身元保証に関するトラブル
民事|身元保証契約と身元保証に関する法律
目次
質問:
現在,私の息子は就職活動中で,先日,入社を希望していたC社から内定をいただきました。息子によると,C社に入社する際には,身元保証人をたてる必要があるとのことで,息子から,身元保証人になって欲しいと頼まれました。身元保証人になってあげたいとは思うのですが,息子がもってきた契約書には,身元保証人の責任の範囲や,期間などについての条件が明示されておらず,不安があります。就職の際,息子の身元保証人になる場合,どのような責任を負うことが想定されるでしょうか。また,責任の範囲や期間についてもお尋ねしたいです。
回答:
1.身元保証とは,労働者が使用者に対して与えた損害の賠償責任を保証することをいいます。したがって,身元保証人になった場合に想定できる責任の範囲としては,ご子息の仕事上のミスや不正,トラブルなどに起因するC社に対する一切の損害賠償責任が該当するので,範囲としては非常に広いものとなります。また,金銭消費貸借の保証と比較したとき,身元保証においては,保証人の負う保証債務の金額が定まっていないことも特徴です。
上記のとおり,身元保証契約は,責任の範囲や,責任を負う金額の限度が曖昧であるため,そのまま制限なく保証人の責任を認めると,保証人にとって非常に酷な結果を招くことになりかねません。それゆえ,「身元保証に関する法律」によって,身元保証人の責任は制限されています。
本来私的自治の原則,契約自由の原則により,当事者が納得すれば契約内容を自由に決めることができるのですが,私的自治の原則は,本来適正公平な社会秩序建設の手段として採用されていますので,制度に内在する信義誠実,権利濫用禁止の原則により常に当該法律行為は修正される運命にあります。憲法12条,民法1条,2条その他の信義則の規定はこれを明言しています。制度に内在する原理であり規定がなくとも制度の理論的帰結として当然に存在するものです。
身元保証契約は,労働契約に付随して締結されることが多く,雇い主,労働者の関係は言うまでもなく営業の自由と生活する権利という契約の性質,資産,情報力の差から働く方に不利益な契約が締結される危険が常に存在します。従って,この不平等の危険を是正し公正な契約関係を維持するための一つとして身元保証に関する法律があり,この法律の解釈も以上の趣旨から行われることになります。「身元保証契約に関する法律」によって,どのように責任が制約されるのかについて,詳しくは下記の解説をご覧ください。
平成16年民法改正(平成17年4月1日施行)で個人が保証人となる場合における包括根保証契約が禁止されています。民法465条の2以下を御参照下さい。民法上の個人根保証契約における保証人の責任限度が、身元保証契約における保証人の責任限度を解釈する場合にも斟酌されることになるでしょう。
2.保証契約に関する関連事例集参照。
解説:
1.身元保証に関する法律
身元保証に関する法律(以下,単に「法」といいます。)は,全部で6条からなる法律です。法の構成を説明しますと,法1条及び2条が身元保証契約の存続期間について,3条が使用者の通知義務について,4条が保証人の契約解除権について,5条が保証人の負う責任の限度について,6条は当該法律が強行規定であることについて,それぞれ規定しています。以下,各条項を引用のうえ,解説を加えていきます。
2.法1条〔身元保証契約の存続期間〕
「引受,保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ使用者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル身元保証契約ハ其ノ成立ノ日ヨリ3年間其ノ効力ヲ有ス 但シ商工業見習者ノ身元保証契約ニ付テハ之ヲ5年トス」
本条は,身元保証契約について,当事者が存続期間を定めなかった場合における法定の存続期間を定めている規定です。法定存続期間は,原則として3年間とし,商工業見習者の身元保証契約については例外的に5年間としています。
本条は,身元保証責任の過酷な永続性を制限するために設けられた規定です。本条の立法理由は,3年も人を使ってみればその者の人物・性能一般を使用者において了知することができ,したがってその者が信頼するに足る者であるかどうかを判別しうるからと考えられます。
なお,商工業見習い業者について,例外的に存続期間を5年間としているのは,見習い者が技能の伝授を受けるためには長期契約が必要であるとの,労働環境の実質を考慮したものと解されています。
3.法2条〔身元保証契約の更新〕
1項「身元保証契約ノ期間ハ五年ヲ超ユルコトヲ得ス若シ之ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ期間ハ之ヲ五年ニ短縮ス」
2項「身元保証契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得但シ其ノ期間ハ更新ノトキヨリ五年ヲ超ユルコトヲ得ス」
(1)1項について
当事者が契約の存続期間を約定した場合には,原則として,その期間内は契約の効力が存続します。しかし,本条1項により,この約定期間は5年を超えることは許されなくなり,仮に5年より長い期間を約定したときは,その期間は5年に短縮されます。
(2)2項について
本条項は,身元保証契約の更新を認めた規定です。身元保証契約の更新が可能であること及び更新後の存続期間につき5年を超えることができないと定めています。
身元保証契約更新の際,更新後の期間についても,当事者がこれを定める場合と,定めない場合とがあります。当事者が期間を定めた場合,本条項但書きにより,更新後の存続期間は5年を超えることができません。当事者が期間を定めなかった場合には,更新後の存続期間は,法1条より原則として3年となります。
4.法3条〔使用者の通知義務〕
「使用者ハ左ノ場合ニ於テハ遅滞ナク身元保証人ニ通知スベシ」
1号「被用者ニ業務上不適任又ハ不誠実ナル事跡アリテ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ惹起スル虞アルコトヲ知リタルトキ」
2号「被用者ノ任務又ハ任地ヲ変更シ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ加重シ又ハ其ノ監督ヲ困難ナラシムルトキ」
(1)使用者の通知義務の意義
本条は,使用者から身元保証人への通知義務を定めた規定です。いかなる場合に,いかなる事由を通知するかについては,(3),(4)の本条各号の解説をご参照ください。
本条は,後述する身元保証人からの解約権について規定した法4条の規定とあいまって,身元保証人の解約権を実効あらしめています。
身元本人の不正行為によって使用者が損害を被ったということや,身元本人の任務・任地に変動があったということについては,使用者にとっては容易に知りうることである一方,身元保証人はこれらの事情を容易に知ることはできません。法4条が,身元保証人の特別解約権を認める以上,身元保証人に解約権行使の機会を得させるためには,使用者に対し,解約権の発生原因事実を身元保証人に通知すべき義務を課す必要があります。
(2)通知義務違反の効果
使用者は,本条により,上記のとおりの通知義務を負いますが,法は使用者が通知義務を懈怠した場合どういう効果が生ずるかについては,直接的には何らの規定も設けていません。それゆえ,通知義務の懈怠は,「一切ノ事情」(法5条)のうち,使用者側の落ち度を示す事情として,損害賠償責任及び金額を定める際に斟酌されるにすぎません。
通知義務違反について判断した判例(最判昭和51年11月26日,判例時報839号68頁)がありますが,下記のとおり,通知義務違反の効果としては,法5条の斟酌すべき事情にとどまるとしています。
「使用者が身元保証法三条所定の通知義務を怠っている間に,被用者が不正行為をして身元保証人の責任を惹起した場合に,右通知の遅滞は,裁判所が同法五条所定の身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるうえで斟酌すべき事情とはなるが,身元保証人の責任を当然に免れさせる理由とはならず,また通知の遅滞が右斟酌すべき事情として考慮される以上,使用者は身元保証人に対して通知の遅滞に基づく損害賠償義務を負うことにはならないと解するのが相当である。」
なお,使用者が本条に従って通知を出すと,身元保証人は直ちに解約権を行使できる一方で,通知義務の懈怠について制裁規定がないため,使用者が通知義務を守らなければ,その結果,本条が死文化されるおそれもないとは言えません。しかし,通知義務の懈怠があった事案で,裁判所が法5条の「一切ノ事情」をもあわせて斟酌した結果,通知義務の懈怠があった時以後に発生した損害について,身元保証人に賠償責任なしと判断した裁判例も散見されています(横浜地判昭和39年10月31日,判例タイムズ172号209頁など)。それゆえ,使用者が,故意に通知義務を懈怠するようなことがあれば,法5条の「斟酌」を通じて,使用者には制裁的な判断が下されるものと解されます。
(3)1号の場合における通知義務の発生
まず,1号の場合,被用者に業務上不適任または不誠実な事跡があったことを必要とします。ここでの「事跡」とは,被用者の行為に限らず,被用者の一身に関する出来事のすべてを総称します。それゆえ,被用者の病気などもここでの事跡に含まれます。
次に,上記のような事跡のために,身元保証人の責任を惹起するおそれがあることを必要とします。
最後に,使用者が上記のような事跡を知り,かつ,身元保証人の具体的責任発生の危険性を覚知したことを必要とします。
(4)2号の場合における通知義務の発生
2号の通知義務が発生するためには,被用者の任務任地に変更があり,かつ,その変更により,身元保証人の責任が加重され,または,身元保証人による監督を困難にすることが必要です。
身元保証人の責任を加重されるとは,賠償責任額拡大の危険性を増大させる場合に加えて,賠償責任発生の危険性を増大させる場合を含みます。具体的には,身元本人の地位の変動が昇進であるかに限られません。他方,地位・任務ないし任地の変更が通常の事例順序によるものであって,身元保証人において,身元保証契約締結時に予想していた程度の変更か,あるいは,予測可能な程度の変更であれば,通知義務は発生しないと解されます。
5.法4条〔身元保証人の契約解除権〕
「身元保証人前条ノ通知ヲ受ケタルトキハ将来ニ向テ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得 身元保証人自ラ前条第1号及第2号ノ事実アリタルコトヲ知リタルトキ亦同ジ」
本条の立法趣旨は,契約の基礎をなした諸事情に著しい変更を生じた場合,身元保証人の意思を問わないで,引き続き責任負担を強いることは適当でないという点にあります。すなわち,かかる事情の変更を生じた場合,身元保証人に対して,引き続き責任を負担すべきかどうかを考慮する機会を与えようというのが本条の基本目的です。
法3条各号が規定している身元本人の性格・行状の悪化や,任務・任地の変動は,身元保証人の予想に反して具体的賠償責任発生の危険性や,責任額増大の危険性を増加させる事情の変化のうち代表的なものにすぎないことを理由に3条各号の事由を例示列挙と解する見解もあるようです。
しかし,本条が解約権の発生要件について,「前条ノ通知ヲ受ケタルトキ」,「前条第1号及第2号ノ事実アリタルコトヲ知リタルトキ」として,3条各号の事由に限定しているかのように規定している一方,法5条において身元保証人の損害賠償責任の有無及びその金額について,広く一切の事情を斟酌すると規定していることから,3条各号の事由は限定列挙であり,その他の事由は5条の「一切ノ事情」として斟酌すべきでしょう。
6.法5条
「裁判所ハ身元保証人ノ損害賠償ノ責任及其ノ金額ヲ定ムルニ付被用者ノ監督ニ関スル使用者ノ過失ノ有無,身元保証人ガ身元保証ヲ為スニ至リタル事由及之ヲ為スニ当リ用ヰタル注意ノ程度,被用者ノ任務又ハ身上ノ変化其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌ス」
(1)本条の趣旨
本条は,身元保証人が責任を負う範囲について,約定において制限されないことが一般であるという現実のもと,身元保証人の責任を制限する方向で考慮すべき事由を例示するとともに,本条の例示した事由に限らず一切の事情を斟酌することにより,身元保証人の責任を合理的範囲に制限しようとした規定です。
本条は,斟酌すべき事由の例として,ⅰ被用者の監督に関する使用者の過失,ⅱ身元保証人が身元保証をなすに至った事由,ⅲ身元保証人が身元保証をなすにあたり用いた注意の程度,ⅳ被用者の任務又は身上の変化をあげています。
このうち,ⅰの事由が判例においても最も多く取り上げられ,かつ,最も重視されています。使用者の監督上の過失は,主に身元本人の横領費消等の不正行為に関して問題となります。その際,使用者の過失の有無,程度を図る際の指標としては,横領費消等の金額と身元本人の地位職務の程度,不正行為がなされていた期間の長短,使用者に内部統制システムが構築されていたかどうか,身元本人の監督者の監督上の過失の有無などがあげられます。
(2)本条の列挙事由以外の斟酌すべき事由
ここでは,本条の列挙事由のほかに,裁判例において法5条「一切ノ事情」として斟酌された事由をいくつか紹介します。まず,3条の解説のところで述べたとおり,使用者の通知義務の懈怠があげられます。
次に,身元保証人の資産,収入があげられます。資産,収入の乏しい身元保証人に対し,巨額の賠償責任を課することが酷といえる事案において,身元保証人の資産,収入を斟酌すべき事由に加えている裁判例が散見されます。
次に,身元保証人と身元本人のとの間の情実関係の変化があげられます。一例をあげると,東京地判昭和46年3月30日(判例時報640号67頁)は,身元保証人は身元本人の妻であったものの,身元本人が勤務先で金員を横領しその動機が他に女をつくったという事案ですが,身元保証人の妻がその後夫と別居し離婚交渉中であるという事情を斟酌すべき事由としました。
次に,身元保証人が,事実上身元本人を監督できないことも斟酌すべき事由として考慮されます。本条の列挙事由以外に斟酌すべき事由としては,上記の例に限らず非常に広範に及ぶので一般論として説明し尽くすことはできません。過去の裁判例の集積を検討するとともに,そこから斟酌すべき事由を解釈していくことになるでしょう。
7.法6条
「本法ノ規定ニ反スル特約ニシテ身元保証人ニ不利益ナルモノハ総テ之ヲ無効トス」
本条は,身元保証法が強行法規であることを示した規定です。強行法規とは,法令の規定のうちで,それに反する当事者間の合意の如何を問わずに適用される規定のことをいいます。したがって,法に違反する当事者の合意はすべて無効となり,法の規定が適用されることとなります。
以上