭で「支払は終了した」と言われた後に,「100万円以上の債務が残っているから一括で払って欲しい。一括が無理なら5万,10万,20万のどれかを支払え。そうすれば利子をチャラにしてやる。払わなければ集金に行く」などと威圧的な態度で要求されたという事案ですので,債権者の側にも問題があったと判断された例です。時効制度及び信義則の理論が主に当事者の公平を図ったものである以上妥当な判例でしょう。
4.債権の譲渡について
本件の場合,Aの債権がBに譲渡されているようです。
まず,債権の譲受人が,その債権譲渡を債務者に対抗するためには,債権の譲渡人からの通知(あるいは債務者からの承諾)が必要です(民法467条1項)。これは,譲渡を受けたと勝手に主張しているだけの者に権利行使をさせることを防止するもので,同時に,譲渡したと通知する者が譲渡に関するリスクを引き受け,以後自己の請求権を喪失するという側面もあります。
そのため,本件においても,譲受人Bが譲渡を受けたと主張しているだけで,譲渡人Aからの通知がないのであれば,Bは当該債権譲渡をあなたに対抗できませんから,あなたとしてもBなど債権者として認めないというスタンスで何ら問題ありません。他方,Aからの通知もあるということであれば,Bは当該債権譲渡をあなたに対抗することができますので,あなたとしても,Bを新たな債権者と認めて対応していく必要が出てきます。
それでは,Bが対抗要件を具備している場合,2項で述べたような時効援用の主張はできるのでしょうか。Bは,法人格としてはAとは異なる主体ですが,あなたに対する債権者という意味では,同様の立場にあるものです。また,民法上債権譲渡は自由とされており(民法466条1項本文),債権が譲渡されることで債務者が抗弁を主張できなくなるとすれば,債務者側の不利益は多大なものとなってしまいます。そのため,債権が譲渡された場合であっても,譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは,債務者は,譲渡人への抗弁を譲受人に主張できます(同法468条2項)。ただし,債務者が債権譲渡について承諾をし,その際に異議をとどめなかった場合には,譲渡人への抗弁を譲受人に対して主張できなくなってしまいますので(同条1項前段),この点にも注意が必要です。
したがって,自認行為・異議をとどめない承諾の両側面で,債務の存在を認めるかのような言動とならないよう,慎重な対応が必要です。
5.具体的な対応について
以上のとおりですので,あなたとしては,時効援用の意思表示を債権の譲受人であるBに対してする方法が考えられます。あるいは,債権者Aからの債権譲渡通知がないので,Bを債権者としては認めないという反論もなしえます。あるいは,いずれにせよ法律的には通らない主張となるため,放置しておいて,もし裁判上の請求がきた場合には以上のような対応をとるという方法もあるでしょう。Bとの関係で言えば,さっさと時効援用をしてしまうということが一番簡明かもしれません。
いずれにしても,債務承認という形の異議をとどめない承諾にはならないよう,そこだけはくれぐれも注意する必要があります。あなた自身が気付かないうちに,法的に不利な対応となってしまっていたという事態を回避する意味では,一度専門家にきちんとご相談されたほうが確実であろうと思います。
以上