少年事件における勾留請求に対する弁護人の対応
刑事|少年法|勾留理由と「やむを得ない場合」|マスコミ、大学への連絡に対する対策
目次
質問:
私は、大学1年生(18歳)ですが、昨日新入生のコンパがあり飲み会の後、友人と2次会を開いたその帰り、酔って電車の座席に座り寝てしまいました。隣の女性が、駅に着くと、「この人が、10分以上も私の胸を手の先で触っていました」と騒ぎ出し警察に逮捕されました。確かに腕組みをした手の甲が女性の胸に一瞬、接触したような気がしましたが、10分も長時間触った記憶がありません。私は刑事上の処分を受けるのでしょうか。また、大学に連絡は行くでしょうか。マスコミには発表になるでしょうか。
回答:
1.ご相談の内容からすると,あなたには,いわゆる「迷惑防止条例」違反の嫌疑がかけられています。あなたが未成年者であることから,今後は,捜査の後に家庭裁判所に送致され,少年審判(場合によっては刑事裁判)を受ける可能性が高いと考えられます。唯、検察官の勾留請求に対しては勾留の理由があったとしても、事件の性質上少年法の趣旨(1条)から捜査に特別の支障がないとして却下決定を求め徹底的に争わなければいけません。
2.大学への連絡及びマスコミへの発表については,捜査機関が大学及びマスコミに連絡することのないよう,弁護人を通じて捜査機関に働きかける必要があります。以下,解説します。
3.少年事件に関する関連事例集参照。
解説:
第1 相談者の置かれている現状について
1 被疑事実について
(1)今回,あなたが逮捕されたのは,電車内であなたの隣に座っていた女性が,「この人が,10分以上も私の胸を手の先で触っていました」と供述していることによるものと考えられます。
(2)各都道府県では,いわゆる「迷惑防止条例」が制定されており,痴漢行為等の多くはこの条例により処罰の対象となっています。東京都でいえば,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為の防止に関する条例」第5条1項が,「何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない」と定めており,第8条1項2号が,これに対する罰則として「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金」を定めています。
(3)つまり,あなたには,女性の胸を手の先で10分以上触ることにより,人を著しくしゆう恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしたという嫌疑がかけられていることになります。なお、「女性の胸を手の先で10分以上触ること」という行為態様は刑法176条の強制わいせつ罪又は178条の準強制わいせつ罪を構成しうる行為ではありますが、今回は、「暴行又は脅迫」「抗拒不能」の要件を満たさないと判断できますので、主に迷惑防止条例違反の点につき述べたいと思います。強制わいせつ罪と迷惑防止条例違反の区別については別稿を参照頂きたいと思います。
2 相談者の主張の法的意味
(1) ところで,あなたのお話によれば,「酔って電車の座席に座り寝てしまった」「腕組みをした手の甲が一瞬女性の胸に接触したような気がしたが、10分も触った記憶がない」とのことですが,この主張は法的にどのような意味を持つでしょうか。
以下の2つの主張が考えられます。
ア 「行為」にあたらないとの主張
刑法上明確な規定はありませんが解釈上犯罪とは,一般に「構成要件に該当し,違法かつ有責な行為(・・)」と定義されています。つまり,処罰の対象となるのは人の「行為」でなければなりません(これを,刑法の「行為主義」といいます)。刑法は,例えば35条から38条において「・・・行為は,罰しない」と定めており,その処罰の対象が人の「行為」であることを前提としています。
そして,この刑法の「行為主義」は,次の2つの意味を持っています。
まず,人の内心や思想を処罰の対象としてはならない,という意味です。そのことは,憲法19条が思想・良心の自由を,20条が信教の自由を保障していることからも裏付けられます。
もう1つの意味は,人の意思による支配とコントロールの不可能な身体的態度についても,処罰対象としてはならない,ということです。刑法とは,法益を保護するための行為規範,すなわち,その場面においてどのような行動をとるべきかを定めたルールですから,そもそもルールに従えない状況下での身体的態度を処罰対象とすることは,法益保護という刑法の目的に照らして不合理かつ無意味です。従って,人の意思による支配とコントロールの不可能な身体的態度は,刑法上の「行為」から除外されるべきなのです。そして,人の意思による支配とコントロールの不可能な身体的態度の典型例として,睡眠中の動作や,単なる反射運動等を挙げることができます。
今回のケースは,コンパの帰りに乗った電車の座席で寝ていた際に起こった出来事ですから,「睡眠中の動作であり,(刑法上の)行為ではない」という主張をする余地はあるでしょう。しかし、睡眠中の動作については実務上,刑法上の行為性が否定されることは極めて希です。ただ、否定した判例もあります。大阪地裁昭和37年7月24日判決は,「首をしめて殺されようとする夢を見て,極度の恐怖感に襲われるまま半覚半醒の意識状態のもとで,相手の首を半ば無意識的にしめるつもりで,傍に寝ていた妻の首をしめ殺害した」という事案について,「そもそも刑罰法規の対象たり得る行為には該当しない」と判示しています。
イ 「故意」がないとの主張
また,仮に刑法上の行為と評価されるとしても,「腕組みをした手の甲が女性の胸に接触したような気がした」という程度であれば,「意図的に接触したわけではない」とか,「接触するつもりはなかった」というように,「故意」がないと主張することも考えられます(刑法38条1項)。
(2) いずれにしても,お伺いした事情を前提とすると,以上の2点を理由に犯罪の成立を争うことになると考えられます。唯、無実を争うということになると後の手続きにおいて身柄拘束が継続される可能性は残されると思います。そのことを前提に,今後の手続について解説します。
第2 今後の手続の進行について
今後の手続についてですが,まず,検察庁に事件が送致された後,以下のような進行をたどることが予想されます。以下では,今後の手続の流れと,その手続内における弁護人(付添人)の役割について解説していきます。
1 勾留または勾留に代わる観護措置
(1)勾留
少年の刑事手続きは,成年者の刑事手続と基本的に同様であり(少年法40条),逮捕の後、勾留として10日間(延長が認められれば,20日間)の身柄拘束が認められます(刑訴法208条)。
なお,少年法は,少年の被疑事件においては,「やむを得ない場合」でなければ,検察官は勾留を請求することができず(少年法43条3項),また,勾留状を発することもできない(少年法48条1項)と定め,少年の勾留のために必要な要件を,成年の場合と比べて加重しています。「やむを得ない場合」と抽象的に規定されていますが、適正な捜査権行使には例え少年といえども勾留の必要性が生じますが、少年法の理想である少年の健全な成長保全という視点から、成人よりも主に罪証隠滅、逃走等の危険性の立証責任を加重し、捜査方法としては本来監護処置(少年鑑別所送致等)を前提とするというものです。従って、弁護人としては反証が容易であり後記の積極的な具体的反証証拠の提出が求められます。
横浜地方裁判所昭和36年7月12日決定(勾留請求却下の裁判に対する検察官の準抗告事件)内容。「少年法43条3項、48条1項の「やむを得ない場合」とは、少年である被疑者が、刑訴60条の要件を完備する場合で、当該裁判所の所在地に、少年鑑別所又は代用鑑別所がなく、あっても収容能力から収容できずない場合、又は、少年の性行、罪質から勾留によらなければ捜査の遂行上重大な支障をきたすと認められる場合を指す」と判断しています。覚せい剤取締法違反事件で少年らが一部否認し、一部否認する成人の第三者と共犯関係にあっても、管轄地域に少年鑑別所は設置されており、又は捜査に重大な支障をきたす事情は見当たらないとして検察官の準抗告を棄却しています。少年の健全な成長を考え、観護処置(少年鑑別所送致)請求を本来とるべきであるとした判断は妥当でしょう。
しかし,現実には,軽微事件であっても安易に勾留請求が認められる傾向にあるため,犯罪事実を争っている今回のようなケースでは,弁護人が対応を怠ると「勾留しないと捜査の遂行上重大な支障をきたす。」という理由で勾留請求をされ,勾留が認められる可能性が高いでしょう。また、少年を勾留する場合、成年のように拘置所や代用監獄ではなく少年鑑別所を拘禁場所とすることもできますが(少年法48条2項)実際には行われていません。そこで,弁護人を通じて,なんとしても勾留請求を阻止し,身柄を解放するための活動を行う必要があります。具体的には、刑訴60条各号、勾留の理由がないことに関し書面をもって反証する必要性が生じます。両親の身元引受書、罪を認めるのであれば示談金、通学経路変更、被害者への接近禁止の誓約書、家族の供述書、学歴等の生活態度証明等により、罪証隠滅の可能性がないこと(学生であり通常、住居は一定しており、逃走の危険はないでしょう)を反証します。勾留の要件が加重されている分成人よりは反証が容易でしょう。また,身柄拘束が避けられないとしても,下記(2)の勾留に代わる観護措置で代替するよう求めることも考えられますし主張しなければなりません。
札幌家庭裁判所平成15年8月28日決定(窃盗未遂保護事件の少年法17条7項みなし観護措置に対する異議申立て事件)において、少年の窃盗共犯事件について異議申し立てを認めていますが、反証方法として、少年の経歴、家庭環境、両親の監督、反省の程度その他罪証隠滅、逃走の可能性がないと考えられる事情を考慮しています。
(2)勾留に代わる観護措置
少年法は,「検察官は,少年の被疑事件の捜査について,その身柄を保全する必要があるときは,勾留の請求に代えて,裁判官に観護措置を請求することができる」(少年法43条1項)と定めています。これは,上記(1)の勾留の代替・補充手段として,少年の身柄を保全するための措置です。観護措置には,少年を家庭に置いた状態で観護の目的を達しようとするもの(少年法17条1項1号)と,少年鑑別所に送致するもの(同2号)がありますが,実務的には,前者はほとんど利用されておらず,少年鑑別所へ送致されるのが通常です。この監護処置に対する異議手続きですが、勾留と同じように準抗告になりますが(刑訴429条準用。)、家裁送致後は少年法17条の2の異議申し立てになります。
ところで、少年法43条3項が、成人と異なり「やむを得ない場合」にのみ検察官が勾留請求できるという規定から、検察官が、勾留請求却下を懸念し、刑訴256条5項の訴因記載と同様に、勾留請求を主位的に、予備的に(又は択一)監護処置請求ができるかどうか実務上争われていますが、少年の健全な成長の確保という観点からは是認されると考えることも可能でしょう。詳しい理由については割愛します。いずれにしろ、弁護人は、愛情に包まれた家庭に少年を戻してあげることを念頭に両請求に対応する(通常は兼ねることが可能)あらゆる書面を短時間に準備し、裁判所に提出、裁判官面接をする必要性が求められます。
2 家庭裁判所への送致
(1)全件送致主義
ア 少年事件の場合,検察官は,捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,これを家庭裁判所に送致しなければならないとされています(少年法42条1項。これを「全件送致主義」といいます)。したがって,成年者の被疑事件のように,犯罪の成立を認めた上で,被害者との示談が成立していること等の有利な事情を主張して「起訴猶予処分」を得ることはできません。
イ しかし,犯罪の嫌疑がない,あるいは不十分であることを理由とする終局処分を検察官がすることは,この規定によっても妨げられません。したがって,家庭裁判所への送致を避けるためには,捜査段階の早い時期から弁護人と相談をして,犯罪事実がないことを証明する証拠を収集し,検察官に対し,犯罪の嫌疑がない,あるいは不十分であることを主張していく必要があります。
(2)家庭裁判所への送致後の身柄拘束
ア 家庭裁判所へ送致された後の身柄拘束は,少年法17条1項2号の定める「少年鑑別所での観護措置」になります。なお,家庭裁判所への送致により,捜査段階でした弁護人の選任はその効力を失いますので(少年法42条2項),引き続き弁護士からの支援を受けたい場合には,その弁護士を付添人に選任する必要があります。
イ 捜査段階で勾留が認められている場合には,家庭裁判所は,送致を受け事件記録を受理したときから,24時間以内に,審判を行うための観護措置をとるか否かを決定しなければなりません(少年法17条2項)。観護措置がとられた場合には,通常,審判期日までの3週間程度身柄を拘束されることになりますので,付添人を通じて,観護措置が不必要であることを裁判所に対して主張しなければなりません。この点について、検察官が家庭裁判所へ送致する書面の中に意見として、監護処置の必要性を記載している場合がありますが、家庭裁判所の裁判官は、24時間という短時間に(通常は送致を受けると夕方までに)決定しなければならないので、その前に付添人としての意見書を提出し、裁判官に面接する必要があります。無実の主張であれば、それを根拠づける詳細な理由書(検察官への提出書面でもかまいません。)罪を認めるのであれば、勾留に対する時と同様に、謝罪金の預かり証、本人、両親、家族(例えば、祖母、祖父、これは結構効果があります。)の反省文、両親の身元引受書、中学、高校、大学での非行性がないことを裏付ける証拠(成績表、クラブ活動の成績表)等数多く提出する必要があります。
時間がなく、監護処置がとられた場合は体勢を立て直し、証拠の書類を充実させ必ず異議の申し立て(法17条の2第1項)が必要です。勾留に対する準抗告の場合よりも異議が通る可能性は残されていると思います。特別な犯罪、特別な事情がない限り少年を愛情に包まれた暖かい家庭に戻してあげるのが少年の健全な成長を見守る少年法1条の趣旨に合致するからです。付添い人が何もしなければ、検察官の意見書が通ることになるでしょう。(この法律の目的)少年法 第1条 この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。
3 少年審判
(1)家庭裁判所に事件が送致された後は,調査官による調査を経て,家庭裁判所が終局決定をすることとなります。家庭裁判所が行う終局決定には,保護の必要性が認められる場合の「保護処分(保護観察,少年院送致等)」,保護の必要性がない場合の「審判不開始」,「不処分」等があります。
(2)今回のケースのように,非行事実が存在しないことを主張する場合には,審判の開始前に「審判不開始」(少年法19条1項)が相当であること,あるいは審判で「不処分」(少年法23条2項)が相当であることを,付添人を通じて求めることになります。たとえ、罪を認めても、前科がなければ被害者の宥恕の書面、被害弁償の和解書面、家族の身元引受の書面があれば「不処分」になる確率は高いと思います。成人の場合であれば、初犯で被害者との和解、示談ができれば起訴便宜主義(刑訴248条)の理念から通常不処分であり、本件では、19歳成人と年齢的に接近しており、成人の処分との均衡がとれないからです。
第3 大学及びマスコミの連絡について
1 大学に対して
(1)捜査を担当する警察官も公務員であり,職務上知り得た秘密を漏らしてはならない守秘義務を負っています(地方公務員法34条)。したがって,正当な理由もなく,逮捕された者の勤務先や通学先に連絡を取り,逮捕されていることを告げることはできません。もっとも,捜査の一貫として大学から事情を聞く場合には,守秘義務に違反するとはいえません。しかし,本件のように,飲み会の後の電車内での出来事について,大学から事情を聞く必要はそもそも存在しないでしょう。捜査の必要性がないのにもかかわらず,被疑事実や逮捕されたことを明らかにして大学から事情聴取をすることは,適正な捜査権の行使とは言えず,許されません。
(2)なお,少年事件については,「学校・警察連絡制度」という,少年の非行事実について学校に通報する制度を設けている警察署も存在します。ただし,その通報先は高等学校までに限られており,大学は含まれない運用がなされているようです。大学は高等教育機関であり,学生の生活指導等を行うための機関ではありませんから,通報先から大学が除外されている取り扱いは正当といえるでしょう。
(3)以上からすれば,大学に連絡が行くことは考えづらいですが,ご心配であれば,弁護士を通じて,担当捜査官に対して大学に連絡をしないよう申入れをしてもらうとよいでしょう。
2 マスメディアに対して
(1)警察等の捜査機関が,事件についてマスメディアに報告し,マスメディアがそれを報道することは,広く行われています。既に述べた公務員の守秘義務に照らすと,このようなあり方にまったく問題がないとはいえません。
(2)しかし,他方で,国民には憲法上「知る権利」が保障されており,マスメディアの「報道の自由」は国民の「知る権利」に仕えるものであると考えられることからすると,およそ一切の事件についてマスメディアに公表することは許されないとすることもまた問題があります。
(3)この点について,少年法は,「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であること推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」と規定しています。
「家庭裁判所の審判に付された少年」もしくは「少年のとき犯した罪により公訴を提起された者」が対象ですので,文言上は,捜査過程にある者はこの規定の対象外ですが,審判に付された少年や公訴を提起された者について推知報道が禁止されるのであれば,捜査段階にある少年についてはなおさらこれを禁止すべきであると読むことも可能でしょう。
そうであるとすれば,マスメディアが推知報道をすることが法により禁止されている以上,警察がマスメディアに本人であることを推知できるような情報を提供する正当な理由は存在しないことになります。
(4)したがって,弁護人を通じて,担当捜査官に対し,氏名や大学名等,逮捕された人物があなたであることを推知させるような情報を公表することのないよう申入をしてもらうのが良いでしょう。
以上